Q.52 賢者ボスラッシュ? ~土の賢者編その2~
ミラVSソルレーヌその2。
今一度確認しよう。
バゼッタ・ミラ・エイワーズには魔王の力はすでにない。
魔界での対ラグエル戦、自身の魔力量を限界まで使用して勝利を得た代償として彼女の中の魔族としての魔力は霧散した。いや、アーレアでお世話になった呪術師のおばあさんの話しぶりからして、正確にはミラ自身が中に封じ込めているといったほうが正しいのだろう。兎にも角にも今ミラは能力的には魔術の天才レベルだろう。人類の才有る者が一生涯を賭してようやくたどり着けるであろう領域に、たった一月程度で至ったのは称賛に値する。だが、それでも世界を相手取るには足りないのだ。規格外の存在相手には、特に。
で、だ。
ではなぜミラは魔術師の上位存在である賢者と互角、いやそれ以上に渡り合っているんだ?
ミラが取り出した剣がソルレーヌを捉える。
魔族の身体能力はもう、ミラの体にはない。例え体が動きを覚えていたとしても、骨格、筋力的に追いつけないから。
ミラはその溝を魔法で埋めていた。
高速移動を可能にするにはどうすればよいのか。
単純な話、筋力はそのままに軽くなればいい。力が同じで重さが異なるのならば、当然軽いほうが動かすのは楽だろう。
「とはいうものの……。なんて無茶しやがる……」
あろうことかミラは体内の戦闘に不必要な部分を、俺のすぐ横に置いて行った。
視認こそできないように細工してあるが、ここにあるのは間違いなくミラの本体と呼べる部分だろう。繋がりがある俺だからこそわかるがまず、初見の敵だったら分かるはずがない仕組み。
幸いにもソルレーヌは俺とミラの詳しい事情をまだ知らない。離れられないということは知っているが、それが何mなのか、離れた場合にどの程度のペナルティを受けるかなどは知らない。
ミラを形どる人形がソルレーヌの金色の絹のような髪を切り捨てる。間一髪とはまさにこのことだろう、寸でのところでミラの細剣を避けたソルレーヌの顔にはもはや戦闘を楽しむ余裕はなかった。
「あははぁ……ソルレーヌくぅん、天才の余裕はどこ行ったのかなぁ?」
むしろミラの方が楽しそうである。
「うっ……。まさかミラお姉ちゃんがここまでやるなんて……」
距離をとるソルレーヌ。剣士に近接戦は不利だと判断しての行動だろう。事実ミラの剣技はたとえ魔術の加護を受けていないとしても相当のものだ。俺とて曲がりなりにも剣を使うものとして基本的な剣術は学んでいるが、ミラのそれは比べ物にならないほど精錬されていることは見ればわかる。
魔王直属護衛騎士団NO.2の剣技。単純に考えて魔界第二位の剣術は伊達ではなかった。
加えて獲物はレイピアに近い剣身が恐ろしく細い剣。
速さに特化した今のミラの戦闘スタイルに抜群にかみ合っている。
「やぁあ!!」
一振り、また一振り。
返す刃さえも高速。目にも止まらない速さで繰り出される連撃をギリギリ万物の一の錬成でいなすのがやっとといった様子。
ソルレーヌが岩の刃を一つ創り上げる間にミラは三、四手の斬撃を生み出す。剣にも何か魔術的なかごが施されているのか、岩など歯牙にかけず豆腐のように両断されていく。
にしても割とずるがしこい戦法だよな、あれ。
ミラの外側とはいえ、あれもミラの一部。かといって完全に内部まで塵にでもならない限り致命傷には至らないだろう。死に至る致命傷を負いやすい内臓、魔力を貯める概念組織なんかは、あの高速移動しているミラの中にはない。
つまり、彼の勝ち目はもはやこのトリックに気付き、俺のすぐ隣で生きているミラの本体を叩くことに限られた。
まあ、みすみすそんなことを俺がさせる訳もない。現状、ソルレーヌは詰んでいた。
となると、一転してソルレーヌの方が心配になる。ミラの奴……、いくら何でも仲間を本気で斬らないよな……? どうやらソルレーヌの戦闘スタイルを見る限り、彼に防御の見立ては何もない。刃を避けていることから明らかなように、万物の一以外の魔法を使わない彼にとって守りは他の賢者よりも手薄なのだろう。さすがに体を変成させたりすることで生身ではないとは思うが、ミラの剣を直撃することを頑なに避けている。
「くぅ……!」
ついに直接刃を受け止めるまでに至ったソルレーヌから、同じ男とは到底思えないやけにハイトーンな苦悶の声が漏れた。……うん、不覚にも、かわいいと思ってしまった。
「苦しい? 苦しいよね? でも私の恨みはこんなものじゃないから!」
ん?
ミラの様子が何やらおかしい。
戦闘を楽しむ以外に何か怒りの感情のようなものが流れ込んでくる。
「私知ってるんだから! おととい! 私が寝てるときにソルレーヌくんシロに、ま、ま、またがって……その、いろいろしてたよね!! あれ何なの!?」
げ。見られてたのか、あれ……。
可能なことならその話は俺としても触れられたくはない。
「あ、あれはー……」
口ごもるソルレーヌ。その間にも、ジョットエンジン付きの風船のように変幻自在の動きをするミラから繰り出される斬撃は、目に見えて加速していく。
「ちょ、ちょっと待って! わかった、話す! 話すから助けて!!」
ほんの数センチ。あと少しミラが剣を差し込めば、それはソルレーヌの柔肌を割き、喉を蹂躙するだろう。
ぺたん。鬼のような気迫に押され、ついにソルレーヌは華奢な体を自身が生成した地面に預けた。
両手は頭の横で挙げられ、降参のポーズをとる。目は自身ののど元にくぎ付け。何とかまだ健康体であることを噛み締めるように凝視している。
「お、お兄さぁん……、たすけてぇ……」
「悪いソルレーヌ。こういうのを自業自得と言うんだぞ」
・
・
・
決着はついた。町の外観も元に戻し、ひと段落。
では蟠りを解消すべく、ソルレーヌの口から直接真相を語ってもらうとしよう。
「えっとね、ミラお姉ちゃんはホムンクルスって知ってる?」
「うん、まあ知識程度だけど。人工生命体だったっけ?」
「そだよ。それをシロお兄さんとぼくの二人で作ろうとしてたんだぁ」
……。
…………。
………………。
えへへー。と笑うソルレーヌ。凍る場の雰囲気。
「おいこら、話をそこで終えるな。また盛大に誤解が生まれるだろ」
ほら言わんこっちゃない。ミラは顔を真っ赤にしてショート寸前だ。
「正確にはそのための素材を俺からもらおうとしたんだからな。勘違いするなよ」
「……へっ? え、ああ、うん……」
「魂が廻らない状態にあるなら別の方法で人類増やしたらいいんじゃないかなって思ったんだけどねー……」
「結局、倫理的な問題もあるし、素材も……まあ手に入れにくかったから諦めてもらったんだよ」
うん、どうもソルレーヌは箱入り娘として育てられたせいか常識に欠けるんだよな。テラさん、甘やかしすぎにも程があるだろ……。
「……ぅー。……一応は納得したわ。それで? その素材って何なの?」
「あー、…………あー……………」
何を隠そう、俺がこの件について触れたくない理由がこの部分なのだ。
人類衰退を憂いて、賢者の力を利用して仮の人類を作ってみる。まあ命を作るという行為について目をつむれば、ソルレーヌの動機にそこまで問題はない。……本当に憂いているかは別として。
「ふーん、ミラお姉ちゃんもホムンクルスの作り方に興味ある?」
くすくすと小悪魔じみた笑みでミラの耳元に歩み寄る少年。
見た目が見た目なだけに、蠱惑的なその笑みは妙に様になっている。
聞かせるべきか、聞かせないべきか。
いや、ミラにはなんだか純粋なままでいてほしいというか、それだからこそのミラというか。
ソルレーヌがミラの耳に唇が降れるかどうかまで接近した瞬間、俺は二者の間を手のひらで遮った。
「っ? え? どしたのシロ?」
「あー何でもないぞ。世の中には知らなくていいこともたくさんある。ソルレーヌも、これ以上ミラをからかうのはやめてくれ」
「ぶー。錬金術の素晴らしさを伝えようとしただけだもんー!」
それが本心なのか、はたまた演技なのか。
「ってか、お前催眠かかってないだろ?」
「あ、バレちゃった?」
恒例の舌をチロリと見せるしぐさ。こういう所があるからいまいち捉えどころがないんだよなぁ、ソルレーヌは。どちらかというとアトラ寄りというか、どこまでが本心かわからないあたりが特に。
ともあれホムンクルス騒動から話がそれたことに内心安堵しつつ、追及を続ける。
「もしかして朝からか? 俺に対して魅了の効果がかかっていたならおとなしくミラと戦うはずがないもんな」
……それ以前に同性に対して魅了の効果があるかどうかってのはあるんだけど。それについては言及しないでおこう。いろいろと不安だし。
「そだね。さっきのは単純に二人と手合わせできるいい機会かなーって思って利用させてもらっちゃった☆」
もらっちゃった☆じゃねーよ!
下手したら誰か死んでてもおかしくなかったぞあれ!
「にしても、外の魔術師は変わった魔法を使うんだね。魔法を風に乗せて運ぶなんて見たことも聞いたこともなかったよ」
「……なるほどな。だから町一帯に効果があったと。ここは谷になっているからどちらに風が吹こうが充満するだろうしな」
存外に鋭い子だ。伊達に賢者の名を冠していないな。おっと、魔法の解析もできないどころか、眠ってばかりの怠け者の話はこの辺にしておいてやろう。
「さて、すると困ったな。あいつからしたら俺らに手を下すのはとても容易。しかもこちらはあいつの居場所さえ分からず、超武力的な仲間を人質に取られてる、と」
「あ、居場所ならわかるよ? それを教えるために二人の元に戻ってきたんだしね!」
「え? まじで?」
うん、一つうなずいたソルレーヌは上を指さす。空? いや、あれは――、
「谷の上、僅かに残ってる集落にあの人はハーレム王国を作るんだってさ」
あ、何だろう。すごく頭が痛い。
なんでこんなバカが考えたバカみたいな計画に振り回されなければいけないのか。そんなバカと今後行動を共にして胃に風穴が開かないわけがない。主にそんな悩みが脳を蝕む。
「でねでね、聞いてよお兄さん! あの人本当に気持ち悪くてね、ぼくのお尻を服の上からなでたりしてきたんだよぉー!?」
あろうことか男の身(女装)で男にセクハラされたというソルレーヌを慰めるべきなのか、あいつに対してざまぁ!って罵詈雑言を投げつけるべきなのか、もう考えるのも面倒くさい。
「そっかぁ……それは災難だったな……はは……」
ただ、これで考えはまとまった。
「行くぞ、ミラ、ソルレーヌ。誰が来ようと最速であいつの元までたどり着いて、現実を見せてやる」
もしフレイヤとかセトラとかガブリエルに不埒な行為を働いていたら、骨も残らないと思えよ大変態!
~~~
「うおっ! なんだ今の殺気……!」
なんつー殺気だよオイ。
あれか? 彼女を寝取られたどっかのイケメンリア充がブチ切れてんのか?
フハハ、ザマーミロだぜ!
「オレはここにオレだけの楽園を創るんだ。どうせあと数年の命ならどう使おうが勝手だろ……」
楽園に男は二人もいらねぇ。オレなら女の子の面倒も見てやれるし、何より愛してやれる。口先ばかり、外面だけでモテてきたテメーらとは違うんだ。
ほら、例えばこの黒髪の巫女さんだって。
すっげえ整った顔つきで、谷の女の子なんて敵じゃないほど可愛いし。
唇なんて薄いピンクで……柔らかそうで……。
「ぐっ、やっぱ、できねえ!!」
ふ、ふん! 今はまだその時じゃないからな! もっとこう、なんていうんだ? ムード?的なものがないと喜ばないから!
そういえばこの巫女さん、白髪の男と一緒にいた娘だよな……?
今はここの警護をさせてる、ちっこいけど大人しくて妹気質な娘。
もうひとり、同じくらいの年の明るそうな金髪の娘。
……厚かましくも堂々と寝てやがる蒼髪の美少女。
そういや、催眠がかかってるはずなのに、偶然お尻に手が当たったら変態だー!って言って飛び出してった金髪の娘もいたな……。
ま、まさか……! 全員あいつの彼女なのか……!?
だったら許せねえ。
一人くらい分けやがれください!
あーいう奴がいるから俺みたいにつまはじきにされてあぶれる奴がいるんだ……。くそう……。
「絶対に、あいつはおれが叩きのめす! 全モテない男の敵だ! 見てろよ、俺が……絶対に……」
勝ってみせる。
新しく目覚めた俺の力、「世界を統べる暴風」で……。
いや、「魔黒風の暴君」のがかっこいいか……?
いやでもまて「紳士の旋風」も……。
「ね、ねえ君、『世界を統べる暴風』と『魔黒風の暴君』と『紳士の旋風』だったらどれが一番かっこいい?」
寝てるばっかならせめて相談に乗ってほしい。そう縋りつく思いで蒼髪の少女に尋ねてみる。
「ぜんぶださ~い。まだシロのがましかも~」
……~!!
ぜったい、勝ってみせる!
そう強く心に誓い、来るべき時を夢想し目を閉じた。
ダメだ。どうしてもこの章はギャグに寄ってしまう……!
てことで当分はどの子も痛い目に合わないかもね。
いや、一人確実に痛い目を見るのは確定してるんですけどね。
本当はクアには犬のように鎖でつながれて風の賢者の靴をなめさせてやろうかと思ってましたけど、いくら何でも可哀そうなのでやめときました。
私、クアちゃん嫌いなわけじゃないんですよ? むしろポンコツでかわいいので好きです。
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