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Q.隣にいる魔王から5m以上離れないで世界を救うにはどうすればよいか?  作者: ねここねこ
六章 天使になりたい少女と天使をやめたい少女
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Q.37 Angel Hearts?

ゆったりめ。

セトラのダメージ回に対するバランス回

 静かな水辺。パチパチと弾ける焚火以外の音が聞こえない、まるで生き物が皆死んでしまったかのような穏やかな夜。

 近くに手ごろな村がなかったから結局野営を選んだが、ミラはそんな野性的な環境を物ともせずに穏やかな顔で眠りこけている。

 

 起きているのは二人だけ。

 

 目の前にいる天使の彼女、ガブリエルの翼はそれほど大きくない。

 少女の腕がそれなりに細いみたいに、ラグエルやラファエルと比べると二回りほど小ぶりだ。


「飛ぶのがきつくなったら言ってくれて構わないからな。その時は何とかしてガーデンまで辿り着いてやる」


「あはは、大丈夫だってぇー。こうして休憩取ってくれるてるからまだまだ元気! それよりもシロおにいちゃん達は明日に備えて寝た方がいいよぉー」


「ん、でもガブリエルだけに見張りをさせる訳にもいかないからさ。ミラは……ほらまあ、もう起きないだろうから」


「いいよ、寝ちゃって。わたしは……天使は眠らないから」


 かなり衝撃的だった。

 寝なくていいとかすげー! とか、時間が多く取れて便利だな。とか。

 言おうとしてやめた。

 

 ガブリエルは膝を抱えて焚火を木の棒でつつく。

 オレンジ色に照らされた彼女の綺麗な顔はうまく言い表す術はないけれど、確かに憂いを帯びていた。


「人間って羨ましいよ。わたしはそんな憧れを壊して、殺して回ってるって思い出したらなんてもったいない事してるんだろって……になる」


「人間が羨ましい……か」


「愛を受けて生まれてきて、おいしいもの食べて、寝て、誰かを好きになって、誰かに愛を与える側になって、死ぬっていう明確なおわりがある。限られた時間の中に生きるから必死になれて、自由に時間を使えることが楽しそう。……羨ましいよ」


 多分これがガブリエルが神の支配を逃れたい理由その者だろう。

 ガラス玉みたいな彼女の目に炎が揺らめいているせいで、もうあと少し衝撃を加えてしまえばいつでも泣いてしまいそうに見える。


「でも人間も良いことばかりじゃないぜ。なんせお互いに殺しあうほど馬鹿だからな」


「そんなの天使だっておんなじだよぉー」


「ああ、そういやラグエルを殺したのはラファエルって女の天使だったっけ」


「みーんな欲まみれなんだよ……。きっと主もそう。シロおにいちゃん達と主が戦ってるみたいに、人間たちがお互いに譲れないからぶつかり合うのは、わたしは普通だと思う」


「ほんとは争わないで解決できるのが一番良いんだろうけどな……」


「ねー。だからアトラって巫女さんはすごいと思うよぉー。千年も地上は平和だったんだから」


 空を見上げてもアトラがいないのは分かっているが、それでも届く気がして。

 もし今の言葉をあいつが聞いてたら、なんて想像を描いてしまう。


「だなぁ……」


「もし、もしだよ? わたしの願いが叶ってシロおにいちゃんたちが勝っちゃったら、わたしも人間として暮らせるかなぁー?」


 照れくさそうにはにかみながら、未来の夢を語るガブリエル。

 その顔は今まで人を無感情に、機械的に殺してきた天使の物ではなくて、将来の夢を大人に話すような普通の女の子の顔だった。


「きっとお前みたいな優しい奴なら人として暮らせるさ。そしたら一緒に旅でもするか? ミラもついてくるかもしれないけどさ」 


 償い、犠牲への対価、罪、罰。通り過ぎていく言葉は抑え込んだ。

 眠り、夢を見ることさえ敵わない少女が持った唯一の望んだ未来を壊すのは、俺にはできない。


「それもいいけどぉー、シロおにいちゃんと夫婦になりたいかも!」


「!? きゅ、急にどうした?」


 いともさらっと告白された気がするんですけど……!?


「あれぇ、違うのかな? あまり人間に詳しくないからわからないんだけど、夫婦ってお互いに愛しあう関係でしょ? わたしも誰かに愛されたいなぁーって」


「あ、ああ……そういう事ね。あーびっくりしたわ……」


 まさかこんな年端も逝かないようなあどけない子に告白されるとは、思ってもいなかったから。

 なるほど、確かに天使が誰かに愛されている訳がないだろう。

 人を見て、人に憧れ、人になりたいと願った少女が愛情を欲しがるのは当然と言えば当然かもしれない。


「それなら、ほら」


 ちょっぴりクサいかもしれないけど。

 俺に出来るのは、フレイヤとかにしてあげてるのと同じように接するだけだろう。


「わわっ……! シロおにいちゃん……?」


 頭を撫でられるなんて体験もきっと彼女はしたこともないんだ。

 強力な力を秘めた体をこわばらせながら、けれども彼女は拒否はしなかった。


「ん、これが『愛』……なのかな?」


「少なくとも俺はもうガブリエルの事は仲間だと思ってるし、大事な存在だ。あまり考えたことはないけど、これも……その……あ、『愛』だと思ってる……」


 恥ずかしい! こんなのミラやセトラやクアに聞かれた日には一週間は宿屋で寝る前にいじられるわ!


「そっかぁ……これが愛情……。なんだかあたたかい? うれしい気持ちだよぉー」


 でも、人間見習いのガブリエルはご満悦の模様。なら良いか。

 一応念のために横で転がっているミラのほっぺを抓っておく。

 

「ぅん、ぃい゛ー…………んにゃ、むにゃ……」


 セーフ。


「だめだよ、意地悪しちゃー。さ、って訳でわたしはだいじょうぶだからシロおにいちゃんは寝てねてっ!」


「おう、わかった。ガブリエルも極力動かないで体休めろよ」


「わかったよぉー。おやすみ、シロおにいちゃん」


 焚火はそのままにして、横になり瞼を閉じる。

 揺らめく炎みたいに意識が曖昧になっていく――。


 ――ありがと、わたしもシロおにいちゃんの事愛してる。生まれて、はじめて。



「ぅん~~!! お日様が眩しい良い朝ね!!」


「わーお、実に魔王らしからぬ起き抜けの第一声ですね」


「今は人間!」


「そういえばミラおねえちゃんも人間になれたんだよねぇー」


 じっ、とミラを観察するように見つめるガブリエル。


「もしかしたらどこかに魔力を完全に消し去る力を持った奴がいるかもな」


「(クロなら出来そうなんだけどね……)」


「あ、でも魔力が空になるまで使うってバカみたいなことはするなよ? ミラはそれで死にかけたんだ」


「ちょっと待て! バカって何よ! ああしなきゃ死んでたじゃん!!」


「はいはい、ありがとな」


「むー! 適当に流すな! もっとミラさんに感謝しなさい!」


「じゃ、行くかガブリエル」


「お~!」


「ちょ、待って! おいてかないで!」



「あ、見てみてシロ! 小さいけどあそこに村がある!」


 雲の影に見え隠れ。確かに村が見える。

 家屋の数は十あるかどうか。規模はアーレア村と同じくらい……。

 

 頭上のガブリエルを見上げると、期待が交じった困惑気味な顔。

 行ってみたいけど、怖いって感じだろうか。


「どうせ今日はもうそろそろ降りるつもりだし、行くか?」


「いいのかなぁー……? わたしが行っても」


「羽と輪っかに透明化かければまずばれないだろ」


「透明化はシロの十八番よ! そうやってお風呂のぞいたんだから!」


 片手を放す。誰のわがままでああなったと思ってるんだ。


「ひっ――!!」


「見つかったら軽く騒ぎになるかもしれないからな、少し離れたところに降りよう」


「おっけぇー」


「ほら、がんばれミラ。後三十秒の辛抱だ」


 ……気絶してら。



「すみませーん」


 村の門らしきものも見当たらず、宿屋の看板がかかっている家が無かった為、ひとまず一番大きい家を訪ねてみた。

 ミラは早くも宿=風呂が期待できないことを悟り、若干頬が膨らみ、目が吊り上がり気味だ。イライラの矛先がこちらへ向いてこないことを祈りたい。

 

「はいはーい、おっ! なんだなんだ、旅人さんかい!?」

 

 出て来たのは気さくそうなおじさん。やや痩せている。


「今晩だけこの村に滞在したいんですけど、宿ってありますかね?」


「やー、ごめんねあんちゃん。ガーデン領に近いとはいえこんな村誰も寄らないからさぁ」


「どこかの家に泊めてもらうのって難しいですかね? 食事は自分たちで用意するんで」


 と、ここでミラに背中を抓られる。忘れるな!という強い意志が痛みと共に伝わる。ちなみにミラの爪は尖っている。本人曰く立派な武器らしい。そんなものを仲間に向けないでほしい。


「……はぁ。あと、できればこの子達をお風呂に入れさせてあげたいんですけど……」


「はー、こんな時代に大変だねぇ。妹さん?二人連れて旅してるなんて。よし、わかった! うちは無理だけどパメラさんの家なら何とかなるから頼みに行くか!」


「パメラさん?」


「ああ、あの赤い屋根の家の家主だよ。元はガーデンのお嬢様だったけど田舎の暮らしに憧れてここに越してきて来たんだ。ささ、疲れただろう、早速訪ねに行こう」


「あ、わざわざありがとうございます!」


「気にすんなって、困ったらお互い様だろ! こんな時代だからこそ助け合わなくちゃな!」


 ――人間も捨てたもんじゃないな。

 昨日ガブリエルに言ってしまった言葉を撤回したいほどいい人だ。

 当のガブリエルは……目を丸くしている。


「……びっくりしたよぉー。わたし達何にもしてないのにこんな施して貰っちゃっていいのかなぁ」


「ふふん! 人間は昔から義理堅いのよ!」


「なぜおまえが威張る?」


「だって今は人間だしー♪」


「便利だなその返し……」



「泊めるってこの子達を?」


 現れたのは、先端に軽くウェーブがかかった銀の髪をなびかせた美人なお姉さん。

 うん、可愛いというよりも綺麗という印象が目立った人。深窓の令嬢という言葉をそのまま体現したような物腰柔らかそうな彼女は、俺たち三人の顔を交互に見つめている。

 そして俺を指さし、


「人間? 混ざり過ぎて原型がないわ」


 次いでミラ、


「魔族? ……いえ、人間かしら?」


 最後にガブリエル。


「天使、この子は一番混じり気がないわね」


 走る緊張。この人は――全部わかっている。

 が、敵意は全く感じられない。それどころか歓迎されてる感じ、か?

  

「んん? どうかしたかパメラさん?」


「いえ、何でもないわ。どうぞあがって。その代りに旅のお話でも聞かせてもらおうかしらね」 


「おう、今晩だけで良いらしいからよろしく頼むよ! 急なお願いのお礼と言っちゃなんだが今度うちの野菜でもどうだい?」


「あら、良いの? ありがとう、ハロルドさん! わざわざ近隣の町へ行くのも一苦労だからね」


「けど、この村が好きなんだろ? あんたみたいなお嬢様が来る村じゃないのに変わってるねえ」


「ええ、ええ。こうしてこの子達と出会えたのもこの村による巡り会わせ。大好きよこの村」


 えーっと……完全に蚊帳の外だ。まあこのお姉さんが相当な変わり者ってことは二人の会話からひしひしと感じたが。


「ああ、ごめんね。さぁ入ってはいって」



 内装は木造だった。素朴であり少々こぢんまりとした家。

 言ってしまえばよくある田舎の家。けれどそんな独特の雰囲気からまるでここが故郷であるアーレア村なんじゃないかと錯覚してしまう。

 そんな温かみを感じられる家。この人、パメラさんがこの村にこだわる理由もなんだか分かる気がする。


「さぁさぁ、へんてこな旅人さん方。どうして貴方達は、そんな組み合わせでこんなところに来たのかしら?」

 

予定してたより結構長くなってしまった……。


いつもの。

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