Q.51 賢者ボスラッシュ? ~土の賢者編その1~
ここから寝取られた賢者たちとの連戦です。
「ハーレム、ねぇ……」
何かを憂うように、俺の隣でぽそりとつぶやくミラ。
「なんだよ。あいつのことか? それとも俺のことか?」
しまった、と慌てて口元を両手で抑えようとする彼女だが、もう遅い。
俺の隣で歩むその速度こそ緩めはしなかったが、どこか気まずそうに目を伏せる。
「どうして何人にも手を出すんだろうなーって思っただけ。本当に好きだったら一人でいいじゃない」
どこか棘のある言い方。それは思い当たる節があるからで、俺自身がその現状を何とかしなきゃと思っているからで。
続けて、
「私は大好きな人が自分を好きでいてくれるなら嬉しいけど、その『好き』を他人にも分け与えてるって知ったらなんだかもやもやする。やっぱり一番じゃなきゃやだなぁ」
素直に、包み隠すこともせずに告げられる。
大きく、くりくりとした深紅の目に見つめられて、何て言えばいいのかわからず身じろいでしまう。
「……ま、すぐにとは言わないけど、いずれは決着をつけないといけない話だと思うし。シロがガーデンで答えを出さなかったのは私たちを想ってのことだって知ってるから。でもちゃんと結論は出してほしいな」
――たとえ私を選ばなかったとしても、ね。
最後の一言は消え入りそうなほど弱く、震えていた。
何が世界を救う、だ。ミラ一人にしても不安にさせているくせに。
「安心しろ、うやむやにはしない。戦いが終わったら、必ず想いに答えるから」
「……なーんて。シロはどう思ってるのかなーっておちょくってみただけ!」
「お前なあ……」
可愛らしく舌を出す姿はまさに小悪魔。いや、魔王だったんだけど。
今のは演技だったのか? だとしたらフレイヤの悪いところだけを的確に学んでいて質が悪いぞ……。
「町の異変が異変だったし、ちょうどいい機会だと思って。ほら、久しぶりに二人っきりでしょ? こんなことみんなの前じゃ聞けないから」
「それもそうだけど……。で、具体的にどうするよ」
「セトラ達があっちについてるのが厄介ね。私はともかく、シロじゃ防ぐことはできても絶対攻撃できないでしょ」
う……。確かにその通りかもしれない。クアはともかく、フレイヤやガブリエルが攻撃してきても、反撃するところを想像することができない。
「そっちは私が何とかするから。シロはあの変態をどうするか考えておいて」
「変態って……」
「変態でしょ。どうせあれが風の賢者の子孫だろうけど、あれと一緒に旅をしなきゃいけないって考えるだけで気が滅入ってくるわ」
「仲良くやってくれよ……?」
変態、そのワードに呼応するように記憶の糸をたどる。たしか、アイツも――、
かちりと記憶が紐解かれる音、同時に襲う眩暈を今回は辛うじて噛み殺す。
「あ、何か思い出した?」
「ん。ちょっとだけな。ヴィントのことを」
セクハラ、風呂覗き、数多くの罪を重ね、そのたびにアトラを始め女性メンバーに半殺しに半殺しにされていたお調子者。ただ一人の例外はいたにはいたが、基本女性に目がなく、ある町ではアイツのせいで出入り禁止になったこともあった。
「……。ごめん、やっぱ変態だったわ」
「あぁ、確か最終決戦も第一声が『めっちゃタイプです! 付き合ってください!!』だったもんね……。わぁ、先祖代々筋金入りだったなら……、うん。救いようがないわね」
「あれでも一応風の賢者だったんだ。一応……」
「はぁ……。これほど気が進まない賢者探しは初めてかも」
露骨にため息をつき、町の入り口の門をくぐる。
「そう言うなって。セトラ達と手合わせできるって考えたらミラだって楽しいんじゃないのか?」
一瞬、きょとんとした顔を浮かべ、そして、
「……ええ、そうね。とーっても楽しいに違いないわ。感謝しなきゃ」
悪魔と呼ぶにふさわしい歪んだ笑みを浮かべるミラであった。
……久しぶりに、ミラの扱い方を間違えてしまったのかもしれない。
・
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「シロ! 右からフレイヤの魔法!」
「わかってる! くそっ、敵に回すとこうも面倒くさいとは思ってなかった!」
燃え盛る炎の獣が、右方から三匹。
当然その速度はミラと手をつなぎながら走る俺なんかよりも当然早く、着実に距離を詰めてくる。
本来魔法というものは直線的な動きを基本とする。ミラのような一般的な魔法使いは自身の体内の魔力を外界に具現化して発射するが、賢者は勝手が違う。自身の魔力に加え、外界、自然から魔力を借り受けることができる。それ故に魔法の動きに規則性が無いのだ。俺やミラも直線的な動きを複雑化して魔法に組み込むことで、炎魔法などの再現は可能だが、それはあくまでも真似事に過ぎない。
つまり単純な話、相殺しにくく、避けにくい。
たとえフレイヤの意思を読み取ろうが、フレイヤと彼女の魔法の魔力は別。独立した機構として成り立っているため、確実に避ける手立ては無い。言うならば魔法自身が意思をもって俺たちを襲っているのだ。
ただ一つ、これを突破する手立てがあるとするなら――、
「く、超超速度銀翼弾――」
広範囲高速射出魔法。圧倒的な制圧力を持つこの魔法なら!
翼刃を発射するため、片翼が展開しかけたところで、
「だめっ!」
ミラの劈くような叫びとともに天使の魔法がかき消される。
まただ。ガーデンの地下水道でミラと戦った時から数えてこれで二回目。
ミラと魔力のパスが一部繋がっているからなのか、俺がいくら使おうと確固たる意志をもって発動しようが、強制的に効力を失うようになってしまった。
「天使の魔法は使っちゃダメって言ったでしょ!?」
「けどなあ! これ、余裕ぶってたら死んじまうぞ!」
「う、やあぁ!!」
ミラがすんでのところで炎獣の魔法を打ち消す。
だが、それも一匹。
その隙にミラのいる左側に回り込んだ一匹と、俺の方から一匹!
やば、これどっちかは絶対当たる。
瞬間、脳裏に血に染まるミラが見えて――、
「ミラ!!」「シロ!!」
俺がとった行動は、ミラ側の一匹の排除。
彼女がとった行動は、俺側の一匹の排除。
……。イマジナリクラフトで急ごしらえした、華美な宝剣がどっと重く感じる。
息があっていると言っていいものか判断しかねる。
「またあんたはそうやって!」
ぽん!と小さな握り拳を腹に突き立てられる。
「ミラだってやったこと同じだろうが! 俺はまだ耐えられるけど、お前は――」
――今は普通の女の子なんだから。
言いかけた言葉が、何よりも彼女を傷つけるとわかって飲み込んだ。事実、ミラはすべての魔法使いの情存在である賢者の魔法を、拙いなりにも打ち消している。何とかみんなと一緒に戦えるようにと、プライドを捨てて修練に励んだミラを否定することはできない。
「――悪い。進もう。こんなの、長引いたら心臓がいくつあっても足りない」
「――ふふ、ぼくを前にしてそんなことできると思う?」
ふわり、スカートの中が見えそうな(実際見えた)角度から一気に飛び降りる少女――少年。
しまった、こいつがいた。
ソルレーヌが何ともまあ楽しそうな顔で俺たちの前に立ちふさがる。
「まさか、あいつに操られて……」
「ふふ、どっちでしょー? 本音を言うと一度お兄さんとは本気でヤってみたかったんだよね。お兄様を倒したセトラを倒したんだから、挑まないわけにはいかない、よっ!」
――万物の一。
本が瞬く。
見たこともない言語が可視化して彼の周りで軌道を描いたと同時、
「ふっとべー!」
谷の岩壁を変化させ、大きな拳を象ったモチーフが生まれる。ジャイアントゴブリンのような丸太大の太さを持ち合わせたその腕をなんの躊躇もなく叩きつけてくる。
太陽はすっぽりと覆われ、町が夜になったかと錯覚を起こしてしまうほどの大きさ。
「だ、だめ……、あんな大きいの私じゃ止められない……」
いくらなんでも、と首を横にふるふる振る彼女の顔には青筋が浮かんでいた。
それもそうだ。線や点を重ねたところで圧倒的な質量の前にはかなうまい。
だったら……!
「へ、ひゃっ! ちょ、なな何やってるのよ!」
おー軽い軽い。片手でミラを持ち上げる。ちょっとおなかが圧迫されるかもしれないが我慢してもらおう。死ぬよりはよっぽどいいだろ。
「おろせー! おろせー! おなか触るなぁー!!」
「ほら、暴れるなって。舌噛む、ぞ!」
地面から、屋根。屋根から岩壁。
ひとまずはあれを避けるために上へと昇るしかない。幸いにも風の谷の構造上足場には困らない。
セトラの身体強化がここまで役に立つとはな。
「わ、わ、ひゃあぁ! もっとゆっくり! 慎重に! お願いだからぁ!」
「もたもたしてたら捕捉されるっての!」
次々と隆起する岩。鋭く尖った槍状のみと思えば、今度は横に広い壁。一手一手自分の技を試し、有効打を探っているみたいに攻めてくる。
これ、ちゃんと後で元に戻すんだろうな、ソルレーヌよ?
質素な作りだった町はもはや跡形もなく、現代オブジェが並ぶ名称のアトリエと化していた。
「やるね、お兄さん。じゃあ、これはどう?」
巨腕の上にたどり着き、ようやく安定した足場を手に入れる。
そう思った直後、俺の踏んでいるポイント、右足の接地面のみが砂になった。
「おわっ!!」
思わずバランスを崩し、視界が傾く。
辛うじてミラが手をつかんで引っ張り上げてくれて助かった。
くそ、錬金で岩の時間を加速して変化させたのか……?
詳しい原理はさっぱりだ。ソルレーヌの強さは正体不明という部分にこそある。魔術ならまだ対処しようがあるが、錬金術は何が決定打になるかがわからない。
魔法をぶつけようとしたところで形状を変化させられたらそこまで。
無機質がある場所、つまりこの世界全域が彼のフィールドになりうる。
「うひゃあ!」
今度はミラの床が落ちた。
「ぽけっとしてると落ちちゃうよ? それ!」
どこからか、くぐもったソルレーヌの声が聞こえて。
べこん。
それが合図だったかのように大きく音を立て、今度は俺とミラを中心とした円状に穴が開く。
重力に体が引き寄せられる感覚が襲ってくる。
「にゃろう……!!」
咄嗟の判断。落ち行く途中でミラを抱きしめる。すぐに腕に穴をあけ、中に退避することで落下を免れた。
意外にも、腕のオブジェの内部は空洞だった。初めからそうだったのか、隆起させていく上で中身を削ったのかは定かではないがぽっかりと洞窟のように穴が開いている。
無理やりこじ開けた後ろから差し込む光。
暗闇できらきらと反射する金色の髪は紛れもないソルレーヌのものだと、一目でわかった。
「あ、みつかっちゃった。落とし穴作戦は失敗だったかも……」
残念そうに眉を下げるソルレーヌ。どうやらここに隠れたまま勝ちを手に入れるつもりだったらしい。
「こっちにはラッキー持ちがいるんでな。ほいっと」
腕からミラを下ろしてあげる。扱いがなってない!とか、おなかが圧迫されて吐くかと思った!とか、ぽかぽか俺を殴りながら喚いているがとりあえず無視。
じっとソルレーヌを見据える。
さて、困った。俺はどうにも仲間に甘い。手に持った宝剣でソルレーヌに切りかかることはおろか、殴ることだってできることならしたくない。
「どうしたのお兄さん? ぼくと戦うの、いや?」
「ああ、できれば戦いたくない。ソルレーヌが本気な以上、傷つけない保証ができないからやだ」
「あははっ! お兄さんらしいねっ! でも――」
――ぼくは本気でお兄さんをヤっちゃいたいな♪
目の前のソルレーヌが唐突に形をなくす。いや、違う。あれは人形!!
声がした方向は、後ろ――!
振り返った時には、もうすでに直前にまで近づいたソルレーヌの顔と、土から錬成したのであろう黒鋼の剣が差し迫って――。
空洞内に反響する金属音。
「へぇ……。やるじゃん、ミラお姉ちゃん」
「ふふん。見ておいてシロ。今のところ助けられっぱなしだったからいいとこしっかりと目に刻み付けてあげる」
見たこともない細剣を手に取ったミラが、俺と、奇襲が失敗し一歩引いたソルレーヌの間に割って入る。
ミラが細身の剣をくるくると振り回すたびに空を切る音が小気味よく響く。
たなびく銀の髪、流麗な剣の扱い。
その後ろ姿はミラのくせになんだか様になっていて。
「これでも剣術は魔王直属護衛騎士団の中でも二番目だったんだから! いくわよ、ソルレーヌ。全力で防ぎなさい」
小さな剣士はそう告げると、剣の切っ先をソルレーヌへと突きつけた。
お疲れ様です。
今回はミラとソルレーヌという、今まであまり触れなかった組み合わせです。
まあミラちゃん過度の人見知りだからね。あまり接点なくてもしょうがないね。
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