Q.26 1000年ぶりの故郷はいつもと変わらない日常の中に?
週末余裕あるので明日か明後日にもう一本短編を予定!
人間領最南端、王都からは存在すら認知されていなかったであろう秘境にある村、アーレア村。
勇者と巫女の存在によって約千年前に名を上げた村へと続く道のりは意外にも整備されてはいなかった。俺の存在は秘匿にされてるっぽいからともかく、アトラの活躍によって多少なりとも発展したと思っていたんだけどな……。
この時代にしては珍しく伸び伸びと生い茂る草木をかき分けながら進んでいく。どこを通れば帰れるか、それは体が覚えていた。道が面影を残しているからか、前へ前へと体が進んでいく。
いや、よく見るとむしろそのまま過ぎるほどに俺とアトラが旅立ったあの日から変わっていない。
良く二人して根元の日陰で昼寝をした大木。てっきりもう無いだろう思ってたけどしっかりと残っていた。
釣りをした魚が所狭しと泳いでいる小川も、かくれんぼで逃げ込んだ洞穴も。つい最近の様に思い返すことが出来る幼き頃の、千年前の記憶達。
ああ、何だかんだで故郷の事は感覚が覚えているんだと、そう思っていると、
「ひゃ!!」
短く悲鳴を上げる、自称初心者冒険家ミラ・エイワーズは、並んで歩く俺の腕にいきなりしがみ付いてきた。
「ど、どうした急に!?」
余りにも突飛すぎるミラの接近に軽く声が歪み、裏返る。
普段手を繋いでいるくせに変な反応ですねー? と、つい最近までともに旅をしていた巫女の末裔ならそう言うかもしれない。が、それとこれとは話が別である。
全身を比喩しようのない感覚に襲われ、触れた肌の柔らかな感触に思考が支配される。
「あ、あれ、ま、魔獣……?」
自分で聞いておきながら危機を感じ取るまでに数秒を擁してしまう。
ミラは今、戦えない。
「下がって――」
ろ! そう言いかけ、ミラの指さす先を見た瞬間、再び思考が停止した。
「ピュイ♪」
いや、待て。
何でお前がここに居るんだ?
「シロ!? ねえ、このちっさいの今にも飛びかかってきそうなんだけど!?」
「ああ…………大丈夫。そいつは人を襲ったりしないから……」
「ええ!? 魔族は!? 魔族も大丈夫なの? ねえってば!!」
かぷり。
毛むくじゃらのそいつは目にもとまらぬ速さでミラの腕へしがみ付くと口を大きく開けて彼女の細い腕にかぶりついた。
これが一般的な魔獣ならば、このサイズでも致命傷かもしれない。もちろん普段戦闘をしない一般人、つまり今のミラなら腕がなくなっていただろう。
「ぎゃぁあああああ!! シロ守るって言ったてくれたのにー!! ってあれ? 血、出てない。痛くない?」
腕の惨状を想起し直視したくなかったのか、目を瞑ったミラだったがすぐに違和感を覚え、恐る恐る目を開けた。
相も変わらず甘噛みを続けている綿あめみたいなこいつは、彼女の二の腕を気に入ったのかなかなか放そうとはしない。
「こいつは特別な魔獣なんだ。ラウンドラビットっていう魔獣なんだけど……まだ幼体の頃に傷ついていたこいつを俺とアトラで育てたんだ」
自分でも馬鹿馬鹿しくなる様な説明。しかし生憎これしか説明のしようがなかった。
本来なら寿命を迎えているはずのラウンドラビット。仮に子孫だとしても人になつきすぎている。自然と思い描いていた他の予想は消滅していた。
当然ミラは目を丸くして追及を始める。
「え? 何言って――、だってアトラってのはセトラのご先祖で、あんた達が旅立ったのは千年も前で……」
ああ、そんなことは分かってる。
なぜこんなことになっているかはさっぱり分からない。がしかし、ここは明らかにおかしい。
さっきまで懐かしんでいたはずの風景すら不気味に思えてくる。
誰が、何のために、どうやってこんなことをした?
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村につくと、アトラ・アーリエが笑顔で迎えてくれた。
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突飛すぎて頭が回らない。
ひとまず案内された空き家(元俺の家)に案内される俺とミラ。アトラ・アーリエだと名乗る少女に乗せられるがまま家に連れてこられ、夕餉時にまた呼びに来ると言われたまま時間だけがただただ過ぎていく。
「シ、シロ? その、大丈夫?」
よほど俺が馬鹿っぽい顔だったのだろう。ミラが遠慮がちに訪ねてくるが返事が出来るほど俺の精神は回復してはいなかった。
「す、すごくセトラに似てたね、あの人。セトラが演技してるのかと思っちゃった」
そうであるならどれだけ心に優しいだろうか。
もう直接会うことはないと割り切り、(諦めていた)少女が目の前に現れた。
戸惑いが戸惑いを生んでこのままずっとここに居てしまいたいと、彼女の顔を見ることを恐れている自分がいる。
「ほ、本物……なの?」
こくり。
無言のまま認めるしかなかった。あれはアトラ・アーリエそのものだ。これが悪い夢でない限り、彼女の見た目、声、香り、全てが千年前の彼女と一致しているから……あれはアトラだ。
アトラの存在だけじゃない。ここら一体の風景、人懐っこい魔獣、その全てが俺が旅立った時代と同じもの。世界でここだけが時間から隔離されているような、そんな信じられない現象が事実として俺の前に現れている。
「その、さ。シロとアトラって幼馴染なんだよね?」
「……ああ。こんなちっさい村だから歳が同じ位なのはアトラくらいしかいなくて、俺の親は結構早くに死んだから良くアトラの家へ行って遊んでた」
へ、へぇ~。
何とも中途半端な反応を示すミラ。
「だから二人で旅に出たんだ。……私と戦うために」
「村としてはアトラだけのつもりだったらしいけど、俺が誘われてついていく形でな。あいつどこか抜けてるとこあるから放っておけなくて」
そうだった。世界を救う旅の始まりの半分はそんな小さな動機だった。もう半分は……ちょっと不純な想いだったっけ。
「へぇ~、放っておけないねぇ……」
また同じ反応。続けて、
「もしかして好きだった? アトラの事」
「ぶはっ。なっ――!?」
「あはは、冗談だって!!」
笑い転げるミラ。まるで幼心を見透かされたようで、無性に恥ずかしさがこみあげてくる。
「違うからな!? こ、子供のころはそうだったかもしれないけど、違うからな!!?」
念のため一度に二回否定しておく。
こんなことセトラにチクられたら俺はどんな顔をしてセトラに接すればいいんだ?
「自分の先祖の事を好きだった人」。どう捉えようと気まずすぎるだろ!!
となればやるべきことは一つ!
「ミラ、よく聞け。この村には名産の菓子があるんだ」
「うわ、物で釣ろうとしてきた。さいてーね」
ぐ。流石にホイホイ食いつくほど甘くないか。
「なら、好きな洋服何でも買ってやる!」
「や、それは嬉しいけど……別にお金に困ってるわけじゃないしねぇ……」
これもダメ、か。ならば……、
ミラの方に向き直り、頭を床につける。
「ごめんなさい、許して! 言いなりになるから!!」
「シロ株が大暴落してる!! ……ちょっと必死過ぎない!?」
わ、わかったから。セトラには言わないから。
聞きたかった言葉を耳にする。
色々失ったけど、まあ最悪は避けられたのだから良しとしよう。
「で、ようやくまともに会話してくれるようになったから本題に入るね」
ああ、なるほど。まんまとミラに乗せられていたという事実にようやく気が付く。
感謝と気恥ずかしさが入り混じって何も言えなかったから、続くミラの言葉を待つことにした。
「どういった訳かさっぱり分かんないけど、アトラがいるなら今のうちに色々聞き出しちゃえば良いんじゃない?」
「色々って……『アトラの伝言』とか『シャドのペンダント』とかについてか?」
確かに、それはいい案かもしれない。
残り三人の賢者への伝言、さらにクアやシャドへの伝言についても詳細が分かるかもしれない。
そして、この村に来た本来の目的である「ミラの解呪」も、この村が千年前の状態を保っているとするなら、原因と解呪法の両方が同時に片付く可能性が高い。
「うん。アトラなら分かるんじゃないかって」
せめてミラの方だけでも何とかしてやりたいが……、この異常な状況においてあのアトラを信用してもいいのだろうか?
何かの術式が起動しているとすれば敵の仕業という線も十分にあり得る。天使はここまで回りくどいやり方をしないとは思うが。
「じゃあ、とりあえず話だけ聞くことにしよう。けど二つ条件な」
「ん? なになに?」
「一つ、向こうが俺たちを分断させようものならすぐにこの村から出る」
今のこの状態のミラを一人にさせるのは非常に危険だ。例え相手側に悪意が無かろうとここは譲れない。
「二つ、すぐには解呪法について聞かない。最低でももう一度ここに戻って二人きりになってからどうするか決めよう」
つまり今日は観察に徹する。それからでも遅くはないだろう。
「いつになく慎重ね。まあ確かにここだけ時間の影響を受けてないなんて事は考えられないし、その方が安全かも」
「何か危険を感じたらすぐに言うんだぞ? 見栄張るなよ?」
ミラの悪い癖だから今のうちに釘をさしておくことにした。
「なっ! そんな事しない! ちゃんと頼ればいいんでしょ!?」
まあそう言うだろうな。
「これでも結構シロの事、信用して――」
「シロ? ミラさん? 時間になったから呼びに来たよー?」
もじもじと指で髪を弄りながら話すミラの声を、扉の向こうから聴きなれた声が遮る。
来た――!!
緊張が走る。ミラに目線で合図を送り、家のドアを開ける。
「ふふ♪ 村の皆久しぶりだからって張り切っちゃってさ、今日は大宴会なんだって。さ、行こう!」
差し出される手。まごうことなきアトラの手だった。
あのはじまりの日に、差し伸べられた掌を思い出させる。
気が付くと思わず手を取ってしまっていた。
アトラの笑顔は眩しくて、懐かしくて――。
「だってさ、行こっ、シロ!!」
もう片方の手が握られ、ようやく我に返る。
ミラ……。
何やってるの! と、一瞬俺を咎める様な鋭い目つき。
違和感を感じさせない様に、自然体を振舞いつつも冷静に。
「今」を守るためにと、ミラの手をしっかり握る。
するとなおもアトラは笑顔を崩さず、言葉を紡いだ。
「よし、案内するね! 改めてお帰り、シロ!!」
妙な三角関係。
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