Q.56 非モテ賢者の受難?
七章最後の一話。
風の賢者の末裔、ウェン。
彼が無意識下で発動した魅了魔法は丸二日間、リファブールを混乱の渦に巻き込んだ。
全くもってわけのわからん動機によって引き起こされた今回の事件だが、アホらしさに相反してうちのパーティが半壊しかけて肝を冷やしたのもまた事実だ。
残る賢者はあと一人。こんな調子のまま最終決戦が近づいていると思うと不安にもなる。
「……なにかんがえてるの?」
ミラと共に窓際で黄昏れていると、ちょうどフレイヤがとてとてと俺のもとへと駆け寄ってきた。今日も相変わらずの愛らしさとなつき度である。つい先日、生死の境にいたなんてまるで嘘のよう。
うん、見た目の魔力的な流れももう概ね問題ないみたいだ。互いに指輪を付けている以上、フレイヤに再び天使の魔力が流れないという保証はないが、「ちょっとでも異常を感じたら素直に教えてくれ」という言いつけを守ってくれる限りはまあ問題ないだろう。
「あーちょっとな。フレイヤ、身体は大丈夫か? なんか魔力が変とか無い?」
「うんだいじょうぶー……。ミラお姉ちゃんと外見てて、楽しい?」
「外見てるわけじゃなくてなー、うーん、パーティ的に大丈夫かなーとか考えてたりして――。いや、フレイヤに聞かせる話じゃないな」
「……むぅ。なんで仲間はずれにするのー……?」
「えー? じゃあそこのお兄さんと仲良くしてくれるか?」
チッ。部屋に響く舌打ち音。音の主はもちろん元魔王様。
おおーう、一挙に部屋の空気が重くなりやがったなぁ……。
「……やだ。あのお兄さんこわいもん」
ミラの機嫌をちらりと横見で伺いつつ、適切な発言をするあたりフレイヤは世渡りだなー。
いやいや、そうじゃなくて。俺の悩みというのもこのウェンが上手く馴染めるかってことであって――、
「怖くないよー。優しいお兄さんだぞー?」
「ひぅっ!?」
ほら、もはや一歩近づいただけでこの始末である。どうやら先程の評価はミラの機嫌取りなどではなかったみたいだ。まあウェンがフレイヤを始め女性陣にやったことを考えれば自業自得と言わざるを得ないけど。フレイヤもセトラたちのいるもう一つの部屋へ行けばよかったのに。そう言ってもこっちが良いと聞かなかったのだからどうしようもないんだよなぁ。
「やめとけ、ウェン。フレイヤが泣きそうだろ」
「なんでだよぉ……俺はみんなと仲良くしたいだけなのに……」
あーあ、こっちが泣いてるよ……。
「シロ。私はぜぇったいに認めないからね。こいつ下心で仲間になろうとしてるのよ!」
……明日の早朝にはリファブールを発つことになっている。それまでにはこのヘイトっぷりをなんとかしておきたいんだけど。次に目指すべき最後の賢者の子孫がいるであろう宗教国家プロビナまでの旅路はこれまでの比じゃないほどに長い。そんな中で旅仲間の不和なんて厄介事を処理するのは精神的に滅入る。
どうせミラは風呂に入れないイライラで終始機嫌が悪いだろうけどな。うん、そんなことは今に始まったことじゃないからいいんだ。目に見える燃料を連れて歩くわけ無いは行かない。とは言え俺が半ば強引に仲間に加えたのだからこれ以上軋轢を生まないよう取り図るべきだろうなぁ。
「さて、じゃあ全員向こうの部屋へ行くぞ。色々話し合おう」
暮れかかる空とオレンジに染まるリファブールを映す窓の扉を閉め、駄々をこね、ウェンへの罵詈雑言を垂れ流す悪口製造姫の首根っこを掴む。
「その、悪いなシロ。オレ……」
半泣きで申し訳無さそうなウェン。見た目幼女に泣かされる青年、見てるこっちがかわいそうになってくるからぜひとも早急にやめてやって欲しい。
「いいんだ、今はもう敵じゃない。皆もちゃんと話せばわかってくれるさ」
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「あら? ここは女の子の部屋ですよ? シロ様はとにかくそこの犬畜生は回れ右して出やがれください」
……。こんなに口が悪いセトラ初めて見た。口調までガーデン以前のものに戻ってるのが背筋を凍らせるのに一役買っている。そう、まるで猫の住処に放り込まれた鼠のような圧倒的拒絶感。それもそのはず。ソルレーヌが不在なこの状況では男女比は2:5、数で言えば圧倒的不利なのだから。
「ご、ごめん、ウェン。やっぱ無理かもしれん」
かつて世界を統べる一歩手前まで行った魔族の姫。
救世の巫女と崇められた一族のただ一人の生き残り。
純粋が故に留まることを知らない天才魔導少女。
……なんか何考えてるか分かんないお姉さん。
一見害の無さそうな外見をしている元神造兵器の少女。
歩く地雷、喋る火薬庫であるこいつらを相手に回すほど俺も馬鹿じゃないんだ。ゴメンなウィン。うん、ホントにごめん。
じゃ、俺は部屋に――、
「おい! 話が違うじゃんかぁ! シロはオレの味方だよな! な!?」
「離せェー!! 幾ら元英雄でも出来ないことだってあるんだよ! 俺だって本当はお前の境遇をなんとかしてやりたいと――」
「んー? シロ様、こんな輩の味方なんですかぁ? 私じゃなくてこいつのー……?」
「こわい! 怖いから普段の話し方に戻してくれ! お願い頼むセトラ!」
「し、シロお前まさかこの娘達に脅されてるのか……!? そんな身分でオレのこと助けようと……、うっ……」
「話がややこしくなるから黙れ! 違うから、そんな恐ろしいことしないいい子たちばかりなはずだから! な、そうだよね? ねえ? そうでしょ!?」
「……。ふふ、なーんて、冗談だよ。ウェンくんはともかくシロは何にも悪くないもんねー?」
あれー、冗談に聞こえないよ……?
「それで、何しに来たの? おしゃべりしに来たわけじゃないよね?」
「あ、ああ。今後について色々と」
「いよいよ旅も佳境だもんね」
「まず最初に情報の共有かな。今回のアトラ情報と元々ウェンが持ってた情報から次目指す場所がわかったんだ」
風の賢者に伝えられたアトラのメッセージは石碑による伝聞だったらしい。アレニウス家に伝わるものでウェンも幼い頃から目にしていたようだ。その為に拍子抜けするほどにあっさりと情報は手に入った。自由気ままで好色なヴィントのことだから残したのは子孫だけだと思ったがどうやら違ったみたいだな。うん、見直したぞ。
で、肝心の内容は「当時の賢者の居場所」だった。今となればだいたい予想はつくが、俺とアトラが賢者たちを旅の仲間に加え入れた土地、すなわち彼らの出身地が殆どで、メルティのエルメリアやノワール等の例外を除けばほとんどが一度立ち寄ったことのある地域だった。そして残る一人、光の賢者のいるであろう地域は――、
「プロビナでしょ? どう? 当たってる?」
「え、なんで分かったんだ?」
自分の解答の正否が気になってしょうがないのか、七歳くらい若返ったように目を爛々と輝かせているセトラ。
「いや、うん。あってるよ。ウェンの家の伝承が途中で歪んでなければプロビナ付近で合ってるはずだ。でもなんでそれを……」
「実はガーデンでの調査でなんとなく閃いちゃったんだよね。血筋を継いだ王女が監査役として飛ばされる地域ってひょっとして賢者の祖先が根付いていた地なんじゃないかなって。後は国としての大きさとか特性とか?」
「セトラお姉ちゃんと……あの本写したから。情報からそうだんして大体のばしょ、みつけたの」
ああ、エレナさんのとこで見た本のことだな。例え本があってもそれだけの情報から推測するのは相当だと思うが。後さらっとフレイヤが国家機密情報を複製したとか恐ろしいこと言っていた気がしたが、そこはあまり掘り下げないでおこう。またややこしくなる。
「じゃあ次、ウェンのことだけど」
ぴしり、一旦緩んだかのように見えた部屋中の雰囲気が、再び凍りつく。ゴミを見るような十の目。
「(ほ、ほら。俺がやれるのはここまでだからあとは自分でなんとかしろ!)」
「(なんとかって何すれば許してもらえるのか全然わかんねぇよ!)」
「(とりあえず必死で謝っとけ! 自分の正直な気持ちを伝えれば許してくれるかもしれん)」
誤ってるやつの首を切り落とす様を想像しかけてやめた。流石にそこまで鬼ではないと信じたい。ウェンがやったことは許されないのが普通だし、場所が場所なら刑罰になってたかもしれない。けれどチャンスは誰にも平等にあるべきだと思う。ウェンの心の底からの謝罪を無下にするほど酷い奴らじゃないって信じてるから。
「申し訳ございませんでした! オレ……オレは間違ってた。シロのこと何にも苦労してない癖にチャラチャラしたやつだって勝手に偏見持って、勝手に羨んでた。でも違った。オレ、ちゃんとやり直します。ここでみんなの役に立つため、立派な男になるために。だから――一度だけチャンスをくれっ!」
……。
…………。
無音が響き渡ったと表現したら良いのだろうか。とにかく数十秒は部屋には物音一つ生まれなかった。静かすぎてウェンの心臓の鼓動が聞こえそうなくらいに静寂に包まれた部屋。
不器用な言葉だったけれど、敬語とかごちゃごちゃだったけれど、それでもきっと彼の誠意は伝わっただろう。怒り一辺倒な顔のやつはこの部屋にはもういなかった。
そんな空気の中、最初に口を開いたのは以外にもクアだった。
「よしよし、あたし素直な子は好きだよ~。うん、許した!」
「なっ! クアさん!?」
「ちょっとクア正気!?」
「いいのか!? その……」
「皆の癒やしクアお姉さんだよ~。よろしくね~」
反発したミラとセトラの二人を気に留めず、殊勝にも頭を下げ続けているウェンへと手を差し伸べルクア。おぉ……あれこそラ・ブールの女神のあるべき姿なんじゃないか? クアには悪いけど珍しくいい働きだぞ!
「……クア姉さん。オレあんたにも酷いことしたんだぜ? それでも、その、許してくれるのか?」
「うん。だってウェン君はもう敵じゃないでしょ~? それに賢者だからどっちにしても一緒に来てもらわなきゃだし。だったら敵対するより仲良くした方がいいよね? 違う? ミラちゃん」
「うぐ……、だ、だったらシロに風の賢者の力だけぶち込めば――」
「……だめ。それはいくらミラお姉ちゃんだろうとわたしがさせない」
するどい口調で割って入るフレイヤ。一見穏やかではあるが、普段のフレイヤとは違った力強さにミラは口ごもる。そんなミラに追い打ちをかけるように、
「つながってるミラお姉ちゃんだってわかってるはず……。お兄ちゃんがこれ以上キケンな目に合ったらどうなるかわからない。だからもうやめよ? ね?」
最後に甘えたような年相応の声。狙ってやってるのかどうかは定かじゃないが、あんな風にお願いされたら断れないだろう。ミラのようなタイプならなおさらだろうな。そんなフレイヤの説得もあってか、いつの間にか部屋の空気はウェンへと味方しているように思えた。まるで彼に追い風が吹いてるかのように。いや、まさかな。
「ぐぬぬ……。わ、わかったわよ!! 諦めるわよ! ほら、顔上げなさい」
もう! なんで私が悪者みたいになってるのよ……! などとぶつぶつ文句を垂れ流しながらもミラは引き下がった。ふう、これで一段落ついたかな。ウェンが根っからの悪じゃないって理解してくれただろう。本当はそうじゃないと分かっていながらも後に引けなくなったミラもある程度は納得できたと思う。
ウェンはミラが顔を上げろと言った後も頭を下げっぱなしだった。彼なりに色々負い目を感じているのだろうけれど、ここまで実直なのは何だか羨ましくもなる。……と、よく見ると肩を震わせてすすり泣いているのが分かった。
「ありがとう……。シロ、みんな……。オレ、頑張るよ……!」
「はは、ウェンて以外に泣き虫だよな。涙もろいって言ったほうが良いのか?」
「感動のシーンなんだから水さすなよっ! もうちょっと浸らせてくれない!?」
さてさて、行き先のこと、ウェンのこと。これで粗方今後の目処はついた。
差し当たって、解決しなければいけない最後の疑問に触れるとしよう。
「じゃあ最後に質問、――ソルレーヌはまだ戻ってきてないのか?」
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うん、いい風だね。夜なのに雲の流れがよく見えるや。
自然に囲まれたとっても気持ちのいい夜。あのままガーデンにいたら一生見ることができなかったんだろうなって思うとちょっと悲しくもなるくらい。
……。背後から近づく足音。約束の時間ピッタリだ。
「はーい、これ次のぼく達の行き先だよ。天使のお姉さん」
「はいどうも。ソルレーヌちゃんが話の分かる子で助かったわぁ~」
うーん、こうしてみると体の一部分が大きいだけの馬鹿っぽいお姉さんに見えるけど、中に潜んでる魔力はとんでもないんだよねぇ……。蛇がうねってるみたいなとっても禍々しい魔力。全力で殺し合ってギリギリ勝てるかどうかって感じだなぁ。
「そっちはなにを企んでるのかなー? ぼくも知りたいなーって」
「あらあら、その演技で私を誤魔化そうとしたって無駄よぉ~? ガーデンのお姫様は大人しく人形を演じてるだけでいいの。それが世界のためでもあるんだから。ほら、そろそろ不審がられるんじゃないかしら~?」
食えないお姉さんだなぁ。やっぱりやっとくべきかなぁ。情報だけ吸い出せば多少は役に立つと思うし。
「まぁいいや、お姉さんが教えてくれないならそれで。どうやら敵じゃないみたいだし。でも――」
「でも~?」
振り返りざま、突きつけた指先から列をなして二発。後頭部目掛け地面から一発。トドメに左右上方から材質を変えてステルス弾を二発。
「――ぼくの仲間に手を出すようなら世界ごと終わらせてあげる」
万物の一で生成し、射出したはずの弾丸がカランコロンと音を立てて地面に転がる。
リファブールの鉱石から生成された鉄製の弾丸が三発、ガラス製の半透明な弾が二発。丁度、五発だった。
うそ、だよね……?
手加減なんて一切なし、魔力感知出来ないレベル、水面下での魔力行使、過去最高の奇襲と言っても差し支えないほど自然体で発動した魔法は、一度も対象を貫くことなくぼくの手元へ返却された。
こいつには勝てない。今まで一度も感じたことのなかった絶対的な壁みたいなものに押しつぶされそう。あは。だからこそ燃えちゃうんだけど。
「うふふ、こわぁい。ソルレーヌちゃんは本当に出来てしまいそうだもの。大丈夫心配しなくていいわぁ~。敵の敵は多分味方よ~」
あ、行っちゃった。
まあ、でも別に放置しておいても大丈夫かな。そのほうがスリルあるし、いつかこの借りは絶対返すし♪
お兄さんもきっとそのほうが楽しいだろうからねー♪
さーて、ぼくも宿に戻ろっかな。
おつかれさまですー。
次はたぶんおまけパートですね。バランス取るためにほのぼの日常編です。むしろ本編かもしれない……。
後は天使パートで諸々の辻褄合わせと色々答え合わせが出来たらな~って感じです。
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