SS3 勇者たちの休息
息抜き回。
「……ねえ、シロお兄ちゃん。……付き合ってほしい……」
ガーデンの穏やかな昼下がり。
年に一度の祭りも終わり、落ち着きを取り戻しつつある日常に小さな騒乱の種がまき散らされる。
「フレイヤ……さん? えっとそれはどういう……」
さっきまで談笑していたセトラとミラはぴたりとその会話を止め、固唾を飲んで俺とフレイヤのやり取りを注視しているであろうことは部屋の異様な静けさから容易に読み取れた。唯一聞こえるのはクアの寝息くらいのもの。俺の前方、フレイヤのいるさらに奥で紅茶を啜っている途中のガブリエルと目が合ったが、可愛らしさの残る苦笑いの後すぐに逸らされてしまう。あっ、助けてはくれないんだな。
えっ、なにこの気まずい感じ。もういっそ一刻も早く外に出たいんですけど。
「わたしを図書館に連れて行ってほしいの……。本、返さなくちゃだから……」
「付き合う」ってそっちかよ……!
地獄のような連続デートの後だからかついついそっちの意味だと。
「あ、あー! そうだった! フレイヤちゃんが見つけてくれたガーデンの資料借りっぱなしだったね!」
そこはかとなく安心したような声色のセトラ。
「じゃ、じゃあ私も行かないと! ほら、シロとの接続復活しちゃったから!!」
そして何でお前は嬉しそうなんだ、ミラよ。
むやみやたらに指に嵌められた指輪を主張する。
「……あぁ、そっか。そのめんどくさいの復活したんだ……」
「めっ、めんどくさいっ!?」
「だってそれがあるとまたミラお姉ちゃんのお風呂にお兄ちゃんがついてくるんでしょ……? わたしは別にいいんだけど……そのたびにお姉ちゃん混乱してお風呂壊したりするから……」
「そ、そんないかがわしいやり取りがあったのー!? ってことはこれから……わたしも……」
「見ないから! 万に一つ見ようとしても目隠しさせられるから!!」
通常ではありえない習慣に目を丸くするガブリエル。まあ、ごもっともな驚きだろう。普通、男が女風呂に入ったら即お縄だからな。やむを得ない事情とはいえそこら辺の常識はまだ俺の中に残っていた。
「それはそれで十分変態っぽいよぉー」
「いや、むしろ被害者として助けてほしいくらいなんだけど……」
フレイヤのめんどくさい発言には俺も首を縦に振って同調したい所である。毎度毎度「足を踏むなー!」とか「ちょ、ちょっと体に触らないで!」とか「いい? 体洗い終わるまでそこで両手足拘束されたまま正座!」とか。面倒くさいを通り越して俺にとっては軽く拷問なのだ。
日々の生活。食事、着替え、トイレ、就寝、と数々ある生きる上で必須ともいえるイベントの中で最も苦痛な時間だと言っても過言ではないのかもしれない。
最も初めのころはミラだけでなくセトラやフレイヤが近くで真っ裸になっているという事実に脳がパンクしそうではあったが、それをはるかに凌駕するストレスが次第に楽しみを削っていき、女の子との入浴ということにおいては俺以上に動揺しない人間はいないだろうという境地にまでたどり着いてしまった。
慣れって恐ろしいね。
「まあ、かといってミラを置いていく訳にも行かないからな。いいか? フレイヤ?」
「ん……。とくに問題ないよ……」
「じゃあ、行くか」
そこから割とスムーズに(ミラが服をどうするとか、寝癖がどうとか、一、二悶着あったがいつも通りである)宿を後にすることができた。
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図書館への道すがら、不意に思い立ったかのようにミラが口を開く。
「そういえばさ、シロ。パメラの妹も図書館にいるんじゃないの? 確か本好きって言ってたわよね?」
「やっば。すっかり忘れてたわ……。そうだな、図書館行けば何か手掛かりはつかめるかも」
彼女には色々とお世話になったことだしな。……もちろん精神的にも。
思えばガーデンでは色々と学ぶことが多かった。前まではゼロに等しかった自身も、少しはついた気がするし。何より今は「全員で生き残って平和な世界を迎える」という譲れない確固たる目標も出来た。
それもこれもパメラさんやガブリエル、俺の中の間違いに真摯に向き合ってくれた人たちのおかげなのだろう。
もしかしたら次の目的地次第によって遠回りになるかもしれないけど、セトラにお願いして村まで挨拶に行こうかな。
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「あら、数日ぶりね。随分と見違えたけど」
「パ、パメラさん!?」
「お、後ろにいるのは『アリスちゃん』、もといフレイヤちゃんじゃないか!」
「エレナさんっ……! そ、その話はやめてぇ……」
図書館で俺たちを待ち構えていたのはよく似た風貌の女性二人組。
片方はご存知お世話になったパメラさん。その隣にいるのが――エレナさんと呼ばれた女性。パメラさんと比べるとやや活発なイメージの気さくそうな人だ。やり取りを見る限り、この人がフレイヤに本を貸してくれた人なのだろう。
「ちょっと用事があってきちゃった。ほら、シロ君にわざわざ訪ねてもらうのも申し訳ないし」
「あのバカ王、今回の魔力検知結果をすぐにでも渡しに来いなんて横暴ってのにも限度があるってことを知らないからねぇ……」
と、エレナさんがパメラさんの言に同調する。
バカ王って……確かパメラさんからしたらテラさんは兄だよな。つまり妹であるエレナさんから見ても兄だよな……。それをバカ王って……。
「あ、シロ君とミラちゃんかな? 自己紹介がまだだったね! アタシがこの書庫を管理している王室専属記録室室長のエレナ=メティスだ! ま、記録室なんて名ばかりで配属されているのはアタシしかいないんだけども」
快活に笑い、握手を求められる。快く応じ、こちらも、
「どうも。シロと――」
「ミラ・エイワーズ」
「――です。フレイヤがお世話になったみたいで……」
「いやいやー、世話なんてかからないほど優秀だよフレイヤちゃんは。ぜひうちで雇いたいほどにね!」
「……あぅ。……今は……冒険があるから……ごめんなさい……っ」
「ふっふっふー。いいんだよー、フレイヤちゃんが来たかったらいつでも歓迎だから!」
……? 一体この二人の間に何があったのだろうか。知らないところでフレイヤが他人とのコネクションを築いていることに驚きだ。
「それで、今日はお礼を言いに来たんですけど」
「お礼なんて言われるほどのことはしてないわ。今回、未来は君自身が掴み取ったもの。バッチリ観測させてもらいました」
「観測……? 用事って今回の事に関係あるんですか?」
「ええ。私達は二人でガーデン内外の観測をしているの。私がガーデンの外にいる理由の一つね」
「あのバカ王――兄はせめてアタシ達二人だけでもって身分を隠させてガーデン付近に置いてくれてるの。まあ感謝はしてるけどそのお陰で過労死寸前なんだけどね!」
その割には元気そうなんですけど。という言葉は言わずに飲み込んだ。
賢者のためとはいえ、複雑化してしまったガーデンの内部事情は恐らく想像しているよりも過酷だろうから。
「今日は、先日シロ君が交戦したセトラさんのデータと、ガブリエルちゃんを撃った天使のデータ照合と解析ね」
「あの男型の……」
先日ガーデン上空に現れた未知の天使。一瞬にしてガブリエルの命を絶った光線の魔法が脳裏によみがえる。
「ガブリエルちゃんに当たった攻撃については正直な所、『何も分からない』ってことしか分からなかった。命を強制的に奪うなんてよほどの権限がなければできないし、もし仮に無条件で発動できているならもう私たち人類は全滅でしょうから何か対策は打てそうなのだけどね」
「まだ解析途中だけどねー。天才に不可能はないから、絶対に魔法構造を暴いてやるつもりよー!」
「兄が、『解析が済んだらシロに送ってやれ』ってうるさくて。よっぽど好かれちゃったみたいね」
「テラさんそんな事言ってたんですか」
何だか単純にうれしいかもしれない。あれだけ『人類』を象徴したような生き方を貫く偉大な人に認められるなんて。
「ああ、あとソルレーヌのこと私達からもよろしく頼むわ。一応同じ血を分けた姉妹だし。王宮ではあまり良い扱いじゃなかったらしいから」
「任せなさい。先輩冒険者である私がしっかり面倒見てあげるわっ!」
あー出ちゃったよミラの悪い癖。すぐ調子に乗るのそろそろどうにかならないのだろうか。
「お前はまず自分の事だ。魔法の技量じゃソルレーヌに負けることもあり得るんだからな?」
「……ミラお姉ちゃんも一緒に特訓する?」
「わ、わかってるわよ! ……自分が一番……」
「ミラちゃんも自分に自信を持つことね。ひょっとしたらシロ君よりも、ね」
「……。そのアドバイス、有難く受け取っておくわ。きっと本当にその通りだから」
きっとその自信は聖庭祭の夜、地下水道で発動した魔法に関わっているのだろう。
天使の魔法が消滅した現象、あれがミラの潜在的な魔法なのかはわからないが……。まあなんにせよまたミラと肩を並べて戦えるように、今度は俺が追い付かれる側として待つ番だ。
「あきらめない。シロとみんなと楽しく旅を続けたいからね」
「ふふっ、ガーデンから応援してるわ、頑張ってね」
「しっかりと観測しておきなさい、数年後には『ミラ・エイワーズ叙事詩』とか発売する予定だから」
果たしてそれが虚勢なのか、自信なのか。
その件については、またおいおいミラとは二人で話し合うとして、
「重ね重ねになりますけど本当にありがとうございました。お二人の協力が無かったら今頃世界は終ってた。パメラさんは謙遜されるけど、あの言葉はしっかりと俺の中に残ってますから」
これからはもう、自分を決して卑下しない様に。
こいつらと、並んで進める様に。
「ええ、忘れないでね。貴方は誰がなんて言おうとガーデンの英雄。そして勇者よ」
「はい! お世話になりました!!」
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「歩いたからか何だかお腹減っちゃった」
「ダメだ。セトラに夕飯は皆で食べに行こうって言われてるから我慢しろ」
「ちぇ。まあいいわ。もうそんなガーデンにいられないでしょうからたらふくおいしいもの食べないとね」
「……パンが食べたいなぁ……」
「パンかぁ……いいわね! 後でセトラに二人で交渉しよっ!」
ミラとフレイヤの会話を聞きつつ、なんだかんだでガーデンの数日は目まぐるしくも濃密だったと思い返す。
天使をやめたい少女と出会い。
天使になった少女と戦い。
みんなの心の内を知った。
本当に沢山の事が起き、俺の中の価値観も大きく変わった。
今隣にいる二人が屈託なく笑えているのだから、この旅はきっといい方向に進んでいるんだろう。
このまま、こんな幸せな休日が続けばいいなと思ってしまう。
でも、あと少し。むしろここからだ。
今ある平穏の礎にはきっと過酷な戦いがあったのだから。
この笑顔のまま最後を迎えられるように。今日という休日を噛み締めて。
あと少し――明日の為に戦おう。
一応明日に四章から六章までの人物紹介を入れるつもりです。
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