Q.38 天使の寝顔を見つめないでっ?
決戦前夜回。
「ふむふむ。人をやめちゃった勇者と人になっちゃった魔王、そして人になりたい天使ね。そんな三人が集まったと。……すごい巡り会わせね。ええ」
珍しい昆虫を見つけた少年の様に目を輝かせ、俺たちの体を様々な角度からまじまじと観察するパメラさん。ガブリエルは何故か楽しそうだが、ミラは当然の如くぷるぷると怒りに肩を震わせている。
「ちょっと! こっちは真剣に悩んでるの! 見世物じゃないのよ?」
「あら、ごめんなさい。知的好奇心が疼いちゃってね。長らく本に囲まれて暮らしていたから……ちょっと変わった職業病と思って大目に見てちょうだい」
と、柔和な笑顔を見せるパメラさん。ミラもそんなパメラさんの人懐っこい表情を前に大人しくなる。ミラをこんなにもあっさりと宥めてしまう人はそうそういないだろう。
そういえばつい流れでこの人の家に泊まることになってしまったけど、俺は全然この人の事を知らない。
ガーデンのお嬢様だったと聞いた。ならば今のガーデンの現状にも詳しいかもしれないな。
「あの、パメラさんはガーデンから来たって聞いたんですけど」
「そうよ、私はガーデン出身。ついでに言うとアールグランド家の血が流れてる。まぁ俗にいうお姫様ね」
「お姫様! それって結構すごいよー! 人間の女の子ってお姫様に憧れるって聞いたよぉー?」
知識……結構偏ってるだろ、それ。
「そう良い物でもないわ。ことガーデンの王女に関しては呪われた血統書よ。可能なら破り捨ててしまいたいくらい……」
ぐにゃり、と傾いた視界と共に、記憶が、蘇る。
「シロ?」「シロおにいちゃん!?」
平衡感覚が失われた体は、重力が左方向に切り替わったと錯覚し、椅子から倒れ――。
「おっと、あぶね。ありがとなミラ」
「ふふん、もう慣れっこよ。立ってたら支えられっこなかったけどね! は、はやく体起こして……シロ結構重い!」
俺の肩を支える細い手がぷるぷると震えていた。……ちょっと前だったらきっと指一本で支えられてたんだろうな。ついそんな感情が顔にも出てしまう。
「……悪い」
気まずそうにした俺を見てか、ミラは、
「気にしない気にしない! で、また何か思い出したの?」
気丈にふるまってはいるが、やっぱり堪えてはいるんだろう。時々ミラ自身も自重気味にネタとして話題に出すから、茶化したりして距離を感じさせないようにしているものの……。
早く何とかしてやりたい。ミラ側に原因があるってアーレア村では言われたけど……正直どうすれば良いかさっぱりわからないのが現状だ。巫女特有の魔法に精通しているセトラや、高度治癒魔法持ちのクアなら何かわかるかもしれないけど。
だとしたらやはりガーデンだ。あそこに向かう他ない。それに今の記憶が正しければ……、
「……ああ。パメラさん。姉妹にガーデンから離れなかった子は何人いる?」
「倒れたと思ったら……これまた急な質問ね。まさかとは思うけど気づいちゃったのかしら、ガーデンの仕組みに」
「はは……気づいたも何も、それ考えたの俺の幼馴染なもんでね」
「え? え? なになに!? 二人だけで喋らないで、わたしも仲間に入れてよぉー!!」
ミラとガブリエルは当然俺たちが何について話しているか全くわかっていない。
ここは一丁説明するとするか。まぁ、アトラの受け売りになっちまうけど。
「まずだな。恐らくガーデンに居る他の地域に行くことが無かった王女は十中八九賢者だ。千年前の仲間にガーデンの王がいたからここはまず間違いない。血を引いてる。合ってるかな、パメラさん」
「ええ。その通り。正解よ。どうぞ続けて」
と、涼しい顔でハーブティーを啜る淡々としたパメラさん。絵になるけど、せっかくの名推理なのだから少しは驚いてほしかったのだが。
まあいい。続けよう。
「アトラはミラと戦う前から仲間の今後について考えていたんだ。今思えば現在の状況の為だろうな。そこであいつはガーデンの王女を他の主要な街や村の娘と入れ替える事を考えた。さてミラ、わざわざそんなことをするメリットは何だと思う?」
「……そうねぇ。よくある政略結婚に似た物かな。人間同士の同族意識を高めて無駄な争いを事前に減らすのが目的?かなぁ」
「うん、元王族らしい答えだ。でもそれだけじゃない」
俺がここまで語ると、パメラさんはティーカップをソーサーの上に静かに置き、
「各地の索敵係としての役割が大きい。そうでしょ?」
「……はい。パメラさんが言う通り、各地の危険を察知しやすくした。賢者がいる主要な街、村を重点的に点在させたんだ」
「やっぱりそうなのね。分かってはいるんだけど一言だけ言わせて。……とんでもない性悪ね。あなたの幼馴染」
「……そう思う……でしょうね。いくら天使に対抗するための手段の一つだとしても犠牲が大きすぎる。あの時俺はあいつを止めるべきだったかもって思ってます」
「だから、約束して。私や私の姉妹、更には先代のアールグランドの王女たちの為にも。必ず賢者を全員集め平和を取り戻すって」
ただならぬ気迫。千年を背負った人の願いはどことなく言葉に重みを感じさせる。
「……はい」
――必ず。
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「とは言ってみたものの、私は比較的ましな方なのだけれどね。最近まではガーデンに居られたし」
「え、じゃあさっきのは……」
「んーちょっと困った顔が見たくて、とかじゃダメ?」
「知的好奇心、ってやつだねぇー! パメラ演技上手ー!」
「全部が全部演技ってわけじゃないけれどもね。ちょっとした念押しみたいなものよ。それで、明日にはガーデンへ向かうのでしょう?」
「はい。助けなきゃいけない仲間がいるので。あと、こいつも」
ガブリエル。奇異な立ち位置の翼を持った天使を一瞥する。
「なるほどね。バカ兄には気をつけなさい。あの人は良くも悪くも一直線だから。そういう意味ではシロ君に似てるかもね」
「げ、シロみたいなのが二人もいたら煩くて堪ったもんじゃないわね……」
「ん~? ミラ、今何か言ったか~?」
「なんでもなーい。私ぃ、シロだ~いすき~」
うわ、うっぜぇ。久々にうざいと感じたわ。
「私がアドバイスできるのはそのくらいね。あ、あと本好きな妹に会ったらよろしく言っておいて」
「は、はぁ……?」
ガーデンに残っているってことはその人が賢者なのだろうか……?
いや、でも確か……ガーデンのシステム上賢者は……。
「あの子もガーデンに残ったら残ったで大変でしょうからね。そういう意味では私はこんな平和な村で、毎日の『生きてる』って実感を謳歌できるんだから幸せかな」
「安心しなさい。きっとその平和は数年後も続いていくわ」
「ふふっ。ありがとう、ミラちゃん。期待してるわ。さ、明日は早いんでしょ? そろそろ寝る準備でもするといいわ。二階の寝室なら自由に使っていいから」
「ありがとうございます。……いろいろと」
「いえいえ、こちらこそ。いい刺激だったわ。おやすみなさい」
「はい。おやすみなさい」
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……。二階の寝室を自由に使っていいって言われたけど……。
ベッド一つしかねぇじゃねえか!! しかも何故かダブルベッド!
はぁ、しょうがないな。スペース的にはこいつらと一緒に寝られないことはないが、ガブリエルと一緒に寝るってのも一紳士としてどうなのかって点で却下せざるを得ない。
「……俺は床で寝るから。二人でベッド使いな」
「やだぁー! ガブリエルはおにいちゃんと一緒に寝るの!!」
「ちょ、私を除け者にしないでよ!! わ、私もシロと一緒に寝るんだから!!」
あ、知ってるこれ。面倒くさいパターンの奴だ。
もう半ば諦めて、なすがままベッドに寝かせられる。
「えへへっー! おにいちゃんあったかーい!」
「うへへ……シロと寝るの久しぶり……♪」
……。
こんなことに体力を使っては馬鹿馬鹿しい。さっさと寝よう。
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「……暑すぎる。」
ミラの体温と二人の圧迫感で目を覚ました。今は何時だろう。窓の外を見るにまだ朝ではないことは確かだ。
ぐっすりと寝ている二人を払いのけ、部屋を出る。
「水くらいなら貰ってもいいよな。わざわざ起こすわけにもいかないし、ちゃんと明日断っておこう」
階段を降りキッチンへ。
すると廊下の角を曲がる途中で僅かにランプの部屋を橙色に照らしているのに気が付いた。
パメラさん、まだ起きてるのか……?
盗み聞きをしようとなんて全くしていないが、絞った声色が聞こえてきてしまう。
誰かと喋っている? でもこの家には他に人はいなかったし……。
「……全く――バカ――……、それは本気で――――――? 下手したら――――死――――? いえ、世界―――――その子の――で」
駄目だ聞き取れない。セトラの様な遠隔通信魔法なんだろうけど、対話の相手も内容もまるで見えてこない。
「ええ。向か――――。絶対に終焉の巫女に――――――ない」
終焉の巫女? 誰の事だ……?
「ふう、盗み聞きは褒められないわね。シロ君」
う……! ばれてた……。
「や、ごめんなさい。聞くつもりはなかったんですけど、つい」
「美少女に囲まれて寝られる権利をあげたんだから、大人しくしてればよかったのに」
わかっててやってやがったか……!!
「……ええ、おかげさまで暑苦しくて目が覚めちゃいました」
「あら、それじゃ私の自業自得ね。裏目に出ちゃったわ」
「なんだったんですか今の話。あんまり聞こえなかったんですけど」
不敵に笑うパメラさん。部屋の僅かな光源に照らされてえもいえない不気味さを醸し出している。
「見ればいいわ直接、その目で。きっと君は今日最大級の壁にぶつかる。後悔のない選択をしなさい。巫女ちゃんの為にも、天使ちゃんの為にも」
「なっ……! 大事なこと知ってるならなら教えて下さいよ!! 取り返しがつかなくなってからじゃ遅いんだ!」
「そういうと思った。でもズレは少ない方がいい。今の君ならパッピーエンドもまだ残されているから。頑張りなさい。お姉さんはこれくらいしか言えないわ」
「……意味がわからないですよ」
「今はね。さ、私もそろそろ寝るから。おやすみ。寝坊しないようにね」
到底納得できない。そんなことはパメラさんも分かっているだろう。だとしたら伝えられない理由があるのだ。……本当にパメラさんが俺たちの味方なら。
「……信じますから、今の言葉」
「ええ、信じてちょうだい。君は本物の勇者よ。だから、大丈夫。今度こそ、おやすみなさい」
そう言ってパメラさんはランプを消して、
「あ、お水なら勝手に飲んじゃっていいわ」
飄々と二階へ上がっていった。
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「勇者」か。自分の事を真にそう思ったことはないのかもしれない。その場凌ぎで周りを護るために自分を誤魔化すことはあるけれど、俺は一度も自分を「勇者」だなんて思ってない。
なりたいけど、役不足だ。
平凡な田舎からやって来たぽっと出の「冒険者」。おまけで勇者になってしまった「冒険者」。
俺は千年前から変わっちゃいない。十八歳の未熟者のままだ。
最大級の壁? ラグエル戦でさえ死にかけたのにか?
冗談じゃない。
部屋まで辿り着き、二人の寝顔が目に入る。
弱気になりかけていた自分を押しつぶす。
……次こそは。……次だけは何としても。
ミラの人生を取り戻すために。
セトラを救うために。
ガブリエルの願いを叶えてやるために。
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目が覚めた。なんだか暑苦しいと思ったら、ベッドで寝ていたはずの二人は何故か床に、俺の横に寝そべっていた。
バカなのだろうか?
せっかく与えてもらったベッドの上には誰もいない。もったいない。
窓の外を見ると、空は白み、輝かしい太陽が昇っている。遠くに伸びるカディンギルも太陽の白に塗りつぶされて空の一部と化しているように見えた。
「……はは。いっちょがんばってみるか」
二人の手を取る。
片方は魔物のはずなのに暖かく、片方は肌なのに機械の様な無機質な温度。
「さぁ起きろ! 行くぞ、ガーデンへ!!」
割と王道を往く展開。
次回でようやく合流! ここまで長かった……。
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