Q.43 ガブリエルのきもち?
ガブちゃん大天使回。
扉を開けると、ガブリエルがいた。
いた……のだが、
「どう、どう? この服似合ってるー?」
そこにいたのはつい最近まで羽が生えていたとは思えないほど、毛むくじゃらな格好をした少女。
「どうしたんだそれ?」
「ふっふっふー、わたし服なんか持ってないからミラちゃんに無理言って買ってもらっちゃったぁ!」
季節にはまだ少し早いだろう、もこもことした民族風の衣装に身を包んでいる。
赤、橙色、茶色を基調としたデザインも相まっての第一印象、暖かそう。
おそらくガーデン特有の祭事にのみ着る衣装だろうが、どうして数ある服の中からそれを選択したのかが分からん。もっと他にもあっただろうに……。
いや、ガブリエルが気に入ってるなら別にいいし、毛玉のマスコットみたいで可愛らしいけどさ。
何もこれからも着るであろう一着をそれにしなくても……。ミラもちょっとは止めてあげたりしようぜ?
「まあ……似合ってるぞ? うん、似合ってる」
「む、何だかいまいちな反応だねー……。人間っぽいと思ったんだけどなぁー」
ああ、成程。ガブリエルならではの観点から服を選んだわけだ。
「人間っぽいっていうよりは獣っぽいな……」
「違うよー、ちゃんとお店の人も『あれ、めんこいねぇ、まるでお人形さんだよ』って褒めてくれたんだから」
たぶんそれ熊かなんかの人形のことだと思うな。
「それで、体の方は大丈夫そうか?」
「万事オッケー! ここで引き下がらないのがガブリエルちゃんですー!」
「よしよし、その元気があれば大丈夫そうだ」
さて、と。準備も整ったし、二度目の街へと繰り出しますか。
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「ガブリエルは何か食べたいものとか、見たいものとかあるのか?」
見渡す限りの屋台・露店。食べ物、飲み物はもちろん、日用雑貨からパーティグッズ、果ては武器や魔導書となんでもござれだ。
もしかしたらないものを探すほうが難しいのかもしれない。
「うーん……。たくさんありすぎて目移りしちゃうなぁー。わたしからしたらどれも見た事無いものだから新鮮ではあるけどー……」
あっちへこっちへ目まぐるしく視線を移しては悩み、移しては悩みのガブリエル。
しばらくうろうろしながら歩いていたが、何かを見つけたのか急に目を輝かせた。
「本だ! いっぱい本が売ってるー!」
彼女が足を止めたのは主に古本を取り扱っている露店。数え切れないほどの本が、木箱にびっしり所狭しと並べられている。防雨対策か、本焼け対策か、露店に覆いかぶさる防水布が昼下がりの日差しを遮り、露店内に落ち着きをもたらしている。
店構えからして店主は本屋を生業としているのだろう。俺たちが露店の前で立ち止まったのを見て、店主と思われる老齢の女性がぺこりと小さく腰を折る。
「あ……ども」
「こんにちはっ! ちょっと見せてもらっても良いですかー?」
「おやおや、元気なお客さんだねぇ。今時本を読む子なんて珍しい」
なんせただの子供じゃないからなぁ。
元天使であるガブリエルからしたら本は貴重な情報源だ。無論俺たちよりもずっと。
……そのせいで多少知識が偏っているが、これから人として暮らしていくにあたって人間世界の情報は少ないよりはいい。
「わたし本は大好きなんだっー! わたしたちは余計なことは知らないで良い作りだったから、新しいことが増えていくのはとても楽しいの!」
……天使が故の知識欲。
ラグエルも似たようなものだったのかもな……。あいつは俺たちという未知と戦い、その中で「敬意と誇り」を知った。それを知ることがなければ、あいつは俺たちを無慈悲に殺して世界を終わらせていただろう。
ラファエルも裏切ってる訳だし、ガブリエルについてはこの有様だからな……。
理想の「駒」を作ったつもりが、思わぬところで失敗続きなわけだ。
神がそれを予想できなかったのかは知らないが、奴にとって「七翼」はとんだ失敗作になったのだろう。
……俺は最後のラグエルや今のガブリエルの方が好きだけどな。
「ほう、よく分からないけど知識に寄り添うのは良い事だよ。じっくり見て考えて選ぶといい」
「うんっ、そうする! ごめんね、おにいちゃん。ちょっと時間かかるかも」
「気にしないでいいから。ゆっくりガブリエルが欲しい本、選びな」
「えへへー。ありがとねっ」
いかにも嬉しそうな笑顔を見せつけてくれる。……やっぱり無表情で殺戮を行うより、こっちのほうが良いに決まってる。ガブリエルがこうして楽しんでくれるだけで一緒に来た甲斐があるってものだ。
さて。折角だし、ガブリエルが選び終わるまで俺も何か面白そうな本を探すとするか。
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「役に立つ初等錬金術」、「食べられるキノコ、食べられないキノコ」、「旅のすゝめ」――。
結構種類が豊富だ。てっきり小説や物語ばかりと思ったら、魔導書に近いものや実用的な冒険テクニック教本なんかもある。
……俺は、その中に紛れた場違いな本を発見した。……してしまった。
圧倒的ピンクの背表紙で存在感を必死にアピールするその本のタイトル。
「古今東西世界の美少年大全、『完全版』」……。
覚えているだろうか。いや、俺もそのタイトルを見ただけでは何も思い出さなかった。ただ、表紙にやけに繊細なタッチで描かれた美少年のイラストを見て思い出す。
エルメリアの図書館、炎の賢者を探していた時にミラが見ていた本の完全版である。今思えば魔界のミラの自室にも似た本があった気が……?
しかし、完全版なのに古本扱いになっているということから、売れ行きはあまり芳しくないことが伺えた。
……あいつ、これ買っていったら喜ぶかな……?
物で許しを請うというのはあまりよろしい事とは言えないかもしれない。けど、あいつホントにこういうの見てるとき眼キラキラさせてるからなぁ……。
どちらかと言うと今俺の中では、機嫌取りのための餌というよりは単純にお土産的な立ち位置にあるこの本。
お値段なんと2500フロル。古本なのに高ぇ!
凄く悩ましい。ガーデンで合流した後、セトラからもらったおこづかいは10000フロル。バカみたいに大食いのクアのせいでその半分を使い果たした俺には少々厳しいお値段。
ガブリエルの本やその後の事を考えると、2500フロルは今俺が使えるギリギリのラインだ。
『――ミラおねえちゃん、不器用さんだから上手く言えないんだよ。だからおにいちゃんがちゃんと話聞いてあげなよ』
ガブリエルの言葉が脳裏をかすめる。
……だよなぁ。宿で聞いた時も本当に怒ってなさそうだったし、これがまた普段の会話ができるようになるきっかけになるとしたら……安いものだ。
買おう! ……そう決心して手が止まる。
待て待て、どうやって買う!?
まずガブリエルにこんな本を見せたくない! 女の子が買うならまだしも、男の俺が買ったらなぜ買ったのかについて、知的好奇心から小一時間問い詰められてデートが終了しかねん!!
次に店主のお婆ちゃんだ。この本を見せた途端、「……この本でどんな知識を得るんだい?」なんて言われるに違いない!!
……いや、言わないよ、普通……。でも変な目で見られるのは必至だろう。いや、寛大な方かもしれないからな。あまり勘ぐるのはよそう。
「なーに見てるのっ? 面白い本あったー?」
「ひゃひぃ!!」
我ながら変な声が喉の奥の方から出る。なぜかわざわざ本を手に取り、後ろに隠してしまう。
「んー? どしたのおにいちゃん?」
「い、いやぁ、なんでも?」
頭上に疑問符を五つぐらい浮かべているガブリエル。
と、何かをひらめいたか、
「あ! ははーん、いいよいいよー。わたしのことは気にしないでみてていいからー。おじゃましちゃってごめんねー」
ひらめく方向が違う! い、いやこれが正しいのかも知れないけど……!!
――おにいちゃんもああいうの興味あるんだー。フレイヤちゃんに教えてあげよーっと。
去り際のガブリエルの一言に、軽く戦慄させられた。てか、いつの間にフレイヤと仲良くなったんだ……? 本繋がり?
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結論から言うと、結局買った。上手くガブリエルの死角になっているときを見計らって素早く会計を済ませた。
「どんな本でも知識は知識だからね」
そして店主のお婆ちゃんは寛大なお方だった。この本に持っていた偏見について、ミラ及び全国各地の愛好家に深く謝罪したい気持ちになった。
2500フロルを払って、何か大切なものを学んだ気さえしてくる。
心なしか表紙の美少年も俺に微笑みかけているような……。あぁ、すべてを受け入れてくれるような……。
「――もう、おにーちゃん! 買った本を大切そうに抱えてるのはいいけど、しっかりして!」
はっ! いつの間にかガブリエルが目の前に立ち、俺の服の裾を引っ張っていた。
……幸いにも両の腕で隠れて本は見えていないみたいだ。慌てて本を仕舞い、ガブリエルに向き直る。
何だかいろいろ危なかった気が……。
「ありがとう、ガブリエル」
「ふぇ? な、なんでお礼? 変だよぉ、おにいちゃん?」
「ああ、いや。大丈夫、うん。……それで本は決めたのか?」
「うんっ! この本にする!」
ガブリエルはそう言うと、両手で本を持ち、俺の目の前へと突きつけてきた。
表題は「命の繋ぎ方~草花から作れる万能薬~」。……薬師の本だろうか?
「どうしてこの本を?」
「今おにいちゃんのパーティってクアさんくらいしかまともに回復できないでしょ? もしクアさんがケガしちゃったら誰も治せないから……」
ガブリエルは人間になった影響で天使の魔法を失った、はず。本人がこう言うのだから、まず以前のようには魔法を使えないのだろう。
そうして導き出した答えがこれだ。
……やっぱり優しい子だな。
「そうか……、ありがとな。これでガブリエルがいればみんな安心して戦える」
ここ数日、何とかガブリエルなりにパーティとしての立ち位置を考えたのだろう。
確かにサブヒーラー、薬師なら魔力をさほど必要としないし、クアが危険な時や居ない時に真価を発揮できる。
「うんっ! だから改めてよろしくお願いしますっ!!」
「ああ、よろしく。一緒に頑張ろうな」
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「よかったの? この本結構高かったのに……」
「いいんだ。ガブリエルにはまだ何も買ってあげてなかったし、全快祝いと加入祝いだな」
これで残り1500フロル。フレイヤが欲しがりそうな物ならギリギリ何か買ってあげられるかな……。セトラは――分からん。
「えぇー。それならおにいちゃんも全快祝いあげないと……」
「いや、俺はすぐケガするからいちいち買ってもらっちゃ大変だし」
「……。セトラちゃんとの闘い見て思ったけど、おにいちゃんは無茶しすぎ! もっと自分を大事にしないと駄目だよぉ」
眉を吊り上げて冗談交じりに怒ってくるガブリエル。
多分半分は本気で怒っている。そういえばフレイヤも同じこと言ってたっけ……。
「……ああ、気を付けるよ。でも皆が傷つくのは嫌だからさ」
「それはみんなそうなんだよ……? だからわたしは治す力を勉強するのっ!!」
――元天使の治癒力にどーんと頼って!!
そう言うガブリエル。
決して今までみんなの事を信頼していなかった訳じゃないが、何だか少しだけ重荷が下りたような、そんな気がした。
……天使、か。これが元あるべきガブリエルの姿なんだろう。
「じゃあもう入院しないで済むなっ!」
「あははー、薬はものすごく染みるけどねぇー!」
「えっ、マジで?」
「うんー、そう書いてあったし。だから染みるのが嫌ならなるべくケガしないでね!」
「……はい」
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帰宅? ガブリエルの病室の前まで戻ってきた。
「その、ごめんな。結局本屋回っただけになっちゃって。もっといろんなもの見せてやりたかったけど、時間が……」
「いいよ、いいよ。忙しいのにわたしの為だけに時間とってくれて嬉しかったよぉ。それに……大切なプレゼントも貰っちゃったしねー!」
にっこりと、大事そうに本を抱える。ああ、マジ天使……。実際のところフレイヤに次いで癒し枠が増えただけでありがたいってものだ。
……あ、そうだった。大事なことを忘れてた。
「んっと、次って誰だか聞いてるか?」
「えっとぉ……、確かセトラちゃん? 宿で待ってるって伝えてほしいって」
げ、ついに来たかセトラ。
いいや、落ち着け。セトラとアトラは別人だ。何も恐れることはない。
平常心で、冷静に、アトラを重ねずに、取り乱さずに、自然体で――、
「ど、どうしたのぉ……? ぶつぶつ独り言……?」
「あ、ごめん。ちょっとした自己暗示だ」
「今のやり取りだけでそんなになるまで追い込まれてたの!?」
「気にしないでゆっくり休んでくれ。久しぶりに動いて疲れただろうしな」
「う、うん……。でも、おにいちゃんもだからほどほどにね?」
「ああ、なるべく努力するよ」
「うん、じゃあね! いってらっしゃい!」
「行ってきます」
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診療所から宿屋までの道のりを、何を考え、何を思いやってきたのか。全く思い出せない。
詰まる所テンパっていた。
だっていくら脳内で違うと思い込んでも、似すぎだし……。
振られたばかりの女の子に髪型以外そっくりな子と平然とデートできる奴なんて、確実にどっか頭おかしいだろ!
もうすぐそこに宿屋が見える。
その入り口には……、記憶の中の幼馴染と寸分も違わない女の子が、立っていた。
パーティの外見幼女率が深刻すぎる……。
早く男勢が来ないとバランスが……。それもこれも全部シャド君のせいだと思うの。
ブックマークありがとうございます!(最近また増えててうれしい、うれしい)
今週はギリもう一本行けるかな……?
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