Q.6 あなただったら『自分』と『他人』、どちらを助けますか?
VS天使!
戦闘描写むつかしいです。
あれから半日が経った。
自分の目で生存者を確認しておいて放って置く訳にもいかず、セトラと話し合った結果、消えた少女を探しながら街を散策することにした俺達。
しばらくはセトラと別行動で街をうろうろしていたが、闇雲に探しても真相にはたどり着けない気がしてミラの提案により方針を変えることにしたのだった。
……「紅蓮の街」エルメリア。それがこの消えた街の名前だったものらしい。
ここ数十年で急激に発展。辺境であるにもかかわらず、数年前から始まった天使たちの進行が始まっても築いてきた商人ネットワークを上手く利用することで発展、繁栄してきた、か。
「エルメリアの歴史」と表紙に書かれた本を閉じ元在った本棚へと戻す。
これもダメだ、手に入れられる情報が古すぎて最近の出来事を記したものが見当たらない。
まずは情報を得よう。それが合流した後新たに決まった方針だった。
街外れの図書館が運良く半壊のまま残っており、さらに火の手も回っていなかった為に俺達はここを真相解明の拠点とすることにした。日も暮れて来たし、今夜はここで本を漁りながら寝泊まりだろう。幸いにも風をしのげる休憩室が一つだけ無事だったし。
「ミラ、そっちはどうだ? 何か良さげな本あったか?」
同じく隣で書物を読みふけるミラに声をかける。が、
「……うーん」
この上の空具合である。不審に思い、彼女の立っている傍の本棚に目をやる。
並んでいたのは「古今東西世界の美少年大全」、「嘗て美女王国をその顔一つで滅ぼした稀代の美男子」、「私のお兄ちゃんがこんなにかっこいいわけがない。」……エトセトラ。いかにも年頃の女の子が好きそうな書物が並んでいた。
……こんな本棚を「歴史」関係の棚の横に並べるなよ。
「おい? ナニヲヨンデイルノカナー?」
「わひゃあ! ちち、違うの! この本が魔力でわらわを誘うの!」
どんな言い訳だ。元魔王が本ごときの魅了にかかるか。
「あのな……ちょっとは真面目に探せ。命が掛かってるかもしれないんだ」
そう、この情報収集が行きつく先はこの街で何が起こったか、今この街がどれほど危険なのかという謎の解明だ。
あの少女の生存もだが同時に俺らの生存もかかっている…かもしれない。
よってそんなイケメン本に時間をとられている場合じゃないのだ。
名残惜しそうなミラから本を取り上げ放り捨てる。決して僻んでいる訳じゃないぞ。
「むー。……あっ! この本とか古そうだし重要っぽいよ?」
ん、どれどれ? ミラが手渡してきた本を受け取り、表紙の題名を確認する。
「『エルメリアと炎の賢者』……?」
何だ…? どっちかと言うとまるでお伽噺の様な――!?
その古めかしい本の題名を読み上げると同時に、激しく脳が揺さぶられる感覚を覚える。
指先から零れ落ちる本。手に……力が入らない……?
耳元では連続した大音量の耳鳴り。視界は明滅し、体は平衡感覚を失いバランスを崩す。
「ッ? ッ……!?」
「ちょ、シロ!? ねえ――」
慌てて支えてくれるミラ。
数秒の間は体を、自分よりも数段小柄な少女に預けていただろうか。
ようやく耳鳴りが収まると、今度はミラの劈く高音の声が俺の名前を連呼しているのが聞こえてくる。
セトラもミラの声を聞いてかバタバタと慌てて二階から降りてきた。
「……悪い、もう大丈夫だ。ちゃんと聞こえてる」
「……はぁ、良かったぁ。どうしちゃったの急に」
「びっくりしちゃいましたよ。敵襲かと思いました」
安堵からか思い思いに言葉を投げかけられる。
どうしたのかは俺にも分からない。ただ、大事な何かを思い出したような…?
足元に転がる本に目をやる。
……!!
先程は得られなかった情報が頭の中から自然と湧いてくる!
賢者。まだミラが魔王だったころ、共に旅をした六人の賢者。
俺に例の透明化の魔法を教えてくれた内気な少女。
「そうか……。これはあの子の……」
「え? 何か分かったんですか?」
「この本、俺が昔一緒に旅をしてた賢者の一人について記してあるんだ」
「へ? でもシロまだ中も見てないじゃない。何でそんな事……」
ああ。確かに俺もおかしいと思う。だけど確信はあるし、この本だって初めて見たとは思えない何かが……。
床に放置されたままの本を手に取り、ぺらぺらと頁をめくるミラ。
その横顔が半信半疑から驚きに変わっていく様を見せつけられる。
「……凄い。本当に賢者について書かれてる……! はい」
再度受け取った本を今度はゆっくりと丁寧に読んでみた。
――炎の賢者。かつての大戦を終結させた勇者、ノイン・エルド・アールグランドと行動を共にした英雄の一人。彼女は大戦後、戦地から程なきこの地にとどまり暮らしていたようだ。かつてエルメリア(過去の名称は不明の為以降もこの表記を用いる)は小さな村であった故に賊や魔物に襲撃される事も多々あったが、炎の賢者はその持ち前の魔力と魔法の知識でことごとく悪を撃退したとの文献が残されている為、エルメリアの歴史は彼女抜きでは語れないだろう。
……どうやらこの本は民間口承を集めて編まれたものらしく、この街が栄えるより前に印刷されたようだ。
様々な文化が流入したであろう最盛期よりは信頼できる情報だろうか。
勇者に関する記述は相変わらず一貫して間違っているがそれ以外は真実味を帯びている。
本には彼女の逸話や伝説、また彼女の子の活躍まで、旅を共にした仲間の「その後」が二百頁を超える位詳細に記されていた。
あ、性格はひどく内気であまり人前に出たがらなかった、だって。その分正義感は人一倍強く村時代から危機が訪れてはその度に存続に貢献していた、とも書いてある。
はは、これはあってるなぁ。……そっか、あの子はこの街で生きていったのか。……そっか。
もう魔法を教えて貰う事さえも出来ない今を想い、感傷的になりながら頁をめくっていく。
彼女の生きた証も老後の記述ばかりになり、もうこの本もそろそろ終わりかと本を閉じかけたその時。
最後の最後の一文が、彼女について記しているのではないということに気付いた。
――彼女の子孫、血筋は未だこの街に根付いているとの噂がある。と言うのも二代目の賢者が近親婚を行っていたという記述があるからだ。その血を色濃く残したかった為だろうか。人口の増加に伴い三代目以降の賢者の情報はどれも信憑性に欠け、同時に表舞台に立つことも少なくなっている為に、この噂はあくまで推測の域を出ない。
しかし彼女の魔力は特別だった。もしその自然の炎そのものともいえる魔法を操れる者がこの街に居たならば、それは間違いなく炎の賢者、エルメリアの英雄、メルティア・イフリータの子孫だろう。
そう、メルティアだ。あの子をメルティと呼んでいた事を思い出す。そうだった。何でこんな大事な思い出を忘れていたんだろう。毎日が楽しく輝かしい冒険の記憶だったはずなのに……。
……ねえ、――お兄ちゃん。メルは怖いんだ……。
もし……次の戦いで――お兄ちゃんやアトラお姉ちゃんや他の皆が死ぬかもって考えると怖くて眠れないよ……。
……どうして……戦わないといけないのかな……?
……嫌だよぉ……皆で帰って来たいよぉ……――お兄ちゃん……。
更に脳裏に浮かんだのは決戦の前の日、二人で交わした最後の会話。その一シーン。
あの夜メルティは俺にだけ涙を見せた。
戦いたくない。そう言いだした彼女を宥めたんだっけ? 肝心なところにもやがかかって……。
いや、今はそこは重要じゃない。
重要なのは、後悔や困惑を含んだあの泣き顔――。
!!
じゃあ、もしかしてあの女の子はメルティの……? いやまさか、炎魔法を使える奴なんて幾らでも……。
だが街のあの惨状がメルティの血を受け継いだ術者の炎魔法の影響と捉えるならほとんどの事に説明がついてしまう。……その動機を除いて。
信じたく無い。まだ年端もいかないあの少女がこんな事――何か原因があるはずだ。
「やっぱりあの女の子を探さないと駄目だ。行こう街へ」
「え? でももう日も暮れてるし…」
「いや、今晩じゃないと駄目だ。急がなきゃいけない気がするんだ」
「……。わかりました。シロ様を信じます。行きましょう!」
古めかしい思い出の本をそっと本棚に戻し、図書館を後にした。
・
・
・
「なるべく離れないようにしよう。昼間の様な別行動は危険だ」
「さっきから何に焦ってるの? まるで敵がやってくるみたいな……」
その通りだミラ。あの女の子を「被害者」と捉えるとしたら、敵がいてもおかしくないんだ。きっとまだこの事件は続いている。
これはメルティと旅をした贔屓目かもしれないけど、あの女の子が意図的にこの地獄を作り上げるとは思えない。去り際のあの表情にはきっと何か意味があったはずなんだ!
「最悪魔獣か――最悪の最悪をいくなら『天使』だ。警戒はしておいてくれ、光源を見つけたら声に出さずに合図をするんだ」
しばらく街を歩き回る。目指す場所はあの教会の瓦礫を超えた先、昼間に少女を見かけたあの更地だ。
夜の街は同時刻のガロニアの様な騒がしさは全く無く、不気味なほどの静寂に包まれている。
夜風が煙と死臭を運び、言い難い不快さが立ち込め、自分が真っ直ぐ進めているかすらも不安になってくる。
だが、異常らしい異常は見られない。魔獣が徘徊していたり、死人が生き返り新鮮な肉を求めて歩き回ったりもしていない。ましてやあの一周回って気味が悪い光を放つ「天使」の姿も見えない。
しかし、その静寂が逆に何かを隠しているような気がしてならない。
橋を渡り、幾つもの住宅の瓦礫をかき分け、やがてあの教会の残骸の前にたどり着いた。
昼はここを登った先にあの少女が居た。
頼む、姿を現してくれ……!
急な角度の付いた教会の屋根にあたる部分を登っている途中、何やら声が聞こえてきて登るのを中止する。
……? 誰だ、男の声?
下にいるミラとセトラに声を出すなと合図した後、よじ登った体制のまま聞き耳を立ててみる。
「君のせいで大勢が死んだ。どうだい? 自分だけが生き残った感覚は?」
男の声に対する返事は返って来ない。でもとても独り言には思えない話し方。相手はあの少女か……!?
それに「君のせい」ってどういうことだ? この向こうで何が起こっていやがる!?
痺れを切らしたのか男がやや不機嫌そうに声のトーンを落として続ける。
「それで、君はずっとそこで何をしているんだ?」
「………の……り……」
! この声は間違いなくあの少女の声だ!
どうする、出るか? いや、もう少し状況を、せめてどちらが倒すべき敵かを……!
「ハァ!? 聞っこえないねぇ! もっと大きい声で喋ってくれないかな?」
「……おいのりっ! ……かみさまに……ひっく……みんなを生きかえらせてって……!」
……行くぞ、ミラ。とりあえず分かった。助けなきゃいけないのはどちらかが。
セトラには万が一に備えて待機を命じ、そして一つ、この状況を打開するための魔法を唱える。
「アッハハハハハ!! 馬鹿かい? これだから下級生物は! 我が主がそんな事をする訳が無いじゃないか!? こんな虫共消えて当然だね――」
「……消えるのはあんたよ」
全開モードに移行し、先行したミラが目標を捉えた。指輪の距離もまだあと少し位なら大丈夫。
白翼の男性……と表現して良いのだろうか? 二十代前半、あまり俺と歳は変わらない見た目。前見た天使より明らかに天使っぽい奴が恐らくこの惨状の黒幕だ。暗黒の夜の闇を背負う彼の頭上には不定形の光輪が妖しく輝いている。
さしずめ生き残った少女を始末しに来た、といった所だろう。
その男の背後、教会の屋根から跳び降りたミラが魔法の槍を構える。
「天を抉る魔風の竜槍!!」
「! おやおや、これはこれは。魔族のお嬢様」
「なっ!? 避け――」
音の壁を割く槍の奇襲は、男の背後にまるで目があるかの如く、体をミラの方へ反転されるだけで躱されてしまう。
見た目から予想はついたが、やはり他の天使とは違うか……!
言語による対話ができる以上、あいつらの上位主、もしくは幹部だ。
「うら若きお姫様が一人でこぉんな腐った街に何の御用ですか?」
……気づいていない。
メルティに教わった魔法で透明化した俺にこの天使は気づいていない。
手に取ったミラの槍を即座に変換する。これなら……やれるっ!
(幻想展開仮想魔法・槍……!)
……思えばこの魔法もメルティのアイディアが発端だったっけ。
毎晩毎晩、馬車の中で皆が寝ている中こっそり抜け出して改良に改良を重ねたとっておきの魔法。
頼むメルティ。君の子孫を助ける力を貸してくれ――!
背を向けている白翼の男目がけて投擲する。
ミラほどの速さは出てないが油断しきっている今なら――!
「嫌だなぁ。こんな見るからにヤバそうなの当たる訳が無いじゃん。そこかな?」
ふわり。美しいとさえ思ってしまうその大きな白翼を羽ばたかせ、男は渾身の一撃を躱してしまう。
そして、結果を掴めなくて行き場を失った体に突き刺さる鋭い痛み。
いつ投げたのか、複数の真っ白な羽根が刃となって俺の肩や腹を貫いていた。
物質の接触によって自然と透明化も解けてしまう。
真っ赤に染まる白い羽。
怯えた少女を落ち着かせようと振り向き笑ったが、彼女の辛そうな顔は消えやしない。
あー……むしろ怯えさせちゃったかも。
「ハハッ! ねえどんな気持ちかな? どんな想いで僕を攻撃したんだいっ!? アハハッ!」
「シロっ!」
「――おっと、動くな。君もあの男の様に穴ぼこにされたいかい? 僕は女の子を殺すことはしたくないんだよ」
この子をこんなになるまで傷つけておいて……っ!
「ふざけた事をっ! ぐふっ……! この街を壊したのは……お前だろ!?」
「心外だね、僕は手を出していない。この少女、炎の賢者の末裔がやった事さ」
……嘘だ。じゃあ何でこんな辛そうな顔してんだよ?
「だろ? 君が! 大勢を! 殺した!! さあ、僕の前でッ! 自分の罪を告白してみろッ!!」
……やめろ、それ以上は、やめろ。
「……うっ……うう……わたしが……殺しました……。お母さんもお父さんも、お友だちも街の人も、みんな灰にしちゃった……ゆるして……ごめんなさいっ! ごめんなさいっ!!」
アッッッッハハハハハハハハ!!!
……くそ、黙れよ。
「この幼い少女はね! 僕が殺そうした時にあろう事か自分が助かろうと街を灰にしてしまったんだ! その未熟な賢者の炎でね!」
余程気分が良かったのか、胸糞悪い事にやたらと饒舌になりやがる……!
「そんなっ……! 結局あんたのせいじゃない!」
「違うよ。僕はやってない。その子が自分を選んだんだ。他を全て犠牲にして、ね」
「……ゆっるせないっ!! 絶対に、絶対に殺す!!」
ダメだミラ!
獣の様に怒り狂ったミラを涼しい顔で射貫く天使の男。もはやその顔にはミラに対する微塵の興味も感じられない。人が羽虫を殺すときと同じ、下位種族への哀れみなど無い冷たい殺意。
ミラの健康的な四肢から血飛沫が噴き出す。それと同時に吹っ飛ぶミラに引きずられ俺の体も教会の瓦礫に叩き付けられる。
泣き叫ぶ少女。もう誰も私の前で死なないで。そんな内容の声が夜に吸い込まれていく。
やっべぇ、もう痛みすらも感じてない。少女の声もどこか遠くで聞こえている。マジか。こんな敵がいるなんて思っても無かった。力量が……違いすぎる。
『シロ様! ミラ様! 大丈夫ですか!? 何が起こって……!』
直接頭に響くセトラの声。この瓦礫を隔てて向こう側で待機している彼女は戦いを直接覗けない為俺らがどうなっているかもわかっていない。
セトラの呼びかけにはミラは反応しなかった。
……はは、ミラの奴まだやる気だ。もう我を忘れてやがる。変身も今までよりももっと異形に近づいて、きっともうセトラの声すら届いていないだろう。
『セトラ、絶対に出てきたら駄目だ……。もし……俺らが死んでもお前だけは生きないと……』
『嫌です! お二人を見捨てるなんて!』
わかってくれよ……。お前はたった一つの希望なんだ。
昔のアトラと同じ様に、人類を導かなくちゃいけない。世界を救わないといけないんだ。
『頼む……セトラ……お願いだ』
『シロ様……!』
男が少女へ歩み寄る。それを追う様に辺りに衝撃波を撒き散らしながら、ただこの男を殺すという本能に身を委ねたミラが突撃。
当然俺もその移動に同行しなければいけなくなり、空を飛ぶように腕から体を持っていかれる。
迎え撃つは天使の羽根刃。しかし暴走したミラも腰の羽から展開した暗黒魔法で器用に羽根を一本一本を撃ち落としていく。
半分龍と化したミラの手のひらが男の大翼に届く。毟る様に純白の羽根を引き抜き、男が怯む間にすぐさま次の一手へと移る。
「こんのッ……!! 汚らわしい地上の化け物め!!」
俺はと言うと、男を拘束する為に空中でその小さな体を停止させたミラの勢いを引き受けるべく、男を挟んでミラの反対側、少女の目の前に叩き付けられる。
……ああ……今ので肋骨が折れた。他の骨に響く嫌な音を感じたから間違いない。
くそ、ちょっとはパートナーを思いやりやがれ……。
今、俺がやれることはあの暴走したミラと天使の男の間に割って入る事じゃない。
……伝えないと、彼女が生きた証を。
「……聞いてくれ。確かに君は大勢をその手で葬ってしまったのかもしれない」
「っ! ……うぅ……」
俺のその言葉に肩を震わせ顔を強張らせる少女。
ああ、きっと辛いだろ。自分の至らなさで日常を壊してしまったのだから。
メルティもそうだった。傷つくのを怖がり、怯え、だから臆病で内気だった。
でも……!
「俺は君の先祖を知っている。勇敢な賢者だった。かつて世界を救う大戦の時でも前線に出て共に戦ってくれた!」
「……ご……せんぞさま……?」
「ああ、君と同じように彼女も臆病だった。死者が出るかもしれない戦いの前はいつもこっそり俺に涙を見せていた!」
だがメルティは……!
「君の祖先は『自分』と『その他大勢の他人』の両方を救ったんだ! 最終決戦でも、その後のエルメリアでの生活の中でも!」
立派だ。俺にも出来ないかもしれない、偉業。彼女は努力だけで両方を勝ち取ったんだ。
「だから……だからきっと君にも出来る。だってあのメルティの子孫なんだ。君にも彼女と同じ穏やかな情熱が受け継がれている!」
「……そんな……でも……!」
背後で戦うミラの咆哮が段々弱々しくなっていく。
まずい、そろそろ限界か。
「火を宿せ! 今俺らを救えるのは君しかいないんだ!! 頼む、立ち上がってくれぇ!!」
「ハハ。きったない魔族の血を随分と浴びてしまった。心躍る演説をありがとう。その滑稽さ、少しは楽しませてもらったよ」
背後を振り返り、見上げると、その綺麗な白い羽を真っ赤に染め上げた天使の顔。
手はミラの髪を掴み、完全に変身が解けた真っ白な少女がぐったりと引きずられている。
「そうだね。魔族の血を浴びたのは不満だが久々に楽しめる戦いだった。君たちには敬意を表してこの街ごと消えて貰う事にするよ」
天使の男はそう言うと、意識のないミラを粗雑に放り、月すらも出ていない真っ黒な空へ駆け上がる。
「七天の主翼が一人、このラグエル=エンデュミオンが見せて差し上げよう! ああ、我が主よ、穢れた大地を穿つ蛮行をお許しください……ッ!!」
ちくしょう。その姿を美しいと思ってしまった自分が憎らしい。
昔話にあったっけな、罪を犯した人間たちを一人の天使が罰しに来るやつ。
幼心にもそんな調停者めいた絵本の天使に心動くものがあったっけ。
畏怖や憧憬。それはきっと物語の中の人類が抱いたであろう、遥か高みの存在への感情。
その光景を今、この目で見ているのか…。
天空に描かれる巨大な魔法陣。言うまでもない、先程男が口にした通り、ここら一帯を消滅させる気だ。
ここまで……か。
悪いなセトラ。あれだけ大見えきっておいてこの有様だ。
どうか今の内にお前だけは逃げてくれ。
――俺も、ミラも、言葉を紡ぐ気力すら失った中、ぽつりと小さく、かき消えてきまいそうな声が更地に響く。
「………つぐなうんだ……救うんだ…………!」
俺は、大空に描かれた死の恐怖の象徴を眺め諦めかけていたはず少女の目に、希望の炎が点る瞬間を見た。
それは生きる事への執着。破滅の光を前に、賢者の血を継いだ少女が立ち上がる。
ゆっくりと、震えた足を進め、天の魔法陣と対峙する。
「……こんどは……わたしが……ぜんぶ、助けるんだっ!!」
吹き上がる、爆炎。
その幼い背中に、かつての炎の賢者の姿を――確かに見た。
幼女が罵倒されて泣いてると凄くかわいそうです。
ラグエルさんを許してあげてください。