Q.50 培ってきた旅の絆はいずこへ?
ラブコメ過剰摂取回。
眼前に映るは武骨な岩肌。
乾いた風が砂と共に荒廃を運ぶ地にて。
俺は無様に大地に這いつくばっていた。
どうして……どうしてこうなった……!
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風の谷リファブール。
ガーデンの人工的な純白の街並みとは異なり、風の谷の建物の多くは岩肌から生えていたり、埋まっていたり。ガロニアの森の樹内モールを思い出すような自然の構造を生かした造り。
ただそれでも人は少なくなく、鉱物の加工品を主とした市場がちらほらと開かれ、その周りに集まっている。とはいえどもう夕刻。店じまいをする店も中にはあるようでどちらかというと帰宅途中の人々を狙った一日最後の稼ぎどころといった感じだろう。
「ついたぁー!!」
ガブリエルが嬉しそうに飛び跳ねる。
それもそうだろう。今まで彼女は移動しようと思ったら自前の翼があったし、移動した先でやる事といっても破壊と殺戮の二択だったのだろうから。
初めて自分の足で、人間としての体で、誰にも縛られない心で世界を旅したんだ。彼女にとっては辛い旅路だっただろうけれどそれでも苦い顔一つせずここまで俺たちと歩いてきたんだ。
その辛ささえもきっと彼女にとって幸せなことに違いない。
「こうして色々なものを見て旅するのって楽しいだろ?」
「うんー! わたしがねっ、知らないものばっかりだった! 人も、魔獣も、植物も! ぜんぶっ! でも……ちょっと疲れちゃったかもー」
「うん、ガブちゃんに賛成。今日は宿をとって調査は明日以降にしない?」
セトラも天使の魔力の残滓を体内に宿しているとはいえ、基本は人間の魔術師に戻っている。ここ数週に及ぶ大移動は堪えるものがあったのだろう。よく見るとみんな疲れが色濃く顔に現れている。
特に……ミラ。
「くぅ……。やっと着いた……のね……? 一般魔法使いに肉体労働は苦痛……」
どの口が言うのか。
「ともあれ、無事についてよかったよ。途中何度もひやひやした場面あったけど、まあ大事に至らなくて安心だ。宿を見つけるまでもうひと踏ん張りだぞ」
そうそう、フレイヤが巨大怪鳥に攫われそうになったり、ソルレーヌの錬金実験で異界の魔獣が召喚されて大変だったり……。
と、災難続きの日々の回想に入ろうとしていると、
「うぇ~? 元気過ぎない? シロは疲れてないのぉ~?」
珍しく馬車から降りて自力で移動しているクアが俺の身を案じてくれた。
「んー……。正直そこまでだな。ほら、俺みんなと違って戦ってないしさ」
「あたしも戦ってないけど疲れたよ~?」
「クアさんは歩いてもないでしょうに……」
「えへへ~、だって馬車の備え付けベッドがふかふかで気持ちよくてぇ~」
こんなことなら馬車を買うんじゃなかったと、クアの堕落に心底公開している様子のセトラをよそに、
「……お兄ちゃん、おんぶ……して?」
「あーっ。フレイヤちゃんだけずるいよぉー! わたしもわたしも!」
「お兄さんぼくもいいかな? いいよねっ!?」
我慢の限界からか唐突に困ったちゃんになってしまう年少組。
「あーはいはい。いいけど仲良く交代な」
とりあえずフレイヤを背中に乗せるが、「むぅ……これが若さゆえのごり押し……」だの、「わ、私はここまで来たら絶対に一人で宿まで行くんだから!」だの、「ねぇねぇー早くかわってー!」だの。
実はこいつら元気だろう、と疑いたくもなる活力。
結局代わる代わる俺の背中を遊具か何かのように使用し、三巡目に入るかといったところで宿についた。
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柔らかな日光の光を浴びて、徐々に視界に色彩が宿っていく。
谷でも日は指すんだな、なんてどこか見当はずれに納得する。
視覚に続き、次々と感覚が冴えてくる。
嗅覚、何だか良い香りがするのは気のせいだろうか?
触覚、何やらおなかの上に柔らかくて温かいものが?
聴覚、何だろ誰かが俺の名前を呼んでいる気がする?
「――……よ、おはよ、おにいちゃん……♡」
「――うおっ!?」
具体的に説明するとするならば、確実に語尾にハートマークがついているだろう甘ったるい声。
俺の腹上には頬を朱に染め、吐息がやけに艶っぽいフレイヤがいた。寝そべる俺に跨る形で。体温が直に伝わって――、
理性が激しく警鐘を鳴らし、思わず反射的に右に逃げようとするも、
「えへへぇー。逃げちゃだーめっ!」
「ひぃ!」
昨晩じゃんけんで決めた部屋割りが別なのに、どうしても隣で寝るといって聞かなかったガブリエルに抱き着かれる。
か、かか、顔が近すぎるっ……!!
そうだ、ミラ!
ガブリエルの拘束を体の回転を利用して引きはがし、逆側を確認しようと試みる。良くも悪くもガードが堅い(耐性が無いとも言う)ミラならこの状況を――、
「すぅー……、すぅー……」
憎たらしくも背を向けて熟睡していらっしゃる。あ、旅のダメージを回復し終えた自慢の白銀の髪が良い匂いだ……。
じゃなくて!! 助けろよ、パートナーがいろんな意味でやばいこの状況から助けてくれよ!
フレイヤが体勢を低く、俺の顔の位置に自分の顔が来るように――キスをしようと接近する。
「おい、ミラ! 起きろ! 起きてくれ!!」
「おとなしくして……お兄ちゃん……」
「ああもう!! 誰か、誰でもいい!!」
もういっそ残りのメンバー(セトラ、クア、ソルレーヌのじゃんけん負け組)の誰でもいいからこいつらを止めてくれ!!
そんな俺の願いが通じたのか、ガチャリとドアが開く音。
滑らかな黒髪を後ろで束ねたアレンジされた巫女服の少女、セトラ。
一番後でめんどくさそうなのが来た!!
けど、もう後でどうなってもいい。いいからどうにかして――、
「シロが……私を呼んでる……」
「お前もか!!」
一体どうなってるんだ!? ミラ以外の全員の様子がおかしいってもんじゃない!
何かの魔法? だとしてもどんな意図があってこんなへんてこな催淫魔法を?
「ミラっ! お前のほしいもん何でも一つだけやるから起きてくれ!!」
「……絶対ね? 忘れちゃ怒るから」
ぴたり。時間が止まったかのように全員の動きが停止する。ただ、今にも覆いかぶさらんとしているフレイヤの目がぱちぱちと動いているあたり、実際に時間が止まったわけではないみたいだ。俺も体は普通に動かせるし。
「ミラの魔法なのか、これ?」
「ほら、前に針みたいに細い魔法弾見せたでしょ? あれの応用版よ」
「応用版?」
これのどこがあれの応用なのか、いまいちピンとこない。
「微細な魔法の粒を空間に固定したの。正確には寝る前に万が一を想定して固定しておいたんだけど」
……。そこで説明は終わりなのか、気だるげに眼をこすりはじめるミラ。
「え? ごめん全然わかんないわ」
「はぁ。シロって魔法の想像力には欠けるよね。抵抗ってわかる? 要は触れた面積が多いとモノって動きにくくなるの。今のフレイヤたちは魔法弾の粒で出来た壁に埋まってるようなものよ。だからほら、動けないし、しゃべれない」
「つ、つまり今のフレイヤには何をしても無抵抗……。ごくり……」
「……元々フレイヤは無抵抗でしょ。てかそんなことさせる前にシロも固定しちゃうけど」
「冗談冗談。……で、この状況どう思う? 明らかに魔法の効果だよな、これ」
「私は魔力感知が出来なくなっちゃったから何とも言えないけど、まあ十中八九そうでしょうね。ただ天使のやり方にしてはまどろっこしすぎると思う」
「だろうな……あいつら今はガブリエルがいないから位置が特定できないだけで、場所さえ分かってたら無理やりでも襲える力があるから……」
「だったら原因は町の方にあるのかもね。とりあえず町に降りてみよ」
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「いい? シロに触れでもしたら両手足縛って目隠しさせるから!」
「ぶぅー……シロおねえちゃん意地悪……」
「やだぁー! お兄ちゃんに抱っこしてもらうのぉー!」
「シロ……好き、大好き、私が一番好きだよ?」
「ねぇねぇ、お姉ちゃんにかまってよぉ~」
「お兄さんぼくのこと嫌いなの? 好きだよねっ?」
あぁ……うるせぇー……。いや、うれしいんだよ? うれしいけどさ。なんか違うよねこれ。
「宿に置いていくって選択肢はなかったのか?」
「それは危ないと思う。何を目的としているかわからない以上、まだ一緒にいたほうが助けやすいし」
「んー。それもそうだけどさ。これじゃあ人目引くだろ」
傍から見たら女の子数人を侍らせてるやばい奴だ。今までもそうだっただろうと言われればそれまでだが、普段のこいつらはこんなにデレてくれないから今日は余計に目を引く、と思う。
すると周囲が気になっていたせいもあり、町の異変に気付いてしまう。
「ミラ、これって……」
「うん。この魔法、セトラ達だけじゃなく町全体に効果が及んでる」
昨日は賑やかだった町も、全く機能していない。いや、人はいるのだが、誰も彼も……その、イチャイチャしているのだ。おかげで店の系統はどこも閉まっているし、全体的に互いの名前を情熱的に呼び合う声でうるさい。
「なんなんだ、これ……」
こんな魔法をかけた奴の気が知れない。しかもこれだけの広範囲となると相当な実力者であることが余計に、無性に腹が立つ。力があるのなら、もっと人のために使ってもいいんじゃないかと、つい思ってしまう。そんな思いは俺のエゴであり、他人に押し付けるものではないとわかっているけれど、それでもずっと力が無くて歯がゆい思いをしてきたからそう思ってしまう。
いったいこの魔法をかけた奴はどんなやつなのだろうか。
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しばらくの探索の後、少し町から離れた小さな公園にて今までとは一線を画す光景が目に入る。
町の住民とは異なり、たった一人でベンチに腰を下ろしている俺と同じくらいの年の青年。
彼はぶつぶつと、
「あぁ~なんで町の女の子たちはオレに見向きもしないんだよ……。そもそも彼氏いたらそいつとイチャイチャすんじゃんオレのバカぁ……」
うん。どう見たって間違いなく彼が犯人だろう。
隣を歩くミラと目が合い、そして心が同調する。
「ミラ」「シロ」「「あいつを殺ろう」」
「ちょうどいい魔法の練習相手ね。天を抉る魔風の竜槍・偽」
「クラフトワーク・エーテルブレス。久々にミラの魔法精製したな。一応、威力は抑えとけよ?」
じゃあ。せーのーでっ!!
二人同時に、男の頭めがけて魔法の槍を投擲する。
一つは周囲に白銀の風を纏った槍。
一つは目に刺さるような光る桃色の槍。
本人の腕力に依存せず、魔法の力を推進力に変え、突き刺さらんと男に迫る。
「うぉ!」
気づかれた! けど当たれば問題なし!
男の目の前にまで二対の槍が近づいたその時。
吹き荒れた一陣の風。槍は風に巻き込まれ、形をなくした。
「っと、あっぶねぇー!! 誰だよオレのハーレム妄想の邪魔するの――、って……」
~っ! 威力を抑えたとはいえあの威力だぞ!?
それを詠唱もなしのただの風で薙ぎ払ったのか……?
「かっわいい~!!! ねぇ、そこの超レベル高いかわい子ちゃんたち!!」
「は?」
この状況で俺とミラの攻撃を全く意に介せず、女子組に意識が向いているのか、こいつ……?
俺があっけにとられたその一瞬。あまりの
男の目が桃色に怪しく輝き、
「オレのモノになれ!」
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――こうして俺は大切なものを失った。
「理不尽だっ!!」
「いや、うーん……。あの男の考えもわからないわけじゃないのよね……」
一体俺が何をしたって言うんだ……。
「無自覚なのがああいうのには一番効くと思うんだけど、それをシロに分かれっていうのも酷かぁ」
などとブツブツ独り言をつぶやく白銀の少女。
残ったのはただ一人。
俺とリンクしているミラだけだった。
「……どうしよ。これって結構一大事なのでは?」
ここまで命を懸けて集めてきた賢者の子孫三名+元天使二名の離脱。
このままの状態が続けば当然世界の滅亡は免れない。
「問題はあの魅了の魔法の効果がどこまで続くか、でしょうね」
「魅了……。たとえ魔法の効果とは言えど男としては辛いものが込み上げて……」
セトラだって、フレイヤだって。
仮にも、ほら、好きって言ってくれた女の子たちである訳で。
「ね、ねえ、私は魅了されなかったじゃない? ってことはつまり――」
「ああ! 魔力による契約で魅了が効かないんだな!! 朝の魔法にミラだけがかかってないのも同じ……!」
「……っ! ……ばーか……」
ぷいっと踵を返し、町の方へと速足で向かうミラ。
どうやら指輪の制止を歯牙にもかけていない様子だ。
「え……? おいちょっと待て! それ以上離れると――」
俺とミラの距離およそ5m。
「「ぐえっ……!!」」
喉の奥から漏れる濁った叫び、二つ。
「ぅ……忘れてたわ……これ……」
「いくら成長したとはいえ……痛いもんは痛いのな」
蹲り、おなかを抑えてとても不服そうな顔で俺を見つめながら、
「しょうがないわ……一緒に探してあげるから」
「ああ、あいつらがいないと……とても困る」
「ふん。……不本意だけど、何度も助けてくれた仲間だもの。私も自分の欲に溺れるほど堕ちてないわ」
「お前ってさ。ほんと変ったよな」
つい。本音が漏れてしまった。
旅の初めの頃はセトラに対してせいぜい協力関係止まりのの余所余所しい接し方だったミラが、ここまで
「何よ、もしかして私のこと情が薄い奴だって思ってた?」
「いや、そうではないけど……意外だったから」
「……昔は……仲間なんていなかったから」
ミラにいたのは忠臣のみだったと聞いた。
実際以前刃を交えた時も、最期はミラ一人対俺たち全員だった。
「わ、わかったら早くいくのっ! あいつが何しでかすかわかんないしっ!」
「あ、ばか!」
駆け出すミラを止めようとするも間に合わず――。
再び、町外れの広場に二人の野太い悲鳴が響いた。
あけましておめでとうございます。年末投稿できなくて本当にごめんなさい。
今回も今までと比べるとあまり長くないので申し訳ないです。
これからは何とか週一で投稿できると思うので、また読んでいただけたらと思います。
何とか年内に完結させたい所存です。小説関連の今年の目標はそれですかね。
では、次回!
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