Q.41 Date or Arive?
ガーデンデート編その1。
「まずいまずいまずい!!」
聖庭祭。ガーデン発足当時から続いている年に一度の恒例行事。
世界は不況も不況、ガーデンとて以前までと比べたら貧しいのは変わりないが、だからこそのお祭りなのだとテラさんはそう言っていた。ラ・ブールなどの比較的大きな街だけでなく、魔界からの観光客もまだまだ多いらしい。
つまり、今やこの地上に生きる人々にとって聖庭祭は「希望」なのだ。次の日が、次の月が、次の年が来るようにと願う一日。まだ生を諦めていないことを自分に言い聞かせる一日なのだ。
――そんな日の、早朝。
俺はとにかく焦っていた。
昨日はあれからというもの、不愛想な顔をしたミラが夕飯を持ってきてくれた以外みんなとは接触できなかった。当のミラも嫌々家畜の餌やり当番をさせられている子供が如く、荒っぽく食事をベッドの横の机に置くと足早に部屋を出てしまい、取りつく島さえ与えてもらえなかった。
あ、そういえばその後テラさんが夜、お見舞いに来てくれたっけ。
セトラとの一件があっただけに危険な人かと思ってたけど案外気さくな人だったなぁ。ガーデンに住む人の事を良く考えているのが彼との会話からよく伝わった。きっと理想の王っていうのはあの人の様な人の事を言うんだと思った。
俺なんかより、余程……英雄だ。
ってそんな弱気になっている暇はない! 今はこれからのことに頭を働かせるべきだ!
とりあえず働き始めて混乱気味の頭を落ち着けよう。
何に焦っているのか、どれくらいの危機なのかを今一度よく思い出す。
――それかぁ~明日デートしてくれれば許してあげる!
一番最初はクアからのデートの誘い。これはクアがセトラにチクったから反故にしてしまってもいいけど……。なんだか罪悪感は芽生えるよなぁ……。直接的な危険度は低い。
――じゃあ、明日、二人で会おうね。
フレイヤには二人でと念を押されてしまった。きっとあの子はこういう行事を心から楽しみにしてるに違いない。個人的に一番優先してあげたい。これも危険度は低いだろう。
――お礼と言っては何ですが、明日ちょっと私に付き合ってくださいね。
セトラはさらっと約束を取り付けてきたけど、彼女が積極的に誘ってくるのは案外珍しいかもしれない。ガロニアでもミラに付きっきりだったしな。うん、破ったらまず死ぬ。危険度、高いだろうな。
――じゃあお祭り、一緒に回ってくれる?
唯一祭りの存在をはっきりと伝えて来たソルレーヌ。まぁ、本人は悪い奴じゃなさそうだし、せっかくだから仲良くなるのもいいかもしれない、どっちかと言うと親目線? ただ周囲がヤバ過ぎる。危険度は……微妙なところだな。
――明日、絶対あんたとなんか行ってあげないんだからっ!!
ミラ……。きっと誘ってくれるつもりだったのだろう。あいつの性格上行きたくてしょうがないはずだ。素直に聞いてくれればいいけど。一応頭には入れておこう。危険度も何もまず仲直りからだ。
さて、五人と約束をしてしまったわけだ。同じ日に。
更にこれは俺のわがままなのだが、ガブリエルとも回りたい。あいつには色々な世界を体験してほしいから。後で病室に寄るつもりだが、外に出られそうなら誘おうか。
はぁ……分身魔法とかメルティに教えて貰えばよかったなぁ。
いや、それよりも致命的なのは誰一人として時間指定をしていないという点だろう。
フレイヤとクアは、お互いが話を持ち出したのをその場で聞いていたから折り合いをつけてくれるかもしれないが、他の奴らはそんなことお構いなしにこの病室までやってくることだろう。想像してみて欲しい。あのメンバーが一斉にここに来たとして、誰か一人に順番を譲るということが出来るだろうか。いや、できない。
まず口論、それで駄目なら魔法を行使して、最終的に部屋やいろんなものがぶっ壊れる。最悪俺が死ぬ。
なんて最悪な未来なのだろう。でもあり得なくはないのが恐ろしい。
となれば、まずは行動すべし、だ。
時間は限られている。
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で、どう探すかだな。生憎俺は、セトラの様に漏れ出た魔力痕跡だけで特定の人物の位置が分かるほど索敵に秀でてはいない。
「この街も広いしなぁ……闇雲に探してたら祭りが始まるだろうし……」
まだ朝方だからか、どの部屋からも物音はしない。というかそもそも他に誰かが寝泊まりしているのかすらも分からん。ミラたちは何処に寝泊まりしているのだろう。
見た感じこの建物はそこまで広くもないし――と、部屋ごとの扉の前にあるネームプレートに目が行く。
202――Gabriel
まず間違いなくあのガブリエルだろう。こんな名前のやつそうそう居ないだろうし。
どうしよう。入ってみようか……?
……。
どちらにしろ後から来るつもりだったし、もしかしたらガブリエルは皆がどこにいるか知っているかもしれない。
いこう。
俺自身早くガブリエルの元気な姿が見たかった。死闘の果てにようやく人間になれたあいつの笑顔を。
「ガブリエル、入るぞ――」
「ひゃっ!? に、にに、人間の部屋ではノックをするのが普通だって――!?」
そこにいたのは、ちょうど全身の包帯を外している状態のガブリエル。見た目は元気そうで安心した。
ただ、きれいな背中に翼の跡があるのが痛々し――、
「フレイヤちゃんだけじゃなくガブリエルちゃんにも手を出そうとは、いい度胸ね」
「……。……おう、ミラ。おはよ――ぐふっ!!」
ノーモーション魔力弾が鳩尾を抉る。
い、意外に重たいぞこれ……。こいつ本当にまだ人間なのかよ。
「まったく節操なしにもほどがあるんじゃない? ちょっと前は幼馴染にヘラヘラして、次はフレイヤちゃんに乱暴して、そしてケガしてるガブリエルちゃんを狙うなんて……!」
「待て待て!! おかしい、俺はフレイヤに乱暴なんかしてないし、むしろされたし、ガブリエルは単に心配で!!」
「アトラ。何でアトラのは説明なしなの?」
こいつ……なんでそんなアトラにこだわるんだ?
まあいい、
「アトラとは何もなかっただろ? あいつはただの幼馴染だ。これからもな」
実際に俺は何もしてないし、むしろ振られ気味だったのだから、それを正直に言えば問題ないはず……。
「……っ。……そう、もう……いい。二度と話しかけてこないで」
ワザとかどうか、俺に肩をぶつけ廊下へと出ていくミラ。
最近のあいつ、マジで意味が分からんぞ……。そこまで怒らせるようなことしたか? 単純に誤解を解きたかっただけなのに……。感じ悪すぎだろ。
「え、えーっ!? ちょっと、ミラちゃーん!! うぅ……途中なんだけどなぁー……」
……巻き込まれ、残されたガブリエルが一番不憫だった。
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「おにいちゃんは乙女心というものが全く分かっていませんっ!!」
なぜか床の上に正座し、ベッドに座るガブリエルを見上げる形で説教されていた。
ちなみに彼女は包帯ぐるぐる巻きの半裸状態だ。色々ときわどくて目のやり場に困る。
「はぁ? なんでそこで乙女心が出てくるんだよ? あいつは俺がお前たちに変なことしてると勘違いして怒ってるだけだぜ?」
「だめだよー。全然だめ。ミラおねえちゃんのことが全く分かってないよー! それでよく今まで一緒だったねぇ」
「違うのか?」
「はぁー。ガブリエルちゃん呆れちゃいました。婚約は破棄させてもらいますっ!」
え? あれ本気だったの?
「いや、まあガブリエルがいいならそれでいいけど、俺よりいい奴ならいっぱいいるだろうし……」
「そういうとこだってばぁー! シロおにいちゃんは自分に自信なすぎっ!!」
「えぇ……。なんでいきなり俺の話になるんだよ……」
それにそんなことは言われなくても俺が一番わかっている。実際自信なんて皆無なのだと自覚しているし、今の立場が俺でよかったのかなんて何度考えたことか。
「おにいちゃんは少なくともわたしの中では英雄なんだよぉー? ヒーロー! わかる?」
「うーん、まぁ。そうかもなぁ」
「だったらもっと堂々とすればいいじゃん! わたしが知ってる人間の本の中では、そんな主人公にヒロインたちはメロメロだったよ?」
「いや、それはあくまでも想像の話だろ? そんな奴いたらドン引きだわ」
ガブリエルの偏った知識は若干ローカルな人間の創作から来てるのか……。
道理で突拍子もない考えが多いわけだ。
「えぇー? そうかなぁ……わたしはもっと積極的でも嬉しいけどなぁー……」
「で、それがどうミラと関係があるんだ? あいつにそんなことしたらそれこそ半殺しだとおもうんだけど」
「ミラおねえちゃん言ってたよ。『シロにひどいこと言っちゃった』って。ミラおねえちゃん、不器用さんだから上手く言えないんだよ。だからおにいちゃんがちゃんと話聞いてあげなよ」
あいつそんなこと言ってたのか……。
「それで魔法弾打ってくるとか不器用にもほどがあるだろ……。あぁ、うん、わかったよ。一度ちゃんと話してみる。……話してくれたらだけどな」
「うんっ。ありがとっ! そういう素直なところは好感度あがるよぉー? そうだね、再婚約まであと50GPだ!」
「はは、なんだよそのポイント――ってか集めすぎると婚約なのか……」
嬉しいやら、怖いやら。
「ってことでこのお祭り中は自信をもってみんなに接してあげてね」
「ああ、わかったよ。……ん? なんで俺がみんなと祭りに行くって知ってるんだ?」
「え? ミラおねえちゃんがそう言ってたよぉ~?」
俺が何人もと約束したこと既にバレてるじゃねえか!
こうしちゃいられない。一刻も早く手を打つべきだ!
「みんなのいる場所ってわかるか?」
「んっと、『妖精の波止場』って三番街にある宿屋に泊まってるって聞いたよぉ」
「おっけ! ありがとな、色々! っと、ガブリエルは祭り行けるのか?」
その話題が出るといきなりぱぁっと顔が明るくなり、見るからに嬉しそうなガブリエル。
「いいの!? 行ってもいいのっ!?」
「ガブリエルの体調次第だけど、問題無いようなら一緒に回りたいかな」
「おお! おにいちゃん優しいねぇ! 100GPを進呈するよ!」
……ちょろすぎだろ。最早誰でも婚約できるだろ、それ。
「じゃあ約束ね! ぅーんと、お昼からでもいいかな?」
「まあ、善処する。ここに迎えに来るからちゃんと体休めとくんだぞ」
「はーい、おにいちゃんも頑張ってね!!」
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ガーデン三番街、「妖精の波止場」内部。小さいながらも旅人向けの設備がしっかりと備わっている。セトラが選んだのだろうというのが納得できるいい宿だ。
それで、ついに奴らが宿泊している部屋の前まで来てしまった。
本来なら! 本来ならまずいとはわかっているが、扉に近づき耳をそばだてる。
ここより先のミスは絶対に許されないんだ。昼、生きてガブリエルと祭りを楽しむためにも生き延びねばならん。そのためにはなんだってやってやろう。
『……シロお兄ちゃんは譲れない。わたしと約束したから』
『シロ言ってたよ~? 「ぼく、クアお姉ちゃんだ~いすき! デートする~」って~』
言ってねえ!!
『『『言ってない!!!』』』
『……セトラお姉ちゃん、エルメリアで「シロお兄ちゃんのこと好き?」って聞いたら「そんな事ない」って言ってた』
『なっ……!! それは……もう、フレイヤちゃん!!』
『じゃあ残る敵はフレイヤちゃんだけだね~』
『クアお姉ちゃんは「ミラかセトラにばらされたくなかったらデートして」だからダメ。だからわたしがお兄ちゃんとお祭りに行くの』
『え~!? ずるくな~い?』
『ずるくないよー……。ずっとお兄ちゃんに会いたかったんだもん』
『ぐぬぬ、そういえばミラ様は行かないんですか? お祭り』
『うっ……、いいもん! 人多くて鬱陶しいし! 全然楽しそうじゃないし! ……それに』
嘘つけ、人が多くて賑やかそうだし、めちゃくちゃ楽しそうの間違いだ。
『それに?』
『……シロは私の事見てくれない』
……。は? 今なんて言った?
待て待て、ミラだぞ? バゼッタ・ミラ・エイワーズ。
魔界きっての唯我独尊毒舌魔王がそんなこと言うわけがない! ましてや俺になんか……。
――乙女心というものが全く分かっていませんっ!!
――ミラおねえちゃん、不器用さんだから上手く言えないんだよ。
ガブリエルが言ってたのって、いや、まさかだろ。
単に祭りに一緒に行く相手がいないからとかじゃないのか……?
『あぁ~。シロ様って案外鈍感ですもんね。いえ、鈍感というよりは気づいてても否定してるっていうか……』
『だから、もういいの……』
『うーん……じゃあ私がお祭りに行くときにこっそりミラ様の事教えてあげましょうか?』
『…………。……いいの?』
『はいっ!』
『せ、せとらぁ~。ありがとうぅ……。私あんなこと言っちゃったから話せなくて……』
『はいはい、ミラ様はもっと素直にならないと損ですよ? きっとこんな可愛らしい部分シロ様知らないでしょうし』
『……む、そんなこと言われたら独り占めできない。セトラお姉ちゃん策士だ……』
『あはは、ごめんね。今度何か甘いもの買ってあげるから許して? ね?』
『……んー。許す』
許すのか……。
『じゃああたしは一番初めがいい~』
『え? クアさんは参加できないですよ?』
『もう~! からかわないでよ~!!』
何だか楽しそうで入るタイミングが掴めない。
いや、纏りそうだからこれでいいのか。
だったらいっそ唯一当てのないソルレーヌ探しに時間を割いたほうが――、
『あ、ちょっと私喉乾いたので外に行ってきますね』
わ、やば! セトラが出てくる。
隠れる場所――ない。なら透明化で!
ガチャリ。バタン。
「ふぅ……。で、シロ様? 盗み聞きとはいい趣味ですねぇ?」
にやにやと小悪魔的な笑みを浮かべるセトラ。その相貌はしっかりと背景を透過しているはずの俺を見据えている。
「あ、やっぱバレた?」
「そもそもが魔力で分かっちゃいますよ。透明化する前は魔力消えてませんから」
「ん、それもそうだな……。いや、なんとなくタイミング図ってたら、さ」
「だと思いましたけど。まぁそういうことである程度は纏めておきましたから、ちゃんとみんなと回ってくださいね?」
やっぱりわかっててやってたのか。普段はどこか抜けているのに、セトラのこういう所には時々感心してしまう。
「ありがとな。俺が何も知らずに受け答えてたばかりに」
「あー……私たちも何も言わず誘っちゃいましたから。お互いさまということで」
「それと、昼からガブリエルと回るから、あいつの分も空けてやってくれ」
敢えてソルレーヌの件は伏せておいた。折角いい感じで予定が組みあがっている今、想定地雷ワードトップのセトラの前でソルレーヌの名は出すべきではない。
「回復したんですね。よかったです。じゃあ私はそのあとにでもよろしくお願いします。ちょうどその後に先客がいるので」
「先客?」
「おっと……何でもないです」
セトラが他の誰かと約束? 誰だろ。
「ま、ということで、一番最初の人はお祭りの開始と同時に向かうと思うのでよろしくです♪」
「おー。じゃあ俺はあの診療所にいるから」
「はいはーい」
健やかな笑顔で振り返ったセトラは再び部屋へと戻っていった。
笑っているうちは可愛いのになぁ。
なんて思ってしまうあたり、最初のころから随分と印象が離れていった証拠なのだろう。
出会った頃が何だか少し懐かしく感じてしまう、そんな笑顔だった。
……ソルレーヌ探してる時間、無いなぁ。
・
・
・
ほんの少し時間は進んで、外の活気が増してきた時間帯。
たぶん祭りが始まろうとしているのだろう。さっきから子供の楽しそうな声が窓越しに聞こえてくる。
てことは、そろそろ来るかな。
こん……こん。
おっ、この控えめなノックは――、
「フレイヤちゃんだと思った~? 残念クアちゃんでした~!!」
「チェンジで」
……初っ端からめんどくさいやつ来たなぁ。
シロ君は鈍感というか「まさか自分に……いや、(ヾノ・∀・`)ナイナイ」って感じ。
これがテラさんだったら「ほう、俺を好いているのか……?」的な感じになりそう。
お祭りとか懐かしいですねぇ。友達と林檎飴とか綿菓子とか買ったなぁ。
私の住んでたところはお祭りが中学生くらいで無くなっちゃったんですけど、いい思い出です。
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