Q.44 セトラのきもち?
他のメンバー(主にクア)と比べるとセトラの抱える闇は深かったことがよく分かる回。
ふぅ。何だかんだで緊張しちゃいますね……。
実は私、セトラ・アーリエは、恥ずかしながら今まで一度もデートというものを体験したことがない人生を送ってきましたので、つまるところシロ様が初めてのお相手……。きゃっ、照れちゃいます///
なーんて。鏡に映った作り物の可愛さをまき散らす自分に、軽く侮蔑の視線。
我ながら気持ち悪いです。
シロ様が私をそんな対象として見るはずがないですもん。そんなことはよく分かっているつもりです。
――それに、目的は伝えることですから。真相を。
ですけど、こうしてかれこれ数十分。宿に備え付けられた全身鏡で身なりを決めかねているのですから、女としてのプライド?のようなものは感じているわけです。
うん、服はこんな感じで良いですかね。私はあまり派手派手しいものを着こなせる自信がありませんし、少し地味かなとは思いますけど見方によっては「落ち着いている」って感じの服装でしょう。
うーん……クアさんくらい胸と度胸があったら……。
「なに~? セトラ?」
「……はぁ」
……ないものねだりほど空しいものはないですね。今あるもので勝負!です。
さて、と。クアさんから視線を戻し、再び自分と見つめあう形。
折角ですから思い切って髪型も変えちゃいますか。いつもはそのまま流してますけど、今日くらいは。
「フレイヤちゃーん。髪留め持ってたら貸してー」
「んぅー……」
先程起きたからか、寝ぼけ眼をこすりながらよちよちとこちらへ寄ってくるフレイヤちゃん。
昨日寝るの遅かったですからね。ずっと何かを熱心に読んでましたけど……、何を読んでたんでしょう?
差し伸ばされた手。鏡越しにフレイヤちゃんが話し始めます。
「……おー。戦ってる時のセトラお姉ちゃんと別人。はいどうぞ」
「え? そうかなー? あ、ありがとね」
受け取ったゴム製の髪留めを大きく伸ばし、頭の後ろで数回回して止める。
よしよし、中々いいんじゃないですか?
強いて言うなら、この髪型だと髪の毛が首筋や背中に当たってくすぐったいくらいですかね。街の女性たちはこれを苦とも思わないんですね……。なんだか常に誰かに触られてる気がして、身震いが絶えないんですけど。
と、私が寒いわけでもないのにぷるぷるしていると、
「……かわいい」
ぼそりと、独り言のようにつぶやくフレイヤちゃん。
「あは、ありがとっ」
フレイヤちゃんのお墨付きを貰っちゃったら、もう完璧ですね。
いまいち足りなかった自信をまるでフレイヤちゃんが埋めてくれたように、足取りが軽いです。
「じゃ、行ってきます!」
「いってらっしゃい」
「……ふぁいと!」
「セトラ……あの約束……」
最後にぽつりと呟いたミラ様に、笑顔で、
「もちろん! 任せてください!」
――ちくり、と。どこかで痛む胸を押し殺して。
全く、シロ様も罪作りなお方ですね。
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と、ここまでが回想。
今一度振り返ってみても、私の姿におかしい点は無い、と思いたいのですが……。
眼前のシロ様の表情、ぎこちなさを見る限り、何かやらかしちゃった感があるんですよね。
私の方を恐る恐る見たと思ったら、今度は頭を抱えてますし……。
「あ、あの……。私、どこか変ですか……?」
声をかけただけで、軽く1mは距離を置かれるって。傷つきますよ?
「あ、ああ。違う、セトラは何も悪くないんだ。むしろ俺と……アトラが……――」
ごにょごにょ。と、そう表現するのがお似合いなほど口篭もるシロ様。
アトラ? ご先祖様と似てるとか? でもそんなの今に始まったことじゃないですよね。あ、もしかしてこの髪型……?
「ほ、ほんとに大丈夫ですか? もし嫌でしたら無理せず帰っても――」
私なりにフォローしたつもりで、現状の打開策を提案しようとすると、
「いや、それは駄目だ! ~~!! ああもう!」
葛藤の後、吹っ切れたように目つきが凛々しくなるシロ様。ズンズンと大股で歩き近づいて――、
な、なな、なんと! 無理やり手を取られて!?
「よし、行くぞセトラ!!」
シロ様ってこんな大胆なお方でしたっけ……?
これじゃあ、本当にちょっとかっこいいじゃないですか!
「えっと……。 私もしかしてご先祖様に似ちゃって――」
「ああ、やめてくれっ!! 言われると余計に意識しちゃうから!!」
「あはは、お顔が真っ赤です。かわいいですね~」
そう思う反面、私のおしゃれ挑戦でシロ様を追い込んでしまってちょっと申し訳ないんですけど。
「そんな事より、だ! どうする? セトラはどこか行きたい所とかあるか?」
行きたい所……ですか。予定、何も考えてませんでしたね。
多分クアさんは屋台で食べ物たらふく食べてきたんでしょうし、ガブリエルちゃんも露店を回ってって感じだったでしょう。
三連続街を回るのは流石に酷というものですかね。目的にも反しますし。
なら、
「んー。そうですね、高い所っ! この街で一番高い所に行きましょう!」
――不思議と楽しそうな声が出た。今から辛い事が起こると知っているはずなのに。
――目的なんか関係なしに、ちょっとでも喧騒から離れて二人きりになりたかったのかもしれない。
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・
やってきたのは街の端っこに高くそびえる展望台。元は物見櫓に近い役割だったのだろうけど、今ではそんな面影もなく完全に観光用に装いを変えている。
ふふふ、まさにデート!って感じじゃないですか!!
こんな辺鄙な所を選ぶ物好きカップルさんたちは、都合のいいことに一組もいませんし、完全な貸し切り状態です。
頂上まで登りきると、街の風景が一望できるだけでは飽き足らないほど広大な景色が広がっていて。右を向けば人々の活気、左を向けば一面の緑と遠くにそびえる忌々しきあの塔。
二人して息を切らし、けれど眼下に点在するまるで絵画のような街の様子に、ただただ見惚れているしかなかった。
先に口を開いたのは、私でなくシロ様の方。
「神様ってのもこんな景色、見てるんだろうな」
彼が言いたいことは何となく伝わった。
「あはは……。確かにここからじゃ人間なんてただの点でしかないですもんねぇ……」
だから簡単に世界を終わらせるとか言えるのかもですね。みんな一人一人が絶望的な状況でも必死に明日を願っているのに。
……ここからじゃそんな希望の輝きは見えやしない。どれも蠢く粒でしかなくて、どれも等しく違いが分からないから。
説明、しなきゃですね。今回の件、これからどうするつもりだったかを。
「シロ様、実はお話があって――」
「知ってる。あまり考えたくはなかったけど、あの魔法を見て確信した」
……っ。
落下防止用の柵から身を半分乗り出しながら、地上のお祭りを見たままシロ様は続ける。
「セトラは最初に一番大切なこと、言わなかったもんな。『次の神の役割を担う者をどう決めるか』」
……はは、敵いませんね。相も変わらず、よく見て、よく聞いてます。
「俺からしたら、黙って神様になろうとしてることがショックだったよ。思惑については色々考えたけど、むしろそっちをセトラの口から聞きたい、かな」
手が震えていた。怒りでも、喜びでも、悲しみでもなく、ただ怖かった。
「どうして」なんて。本当の事を言ったら怒るかな……。怒るだろうなぁ。
「嫌……か?」
そんな悲しそうな顔をしないでください……。黙っていた私が悪いのに……。
「セトラは頑張りすぎだ。色々黙って全部自分一人で済ませようとしてる」
「…………。それはシロ様もです」
貴方こそ、背負いすぎでしょうに。今回の件でも私の分の厄介を背負わせちゃいましたし……。
「かもなぁ。けどそんな俺が言うんだから、ちょっとは休んでもいいんじゃないか?」
「……はい。かもですね」
――。
青く染まった大空を飛ぶ鳥の鳴き声、地上の喧騒。時々吹く風が建物と擦れる音。――沈黙が続く。
……。言わなきゃだ。私はこの人を死なせたくない。離れたくはないのだから。
せめて、本当の事だけは。
「シロ様。世界を救うには犠牲が必要です。誰かが新しい神にならなきゃいけないんです」
振り返り、向き直るシロ様。やっぱりか、と。さして驚いてもない表情。
声は、震えていた。それも当然、か。今から目の前の人に――、
「……私はあの天使の力で次の神になるつもりでした。……それで、でも、シロ様に……っ」
「……良かったよ。この時代に生まれたセトラには未来があるべきなんだから。いなくなるのが、俺で」
こんな優しい人に、大好きな人に、世界のために犠牲になれなんて……っ。
もう堪えていた涙が、止まらなかった。
私が泣いてどうするんだ。この人を困らせるばかりなのに、でも我慢……できない。
私のせいで、私が力の強大さを見誤ったばかりに、この人が。
シロ様はまるで子供をあやすように、無言で私の頭をなでる。
「うぅっ……ごめ、なざい……! シロさまが、いなくなっちゃう……やだよぉ……」
私は甘ったれだ。
全部、私の責任なのに、涙だけいっちょ前に流して、卑怯者で……臆病者だ。
クアさんの言う通りだった。もっと早くに、助けてって、言ってたら。
もう少し違う未来が訪れていたのかもしれないのに。
~~~
あー。マジか。いや薄々、かもしれないとは思ってたけど。セトラも言ってくれれば良かったのにな……。 んー、でもよく考えたら元々一回死んでるようなもんだし、それで皆が平和に暮らせるなら。
まぁ悪くはない?なんて言ったら怒るだろうなぁ。
なんて、唐突に神にならなきゃいけないと宣告されたのにも拘らず、意外にも冷静な感想しか浮かばなかった。
普段から変人に囲まれて生活してたからか――、はたまた「自分を大切にしていない」という最近よく言われる恒例のやつなのか。自分自身ではもう、よく分からなかった。
っと、まずはこのセトラをどうにかしないと。こいつがここまで弱さを見せるの、初めてだからどう対応したらいいものか……。ミラのあやし方なら手馴れているけど、この格好だしアトラが重なってやり辛いことこの上ない。
あーあ、涙で折角の可愛い洋服が濡れちゃってるよ。
「まあ、そうだな。ほら。まだ時間あるから何とかなるかもしれないし」
「……そんな都合のいいあてがある訳無いじゃないですかぁ……っ!」
かえって泣き叫ぶセトラ。普段の彼女らしくない、弱々しい拳が胸に当たる。
「それはほら、……今の神を改心さえさせれば変わらなくてもいいわけだろ?」
我ながら苦しい望み。でも確率はゼロではない。
が、
「バカですっ! シロ様はほんとにバカです! 辛くないんですか? それがダメだったら誰とも会えずに、ずっと幸せな顔して暮らす人々を見続けるだけになるんですよ!? 怖くないんですか!?」
「ん……それはちょっと、」
一番先に浮かんだのは、なぜかミラの顔。封印時代の事を連想したからか、あいつの寂しそうな横顔を思い出した。
戦いが終わっても千年前の住人であるあいつは周りに溶け込んで生きてけるだろうか……。
あ、でもノルンがいるんだな。なら安心かな、俺がいなくても。
いや、でもガブリエルとは婚約中?だし、フレイヤはきっと泣いて怒るし、色々と不都合は生まれそうだ。
「……私は怖かったです。皆さんと仲良くなるたびに別れるのが辛くて、怖くて!! だから今ほっとしちゃってる自分が一番……だいきらい……」
「落ち着けって。さっきも言ったけど未来があるのが、幸せに生きられるのが普通なんだからさ。喜べるときに喜んどけ――」
セトラの頭に置いた手を払いのけられる。勢いは結構強かった。感情に任せているのが、右手のじんじんと響く痛みから伝わる。
涙と鼻水を袖で拭うというよりは擦るに近い力強さ。改めて向き直る。
「私は!!」
次いで、今日一番の大声。下手したら下の人にも聞こえるかもしれない怒声に近い声量がこだまする。
「あなたが好きなんです!! そんな人が居ない世界なんて、幸せでも何でもない!!」
……。
…………。
………………。
「だから……本当に……ごめんなさい……」
なんて声を掛けたらよかったのか。
「ちょっと待って」。その一言を絞り出す間もなく、階段を駆け下りていくセトラ。
セトラのその告白は、様々な意味を含み、頭の中でいつまでもこだましていた。
~~~
「最低だ、最悪だ、自分の事を棚に上げて怒鳴り散らして、感情をかき混ぜて無理やり手渡して、押し付けて! そんなの困るに決まってる!!」
気が付いた時には階段を落ちるように駆け下りていました。
吹き抜ける風が頭を冷やしていくにつれて、自分のやったことがどれほど最低かを思い知らされるようで。恥ずかしくて、もっと遠く、シロ様から離れたくて。
二段三段、飛び越える段数の数だけ自分に対しての不快感が募っていきます。
軋む階段、いつの間にか空も僅かに赤みがかって、手すりから落ちた影もだんだんと伸びていることに気が付きました。
まだまだ騒がしい街を人をかき分けるように駆け抜け、でも宿にはとても帰れそうになくて。
あ……。ミラ様の約束、忘れちゃった……。
数少ない友人の手助けもせずに抜け駆けしてしまった罪の重さは、宿へと向かおうとする足を余計に遠ざけていくばかりだった。
・
・
・
すべてから逃げ出した足がようやく止まったのは、太陽が完全に沈みかけるほんの少し前でした。
すでに涙はもう出尽くしていて、風で乾いた涙痕が鬱陶しく感じるほどに心は枯れていました。
ここがどこかもわからないくらいに彷徨い、ようやくたどり着いたのは真っ赤に反射した小川のほとり。
「やっちゃった……。もう、一緒に旅、出来ないですね……」
座り込み、手元にあったざらざらとした小石を川に投げ込む。
ぽちゃり。たどたどしい軌道を描き水面に波紋を呼び込む。
シロ様なら何もなかったように。許してくれるかな。
「また、甘えてる……。馬鹿みたいです」
宝石みたいにきらきら輝く川から目を背けるように、ふさぎ込む。
――みんなを思い出したから。
フレイヤちゃんは可愛さの奥に、燃えるような情熱を秘めていて。
クアさんは明るさの裏に、澄み渡る知性と冷静さを備えていて。
ガブリエルちゃんは皆を癒す素質と、好奇心から湧き出る向上心。
そして、ミラ様は裏表無い、強く折れない芯を持っている。
私なんか何も持ってないよ……。
全部、人からの貰い物。今、みんなといられるのも巫女の一族だからで。
きっと普通の家に生まれてたら、私は人見知りで臆病な日陰者だ。
「んー? セトラお姉ちゃんだ。 あはっ、丁度よかった!!」
急に後ろから声がして、こんな姿を知り合いに見られた私はより一層縮こまった。
「あれ、どうしたの? 大丈夫?」
恐る恐る顔を上げると、心配そうに眉を顰めるソルレーヌちゃんが私をのぞき込んでいた。
「あ……、約束……」
「うんっ。丁度向かおうとしてた所だったの。それで、何かあったの?」
・
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・
「そっか。シロお兄さんと喧嘩しちゃったんだ……。」
「もう私、一緒にいられない。ひどい事、沢山言っちゃったし。きっとシロ様は優しいから許してくれるけど、あの出来事はもう、消えないから……」
「うーん……。ぼくもよくお兄様と喧嘩するけど、ちゃんと話し合うしかないと思う。話も聞かずに逃げちゃったんでしょ?」
「う……。でも……」
「でもじゃないの! 丁度、これから会う予定だったから謝りにいこっ!!」
「え、え……? 今から!? 二人で回るんじゃ……」
「もんどうむよう! さ、立って!」
「うぅ……」
「あ! その前に涙で顔がくしゃくしゃだから川で洗おうね」
言われるがまま、顔を洗う。水は冷えていて、ほんの少し心のもやもやを洗い流してくれる。
何でソルレーヌちゃんがシロ様と会う約束を? 素朴な疑問を持てたのは余裕ができたからかもしれない。
だが、それよりも。
会わなきゃいけない。逃げ出したあの人に。
先頭をとるソルレーヌちゃんが私の方へ振り返る。
「――セトラお姉ちゃんは旅に必要な人だよ。ぼくを命懸けでここから解き放ってくれたんだから。いないといけない人なんだよ」
夕日を背にしても眩い笑顔。それと共に放たれたソルレーヌちゃんの一言。
その一言で、出し尽くしたはずの涙が一粒、静かに頬を伝った。
もう物語としての折り返し地点も過ぎている(はず)なので、改めて関係を掘り下げたかったです。
けどまだミラとフレイヤいるからなんだかんだで結構長くなりそう。
セトラはため込む子だから一撃が重めですね……。
ですが今回の出来事でシロの中の価値観にも変化が生まれます。今後に期待?
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