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Q.隣にいる魔王から5m以上離れないで世界を救うにはどうすればよいか?  作者: ねここねこ
一章 チート勇者とプンスカ魔王と巫女の末裔
4/101

Q.3 1000年の間に世界は大きく変化したようです……?

やだ、このわらわ系ヒロインちょろすぎ……?

 荒れた道をてくてく往くのは異色のトリオ。

 塔から歩きっぱなしでおよそ六時間。

 撤退を決めてから数刻の間はミラの隠蔽魔法で接触を避けてきたが、ここまで離れると天使の姿もほとんどなく、気持ちにもどこか余裕が生まれる。 

 歩きながら周囲の景色が目に入ってくる程度には。

 そろそろ日も暮れかけ、世界がオレンジ一色に染め上げられる。空も、大地も。

 ふと、足元に生い茂った物に目が行く。


「ここら辺は草木が生息しているんだな……」


 限りなく独り言に近い感想に、律儀にセトラが返してくれる。


「風向き的に『死の灰』が届きにくい所なんでしょう。貴重な土地です。人類、魔族の生活領域はもう半分以上が灰に埋め尽くされて使えませんから……」


「『死の灰』? それも天使の仕業なの?」


「はい……恐らく。天使が現れる前までは魂が循環していました。死んだ魂は生まれ変わり、新たな体を受けて戻って来たんです」


 世界の魂の総数は一定。幼馴染が良く言ってたっけな。

 初めて魔物を倒して、命を奪う罪悪感を感じた俺を優しく諭してくれたのを覚えている。


「ん……? じゃあ今は魂の数が減り続けているのか?」


「いえ、循環が行われていないだけなんです。魂自体は――」


 言いかけて、近くに僅かに積もっていた灰を手に取るセトラ。


「ここに在ります」


 正直――ぞっとした。

 死という想像もつかない次元にある概念が、身近に降りてきた気がして。


「うげぇ……趣味悪ー。魔族のわらわが言うのも変だけど、これは流石に無いわ……」


「ですから人口減少が顕著なんです。まあ、農作物を育てる土地も余裕が無いのでそっちの方が問題なんですけどね……」


 ……魂の循環が行われなければ新たに命が生まれることは無い。

 魂の定義を何とするかとかは詳しくは知らないが、対象となるのは人や魔族、後は家畜とかだろうか。

 彼女の話から察するに農作物、野菜類は作る事が出来てるみたいだから植物は魂の所有の対象外といった所だろう。


 一通り説明し終えた彼女からは乾いた笑いしか出てこなかった。

 等間隔に歩を進める足元に目線を下げてしまう。

 俺もミラも返す言葉が見つからず、一行は気まずい沈黙に包まれた。 

 


 数分後、口を開き、長く重い沈黙を破ったのはセトラ自身だった。


「そういえば、勇者様の名前を何と呼べばいいのでしょうか? さっきは色々あって結局うやむやになっちゃいましたので……」


 いかにも興味無さそうにミラが呟く。


「どうでもいいよこんな勇者モドキの名前なんて。『ああああ』とかで良いんじゃない?」


「断じて良くないが」


 口を塞いでろ、と視線でミラを威嚇する。

 ――ふ、ふんだ! 

 

 やばい、本気でこいつと共同生活できる自信がねえ。

 何だよこの生意気さ!? そこまで執拗に噛みついてくる必要ないだろ!

 あー……見た目だけなら活発な少女なのに。

 やはり勇者と魔王という性質上相性が悪いのだろうか?

 さっきの戦闘の一体感はいずこに……?


「そうですねぇ……名無しさん、記憶が無い、真っ白…うーん。『シロ』さんなんてどうでしょう。安直でしょうか……?」


「……それってどうなの? 由来からして悲しくない?」


 そっぽを向き、俺の命名会に不干渉を貫くと思われたミラだったが、またもや口を挟んでくる。


「あ、いや一応一つの案としてお考えいただければ天…」

 

「いや、俺は別に名前があれば何でも嬉しいよ。俺だけ名前で呼ばれないのは何だか寂しいからな」


「……そう。……でも、やっぱり、悲しい名前ね」


 ――――――――。


 ミラの口だけが小さく動く。隣に居た俺にしかわからないくらいに小さく。

 今、何て言ったんだ……?

 俺がミラを問い詰めるよりも早く、彼女は次の言葉を紡ぎ出す。


「ま、良かったじゃん。『勇者モドキ』から『シロ』になれて。……名前で呼ぶ事なんてないだろうけど」


 陰鬱さを表情の端に浮かべた顔から一変して、見た目相応のあどけない笑顔。

 だが、さりげなく罵倒を混ぜてくる辺り、好感度が悪い方向にインフレしている事が伺える。

 これ本格的に危機に陥っているんじゃないか? このままじゃあの塔を上り、天使どもと戦うなんて到底……。


 ……ごまをすろう! まずは形からだ。お友達からだ。

 最悪の未来の想像からはじき出された結論は、プライド全捨ての強硬策。

 本当の名前も知らない記憶喪失野郎なんだ、この際恥なんか知った事じゃない!


「ミラ様! お手を拝借してよろしいでしょうか!?」


 まずは握手。うん、手と手を繋ぐという最も分かりやすくて実践しやすい友好の証。

 ここでミラへ敵意が無い事を伝える!


「うえ、どうしたの急に。絶対何か裏あるでしょ?」


 な……ぜだ……? 

 苦虫を噛み潰したような顔で俺の差し出した手を拒絶する。

 手と手を取り合えばみんな平和だろう? はっ! もしやこれが種族の違い!?

 

「何が狙い? 財産? 地位? ……まさか、貞そ―――」


「わぁーっ!! 馬鹿止めろバカ! そんなのいらんわ!」


 ミラの飛躍しすぎな被害妄想に、ついこちらが恥ずかしくなって声を荒げてしまう。


そんなの・・・・? へぇ、わらわのがそんなのねぇ……!?」


 ミラ……さん? その角と羽と尻尾は何ですかね……?

 俺の不用意な一言に呼応してミラの八重歯がギラリと輝く。

 

「シロ様……女の子にそんなこと言ったら魔王様でもそりゃ怒りますよ……」


 俺が生死を分ける状況下にいるにもかかわらず、嘆息気味に肩をすくめるセトラ。

 分かってる。デリカシーが無かったのは分かってる。でも、庇ってくれたり、ミラを止めてくれてもいいじゃん?

 味方が誰も居ない状況に軽く戦慄を覚えながら、けれどもミラの十八番である炎魔法を粛々と受け止めるしか、俺に道は残されていないのであった。



 更に数時間、見た目ボロ雑巾になり下がった女性の敵である勇者の体力の事なんて、同行する二名は全く気にも留めず歩き続ける。

 山越えもしているというのに二人の顔には疲れの色が全く見えない。

 ミラはともかくセトラまで平気な顔をして淡々と前へ前へ進んでいくのには違和感を感じる。

 というか俺の足の方が悲鳴を上げ始めている。

 天使との戦闘中も感じたが確実に筋力が落ちている。敏捷や知力、精神あたりはまだそこそこあるが、筋力をはじめ体力、魔力等の継続的な訓練を必要とする能力は軒並み下がっている、と思う。

 ……もしかしたら幸運なんかも下がり始めているかもしれない。

 

「はぁ、はぁっ、セトラ、いつまで歩けばいい?」


 先頭を歩く彼女の巫女服がふわりと反転する。


「あと少しですよ。もう少しで小さい村に出ます。今夜はそこで宿をとりましょう」


「りょー、かいっ!」


 目標が明確になったことで重い足を力強く持ち上げる力が湧いてくる。


「あらあらー♪ 勇者様もずいぶん衰えあそばせたものですわねー♪」

 

「ぐっ――」


 押さえろ押さえろ、奴と同じ土俵に上がったらまた一層険悪になるのは目に見えている。


「――お前は全然衰えてないんだな」


「そりゃあ貴方とは鍛え方が違うから。魔王舐めないでよね」


「……そりゃ羨ましい限りだ」



「やっと着いた……っ!」


 セトラのもう少しとは詭弁もいいとこ、さらに追加で二時間を要した地獄の道のりを踏破したことに安堵を覚え力が抜ける。


「ノースエルフ領最北端の村、通称ガロニアの森、到着ですっ!」


 ノースエルフ領――その名の通り北側に生息するエルフ(有羽の小人種の総称だと教わった)の拠点。だったと記憶している。

 しかし、俺の知っているエルフは随分と外界、他種族に対して閉鎖的だったが――、


「シロ様、驚きました? きっと1000年前はこう・・じゃなかったですよね?」


 ……共存していた。人間、エルフ、それに有角の魔族までが手を取り合って、小さな町の中で生活を営んでいる。

 暮らしは決して豊かとはいえないだろうが、それでも住民から笑顔も零れている。

 ……皆生きているんだ。この絶望的な状況でも各々が希望をもって、手を取り合って、生きている。

 そこには先程ミラとのやり取りで感じた種の違いなんてなかった。

 

 大樹の中にあるのか、バルコニーだけ顔をのぞかせている酒場では、まだ若い人間とエルフと魔族の男性三人が酒を片手に談笑しているのが目に入る。


 あぁ。間違っていなかった。あの日アトラが示してくれた未来への可能性は、決して間違っていなかった。

 

 ――。未来の事は任せて。必ず私と賢者達で上手くやって見せる。

 

 疑ってしまった時もあった。長い長いミラとの生活の中で、分かり合えるのか疑ったこともあった。

 でも、1000年経ったこの世界は。

 誰も、血を流さずに、平和で、よか――。


「――シ――様!? どう―――?」


 声が遥か彼方で聞こえる。どんどん離れて次第に聞こえなくなってしまう。

 違う、離れているのは俺の方、真っ黒な海に身体が沈んでいっているんだ。 

 深く深く、黒く、どんどん黒く。

 …しばらく何も考えず、流れに身を任せ沈んでいると、闇より深い漆黒に誰かが佇んでいるのに気が付いた。

 あれは…誰だろう? どこかで見たような?

 必死に記憶の糸を手繰ろうとする。けど、意識を保つのも何だか疲れてきて、俺はかすかに残った自我を意識の海に手放した。


   

「ん……ここは? ……ッ!!?」


 まだ完全には暗闇に慣れていない視界にドアップで飛び込んできたのはミラの寝顔。

 どうやら疲れが限界値を振り切っていたためか気を失い、宿屋に運ばれたようだが、なんでこいつと一緒に寝てるんだ…? 

 

 だらしなく開けられた口からは可愛らしい八重歯。後よだれ。あ、シーツまで垂れて……すごく汚い。

 色々と疑問は尽きないが、とりあえずこれ以上宿屋に迷惑かける訳にもいかないのでだらだらと止めどなく溢れてくる涎を指で拭ってやる。

 こいつ……めちゃくちゃ幸せそうな顔してんな……。よっぽどいい夢でも見ているんだろうか。

 

「んにゃ……? ……? ……!?」


 大きなお眼目をぱちくり、俺もさっきこんな反応だったんだろうなと、まるで鏡でも見ているかのような反応で目を覚ます魔王様。

 急速に顔を真っ赤にさせ、今度はパクパクと何か言いたげな顔をして。


「落ち着けって、騒いだら迷惑だぞ」


 幼女が隣で寝ているというこの状況で言ったら間違いなく憲兵に連れて行かれる発言で、ミラの気を宥めてみる。

 落ち着いた魔王は冷静になった事でかえって恥ずかしさが臨界点に達したのか、ごろりと寝返りを打ち、壁と対面しだす。

 まあその方が俺も落ち着いて話せるけど、ちょっと傷付くなぁ。 


「……えっと、まずなんでお前と寝ているんだ?」


「……5m以上離れられないから。セトラは隣」


 極めて事務的で不愛想な言葉がミラの背中から帰ってくる。 

 まだ怒っているんだろう。

 仲を修復するなら今か? セトラも今はいないし、謝るにはいいタイミングかもしれない。

  

「あー……すっかり忘れてた。その……昼間はごめんな」


「……何で謝るの?」


「俺、ミラに嫌われてるみたいだからさ。ついいつものノリで軽口叩いちまった。あそこまで怒るって思わなかったから――」


 多少言い訳がましくなったが、俺が言い終わるや否や、


「もう怒ってないっ。……その……わらわこそ意地張っちゃってごめんなさい。言い出したら引くに引けなくなっちゃった……。嫌われたかもって思ったら怖くなって……」


 あぁ成程。あそこまでの拒絶は一種の自己保身だったわけか。

 嫌われる前に嫌ってしまう。そうすれば嫌われても傷は浅くて済むもんな。


「俺だってお前の事情何も知らないのに腰抜けって言っちゃったからな。お相子だ」


「……うん。スライムメンタルとか勇者モドキとか陰気陰湿性格最悪クソ雑魚とか言ってごめん。あ、後『ああああ』も」


 ……やっぱこいつ俺の事嫌ってね?


「……お、おう。ところでそこまで魔界にこだわる理由ってなんだ?」


 この質問にはすぐに返事が帰って来ない。

 ミラがだんまりを決め込んでいる間、自然と周りの事へ意識が向かう。

 ようやく目が闇になじんできて、部屋に月明かりが差し込んでいるのが把握できた。

 外では酔っ払いが何やら高らかに調子はずれの唄を歌っている。さっき酒場にいた若者だろうか?

 それ以外は何も聞こえない。やがてその酔っ払いも家へ帰ったのか、宿屋の辺りは完全な無音に包まれた。

 何も聞こえないから、ミラの音が良く聞こえる。明らかに俺とは違うリズムをベッドに響かせる心臓の鼓動、微かに聞き取れる呼吸。目を瞑っても目の前にミラがいるってはっきりわかる。


 この問いには答えが帰って来ないかなと思い始めた頃、ようやくミラが話し始める。

 随分と重い口調。話すかどうか凄く悩んだのだろう。


「……最終決戦の前に故郷にね、置いてきた子がいるの。特殊な魔族だから寿命では死んでないと思って、一目見たいなって」


 ……人類にもそれぞれ家族とか友人がいるように、魔族にも同じく大切な人がいる。

 戦時中には考えもしなかった敵側の事情をミラの口から告げられる。


「……そっか。それは悪かった。大切な人――なんだろ?」

   

「うん。直接血は繋がって無いけど、妹みたいなもの」


「じゃあ会いに行くか?」


「……いいの? 貴方やセトラの言い分の方が正しいんだよ? わらわ個人の事より人類、魔族の未来の方が大事なのはわらわだって分かってる」


「まぁ……かかっても一ヵ月くらいだろ? そのくらいなら許してくれるさ」


 全く持って確証はないが。もしダメだったら良いと言われるまでねだり続けるしかないな。

 

「……ありがと。その……ね、見てて何だか嬉しかったんだ」


「ん? 何が?」


「ガロニアの村の様子。人間も魔族も皆仲良くしてて……」


 てっきり魔族の長としてはあまりいい反応を示さないと思っていたけど。


「昔さ、その子が言ってたんだ。『どうしてニンゲンと戦わなきゃいけないの』って」


 それは幼心ながら一度は考えた疑問と全く同じだった。生まれる前から「敵」、だから戦い、殺す。凄く、すごく疑問だった。

 だったはずなのに戦いの中でいつの間にか「普通」になってしまった考え。


「……俺も同感だった。どうして魔族と争っているんだろうって。理由も知らされないまま冒険者になってたからなぁ」


「貴方も? わらわも沢山悩んだよ。でもやっぱりああなっちゃった」


 ミラも俺と同じく大戦に疑問を持っていたことを知り、もしかしたら戦いを止められたのではと考えてしまう。

 それが無意味なことだってことは分かっていたけれど。犠牲を考えると後悔してしまう。

 例え巫女を有する勇者パーティと魔王のトップが戦いたくないって言っても、「はいそうですか」とはいかない人達がいっぱいいるからな。こればかりはどうしようもなかった。……なかったんだけど。

 ……だからアトラは封印による両陣営最高戦力の損失という形で「終わり」を作った訳だ。


「……凄いよね。この世界が見れて本当に良かった。」

 

「ああ……俺も嬉しすぎて失神した」


 小さな肩を小さく震わせるミラ。

 

「何それ。貴方ってたまに変な事言うよね」


 どうやら笑っているらしい。

 

「いつもはつまんないみたいな感じでいうのは止めてください! でもまあよかったわ。お前もそうやって笑えるんだな」


「む、失礼ね。これでもレディだから扱いは気を付けた方が身のためよ?」


 反射的に体が煉獄の熱さを思い出す。おお、こわ。

 さらに続けて、


「……わらわこそ仲直りできて良かった。これからよろしくね――シロ。……おやすみっ」


 ミラ、名前呼んで……。 

 照れ隠しか、毛布を引っ張られ、まだ肌寒い夜風に直接さらされる。

 

「ミラさーん? ちょっと寒いなーって思うんだけどー?」


 耳を澄ませる。聞こえるのは、すぅすぅ、といかにも気持ちよさそうな魔王の寝息のみ。

 どうやら俺の声は仲直りしてもパートナーには届かないらしい。


「切ねぇ……。うー、さむ」


 口では哀れな境遇を愚痴りながらも、明日から正式に始まるミラとの生活に思いを馳せているうちに、疲れからか自然と瞼が閉じていった。

ミラとかサラとかセトラとかセラとかややこしいよぉ!!(自業自得)


確認はしてますがミスとかあったら気軽に言ってくださるとありがたいです。

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