Q.39 少年は何を天使に望むのか?
Twitterで絵も載せたいと言っていましたが、思ったより長かったので明日(00:00)くらいに投稿予定のもう一本にのっけます。
どうかお許しを!
パメラさんと小さな村の住人にお礼と別れを告げ、再び空の上。
もうガーデンは目と鼻の先、太陽に照らされ一層輝きを増した純白の壁が存在を大きくしつつ近づいてくる。
あそこにセトラが、フレイヤが、クアがいる。
「あと少しだ! ガブリエル、『天啓』で視た時間まで後どれくらいある?」
「もうすぐだよぉ! きっとそろそろ大きな魔力反応が――!」
「シロ! ガーデンの外周!!」
叫ぶミラの指さす先、目を凝らすと緑の絨毯に二つの影が伸びている。
――立っているのは一人。這いつくばっているのが一人。
雲の白に遮られ、途切れ途切れに入ってくる視覚情報。
よく知っている幼馴染によく似た顔、背丈、服装。唯一違うのは髪型くらいな女の子。
「セトラ!!」
この距離では当然聞こえないだろう。そんなことは分かっているが叫ばずにはいられなかった。
血まみれの彼女。切り刻まれ、辺りの草原が赤く染まるくらいの出血。
状況はさっぱり理解できない。が、あのままじゃ確実にセトラは死ぬという事だけは分かる。
誰なんだあの男は……!! いや、それどころじゃ――!
「ガブリエル! ミラを頼む!!」
やや強引にガブリエルの支えを引き剥がし、代わりにミラの体を持ち上げて抱えさせる。
「おわぁ! え、えぇ!? 大丈夫なのぉ!?」
「間に合わない方が困る! セトラが死んでしまったらもう間に合わないんだ!! 行くしかない!」
そこからは重力に体を任せ、ただ、一秒でも早くセトラの元へ。
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耳を劈く風切り音。上空からガブリエルが何かを叫んでいるが聞こえない。
目に焼き付く彼女の顔。怒りと悲しみでぐちゃぐちゃになった顔のまま、男に対して彼女は舌を出し笑って見せた。
――瞬間、空と地面が反転したかと思うくらいの眩しい光。太陽の白も搔き消してしまうほどの純白に飲まれ――。
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「『――……生体認識、Type:Angel』」
輝く光輪。忌々しい天使の象徴。
「『聖天魔法の発動式を終了。通常起動を開始します』」
機械的な声、聴きなれた声のはずなのに。
その姿はまるで――、
「シ、ロ様……?」
「セトラ……?」
翼を持った同い年くらいの天使の少女は俺の名を呼ぶ。
……違う、セトラだ。どう見ても。巫女服こそ若干デザインが変わったものの、セトラ・アーリエそのもの。
「っ……! ――『不確定要素を確認。……標的を優先。放置します』……逃げて下さい!」
羽の超高速振動。瞬きをする一瞬よりも早く視界から消えてしまうセトラ。
地に腰を下ろしたまま振り向くと血が舞っていた。
先ほどまでセトラを圧倒し、見下ろしていた男の胸の風穴が空く。
「くそ。やはり、そういう事か……。だが……いいタイミングだ……あとは任せた……」
ぽっかりと、向こう側にはガーデンの外壁が見えるくらいに、まあるい穴が。
倒れる、男が。
「は、え?」
俺が何しにここまで落ちて来たかを忘れるくらいの状況の速さ、に頭が、ついて――、
『危険度を更新。標的を変更。Target:シロ』
「シローっ!! 右、避けてーっ!!」
ミラの声に体だけは反応した。
染み付いた戦闘経験や危険な場面からだけじゃない、俺が知らないようなもっと多くの状況から最適化された動きで、何かもわかっていない物体を避ける。
は……ね……?
「だ……め、その……人は……――『超超速度銀翼弾、再装填完了……残弾128。一斉発射』……うわああああ!!!」
泣き叫ぶセトラの翼から放たれた高密度の羽の嵐が体のあちこちを引き裂く。
耳、肩、腕、指、腹、腿、足。
あちこちから鮮血の華が咲き乱れる。……やばい、血が出過ぎて……意識が、
「いやぁあああああ!! ――『標的の生存を確認。粒子振動極彩剣、起動』やめて! いやだ! 私はシロ様を、大好きな人を殺したくなんてない!! 止まれ止まれ止まれぇ!! やめろぉお!!」
遠くでセトラの声が聞こえる。
泣いてる。聞いたことのない声で泣き叫んでる。
泣いてる?
駄目だ……助けなきゃ……。
こんなところで倒れる訳には、
――いかない。
「――本家越えの贋作」
知らない魔法。でも使ったことがある気は……する。
ほんの数秒してようやく我に返ると、目の前には天使の姿のセトラが、くしゃくしゃになった顔で空に浮かんでいた。
俺、死んで……ない?
しかし確かに体のあちこちは痛いまま。どうやら夢、というわけでも無いようだ。
自分の体を確認してみると、妙なものが目についた。
俺の右腕には光に照らされ、目まぐるしく七色が移り変わる透明な刃が、見たこともない魔法が発動している。
「これ、さっきのセトラの魔法……」
対照的にセトラの魔法は消えていた。
「シロ……様っ。よかった……――『Libraryから粒子振動極彩剣の消失を確認』そんな……まだ……っ!」
「落ち着けセトラ! 大丈夫だ、今どうにかしてやるから!! ミラも無事だし安心しろ! すぐに助けてやるから!!」
内心自分が一番動転している。
何故セトラが天使の姿になっているのか、そんな力を隠し持っていたのか、疑問が頭の中で巡りまわっている。
が、セトラを安心させるためにも昂然としていなければと、自分を何とか奮い立たせる。
「はい、はいっ……!『光速飛翔白銀翼、致死劇薬黄金爪、二重展開』……っ! 来ます! 避けてください!」
涙を零すセトラ。本人に戦闘の意思はないんだ。
彼女の心情とは裏腹に天使クラスの大魔法が発動されていく。
なんだってこんな魔法……!! 終わったらちゃんと話を聞かせてもらうからな!!
次は――光り輝く翼と天使の割には禍々しい金色の爪の二つ。
距離は僅かにだが空いている。あの爪が遠距離武器でないなら――いや違う!!
集中を切らしたわけでもないのにセトラの姿が消える。
これは最初見たあの高速移動。きっと翼の方の魔法だろう。
本家越えの贋作を使おうにも対象が見えない、触れられないじゃどうしようもない!
なら、
五感拡張!
セトラの魔法、見様見真似、付け焼刃ではあるが僅かに見える。
って、もうすぐそこ! 迫る迫る鋭い爪!
「危ねえ!!」
間一髪、胸への一突きを右手の刃の魔法で逸らし回避する。
だが、
「『軌道修正、加速。軌道修正、加速。軌道修正、加速』」
「くっそ……!」
休む暇さえ与えてくれない! それどころか一撃が終わるたびに早くなってやがる。
完全に見えている正面ならいいが、それ以外の攻撃をセトラの魔法の刃で逸らすのも一苦労だ。というか限界に近い。
……それならいっそ、当たる前に当ててやる。リスクは高いがどっちみちこのままじゃ死ぬ!
次は左斜め上、頭狙い! 一か八か!
「ここだ!! 本家越えの贋作!」
爪に触れるか触れないか、発動した魔法によってセトラの爪は消え、代わりに俺の左手に凶爪の魔法が現れる。
よし、よし……! いけるぞ!!
翼の魔法を奪えないのは厄介だが、この分なら――、
「『未知の魔法により接近戦は不利と判断。超超速度銀翼弾、熱源圧縮煌紅砲、三重展開、超高高度より殲滅します』」
消え――、…………上か!
目でなく魔力反応の大きな移動でやっと場所を把握する。
しかし、上を向いた時にはもう遅かった。始めに喰らった高速の羽。それに加えて大きな筒の様な物から発射された、鮮やかな赤色の尾を引きながら降ってくる光線。さながら魔界との戦争時の絨毯爆撃の様な高密度の弾幕。
「……っ! 届かないんじゃ……どうしようも……」
痛みを覚えてしまった体が襲い来るそれらに耐えようと、反射的に目を瞑ってしまう。
…………。
……。
待てども待てども、痛みはやって来なかった。
恐る恐る目を開けるとそこには、
「想いを届けるのがわたしの仕事! 届けるよ、おにいちゃんを巫女さんの元まで!!」
「ガブリエル!!」
「『未確認個体を識別。Type:Angel、個体名:Gabriel。排除対象と設定』……そんな、天使がどうして……」
驚きの表情を見せるセトラ。それもそうだろう。まさか俺たちと行動している物好きでお人好しな天使がいるなんて思うまい。
羽の刃を止める幾枚もの手紙、もはや紙でできた壁といっても差し支えない程の枚数が、ガブリエルと俺の周囲を取り囲む。羽には一枚、光線には五、六枚で何百、何千枚を同時に操り、迫りくる弾幕を次々と振り払っていく。
「遠距離はわたしに任せてぇ! おにいちゃんを運びながら撃ち落とすから!!」
「お、おう!! 助かる!」
「じゃあちゃんと掴まっててねぇ、ガブリエルちゃん、溜めてた力で本気で飛ぶから!」
ミラの翼とは比較にならない速度。下手したら俺が風に切り裂かれて細切れになるんじゃないかと錯覚しそうな向かい風の勢い。
「ぜんっぜんだよぉ!! 巫女さん! そんなのじゃシロおにいちゃんには届かない!!」
きっと地上から見ているミラには光が追いかけっこしているようにでも見えているのだろう。
安全なんか度外視の、相手を捕まえるための動き。
迫っては離されてを繰り返し――、
「おにいちゃん、今!!」
「掴んだ!! 『レプリカ』!!」
手にしたのは……翼! 翼刃、飛翔、二つの魔法が一気に流れ込んでくる。
これで四つ……! しかしこっちの魔力も限界に近い。最初の刃の魔法でかなり持っていかれた。
「悪い、ガブリエル。せっかく手に入れた翼の魔法、維持できそうにない」
「うん、その方がいいよぉ。どうやら――」
「『緊急事態発生。聖天魔法の術式に支障。使用可能Library内魔法、残り、三』」
「まだ……あるのか……?」
「気を抜いちゃだめだよぉ! 絶対この巫女さんを助けるんだから!」
……ガブリエルにとってセトラは人間への足掛かりだ。でもそれだけじゃない。今のこいつは心からセトラを救おうと戦ってくれている。天使の魔法があれば、力対力、純粋にどちらかが先に潰れるかという展開もできたはずだから。
だからガブリエルはもう……、
「ありがとう。俺の仲間の為に戦ってくれて。絶対に救ってみせる!」
「うん! おにいちゃんは愛情を教えてくれた! だからこれはその恩返しだよ」
「そしたら。人間になれたら。今度はガブリエル、一緒に来てくれるか?」
「言われるまでも無いよぉ! おにいちゃんがいいなら、ううん、嫌って言われてもついていくって決めてるんだから!!」
「……二人とも……気をつけて下さい……。次が魔力的にも最後……ですから」
途切れ途切れにそう告げるセトラ。
いつもの血色の良い元気な顔は、青白くやつれてしまっていた。
魔力消耗。
魔界での決戦の時のミラと同じだ。
これだけの高出力魔法の連発。いくら天使化?したとはいえ、ラグエル以上の瞬間火力、推進力を維持し続けて消耗しないわけがない。
ましてや元人間であるセトラの負担を減らすためにも次で確実に決める。
「『最優先脅威を個体:Gabrielと判断。標的を沈黙させます。最後の魔法起動。――人神悪魔反転炉』」
「うぐぅっ……!!」
ガブリエルが呻く。生暖かい何かが俺の背中に垂れ堕ちる。
「どうした!? ガブリエル!!」
「へ、へーきへーき……わたしなんか心配しないで巫女さんだけを見てあげて」
俺を支える手の力も弱まって……。
待て、ガブリエルの魔力がおかしい。
これは……まるで人間のそれ。徐々に天使の力が薄れていく。まさかこれが例の力……?
「はは、は……。おかしいなぁ、力が入んないや……。わたしがわたしじゃないみたい」
――でも、安心して、絶対に放さないから。
いや、大丈夫だ。落ち着け、これでガブリエルは人間になれる。
「シロ様……天使の子を連れて……逃げて……『熱源圧縮煌紅砲展開』……はやくっ!!」
緋色の光線の魔法――!
く、完全にガブリエルは沈黙してしまっている。動きたくても、動けない!!
「い、や……『発射』」
――。
砲口から覗く、眩いばかりの真っ赤な光。
――ガチン。
鈍い音と共に上空に跳ね上がる砲身。
それは、初歩の初歩、基礎魔法にもならないような、不格好なピンク色の魔法弾。
アイツらしく最低限の射程と速度以外を威力に全振りしたある意味アイツにとっては初めての魔法。
「シローっ!! さっさとセトラ助けなさーいっ!!」
……ミ、ラ……!!
「ああ、やってやる!!」
多くの人に助けられた戦いだった。
きっかけはガブリエル。今も飛べない俺をセトラの元まで届けてくれてる。
パメラさん、ミラ、。
――そして、最後にシャド。
「大切な人を救う力を貸してくれ!」
真上の太陽、空を舞う砲身から生まれた影。
ほんの一瞬生まれた影から伸びていく真黒な闇。鞭のようにしなりセトラの手足へと絡まるそれは、やがて彼女の動きを完全に停止させてしまう。
暴れまわるセトラ。が、闇の賢者の知恵はそれを許さない。びたり、と空に縫い付けるられたように身動きを取らせない。
「『異常発生、異常発生。予測外の事態により回避不可能』……ごめんなさい。わたしの、せいで……ごめんなさい」
もう意識を保つのもやっとな様子のセトラ。ただ謝罪の言葉をうわごとの様に呟いている。
これで当てられる。けど、あと一歩が届かない。ガブリエルのおかげで浮遊していられるものの、その代わりに目の前のセトラの前まで辿り着くことが出来ない。
――全く、困った勇者だよ。キミにしかできない魔法があるだろ? キミの想像はそこまで貧弱だったかな?
誰だ? シャド? いや、この声は、受け継がれた賢者の記憶は、ノワールか?
でも、あの魔法じゃダメなんだ。ラグエル、天使には届かなかった。
――天使と戦うことで君の想像は広がった。そんなに神のおもちゃを貫くのは難しいかい?
それは……。
――もう一度言う。キミにしかできない魔法なんだよ。他の誰でもないんだ。あのアトラの子孫を助けられるのは、キミだけだよ。
俺にだけ。
イマジナリ・クラフトワーク。アトラとフレイヤと共に作った俺だけの魔法。
力を想像しろ。願いを強く持て。
絶対に、セトラを、助ける!
「届け!! 『幻想万物の願望機!!』
何でもよかった。セトラの元に届けば、それで。
魔法によって現れたのはイチイの木で作られた素朴な弓矢。
これなら、
良く引き絞り、セトラ目掛けて矢尻を射る。
これで、
「貫け!」
想像と、現実が重なる。
突き刺さる矢。残る三つの魔法全てが俺の中に入ってくる。
力を取り込む力……。
こんな大きなものをセトラはあの体の中に抑え込んでいたのか……。
「シロ様……ありがとうございます……そして、ごめんなさい……。『聖天魔法完全沈黙。終了します……――』」
もうちょっとガーデン編は続きます。
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