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Q.隣にいる魔王から5m以上離れないで世界を救うにはどうすればよいか?  作者: ねここねこ
一章 チート勇者とプンスカ魔王と巫女の末裔
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Q.4 勇者と魔王はお互いに不満があるようで……?

バレンタインにこんなの投稿したら数人は死人が出ると思ってやめました。

嘘です。ノートPCを修理に出していたら遅れました。すみません。


明日にはもう片方の投稿もしておきたい…!


「流石に無理っ!!」


「無理って言われても仕方ねーだろ! どっちかにしろよ!」


 早朝、ガロニアの森の皆さんにご迷惑をお掛けしている事を承知しながらも、大声を張り上げざるを得ない状況にうんざりする。

 

 全ての元凶は目の前でぷんすか地団駄を踏んでいる幼魔王、ミラ。

 目が覚めてからずっとあの様子で手のつけようもない。  


 どうやらミラは1000年ぶりに体を洗いたいらしいのだが、ご存知の通り5mの誓約上、どうしても俺が浴場に同行しなければいけない。それを指摘したとたんにこの調子である。

 

 見られたくないってのもわかる。男にわかるか! と指摘されたらそれまでだけど。

 ……逆に見たいって思う気持ちが全く無いかと聞かれたら、それもNOだ。本当に、本当に悔しい事だがミラは抜群に可愛い。決して小さい女の子が好きだとかそういったのではないが、男として逆らえない衝動が全くないとは言い切れない。

 まあ今回は相手が相手だし後が怖いから見ない……と思う。

 ミラもそれを理解しているとは思うんだけど、どうしても「俺と一緒に浴場へ行く」という行為自体が受け入れられないらしい。


「絶対見ないって約束するから。セトラに聞かれて大事になる前にささっと行こうぜ」


「傍にいるってだけで無理なの!! ってかその言いくるめ方が逆に怪しいし!」


 ……昨晩のやり取りは一体何だったのかと言いたい。

 信用得たんじゃなかったっけ? まさか夢じゃないだろうな?

 

「でもどっちかしかねーだろ。セトラでさえこの呪い?は解けないんだから」


「うぅ……でも……だって……」


 何か手は無いのか。ミラがこのままじゃ旅をするなんてとても不可能だぞ。

 これから拠点を移動する度にこうして足踏みしていたら三年なんてあっという間だしな……。

 こんな状況を打破できる、それこそ魔法の様な何か――。


 ふと脳裏にかつて旅を共にした仲間の顔が浮かぶ。

 魔法を得意としていた内気な少女。魔法適正がほぼゼロだった俺に対しても、熱心に教えてくれたあの子との記憶がよみがえる。

 彼女の教えてくれた魔法の中にそんな魔法があったような……?

 確か――透明化。

 教えて貰った当初は、「え? マジで? こんな魔法俺なんかに教えていいの?」と思った究極の悪戯魔法。ぶっちゃけるなら男にとっては覗き魔法。

 いや、彼女は決してそんなつもりで俺に透明化を教えたんじゃないとは思う。

 でも他の賢者に唆されて風呂を覗こうとしたこともあったなぁ…。

 結局俺がアトラに気付かれそうになって直前で逃げて計画は破綻したんだっけ。

 ……懐かしいな。

 今回で正しく使ったなら、今はもうこの世にいないあの子も浮かばれるだろうか?


「これは……相談だけどな、俺透明化の魔法持ってるんだ。それ使ったなら入れるか?」


「な、なんて相談してくるのよ!?」


「落ち着けって、絶対に見ないって言ってんだろ。お前の為だけに使うんだって。ミラは普通に風呂に入るだけ。頼むからそれで妥協してくれ」


「ほ、ほんと……? 絶対に見ない……? 聞くのも、あ! あと匂いもダメだからね……?」


 そ、そこまでするか? 聴覚は分かるが嗅覚まで封じるとか徹底的過ぎてもはや感心する。

 伊達に王族としてお嬢様育ちしてないな……。

 田舎育ちの庶民派勇者としては驚きしか生まれない。

 アトラとか多分「一緒に入ろうよー」とか言うぞ? それはそれで困ったのは別の話だが。


「わかったわかった。ちゃんと鼻栓もしてやる」


「ん……ならいってくる」


ようやくミラが折れてくれたことに胸を撫で下ろしながら、それが表情に出ない様注意しながら、


「おう、いってらっしゃい・・・・・・・・


 そう返すことで騒々しい朝の言い合いは幕を閉じ、ガロニアの森に穏やかな朝の静けさが戻って来るのだった。



 一人で着替えを持って浴場へ向かうミラの後を違和感を感じさせないように、姿を消し、気配を遮断し、5m以上離れないように気を付けつつ後をつける。

 

 こんな所誰かに見られたら即お縄だ。

 幸いにもまだ朝早く、セトラ含む他の宿泊客の姿は見えない。

 あ、ちなみにこの透明化、術者以外が触れると解けます。考えた奴はなぜ時間で解除にしなかったのか。

 まさか覗きのスリリングさを引き立てるスパイスとしての魔法である可能性――うん、無いな。


 そんなアホな考察で時間を潰している内に浴場に到着する。

 浴場と言っても同時に湯船につかれるのは精々二、三人の小さな風呂場。まあ、絶賛世界滅亡の危機が訪れている今、浴場があるってだけでましな方か。

 

 おっと、ミラがきょろきょろしながらも服に手をかけ始めた。そろそろ感覚遮断のお時間か。

 ――と、ここでとある疑問が浮上してくる。

 

 あれ? ミラが見えないと付いていけなくね?


 なぜ二人いて気づかなかったのか、痛恨のミスをしでかしていた事を後悔すると同時にミラがこの事に気が付いていない事をただただ祈る。

 何の疑問も持っていない様子の魔王様は一番乗りの浴場に昂然たる様子で乗り込んでいく。

 が、そっちはそっちで精神衛生上、俺の世間へのイメージ的にやばい! 

 ああ! 服脱ぐの速いっすねミラさん!!

 

 ――現在の視界、薄眼により通常の約二割。

 動かない訳にもいかず、かといって目を見開いて幼女が入っている女湯へ突撃する勇気は俺にあるはずもなく、どっちつかずの妥協策で最悪の状況だけを免れている、そんな状態。

 しかし、苦肉の策とはいえぼんやりとミラの瑞々しい肌の色が確認でき、何とか5mを保つことに成功している。

 向こうからは分からないんだし、安全を期していっそ開き直ってもう見ちゃうか!?

 いやいや、それは何というか最後の一線を越えてしまう気がして!

 裸を見るのは心に決めた人だけ! などと良く分からない乙女らしい制約で思考を埋める。

 ……今となってはそれも叶いそうに無いんだけどさ。

 沈みかけた気持ちも、女湯の中に透明化して潜入などというかつて無いシチュのおかげで強制的に高揚させられる。

 今はただ、無事にミラが風呂から上がってくれて、身体的にも名誉的にも無傷で部屋に帰れさえすれば! 

 早く終われ、早く終われ、早く終われ! ミラぁ! 早くしろぉ!!


 そんな願いも空しく、当のミラはというと久々の入浴で色々な事から解放されたからか、俺が5m以内にいる事なんて忘れているかの如くリラックスしていやがる。

 ほら、鼻歌まで歌っちゃって、完全に俺空気扱いじゃん。

 ……いいし、別にあんなまな板に意識された所で嬉しくもなんともないし!

 接触を避けるために風呂場の隅でいじけていると、最も恐れていた事態が訪れてしまう。


「……あれぇ? こんなに早いのにもう先客さんがいるぅ……しかも……?」


 せ、セトラさん――!?

 聞き間違えるはずがない! この声と全く同じ声を十数年間毎日隣で聞いてたのだから!

 

 たとえ十分に視界が確保できていなくても、いつもと喋り方が違っても、この声の持ち主がセトラだと言う事はもはや疑いようがない。

 ……目を開けたい気持ちも山々だが邪な欲望を押さえ、僅かでも状況を把握しようと聴覚を研ぎ澄ませる。


「んぅ? あれ、セトラじゃん。もう起きたの?」


「あ、ミラ様でしたか~。成程そういう事情でしたか。わたし朝にすっごく弱いんですよぉ~。ですから、気付け代わりにお風呂入っちゃおっかなぁってぇ」


 キャラ変わるほど弱いのかよ。早く寝ればいいのに…。


「キャラ変わるほど弱いんだ。ちゃんと夜早く寝ないとね」


 ……コメント被った。誰も見てないのに、一人で恥ずかしくなっているこの状況がより一層空しく感じてきたから、二人の会話についてのこれ以上のコメントは控えておくとしよう。

 そんな事よりも、切り抜けなきゃいけない難題が――、


「シロ様はどうなさったんですか~?」


 口調とは裏腹にどうやら頭は覚醒に向けて冴え始めているらしく、ミラにとって訊いてはいけない質問を何の躊躇もなくぶつけ始める。

 ミラ頼む、落ち着いて上手くごまかしてくれっ!


「ぁわ、あ、あああいつはっ! えっと、えーっと!」


 言葉の端からでも十分に伝わる慌てよう。

 

 こっちも凄く焦ってますけどね!

 何かないか。上手くミラの回答を誘導させる何か!

 おぼつかない視界、手探りで辺りをところ構わず調べる。


 壁、床、床――、ん?

 指先に触れたのは何だかやけにつるつるとした手のひらサイズの物体。

 掴むのも一苦労だが、これなら――!

 手に取った長方形のそれを思い切り斜め上に放り投げる。

 

 ごつん。…べちゃ。


「ひゃっ! …あ、ああ! ここちょうど私たちの部屋の真下なのよ! いったん階段まで一緒に来てもらって、そこから別れたの。あいつはそのまま部屋に戻って――」


 いいぞ、上出来だ! 寝ぼけ眼のセトラ相手なら十分にその説明で通るだろう。


「あぁ~……シロ様も色々(・・)大変ですね~。どうせなら二人まとめて入っちゃえば良かったんじゃないですかぁ?」


 !! なんてことを言いだすんだ!


「無理無理! ぜぇえったい無理!」


「だってシロ様もいつかはお風呂入らないといけないでしょ~?」


「いいの! あいつは!」


「……早く仲直りした方が良くないですか? 昨日の見てる限り、ミラ様は本気でシロ様の事嫌ってませんよね? だったらもっと仲良くしましょ? ね?」


 今までのどこか抜けた口調から一変、言葉を紡ぐ速度も声の低さも全てが重くのしかかる様な一言。

 心の底から心配しているのが言葉を直接向けられていない俺にですら伝わってくる。

 セトラはミラの言動の裏に隠されてた気持ちに少なからず気づいていたのか。

 やっぱ女同士通じるものとかあるのだろうか?


「……したもん。……ちゃんと仲直り……」


「ほんとですかぁ~? ならもっと素直になりましょうよ~!」


 あ、ゆったりモードに戻った。


「うるさいっ! セトラといるとゆっくりできない! 先上がるからっ!」 


「あ……ごめんなさい。せっかくミラ様とお話しできるからってはしゃいじゃって」


「……ん、なら今度はちゃんと夜に入ろ。それならお話ししてもいいよ」


 妙にむずかゆい気分だ。当事者が聞いてたって一番気まずくなる奴。

 部屋でミラとどんな顔して何て話せばいいのか分からなくなってきた。


 おっと、ミラがとてとてと、軽快な足音を立てて近づいてくる。

 そろそろ俺も出ないとな――お?

 

 踏み出した右足が捉えるのは石畳の床でなくやけにぬめった物体。

 その感触で気が付く。先程投げた物体、そして今、足によって力を加えている物体が石鹸であることに。

 気づいた時にはもう遅く、視界も平衡感覚も失った俺は見事に転倒。

 近づく足音を聞き、絶体絶命な状況を前に目を開けると、映っていたのはミラの小さな足と絶壁の如きむ――、


「ぐべっ!」


 一瞬広がった平野に募り、積もった想いを馳せる暇もなく、綺麗に顔面を踏みつけられる。目を開けようにも真っ暗だし、呼吸も口がふさがって出来ない。


「あ、シロ様」


「シ……ロ……? 何で……ここに?」


「ふがふが!(ごめんなさい!)」


 とにかく申し訳無い気持ちでいっぱいだった為か、まず出てきたのは謝罪の言葉。

 しかし、口を押えられて発した言葉がミラに届くはずがなく、


「えーごめん、何言ってるか分からないなぁー!」


 ミラの怒り様がぐりぐりと顔をこねる足の回転から痛いほど伝わってくる。というか実際痛い!


「そんな……! シロ様……! ミラ様を良いように利用してこんな悪事を働くまで我慢してしまっていたのですね! およよ天…」


 違う! 違うから! ってかセトラその演技絶対気づいてるだろっ!

 お願いですから助けて下さい!


「ま、まさかわらわから見えないのをいいことに目ぇ開けてたんじゃないでしょうね!」

  

「んーんー!」

 

 全力で首を左右に振り否定しようとするが如何せんミラの脚力が強すぎて、びたりと床に固定され動くことも許されない。

 息の方も……もう……助け――。


「ミラ様、多分わざとではないでしょうし、この辺にしておきましょう。これ以上は可哀想です」


「え? わざとじゃないってどういう――」


「だってシロ様ずっと目を瞑っていましたもの。ミラ様へのヒントのつもりで投げた石鹸を運悪く踏んでしまい転んでしまったんですよね?」


 ぶはっ! セトラのカミングアウトの方に意識が行ったのか、ミラの足ホールドがようやく解除される。 

 空っぽだった肺に、浴室の湿った生暖かい空気が入り込んでくる。後かすかに匂う石鹸の――ミラの足の匂い。い、良い香りだぁ!

 じゃなくて! お、落ちるところだった……! 一瞬対岸で手を振るかつての仲間が見えた気がしたぞ……!


「何でそんなこと分かるのよっ!」


「巫女には本質を見抜く力があってですね……実はというと最初からシロ様のお姿は見えていたんです」


 それは1000年前の風呂覗きを未然に防いだ力。恐らくアトラの子孫であろうセトラにもその力があって当然だった。


「げほっ! な、なんで最初に言わなかったんだ…?」


「ミラ様に必死で尽くしているシロ様の必死さから、お二人の関係がいよいよ大変なのかと思いまして、それなら下手に手を出す訳にはいかないなと」


「じゃあ、あのキャラも演技だったの?」


「いえ、私が朝に弱いのは本当ですよ。ですから良い眠気覚ましになりました♪」


 つやつやと屈託のない笑顔を見せられて納得したのか、言葉も出なかったのか、ミラはそれ以上は追及してこなかった。

 夕べの仲直りをかいつまんでぽつぽつと口にしてから、セトラの反応も確認するでもなく歩き始めた。

 どうやら足音から察するにそのまま風呂から上がるみたいだ。

 セトラもそれ以上何も言わず、十分温まったのか後ろから付いて来ている。

 

 こうして波乱のお風呂タイムは案外穏やかに幕を閉じた訳だが、結局見たのはミラの足裏と絶壁……。

 嬉しいやら情けないやら。

 ミラへの気まずさも相まって何とも形容しがたい心境のまま、ただ黙って彼女の数歩後を付いていくしかなかった。

 


 ミラと部屋へ戻り、少し時間が経ったがその間に会話は一切なし。

 お互いに気まずい沈黙を破る術がなく、ただただ相手の動きを伺っている。

 すると急に部屋のドアが開くと同時に、着替え終わったセトラがだんまり二人組へ言葉を投げかけ始める。


「旅の準備をしましょう!」


「「……はあ」」


「お二人にはお金を渡しますから、必要な物、好きな物を買ってきてください!」


 そう言われ、流されるまま差し出した俺とミラの手のひらに数枚の硬貨が重ねられていく。

 当然と言えば当然だが俺の見たことも無い硬貨だった。

 ミラも同様に見た事無いのだろう、まじまじと興味深そうに色々な角度から眺めている。


「後々の事を考えると少し手持ちが乏しいので、勇者と魔王であられたお二人には申し訳ないんですけどそれで上手くやりくりして下さい。それだけあればよっぽど吹っ掛けられない限りは大抵の物を買えると思いますよ」


「あれ? セトラは一緒じゃないのか?」


「私はちょっと別で買わないといけないモノが色々とあるので」


「えー! じゃあこいつと二人きり!?」


「仲直りデートってことで♪ ではではお楽しみください!」


「ちょ、こら――」


 ミラの反論を上手くかわし、足早に部屋を発ってしまうセトラ。

 騒々しさが失われた部屋の中で、ミラと顔を見合わせる。

 ……わぁ、すっごい複雑な顔。きっと俺もこんな顔をしているんだろう。

 そう思いながらも、せっかく渡された善意を無下にする訳にもいかないので二人同時にその重い腰を上げるのだった。



 朝もまだ早いというのにガロニアの森は既に昨晩の賑わいを取り戻していた。

 行きかう人々、もちろん人も魔族もエルフも分け隔てなく忙しそうに大通りを通り過ぎている。

 小さな村だというのに道は人込みで溢れて俺達が入り込む余地もない。

 ミラもきっと同じ気持ちだろう。

 

 ――はぐれたらどうしよう、と。  


 これまで5mの壁は自分の意志でしか越えた事が無かった。

 結果、俺には激痛、ミラは体の消滅とかなり深刻なペナルティ。

 一体他人に無理やり引き剥がされたらどうなるのか。世界の異端イレギュラーである俺達に黒い灰と化す未来が約束されているとも言い切れず(それはそれで困るが)、不安だけが募っていく。

 だから、ただ往来を見つめながら、宿屋の前で立ち尽くすしかなかった。

 

 対策はただ一つ。ただ数分前の事も相まって少々気恥しい。

 ……が、渋々残された選択肢に従い、我ながらぶっきらぼうにミラへ手を差し出す。


「ほ、ほら。はぐれない様に、な?」


 白い肌を真っ赤にさせて俯いてしまうミラ。


「う、うん」


 ……やけにしおらしく、素直だ。

 セトラの説得が相当効いたのだろうか……?


「えーっと、どこか行きたいとこ、あるか?」


「ふ、服屋へ行きたいっ!」


 ……いつものように「いいから付いて来て!」と言ってくれれば、こちらとしてもまだやりやすいのだが。

 ミラがそんな様子だとどうも調子が狂ってしまう。


「……おっけ、じゃあちゃんとついて来い」


 きゅっと力が入る右手。


「……絶対離すなよ」


「……うん」


 決意を決めて人の海へと踏み入れる。

 しっかりと離さないよう、彼女の一回り小さな手を大事に握って。



 ガロニアの森。小さな村だと記憶していたがどうも俺は敷地面積だけで捉えていたらしい。

 森と呼ばれるだけあって数々の大木がそびえるこの村。

 市場を目指して麻袋や大きな木箱を担いでいる人たちについていくと、その大木の前に到着する。

 どうやら昨日見たバーの様に木の中をくり抜いてそれぞれ店舗を開いているらしく、村とは名ばかり、ここら一帯の木々だけで「町」レベルに発展している。

 木を一本登れば服屋だけで十数店舗、もちろんその他にも日用雑貨、武器、家具、飲食と一通り必要なものが全て揃っている。

 

 俺が勇者していた頃、元々この村は羽を持つエルフの土地だった。

 空を飛べた彼らにとって動物や魔物が徘徊する地上でわざわざ生活する必要も無かったのだろう。

 そこへ和平を結んだことで人間や魔族が溢れてこうなった訳だ。

 ほんとに1000年で色々変わっちまったんだなぁ……。

 木の中の露店を見てしみじみと思う。


「ミラ。何かいい店あったか?」


 目に入ってくる情報量の多さに困惑しつつも未だかつて見たこともない世界にその真っ赤な瞳を輝かせるミラ。

 俺の問いかけにも対してもうわの空で適当に返事をしてきょろきょろと辺りを見回している。 

 言ってしまえば世界の命運をかけた戦いから直で来ている俺達が着替えを持っている筈もなく、セトラに貸してもらったぶかぶかの服を着て辺りを見渡している様子は紛う事無き田舎少女である。


「おーい、ミラちゃん聞いてますかぁー?」

 

「ふぇ!? え、ええと何だっけ?」


「だから、気に入った店はありましたか?って」


「じゃ、じゃあ取り敢えずあの店に入ってみたい!」


 指さす先には随分と女の子らしいフリフリが目立つお店。

 ほほう、魔王といえどやはりこういった店に興味があるのか……。


「ん、じゃあ待ってるから買って来い」


「……え? う、うん」


 ミラは何故か一瞬戸惑ったような顔をしたがすぐに俺の手を放してたたたっと店へ駆けていく。

 これじゃデートじゃなく娘の買い物に付き合う父親だな、そんな事を考えているとミラがすぐに戻ってきては顔を俯かせてもそもそと話し始める。


「その……えっと……」


「ん? どうした?」


「そのね、あ、あんまり離れると怖いからやっぱり付いて来てほしいかなって」


「あー確かに5mで全てを見て回るのは無理があるかもな。……でもなぁこの店――」


 きゅっと手に温かみが戻ってくる。小さな手が、今度はミラの方から繋がれた。


「着てるとこも見て欲しいし……」


 っ!?

 …どうした。シロ(仮)。元勇者よ。なぜ魔王なんかにドキッとした?

 毒気が完全に抜かれたミラは言ってしまえばただの美少女な訳で。


「い、いつまでも決まんないのも困るしそう言う事なら……しょうがないな」


 セトラが時間設定をしなかった事に気付いていながらも、やや強引に自分を納得させるための理由を作る事で感情をごまかす。

 偽装はお手の物だったが、まさかこんなことに使う日が来るなんてな……。


 明るい色が周囲を埋め尽くす店内が俺に向かって場違いだと警告を発する。

 そんなことは重々承知だ。

 服を着たまま風呂に入り、少し湿った成人前後に見える男性がこんなお洋服売り場に入ってきたら、店員さんだって困惑するだろう。

 かろうじてミラの存在が俺がここにいてもいいと繋ぎ止めているだけで、はたから見たら変人だ。


 ご機嫌そうに服を見て回るミラちゃん(年齢不詳)は数着手に取って、布一枚で遮られた個室へ入っていく。

 少しの間をおいてようやく落ち着いたらしく衣擦れの音がやんだ。

 ひょこっと控え目に顔を覗かせるミラ。不安そうな顔をした後、思い切って仕切りを取り除いた。


「どっ、どう……!?」


 目の前に立っていたのは――全身が白で構成された美少女。

 白い髪、白いワンピース。真っ赤な眼と長い髪を半分だけ束ねたとこれまた真っ赤なリボンが良いアクセントになっている。

 そこらのお伽噺を適当に数冊引っぱり出したら、必ず一人は同じ容姿の娘が出て来るだろう。そんな完成された美を振り撒く少女は、まだかまだかと俺の感想を上目遣いで待ち続けている。

 

「か、可愛いんじゃないか? 凄く似合ってると思うぞ」


「ほんと!? じゃあ黒いのも買っちゃお!」


 ぱぁっと満面の笑みを浮かべた後、せっせと着替え、一直線に店主の元へ向かう。


「これください!」


 その流れのまま、元気よく、今さっき着替えた服と、対の黒色の服を高年のおばあさんへ手渡す。


「はいよ、あらお嬢ちゃんえらくべっぴんさんだねぇ。隣に居るお兄さん? それとも彼氏さんかな? 羨ましい限りだよ」


 ふぉっふぉっふぉっ。若干胡散臭くも機嫌がよさそうに笑うおばあさん。

 あまり余計な事を言うとミラの琴線に触れる可能性があるから控えて欲しいのだけど……。

 恐々と隣のミラの様子を伺うと――、

 

「そ、そんなんじゃないよー。おばあちゃんったらお茶目っ!」


 !? 誰だこいつは! あの傲慢悪口少女の面影は完全に消え去って残ったのは少女の部分だけじゃないか!


「はいよ、合わせて200フロルね。あぁでもお嬢ちゃん可愛いから150にまけとくよ」


 ほうほう、今の通貨単位はどうやら「フロル」と言うらしい。

 果たしてぼったくられているのか何とも言えないがここは「まけてくれた優しいおばあさん」として信じておくとしよう。

 露骨に褒められご機嫌なミラは、相も変わらず人が変わったような穏やかな笑みのまま、共に店を後にするのだった。



 続いて俺のターン。

 ――は省略。

 

 いや、特筆することも無く、飲み薬や携帯食料等を買う時間を合わせても数分で事足りてしまった。

 ありきたりな冒険者の服、後念のためローブを購入し、当初の目的はほぼ達成。

 ただ一つ分かった事といえば、あの服屋のおばあさんは余程低価格でミラに服を提供してくれたと言う事だろうか。

 俺の買った服の四分の一以下、大人服と子供服のサイズの違いがあるとはいえ、二着であの値段ならかなり良心的な店だと言えるだろう。疑ってしまって申し訳ないです。 

 

 さて、必要そうな物も揃ったし、後は――、


「他に欲しい物とかないのか? 次の町もこれだけ大きな市場があるとは限らないし」


「んー要るものは集まったかなー? あ! あれ食べたいっ!」


 持ち前の筋力で無理やり俺を引っ張り駆けだすミラ。

 彼女が我を失うほど執心していたのは菓子の様だ。

 んー? 何々? ”希少な牛から絞ったミルクで作った極上氷菓子”?

 牛ってあの家畜の牛だろうか? そこまで希少って訳でも…。

 ――ふと気付く。ここが終わりかけの世界であることに。

 これだけの賑やかさで忘れかけていたが、もう牛ですら数が残されていないのだろう。

 日に日に減っていく魂の総数、こうして楽しい時間を過ごしている間にも世界は終わりに向かっているのだと、何気ない商売文句から現実に引き戻された。


「だめ? ねぇシロ?」


「あ、悪い悪い、ちょっと考え事を。で、いくらなんだ?」


 客引きの看板をよーく見る。

 ……? もう一度、看板の端に書かれた小さな文字を今度は口に出して数える。


「いち、じゅう、ひゃく、ご、5000フロル!?」


 間違いない。これぞぼったくりだろう……! 俺達の服の価値とは一体……? 

 希少だというのは重々承知だが、日に一つ売れればもうその日の商売ノルマが終わってしまうであろう破格の価格設定。

 売っているあんちゃんも先ほどのおばあさんとは比べ物にならないくらい胡散臭い。

 いかにも裏ルート使ってます。そう言わんばかりのニヒルな笑みを浮かべていやがる。


「ミラ、止めておこう。あれは高すぎる」


「せっかくだから食べたいっ!」


「……今手持ちどれだけだ?」


 俺の手持ちは数え方が合ってたらだがおよそ1500。


「えっと、さっきので、200……だから……3500フロル?」


 ……ぴったり足りてた。


「ねー? どうしてもだめ?」


 ぐ、そんな風にねだってくるんじゃありません!

 でも、気になるっちゃ気になる! 一体5000フロルの味がどれほどの物なのか。ぜひミラの口から感想を聞いてみたい。


「……セトラにはないしょだぞ」


「やった! ありがとっシロ!」


 あー、俺に子が出来たらきっと俺は親バカと呼ばれるのだろう。

 あまりにも純粋無垢なミラの願いを踏みにじる事は出来なかった。

 

 せめてあんちゃんには低く見られない様にと似合わない強面を引っ提げる事くらいしか甘々な俺に出来ることは無かった。 


「……へいらっしゃい」


「これ、安全は保障できるんだろうな?」


「やだなぁ、お客さんから大金貰うんですからちゃんと正規の品を提供しますよ…ひひ」

 

 う、胡散くせぇぇ……!

 そもそも「正規」とか言うなよ! 不安が顔に出ちゃうだろうが!


「ん、なら一つ」


「ひひ……妹さんですかい? 良いお兄さんっすねぇ……」


「まあそんなもんだ」


「へい、おまちどお……上手くいくといいっすね……応援してますよ…」


「ばっ……だからそんなんじゃ――」


 何故どいつもこいつも同じことを…!


「バレバレっすよ……商人舐めないでほしいっす……」


「あー! どうも!」


 ばんっ! ヤケクソ気味に金を払って(叩き付けて)例の物を受け取る。

 ひひ、あざっしたー。うう……折角かっこつけて接してたのに恥ずかしすぎる……!


「? どうしたのシロ? ちゃんと買えた?」


「……何でも無いっ! ほらっ!」


 手渡された氷菓子を一口舐め、気まずそうに俺の顔を見つめる。


「どうした? 早く食わないと溶けるぞ?」


「シロのお金も使ったのにわらわばかり食べてていいのかなって……」


 なんだそんな事か。俺は初めから食べるつもりなんて無かったくらいだ。


「気にすんなって。俺にゃ似合わんわ――ぶっ!?」


 ミラはあろうことか俺の話を全く聞かずに、氷菓子の先端を口元にねじ込んできた。

 ……こ、これが5000フロルの味っ!

 濃厚なミルクをきめ細かく溶いたような、口の中に広がる優しい風味!

 冷たく柔らかいそれは、次第に口内の熱でふわりと溶けていく、まさに極上!


 ――じゃない!!


「なんてことすんだよ!」


「あっ、や、違うの……!」


 俺が突然声をあげたからか委縮してしまうミラ。

 いつもだったら逆に悪態をつかれる場面なのに、むしろその反応を期待していたのに返って来た拍子抜けな反応にこっちが驚く。

 こいつ……まさか……、


「なあ、あんま無理する必要ないぞ? いつも通りにしてくれた方が気が楽だ」


 セトラに言われたことをよっぽど気にしていた結果がこの唐突な性格変化の原因だろう。

 もちろん二人とも良かれと思ってやったことだけど、今のミラは何だか追い詰めすぎている。


「……ば、ばれちゃった? 結構頑張ってみたんだけど……嫌だった?」


「んー嫌じゃねーよ? 確かに今日のミラはいつもより女の子っぽくてそりゃあ、か、可愛いとか思ったけど、でもお前が辛いなら意味無いって」


「そっか……何だかわかんなくなっちゃった。素直に、仲良く、かぁ……」


「だーかーらーいつも通りでいいんだっての。なんなら罵倒してくれても構わないしな」


「何それ、シロってやっぱ変態?」

 

 昨日見せたあの自然な笑顔が初めて零れる。

 

「変態とか止めろ止めろ! お前連れてると洒落にならんから!」


「む、わらわが幼児体型って言いたいわけ? こんなの魔法を使えばどうとでもなるんだから!」


「……ふ、あははっ何だそりゃ、結局魔法かよ」


「……ふふ、あーおっかし! やっぱこっちのが気楽! おいしーね、これ!」


「おー、大金はたいただけあるよな! ほれ、残り」 


「わ! 投げないでよ!」


 このやり取りをしているとあの封印空間での暮らしも中々悪い物でもなかったと思える。なんだかんだでやって来れたのはこいつといたからだろう。

 最初はお互いの立場もあって険悪だったけどそれも今日みたいに次第に打ち解けていったのがとても懐かしく感じる。


「じゃ、堪能したし、帰るか!」


「セトラも待ってるかもしれないしね!」


 今度はどちらからと言う事も無く、自然に繋がれた手。

 来た時ほどの緊張感はもう無かった。もう、絶対離れないって二人とも分かっていたから。



 宿屋前につくともう既にセトラが俺達の帰りを待っていた。


「あれ、お二人何か雰囲気変わりました? 手も繋いでるし……」


「いやー、人多くて。少しでもはぐれると死ぬからさー」

 

「そーそー誠に遺憾だけど仕方なく、ね」


「はあ……仲良くなったならいいですけど。そんなお二人の為にプレゼントがあるんですが……」


 セトラが差し出したのはつがいの指輪。片方は白く一回り大きく、もう片方は真っ黒。


「これ、魔力で出来た紐になってましてですね、ちょうど5m以上は伸びない様に技師さんに設定してもらいました。何やら魔獣が引っ張っても千切れないらしいですよ?」


「マジか! うわぁ素直に嬉しいわ、ありがとなセトラ!」


「む、お揃い……か……。あ、私も嬉しい。ありがとね!」


「いえいえー。それでは少し名残惜しいですが、まずは魔界ですか? 出発しましょう!」


「「おー!」」


 長い旅路の始まりの村。同行者とケンカして仲直りして、仲良くなって。

 次の町では一体何が起こるのか、今からもうワクワクが止まらない。

 何だかんだで勇者と魔王の組み合わせでも、二周目のこの世界を楽しく救っていけそうだ。

いよいよ次から話が進みます。

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