Q.55 クイーンズセンチメント?
ミラが見てる日常編。
――もう朝ね……。
差し込んだ朝の光が一日の始まりを告げているのを薄目で確認する。
結局私は一睡もできなかった。
久々に二人きりで部屋を使うことを変に意識しちゃって気が気じゃなかったわけで。
はぁ。こんな事になるくらいだったら、大人しく別部屋に行くと気遣ってくれたガブリエルちゃんを引き止めておくんだった。
背中合わせで伝わる体温、こんなのもうとっくに慣れたと思ってたのにどうしてなんだろう。
「……ホントはわかってるくせに」
シロを跨いで正面へと回り込む。昨日より顔色は良くなってるみたい。この分なら目も覚ますかも。
……。
…………。
………………なんだろ。
こうやって無防備な寝顔を見せられるとイタズラの一つや二つ、したくてたまらない気分に駆られてしまう。
……たとえば、そう。
口づけ。人間の単なる愛情確認の動作。
――顔を近づける。
契りを交わす契約でも、子をなすための生殖行為でもない、無駄の塊。
――心音が伝わらないか不安になる。
ガーデンではあと一歩足りなかったその行為が、手を伸ばせば届く距離にある。
――手でゆっくりと彼を引き寄せる。
そして今、この状況なら誰にもバレず、抜け駆けできちゃう。
「………………」
――頬に当てた手を離す。
ううん、できないな。
セトラやフレイヤちゃん、みんなが助けてくれてるのに私だけ抜け駆けなんてできない。
つい魔が差すあたり、私はやっぱり悪役が板についているんだろう。
「私もバカね。こんなのを好きになっちゃうなんて」
とくんと胸が高鳴るのは私が人間になったからだろうか。
でも、不思議とこの心臓の鼓動が心地よかったりするのも困りものね。
どうやら今日も順調に、私の調子は狂わされそうだ。
・
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「んー? ミラちゃんクマすごいねぇ。……だいじょうぶー?」
「……問題ないわ。一日徹夜したくらいじゃどうってこと無い」
「俺の看病で寝られなかったか……?」
もう、そんな申し訳無さそうな顔されると困るじゃない。
実際は私の方に理由があったなんて言えないし。
「看病なんて額の布を取り替えたくらいしかしてない。あんたが起きられたのはガブリエルちゃんの調合薬のおかげね。感謝なさい」
「むぅ、今日はミラのあたりが厳しい気がするぞ」
「それはそうだよぉー。昨日あの後大変だったんだからねー? ミラちゃん心配なん――」
慌ててガブリエルちゃんの口をふさいだ。この子放っておくといろんなことペラペラ喋りかねない! 多分悪意はないんだろうけど!!
「余計なこと言わないのっ! ほら、さっさと行くわよ。今日中に終わらせる予定なんだから」
セトラやクアのことも気になる。依然町に女の子は戻ってきていないみたいだし、早期解決が必至なのは自明でしょう。シロは立てるくらいまで回復、フレイヤちゃんは辛うじて戦えるくらいまで持ち直してくれたし、昨日の損壊を踏まえるならばまあ上出来なコンディションではあると思う。
「じゃあ今回の作戦を説明します」
「お、ミラが戦略的だ」
「戦略ってほど大したものじゃないけどね。まず突入と陽動に班を分けるわ。戦力的にギリギリだけど私とシロで突入、フレイヤちゃんはガブリエルちゃんを護衛しつつなるべく敵側の注意を引いて欲しい。できそう?」
酷な話ではある。
昨日戦って散々傷ついたフレイヤちゃんには負担が大きいかもしれない。けれどセトラとクアという脅威を避けなければ、また昨日の焼き直しが始まるかもしれない。だけどこれ以上シロが傷つくのは……見てられない。
「ん……ミラお姉ちゃんはだいじょうぶ? あの男の人けっこう強いよ?」
……!
……なんというか、ものすごく申し訳なくなった。
そう、ちょっと私はフレイヤちゃんを子供扱いし過ぎなのかもね。この子だって一緒に旅を続けてきたんだもん。これくらいの修羅場はくぐり抜けてきた。今やNo.2アタッカーなわけだしそろそろ考えを改めなきゃ失礼だ。
だから、
「ふふ、私を誰だと思ってるの? 貴女のお姉ちゃん分でライバルよ。そう簡単にやられない」
我ながら不器用だけれど、差し出した手は共闘の証のつもり。
うまく伝わったかは定かじゃないけど、フレイヤは、両の手で私の意志を受け取ってくれた。
「……そーゆーこと。わたしはお姉ちゃんの妹分でライバル……だよ。しっかり引きつけるね」
妹分、か。そう思ってくれるのはうれしいな。ノルンはノルンで妹だけど、しっかりしすぎて妹って感じあんまりしないから。
「……ええ、そっちはフレイヤに任せたわ。こっちは二人で何とかしてみせる。けど危なくなったら直ぐ逃げなさい」
「ラジャー。がんばるね、わたし」
「おぉー! 何だかふたりともかっこいいねぇー!」
「あぁ……ミラが本物のお姉さんみたいだ……」
隣でそう呟いたシロの脇腹を小突く。
「ぐ、おぉ……。ミラお前……」
「さ、行くわよ。移動時は魔法で姿隠しましょ。フレイヤ、頼める?」
「おまかせー……!」
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……ミラお姉ちゃんに認めてもらえた!
うれしかった。あの人はの目標だから。わたしに足りない物をいっぱい持てる人だから。
だからとってもうれしかった。――うれしかったからちゃんと頑張らないと。
「……いくよ、ガブにゃん。『偽典・煌き燈す手綱』」
「フレにゃん……、その魔法……」
「あの魔法のまねっこ。……お兄ちゃんにはナイショだよ。すぐ心配しちゃうから」
「……うん、バックアップは任せてね!」
サラマンダー、わたしに力を貸して。
大切な人たちを、危険から遠ざける力を貸して。
「いっけぇぇー!!」
大地をゆらす。うまく岩が丈夫な部分をねらったから、町の人はだいじょうぶのはず。
わたしの役目はここで敵をひきつけること。一人でもおおく、一秒でもながく。
「……クアお姉さんとセトラお姉ちゃん」
たとえそれが仲間でも。お兄ちゃんとお姉ちゃんをねらう人は逃がさない。
~~~
幾ら信用してるとは言え、フレイヤのことが頭を離れない。
あっちに戦力が集中しちゃったりしてないだろうか。
大丈夫かな? 張り切っちゃって無茶したりしないといいんだけど。もう心配で心配で。
「ミラ、フレイヤのことが心配か?」
「な、何よ! 藪から棒にっ」
「いや、めっちゃ顔に出てるからなお前」
今日はやたらとムカつくわねこいつ。けが人じゃなければそのニヤニヤ顔をぶん殴ってやりたいくらい。
「――良いことじゃないのか? 本気でフレイヤのこと大事ってことだろ?」
「ふ、ふん。良いでしょ別に。背中を預けても良いかもって思えただけよ」
「なら大丈夫だな。ミラのお墨付きを得てるんだ。フレイヤはバッチリ役目をこなすよ」
「……なによ、もう。褒めても何も出ないわよ」
「知ってる。さ、俺達は俺達の役目を早めに終わらせよう」
「うん。それが結局一番手っ取り早いわね――っと」
霊廟風の階段を下りた先。
松明の明かりにぼんやりと照らされた玉座に奴は座ってた。
若草色の髪と瞳、はぁ、見た目だけなら爽やかなのに内面は魔界のわかめみたいなやつよね。うじうじしちゃってまあ。でも、貴方の悩みなんて私の知ったことじゃない。悪いけどその妄想の楽園、潰させてもらうわ!
「あら、侍女さんたちはいないのかしら? お客様がいらっしゃってるんだけど?」
「彼女たちは向こうに回したさ。そっちの望みどおりにな」
――この……っ!
突っ込もうとした身体をシロの腕が止める。
「なあ、どうしてこんなことしたんだ?」
おバカ! こういうタイプのやつにそれは禁句だっての! しかもよりによってあんたが言うとか煽り以外の何でもないし!!
「はは、そりゃわかんないよなぁ。お前みたいなやつにはさぁ!!」
「わかんねえよ。だからってお前のやってることが正しいなんて思えない。だから理由をきかせろ」
「うっせー! モテ男死ねっ!!」
――魔法が発動したのはわかった。ただそれが何の魔法か認識するのに数秒。
「――危ないっ!!」
あ、せったぁー!
なんで防がないのよシロー!
これ死の風じゃないの! エーテルブレスで魔法概念ごとぶっ飛ばさなきゃやばかったわよ!?
「こんなことしても無駄だってわかってるだろ?」
「だ、まれっ! オレの邪魔をするなぁ!」
二発、もう見切った!
棒立ちのシロの手を取りこちらから切り伏せに行く。槍の使いみちがぶん投げるだけだと思ったら大間違いよ!
穂先でいなすように即死の空気をなぞる。本来槍術は両手ってのが正式だろうけど、この程度の密度なら片手でも余裕ね。
「や、やめろ、来るなって!!」
喉元に切っ先を突きつける。玉座から滑り落ちるように怯み、へたり込んだ男にもう戦う意志は見られない。
あっけない、そう感じてしまった。
な、泣き目だしガチでビビってるじゃないこれ。何だか弱い者いじめしてるみたいでいい気はしないわね……。
「言ってみろ。どうしてこんなことした」
というか、シロはなんでこんなに拘ってるんだか。いつもだったら、「まあ反省したならそれでいいだろ」って感じだろうに。
「う、羨ましかったんだよぉ……! お前みたいな奴が、だから、オレも!」
「はぁ……。俺が羨ましいのか? こんな生活良いこと無いぞ?」
――暴力女にものぐさ女、言動にところどころ闇を感じる少女に一般常識欠落少女。幼馴染は胡散臭いし、最近に至っては女装男子の視線が怖い……。ああ、マジで俺の将来が不安だ……。
と、彼は日頃の愚痴を延々続ける。
へえ、私はどこにカテゴライズされてるのかよく聞く必要がありそうね。
「ま、何にしてもだ。俺が全く苦労してないと思ったら大間違いだ。俺からしたらそっちのが羨ましい。だから――」
「へ?」
「一緒に来ないか? お前が必要だ」
あろうことか隣のこの男は、つい一秒前まで敵だったやつに手を差し伸べた。
呆れた。とんだお人好しね。
こんなのでついてくる訳――、
「いいのかっ!? ついてくついてく! だってかわいこちゃん達と旅ができるんだろ!?」
えぇ!? 嘘でしょ!?
「ちょ、ちょっとシロ!? なんでこんなの誘うのよ! レプリカで賢者の力だけ抜けばいいじゃない!!」
「やだよ。これ以上賢者の力入れるのしんどいし。何よりパーティに男がほしい。これは絶対だ」
「いーやーでーすー! こんな変態の塊と一緒に旅なんかできるか!!」
「ほう、俺の苦悩の原因は変人ばかりの女性陣にあるんだけどなぁー?」
ぐ、否定はできないわね。私は普通だとして。私は普通だとして! 他の子達がシロの日常生活のストレッサーになっているのは否めない。私はそのストレスを和らげようと一生懸命癒やしてるんだけどね。追いつかない現状が悲しいかなー。
「おい、癒やし枠はフレイヤとガブリエルで手一杯だぞ。お前はさしずめ破壊神枠だ」
「そこまで!? ちょっとショックかも……!」
「てことで宜しくな、俺の名前はシロ。お前は?」
きー! 無視するなっ!
「オレはウェントス。ウェントス・アレニウスだぜ。ウェンでいいぞシロ」
「おっ、いいぜウェン! これで俺の心労も軽減するってもんだぜ。よろしく頼むな、いやホントに」
「嬢ちゃんもよろしくな。その、色々と悪かった」
「ふんっ! お断りよ!! 私は認めないんだからねーだ!!」
・
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外に出ると、そこにはセトラ、ミラを始めとする屍の山が築かれてた。例えだけど、本当に死んでるみたいね。魔界対戦時代を思い出すわ。
「ふー……。あ、おかえり。終わったんだね……」
「フレイヤ? 囮って知ってる? どうして相手が全滅してるのか聞いても良い?」
「ん、殆どは魔力が少ない普通の人だったから。セトラお姉ちゃんとクアお姉さんにはちょっと苦戦したけど」
「二人がかりでも勝てなかったよ、私……。てかここどこですか……」
「フレイヤちゃん強いからね~。そりゃあたし達じゃ勝てないよぉ~」
やっぱり張り切っちゃったのねこの子は。うまく注意を引きつけて交戦せず、逃さず距離を保っていればよかったのに。これなら一緒に来ても結果は変わらなかったなぁー。
「……けっかおーらい。誰もケガしてないからもんだいなし」
「そうね。お疲れ様、フレイヤ」
「お姉ちゃんも。今日はよしよしをようきゅうね」
「はいはい。こっちの部屋で寝ると良いわ」
そうすれば私も緊張しなくて済むし。
「じゃ、帰りましょ! 今日こそは美味しいごちそう食べて、暖かいお風呂にはいるんだから!!」
「今日こそは? ああ、通りでちょっと臭――」
殴った。それはもう思いっきり。
「いやシロよ、この匂いもなかなかどうして芳――」
こっちも殴った。それはもうめちゃくちゃに。
増えたわけだ。鬱陶しいのが二人に。
そもそもお風呂に入れなかったのはシロのせいじゃない! そう言いたかった。
はぁ、全くどうして私はこんなやつに好意を抱いてしまったんだろう。
私を敬う気はないわ、おちょくってくるわ、デリカシー無いわで最悪じゃない。
でも、こうして話してるだけで自分でもムカつくくらいに緊張してる。
ふと視線を上げ彼と目が合うたびに、じゃれ合って彼に拳が触れるたびに。――こうやって手を繋ぐたびに。
あーやだやだ。柄じゃないわ。
踵を返し、シロを引きずるように町へ至る階段へと向かう。
ちくりちくりと、今もまた傷んでる。
やんわりと今日も淡々と、私の心は狂わされてる。
結構苦戦して月曜投稿となってしまいました。
毎回土日に見てくださっている方々には申し訳ないです。(_ _;)
今回は初期から一緒にいた二人の関係性を、ミラの視点から見つめ直そうといった回でした。その他にもあまり関わりがなかった娘達を組み合わせてみたり。
フレイヤちゃんとガブリエルちゃんの関係の諸々は後日投稿予定の七章おまけ編をお待ち下さいって感じですねー。
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