Q.54 賢者ボスラッシュ? ~炎の賢者編その2~
気づいたら日曜でした。
流血多め……かも。
身体は吹き飛んだ。
意識だけが別視点で撥ねられた俺を注視している。
弧を描くような綺麗な軌道。俺に一歩遅れて引っ張られた白い体躯。
俺の身体は強く地面に叩きつけられた後、ミラの身体を器用にキャッチした。
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「シロ! 起きなさい!!」
意識が身体に引き戻される。
腹に風穴が空いた感覚。と言うよりはもう感覚がその部分だけ無かった。地面は俺の血を吸ってどす黒く変色している。棒きれのような腕を使って、何とか上体を起こす。手で抑えようと脇腹を弄る。しかし手は空を切るばかりで肝心の傷跡は見つからない。見たら、実際にないと視覚で認識したら、それこそ終わりな気がして視線は常に前にやることにした。
「早く!! 避けないと殺される!!」
俺の見た目がそれほどに致命的なのか、涙ながらに叫ぶミラ。
遠方には燃え盛る天馬を従える少女の姿。どうやら俺の負けという形で戦闘が終わることはなさそうだ。手加減や情けという意志を感じない。いいや、違うんだ。フレイヤはどう見たって正気じゃない。眼が、気迫が、異常さを訴えている。
「――――――、――――。――、――――――――――――。」
光を失った眼で、ぶつぶつと人の言語ではない何かを呟くフレイヤ。明らかに焦点が定まっていない。何かに乗っ取られたかのように、うわ言を繰り返し、唸りを上げる業火の魔法陣と、光虫のように淡く瞬く呪文群が彼女の周りに展開される。
「……そっか……。そうだったんだね……。これが、お兄ちゃんの見てる世界……」
何を言っているんだ。
そう訪ねようとしたが、口は血を滝のように吐き出すだけで言葉が出なかった。べちゃり、塊で血を体内に捨てる。目眩が襲いかかるがそんなことはどうでも良い。
フレイヤは、あの子は確実に超えてはいけない領域へと踏み入れている。
指輪は今もまだ燦々と輝き続けて――。
……ここまで来て、ようやく彼女の異常の原因が俺であると気付いた。
まるでミラと俺が魔力のパスを通していたように、俺とフレイヤの間にも魔力の供給が行われていたのだろう。指輪を通してお互い知らず知らずの内に繋がっていたんだ。その結果は目の前のフレイヤを見れば理解できる。単純に天使の魔力が暴走している。ただでさえ賢者の魔力をあの年で操る負担は計り知れないものであるはずなのに、加えて天使の魔力までかき混ぜられたら抑えようがない。器は水の量に合わせて大きさを変えられないように、フレイヤの体も突然流れてきた魔力に耐えられなかった。
フレイヤが携えていた獣の姿が大きく変わる。女性の姿をした火の精へ。還るべき原初の精霊のかたちをなす炎に、直感が警鐘を鳴らす。
「――『神典・煌き燈す手綱』。こんにちは、あなたは……そう、サラマンダーって言うの……」
「――ぁ、ぇ。――――ぁ」
待て、それ以上は。そう言ったつもりなのにうまく声が出ない。
まずい、このままじゃフレイヤはガーデンでのセトラの二の舞いに――。
『――依代個体:フレイヤ・リヒトムート』
あの時と同じ声。無機質な、けれど脳髄まで響くような声。
立った。駆けた。
足は片方がどこかおかしいのか、土を蹴った感触さえ無い。
無いので次いだ二歩目で大きくバランスを崩してしまう。
――が、倒れない。ミラが、横で、支えてくれて、
「この程度なら手を貸したには入らないでしょ」
「み、ら……」
「あんなやばいのに逃げずに突っ込むなんて何か勝機があるんでしょうね!?」
『ほう、堕ちた魔道士かと思えば。今度の主はまた随分と幼いな。で、あれが敵か?』
「わわ、こっち見てるわよぉ! シロ!! うぅ。……信じるから、ついてくから、早くフレイヤちゃんを助けなさいっ!!」
は、はは、ミラの声が効いた。
声で返事をする代わりに、力強く頷く。
これと言って策もない。エーテルブレスは全弾発射済み、しかもフレイヤは広場の中央から大きく離れている。ここからは用意された布石も奇跡もない。だが……最善を尽くさなければ、誰かは死ぬ。
感覚が効かない方の足に、クラフトワークで編んだ短剣を突き刺す。唐突な自傷行為にミラがぎょっと驚く。その仰天顔は不意にも吹き出しそうになってしまった。今吹き出したら内臓まで飛び出しそうだが。
相も変わらず感覚がないのは不幸中の幸いだろうか。これで多少は固定力が増した。後は、走るだけ。
――ここで指輪を外すという選択肢はなかった。きっとフレイヤは途中から自らの身の異変に気づいていたんだろう。俺がフレイヤとのリンクを持っていると知ったら指輪を外すと、それを気づかせるための一対一。外せば少なくとも俺は助かる。だが、フレイヤは……無事じゃないかもしれない。
それじゃだめだろ。一緒に、そばにいていいかって聞いてきたのはそっちなんだ。
ありったけの魔力を注ぐ。フレイヤから吸い出される分でギリギリ上限になるように調節して。後のことはミラ達に任せるとしよう。
「『幻想万物の願望機:エンゲルヒェン』!!」
細胞が悲鳴を上げる。
「超超速度銀翼弾」、「粒子振動極彩剣」、「光速飛翔白銀翼」、「致死劇薬黄金爪」、「熱源圧縮煌紅砲」の仮想同時展開。原典魔法の展開ほどではないにしろ今の俺は限りなく天使に近づいているんだろう。
精霊が臨戦態勢に入る。そのときにはもう、ミラの手を取り前に踏み出していた。
オフィエルで距離を詰める。大きく一歩目。
起動しかけの紅蓮の魔法陣をフルで潰す。更に二歩目。今度はしっかりと地に足がついた。進める!
『……む。もはや人ではなかったか。ならば』
しかし、精霊の慢心もこれまで。
魔道士の究極系、限りなく無に近い自然現象から魔法を生み出す力、星のバックアップを受けた力が襲い掛かってくる。
地面が裂け、空が割れ、俺目掛けて炎が吹き出してくる。まるで天災だ。
それらをファレグでかき消す。
周囲からは夥しい数の炎獣が隙を伺い、飛びかかってくる。まるで悪夢だ。
それらをハギトで殺す。
……が。三歩目が一向に埋まらない。
神経を削る攻防。一手一秒でも遅れたら灰と化す。僅か数秒しか経っていないはずなのに、もう三日三晩猛攻をいなしている気さえしてくる。
意識を取り戻したのかフレイヤが苦悶に歪んだ顔で俺の姿を見ていた。
「指輪外して……わたしは良いから……っ!!」
「く、そ……! 良い訳あるか! 死んでも外さねえ!!」
「やなんだよぅ……。また……燃やしちゃう……。わたしのわがままで、お兄ちゃんが……。もうそんなのはやなのっ!!」
「自分の力から目を背けるな!! 大事な人を守りたいなら力を振るわなくちゃいけないんだ! 俺も……頑張るから!! この力でフレイヤを助けるから、だから!!」
フルの残弾、三十六発。全弾発射。
ファレグの残存魔力を一点集中。
反動をオフィエルの推進力で補う。
頼む、これが最大火力だ。届けっ……!
「返してもらうぞ、天使の力!!」
『ぐっ……! 押しきれん……だと!?』
三歩目!! ……当たる、いや、当てるっ!!
「レプリカ:ベトール!!」
手の装備を真空の刃に換装し、頭を狙った炎柱を真一文字に叩き割る。返す刀で、ひねった身体で、勢いをつけて精霊を真上へと切り上げた。
直後、大地を揺るがす轟音は止み、雲を跳ね除けた晴天が顔を覗かせる。
終わった……?
『ふん……。認めよう、少年。しばし眠りにつくとする。宿主を悲しませるなよ?』
精霊は、陽炎のように、蜃気楼のように大気と混じっていく。
フレイヤはと言うと完全に意識を失い今にも前方へと倒れそうだ。
「……っと、と」
抱き上げた肢体は異様なほど軽かった。けれど息はあるみたいだ……。
胸を撫で下ろすように大きくため息を一つ。
それで線が切れたのか、俺の意識はぷっつりと途絶えた。
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「――あ、あぶなぁ!!」
お、重いぃ……!
フレイヤちゃん抱いたまま後ろに倒れるとかどれだけよこの男! 今の私にそんな筋力ないんだってばぁ!
腕が耐えられなくなる前に二人を地面に寝かせる。
フレイヤちゃんは……どうやら無事みたいね。
シロは……外傷多数。一番酷いのは最初の突撃を食らった腹部ね。肉が抉れて欠けてる。焦げついてるお陰で出血はまだ少ない方だけど放っといたら命にかかわるのは明白ね。次に……足。こっちは骨を避けてるからかきれいに治るでしょ。後は軽い火傷や切り傷だけね。
応急処置として治癒魔法を唱えてみる。けどこれじゃ絶対安全とは言い切れないだろう。
「ミラちゃん! これ使ってあげてぇ!!」
争いが収まったのを見計らってガブリエルちゃんが駆け寄ってきた。
「ちょうどいいところに来た!」
手渡された薬瓶を半分シロに飲ませ、半分負傷箇所にかけてあげる。染みたのか一瞬シロの顔が苦痛に歪んだけど、まあ効いている証でしょ、多分。
「おにいちゃん……だいじょうぶかなぁ……?」
「この程度で死ぬやつじゃないわ」
千年前ぶち殺そうとした私からのお墨付きですもの。
「……ま。今回はよく頑張ったわほんと。褒めたげる」
ふん、幸せそうな顔しちゃってまあ。頬をつついてみる。
でもかっこよかったわ。……ほんのちょっとだけね!
「……むふふー。ミラちゃんも幸せそうな顔だねぇー♪」
「う、うるっさいわ!! 今のナシ、なしだから!! シロに言ったりしたらただじゃおかないんだからね!」
「はいはいわかってますよぉー♪」
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「で、どうしよう。流石に意識不明の二人を連れてあの男と戦えるほど私も器用じゃないわよ?」
しかも一人離れられないのがいるし。今日に限ってはとんだお荷物ね。おまけにシロのやつ死後硬直みたいにフレイヤちゃんをガッチリ抱いて離さないんだからもうお手上げ。
「一度態勢を立て直す? わたしも今はもう戦闘向きじゃないからねぇー」
「そうしましょ。ここでむやみに突撃してまた洗脳されでもしたら、いつまでたっても終わらないし」
シロとしては一刻も早くセトラとクアを助けたいんでしょうけど、退き時は必要だと思う。
ふと、ガブリエルちゃんの顔を見てると、なんとも珍しいものを見たような顔をしていた。
「え……なに? 何かヘンな事言ったわたし?」
「ミラちゃんのことだから、『さあ突撃よっ!』っていうかと思ったよぉー」
「ガブリエルちゃんにもそう思われてたのね……。ちょっとショックだわ」
シロの偏見よ偏見。わたしが戦闘バカだって勝手に思ってる分には良いけど他の子にも影響するんだからやめてほしいわ。これでも一応元王様よ? 英才教育ってほどの教育を施してくれる大人は周りにいなかったけれど、王族として生きてきたんだからバカにしないでいただきたいわね。
「ともかく、戦略的撤退よ。町の様子も気になるし一度下に降りましょ」
「おっけぇー!」
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その後、階段を下に降り町民の様子を診てから宿に帰った。
私達が谷底に降りたときには既に日は沈み、蓄光石の街灯が夜のリファブールを照らしていた。町を覆った魅了魔法は効力を失ったのか、町民は普段の仕事に戻っていたのが確認できた。とは言え圧倒的に女性が減っている。男ばかりが残され、中には女物の服を扱う店を男性が切り盛りしているとか、何だか罰ゲームのような光景も目についた。
宿のベッドに腰掛ける。ようやくシロたちを下ろすことが出来て一段落。ガブリエルちゃんに持たせるわけにも行かないので、潰れそうになりながら運んできたんだけど!
「で? ソルレーヌ君はどこに行ったのかなぁ~?」
あの子は仲間じゃなかったの!? どうして私が一人でシロを担いで来なきゃいけなかったのよ!!
「あれ、ソルレーヌくんいたんだぁー。てっきり二人だけかと思ってたよー」
「いたわよ! 上に登ってきた時は一緒だったのにいつの間にいなくなっちゃったのよ、もう!!」
私が言うのも何だけどほんっとうにまとまり無いわね!
でもまあ、シロが寝たきりな今は探しに行くわけにも行かない。ガブリエルちゃんに探しに行けっていうのも酷だろうし。
「明日シロが動けるようならそのまま突入するわ。多分まともに動けないでしょうけどまあ私で何とかする」
「ん。じゃあ今日はここまでだね。疲れたよぉー」
「しっかりと休んでおいてね。明日は今日以上にハードかもだから」
「ミラちゃんもねー。じゃあわたしはお風呂入ってくるねぇー」
ばたん。扉がしまる。え? 私は?と言いかけて理解した。
……そうか、シロがこんなんじゃあお風呂に入れないじゃない。
隣でなおフレイヤちゃんを抱きしえてる男にデコピンする。眉が歪む。
デコピンする。顔が歪んだ。
トドメにも一発デコピンする。痛そうだ。
……くそぅ。なんで私がこんな目にぃ……!
明日。リファブールを襲った異変を終わらせる。
ええ、なんとしても終わらせてあげるわ。私のお風呂の為にもね!!
……。何も書くことがないのでさらっとおしまい。
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