Q.46 フレイヤのきもち?
必然的にフレイヤちゃんの精神年齢が一番高く見えてくる不思議。
「……おまたせ!」
宿屋の入り口からぴょこりと外へ出てくるフレイヤ。
いつものローブ系統の服を脱ぎ捨て、目一杯のオシャレを身にまとっている。
恥ずかしがり屋な彼女にしては珍しいフリル付きのスカート、黒いワンピースのせいもあってかどこか大人びた印象を感じさせる。
当の本人が相変わらずぽやーっとした顔つきなので背伸びをしている感は否めないけど。
あと、何だか寝不足なのか……? まだ寝る時間にはやや早いがすでに眠そうである。
とまあ、いつの間に買ったのかと突っ込みたくなる服装ではあるが、きっとそこは男である俺が立ち入ることができないキャッキャウフフな休日の出来事なのだろう。……くそう。だから男友達が欲しいんだよなぁ。
「…………。ん」
何を思ったか、フレイヤはおもむろにスカートの裾を捲し上げる。
フリルの隙間から覗く、健康的な生足が妙に艶めかしい。
もはやまともに直視できない辺りまでスカートを持ち上げると、
「……むぅ。…………なにか感想とか、ない?」
やや不満げ(眉毛的に)にぽそりと問いかけてくる。
あぁ、なるほど。足じゃなくて服を見て欲しかったのか。てっきりフレイヤのダークな部分が開幕から全開なのかと冷や汗ものだったけど。そう言う事なら、
「そうだな、メルティが成長したらこんな感じなんだろうなって、ちょっと懐かしくなったかも」
「……シロお兄ちゃんおじちゃんくさい」
「えっ!? マジで!?」
か、かなりショックだぞ……。だってまだ俺十代だし……。いや確かに千年生きてることにはなってるけど!
「じゃあもう一回、ちがう言葉で」
どうやらリテイクがお望みらしい。そして要求と同時に意図を察する。……おませさんめ。
「いつものフレイヤと違って、大人っぽくて可愛いよ」
「……。……ひゃくてんまんてん……。えっと、じゃあ行こうか……」
分かりやすく顔を赤らめる。か、かわいい……!
軽く感動する俺をそっちのけで、手は繋がずいつものように服の裾にしがみつくフレイヤ。最近は離れ離れでこうやって甘えてくることも無かったから、何だか新鮮な感じである。
「うん、うん。やっぱり、ここが一番あたたかい……」
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「フレイヤはどこか行きたいとこあるか? 俺まだこの街について詳しくないからさ、どこか行きたい所があるなら案内してくれないか?」
「ん……普通は男の子がリードするんだよ……?」
「うっ……! 滅相もない、です」
今までのデートにおいてもはやテンプレと化していた発言について、十歳も年下の女の子に突かれる。
……男として恥ずかしい限りだった。そして他のみんなもそう思っていたのだろうか。たらりと冷や汗。
「ふふっ、でも優しいお兄ちゃんならそう言ってくれると思って、昨日の夜に行きたい所調べてたの。そこに行ってもいい……?」
と、一人勝手に落ち込んでいる俺を厭わずに、救いの手をさし伸ばしてくれる。
これですよ! ミラには皆無なこの圧倒的女神成分! やっぱりフレイヤは俺の心のオアシスだと、改めて実感する。
「もちろん! って、だから眠そうな顔してるのか。楽しみにしてくれて凄く有り難いけど、無理はよくないぞ?」
「えへへ、バレちゃった……。でも今日が来るのが待ち遠しくいらいすっごく楽しみだったから……」
「うん、それは俺もだ。最近はこうやってフレイヤとゆっくり話せる時間無かったからなぁ」
目的地に向けて歩を進め始めたフレイヤに足並みを合わせる。
「……魔界で、がんばったんだよ。怖かったけど、わたし、……ちゃんと戦えたから」
「ああ、頑張ったな。心配してたけどこっちで元気なフレイヤ見て安心した」
「心配だったのはこっち……! 前も言ったけど、もうお兄ちゃんに会えなくなると思って……」
「はは、悪い悪い。でももうこれからは大丈夫だから。どこにも行かない。みんなと一緒に最後まで旅するよ。……セトラとも約束したし」
そう言った数秒後に後悔する。
ぴたりと足を止めたフレイヤ。
「やくそく? 約束ってなにを約束したの……?」
やんごとなきオーラ。強烈で鮮烈なデジャヴに似た何かがほんの一瞬脳に浮かび上がる。……包丁…………?
「そ、そんな大した約束は――」
「うそ……。後でセトラお姉ちゃんに聞けばわかっちゃうよ……?」
断殺、ごまかす暇さえ与えてくれそうにない。
無表情なのに目が怖いとは一体どういう事なのだろう。この話題を簡単には終わらせてはくれないつもりらしい。
「ぐ――。……セトラに……その、あれだ。好きだって言われた」
「やっぱり……。あからさまに上機嫌だったし、クアお姉さんの『屋台行くお金ちょ~だい!』をすんなり、しかも笑顔で聞き入れた時点でおかしいなとは……思ってた」
ちょっとは胸に押しとどめておいてくださいよセトラさん……。 あいつ自分が良ければそれで良いとか思ってるんじゃないだろうな?
「……それで、ここからはわたしの予想。シロお兄ちゃんはその想いにちゃんと応えてない」
その一言は断定の形で締めくくられていた。見透かしたように、きっぱりと。
「な――」
「まって。今のは質問じゃないから……答えはいらない。聞いちゃったら揺らいじゃうから」
そう言い終わると、フレイヤは大きく一つ息を吐いた。
元々体温の高い彼女だからか、その吐息は周りの空気を白色に染め上げる。
「――うん」
体内の空気を入れ替えると、決意の表情、目つきに切り替わる。
「わたしはシロお兄ちゃんが好き。初めて会ったあの日から、ずっと、ずっと好き」
「フレイヤ……」
「シロお兄ちゃんの隣にいると暖かくて好き。仲間想いな優しさが好き。ちょっとえっちな所も……まあ嫌いじゃない」
待て。真に不名誉だぞ、最後の一つは。好きでやってるんじゃなくて偶然に偶然が重なってああなってるんだ。誰も好き好んでミラやセトラにボコられにはいかない。
そんな俺の心の反論にかまうことなく、フレイヤは言葉を綴りつづける。
「――わたしは、シロお兄ちゃんの隣にずっといたい。一人で頑張りすぎてぼろぼろなお兄ちゃんを助けたい、力になりたい。あなたが大好きだから。みんなの笑顔を見て笑うそんなあなたが、大好きだから」
――だから、ずっとあなたの隣で生きていきたい。
…………。
それは願望でもあり、決意でもあり、フレイヤの思い描く未来でもあった。
……これまた随分と情熱的な好意の伝え方だ。これも炎の賢者に起因してたり。言っちゃ悪いがセトラよりずっとちゃんとした告白だった。年上の貫禄などあったものじゃない。
「……だめ?」
かと思えば、そう上目遣いでねだってくる姿に年相応な幼さを感じさせる。
「いや、だめ……というか、嫌……じゃないけど」
事実、嬉しかった。好意を面と向かって伝えられて、また一つやらなきゃいけないことができてしまった。
生きる、目的を。
「……っ! いいか、だめかで応えて! わたしはそんなに待てない。もし明日シロお兄ちゃんが居なくなったらって考えちゃったら、心が……燃えちゃいそう」
心が燃える。そう表現した彼女は今も耳まで顔を赤らめていた。決して寒さだけではない。恥ずかしがり屋な彼女が最大限の勇気を振り絞った証だろう。
痛いほど想いは伝わった。
「おねがい……っ!」
けれど、
揺れ動く。セトラか、フレイヤか。とかではなくて。
ここまで熱心に、悪く言えば盲目的に俺を好きでいてくれる女の子が、俺を見失ったらどうなるだろうか。
セトラにはああ言ったが、確実に生き残る術など今のところこれっぽっちもない。
仮に明日ガブリエルを撃ったあの天使がやってきて、果たして俺は勝てるだろうか? 生きて次の日を迎えられるだろうか。
あー……どうしたものか。
動揺、焦り、不安。それらがくるくると釜の中で混ぜられたように捉え処がなくなって、最早どうすればいいか見当もつかない。
「――ひゃっ!!? お、おお、お兄ちゃん……!?」
気が付いたら俺の両腕は唇を真一文字に結び震えているフレイヤを抱きしめていた。
「ごめん。フレイヤ、今はこうやって抱きしめることしかできないや。お前が嫌いだからとかじゃない、ただ……」
「うん……」
フレイヤの相槌は震えていた。今にも泣きそうな声色。もしかして隣の彼女の顔にはもう涙が流れているかもしれない。
続きを言おうとして、震えているのは自分もだということに気が付く。
でも、フレイヤが暖かくて、落ち着けて、次の言葉を絞り出すだけの勇気をくれた。
呼吸を整えて、
「怖いんだ。生きるって決めちゃったら、急に死ぬのが、消えるのが怖くなった。お前の傍にいるって決めても、その約束を破っちゃいそうで……」
セトラの一言に生き方を変えられたばかりに。今まで身を潜めていた死の恐怖が押しつぶさんとばかりに迫ってくる。
あいつはこんな重圧に毎日耐えながら生きてきたのかと。俺なんて、ただフレイヤとこんな話をしているだけで制にしがみつきたくなるのに。あいつは。
……自分の保身の為こんな小さな子に弱さを見せてしまう。まるで自分がいる事を確かめるために彼女を抱きしめる。
自分がどれだけ最低なことをしているか、それをわかってて彼女に甘えているんだ。こんなこと言われても辛いのは彼女のはずなのに。帰ってこない返事を待ち続ける事がどれだけ怖いか、さっき彼女が伝えてくれたのに。
だが、
「そっか。でも、わたしはそんなお兄ちゃんの弱い所も好き……だよ?」
フレイヤは嫌な顔一つせずに、抱きしめ返してくる。
「……。ごめん。俺フレイヤが思ってるより全然強くない」
「しってるよ」
「みんなを護り抜ける自信も、本当はまだない」
「しってる」
「……。だから隣で力を貸してほしい。この戦いを生き抜けるように」
選んだ選択肢は、またも約束の先延ばしで。
でも俺にはそれしかできなかった。
明日も生きている保証がないこの世界で、大切な人に「大好きだ」なんて言えるほど、……強くない。
それを言えるのは、それこそテラ王のような――、
「それで……良かったんだよ。お兄ちゃんははずかしい事だって思ってるかもしれないけど、わたしは、わたしたちは仲間でしょ? つらい事は分け合いっこしなきゃ」
でも、それだとフレイヤは……。
「お兄ちゃんは自分を苦しめてまで変わる必要は、ないんだよ。わたしこそごめんね……? それを知ってて、シロお兄ちゃんにつらい選択をさせるところだった。わがままで……ごめんね」
「……ごめん、本当にごめん。俺がもっと強かったら。フレイヤの気持ちにも応えてあげられるのに……!」
「ううん、いいの。お兄ちゃんが頼ってくれたからわたしはこれからも隣にいられる。一人で頑張らなくていいんだよ。わたしも頑張ってこたえ、待つから。ね? 一緒に、がんばろ?」
彼女の小さな掌は優しく俺の背をなでる。
彼女の言葉に、行動に、救われる。
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「シロお兄ちゃんがちゃんと生きようって思ったのって、やっぱりセトラお姉ちゃんの告白のせいなの……?」
フレイヤの目的地への道すがら、不意に肩を並べて歩きながら尋ねてくる。
遠慮なんて一切関係なしに、ずばずばと聞いてくるな……。
「まあ、大体そんな感じだな。俺が死んだら幸せじゃないって言われて、かな」
「……へぇ。あのセトラお姉ちゃんがわたし以外に心を開くとは……。」
「おー? 嫉妬か?」
「ち、ちがう……っ! ……それにしても、やっぱりかなわないや……」
ぽつりと、こぼした言葉と共に、恒例の無表情を僅かに物悲しげな表情へと変化させる。
「敵わない?」
「うん。……わたしじゃ、シロお兄ちゃんにそんなこと言えなかった。無理やりそんな事言っちゃって、お兄ちゃんを傷つけるのがこわいから」
……。そんなことはない、と。俺はさっきのフレイヤの言葉に救われたよ、と。簡単には言えなかった。
思えばフレイヤが病室で言った言葉もそんなニュアンスを含んでいたのかもしれない。それに気が付かなかった時点でかける言葉は見当たらなかった。
「……でも、約束はしたからね。……というわけで」
フレイヤが足を止める。反応しきれなかった分だけ少し後退。
顔を上げ、看板を見上げるとそこには大きな金槌の看板。
「え……? フレイヤ、店間違ってないか?」
「ううん……。ここでお兄ちゃんには誓いの指輪を作ってもらうの」
……。……!!?
「ちち、誓い!? 待て待て、まだ婚約には早いし、それこそさっき言ったようにフレイヤを幸せにできる保証は――」
「ちがうよ。さっきの約束。わたしと一緒に頑張るってほう。……で、でも婚約指輪でもいいんだよ?」
「そ、それはまだ却下!!」
「むぅ……。ざんねん」
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どうやらこの店では予備釜を使って、客が自由にアクセサリを作れるらしい。
夕べ調べた観光ガイドに情報が載っていたらしく、フレイヤ曰くここしかない……!と思ったのだとか。
「っと、まずは型から作るのか」
「……折角だからお兄ちゃんのはわたしが作ってあげるね。いいのつくるぞー……!」
「お? なら俺はフレイヤの作ろうかな。ちょっと指貸してくれるか?」
指を通す穴用のサイズ確認をしようと、早くも作業に熱心な様子のフレイヤの手を取る。すると、
「わひゃっ……!!? ま、ちょ、きゅうにはだめぇ……!」
「わぁー!!? ちょっ、落ち着け!! 金槌とかいろいろ危ないから!!」
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などというやり取りが数度にわたって行われまして。結局一度もフレイヤの指のサイズは図れずじまい。
結果、
「あははー……。ぶかぶかだね……」
思っていたよりもフレイヤの指は細く、小さく。
見事に俺の設計の二回りは下回ってきた。
「ごめんな……。折角の約束の指輪なのにこんなので」
「わたしも……お兄ちゃんの作るのに夢中になってて……。あ、でも、デザインはかわいくて好きだよ?」
嬉しそうに受け取った指輪を眺めるフレイヤ。まあ、喜んでくれたなら良しとしようか。
「これって、燃えてるお花……?」
「フレイヤっぽいかなって。本当にある花じゃないけど、エルメリアで見たフレイヤの魔法を思い出して作ってみた」
あの炎は、きっと忘れられない。フレイヤの力を受け取った一撃だったから。……ラグエルには悪いけど。
「えへへ……っ♪ すごくうれしいっ! お兄ちゃん器用なんだねぇ。あ、でもそしたら……」
「ん? どうかしたか?」
「わたしもお花にしちゃったの。わたしとの約束忘れないようにって、わたしの故郷のエルメリアのお花」
渡された指輪。丁度ぴったり指に嵌ったその周囲には、可憐な少女を連想させるような小ぶりの花の意匠が施されていた。
「ヴィオラってお花なんだよ。初心者でも育てやすいの」
「可愛らしい花だな。その、フレイヤみたいだ」
「ふふっ、ありがと……。これで忘れないよね?」
「ああ。忘れない。これからも、よろしく」
「うんっ……! こちらこそ……!!」
嬉しそうに、ふへへーだの、にへへーだの口元を緩めるフレイヤ。
ここまで表情豊か(一般人と比べて)になるなんて、そんなに気に入ってくれたのだろうか。
「次のちゃんとした指輪は結婚指輪にしようねー……!」
「えっ」
うっとりと指輪を見つめながら。
……どうやらさっきのは本気のようです。
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時計の短針が一番高くにそびえたつ頃になって、ようやく俺たちは宿の前まで戻ってきた。
流石にフレイヤにはこの時間帯は堪えるらしく、先程からあくびが絶えない。早く部屋に戻してあげよう。
「部屋に戻ったらちゃんと寝るんだぞ。あ、でもお風呂にしっかり入って歯磨きをちゃんとしなきゃダメだからな」
「もうっ……! お兄ちゃんに言われなくてもちゃんとするよー……! それにセトラお姉ちゃんもいるから大丈夫だから」
「はは、それもそうだな。……。あ、あとさ。上で拗ねてるやつ、呼んできてくれないか?」
「……うん。わかったよ。……ちゃんと仲直りしなきゃダメだよ……?」
――これも約束だから!
と、ネックレスにしてもらった胸元の指輪を手に取りはにかむフレイヤ。
返事の代わりに左手の人差し指にに嵌めた指輪を見せる。
「じゃあね……! おやすみなさい。……そして、ありがとうお兄ちゃん」
セトラにフレイヤ。
いなくならないでというセトラに、そばにいたいというフレイヤ。
似てるようで二人の願いは異なっていた。
戦いが終わるまでに、二人の願いに応えられるような人間になれるのだろうか。
月の明かりを反射した指輪が、ここぞとばかりに存在を主張する。……まるでフレイヤが「弱気になっちゃだめだよ……!」なんて言ってるみたいで。
いいものを貰ったな。
これで独りぼっちじゃない。俺を必要としてくれて、俺を助けてくれる仲間がそばにいてくれる。
それだけで真っ暗だった先が少し明るくなった気がした。
ありがとう、フレイヤ。
戦いが終わったら、必ず……。
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そして最後の相手がやってくる。
誠実、信頼、少女の恋、空想の羽、「わたしを想ってください」。
こういう形でしか今は想いを残しておけなかったフレイヤちゃんの回でした。ちょっと切ない……。
死にたくなくなったシロ君。がらりと変わった価値観に彼自身まだついていけなくて、って感じに表現したかったです。フレイヤちゃんとの会話の中で、死を認識していくってどんな会話だよって思いますけどね……。
セトラがぶち壊した安定をフレイヤちゃんが優しく埋める、的な?そんな役回りですかね。
ミラはまた別の役割があるので。それはまた次回。……ようやく次で全員です。やっと話が進みます。
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