Q.23 名も無き戦争の跡地にて……?
まかいへんのさいごのおはなし
あり得ない事だってことはわらわが誰よりも分かっている。
目の前に現れた人物は、本来ここに居るはずも無く、二度とわらわの前に現れるべくもない人物のはず。
真っ黒な髪、真っ赤な眼。
その点を除けばシロに瓜二つ――ううん、違う。シロが瓜二つだった青年。
あのペンダントが闇を吐いた瞬間に感じた彼の存在。忘れてしまうようにと、暗示をかけた心の鍵を壊すように。思い出す。
「救けに来ましたよっと、ミラ王女」
ああ、何と懐かしい声色だろう。こうやって背を向けられ護られるのは何時ぶりだろう。
不意に忘れかけていた幼き日々が、ノルンと三人で遊んだ記憶が、掘り起こされたような懐かしい感覚。
「クロ……どうして貴方が……」
軽く振り向き、いつものように憎たらしく口の端を吊り上げて答える。
「やだなぁ、親愛なる魔界の女王のピンチだぜ? オレが救けに行かなくてどーするよ?」
「そうじゃなくって! 一体どうやって?」
「さぁ? 愛の力とか? そんな感じじゃねぇかな」
こ、こいつ……! 何でそんな恥ずかしいこと堂々と……!!
しかも見た目がシロと被ってるから余計に気まずくなるじゃん!!
「で? ミラに手ぇ出したのは……お前か?」
シロよりも早い、詠唱破棄の高速錬成。
手の中にまるで最初からあったかの様に、奇術師の手品の様に握られた小ぶりのナイフをラグエルに向かって突きつける。
「同一人物――ではない? 魔力構成が魔物……? キミは誰だ?」
「バゼッタ・クロノワール・エイワーズ……つっても分かんねーか。なんせオレ千年以上前に死んでるからなぁー」
そう。確かに彼は殺された。まだシロ達と会うよりも前に。
わらわの目の前で。わらわを庇って。
「死霊術かなぁ? う~んそれにしては随分生き生きとした死体ね。もしかしたらラミエルちゃんの力に似た力かなぁ?」
と、何やらクロを観察し、のんびりと独り言を呟く牛乳女。
そういえば、あの天使はほんとにそこに居るだけね。
戦闘に参加するでもなし。最初は警戒してたけど、殺気をカケラすら感じないからノーマークだったわ。まぁ、ラグエル相手でこの様だったから、参戦されても困りものだけど。
「お? アンタも敵か?」
って、何であんたは嬉しそうなのよ。
「あ! お姉さんは違うの。戦うのはあんまり得意じゃないしね」
「ちぇ、二対一のが盛り上がるのになぁー。アンタ、そこの兄ちゃんより強いし」
「やだな~。お姉さんがラグエルちゃんより強い訳ないよ~」
――はは、どーだかな。
クロは鼻が利く。嗅覚とかじゃなくて、強者を嗅ぎ分ける独特の感性を持っている。
いくつもの修羅場を潜り抜けないきゃいけなかった彼にとって、自然に身についた力だと思う。
だからクロの寸評は恐らく正しい。
あの爆乳、そんな強いんだ……。二対二だったら本格的にヤバかった訳ね。
でもクロなら……きっと勝てる。相手が強ければ強い程、クロは強くなる。
「まぁ、いいや。じゃー、そろそろ始めるか」
「その前に一つよろしいですか?」
ラグエルがクロに問いかける。さっきまでと同じ、敵を認めた故の神妙な顔つきで。
「キミはシロ君なのか?」
「シロ……? ああ、ヘ――っとあぶね、そういやあの性悪女に言いつけられてたんだったわ」
「性悪……?」
「あ、悪い、こっちの話だ。まあほぼシロだと思ってくれて構わない。……たぶん」
どういう事? クロ自身、自分がここに居る原理を知らない。けれどあの口ぶりではまるで、ここに誘導した人物がいるみたいな……。
「じゃあキミは全くの別人じゃないわけだ。安心したよ。君が戦う理由も、君と戦う理由も変わらない。このラグエル=エンデュミオン、全力でお相手しよう」
「へぇ……オーケー、魔王直属護衛騎士団団長、バゼッタ・クロノワール・エイワーズ、本気で闘らせてもらうぜ」
――始まる。
須臾。そう比喩しても遜色ないほどの一瞬で勝負は決する。
わらわですら何が起きたか理解するのに数秒費やすくらいの速さで、クロがラグエルを刺した。
「なっ――!!」
これにはいくら天使といえど驚いたようで、すぐさま警笛の力を発動させる。
――けれど、
「『神の警笛』が発動しない――!?」
……それだけじゃない。
頭上の光輪も、純白の翼も、一瞬のうちに消失していることにラグエルは気づいていない。
「へぇー、結構便利な能力だな、これ」
ぽーんぽーん、とラグエルの物であるはずの警笛の一つを手で玩ぶクロ。
「驚いたか? 『本家越えの贋作』。俺専用の魔法だぜ」
ひっさびさに見た。あれを使うって事はクロもラグエルを認めたって事ね……。
あれをされたら手も足も出ない。単純な体術のみの原始的な力でしか戦えないから。
ラグエルの力の一つ、「魔法を壊す力」の紛い物版。けど相手の力を奪う点でもっとたちが悪い。
もうクロに勝つには純粋な打撃のみで打ちのめすしかない。つまりクロの圧倒的アドバンテージ。
なのに、
「どうする? まだやるかい?」
笛とナイフを地面に捨て、ラグエルと同じ素手のまま構えるクロ。
あー……出ちゃった、悪い癖。
理由は分からない。エルメリアを焼き、世界を滅ぼそうとした相手にシロとクロは何を思ったのか、わらわには分からない。
本来ならば容赦もなく殺す(わらわならそうしてる、はず)相手にどうしてそんな顔ができるのか。
クロったら……純粋に楽しんでる。
「アハハ……本当に面白いな。下界の虫共とバカにしてきたが、こうして地に足を着けて戦うのも今となっては心地いいかもしれない。君たちの様な奴らを消し去るのは惜しいとさえ思えてくる」
「くく……なんだそりゃ。アンタがどんな悪事を働いたどこの誰かは良く知らねぇが、戦う相手としては最高だったぜ」
再び縮まる二人の距離。
「ありがとう。君たちと戦えてよかっ――」
――召喚。
――絶対命令。ラグエル=エンデュミオン、自害しなさい。
高く、高く、残酷なほどに高く飛び散る真っ赤な血飛沫。
全く想定もしていない形で、三人の戦いは終わりを迎えた。
「なっ!!」
クロと最後の一撃を交わす、その瞬間。
どこからやってきたのか、ラグエルの背後に突如現れたフリフリとした服を着た少女。彼女がぼそりと一言呟くと、クロに向かい合ってたラグエルは地面に落ちたクロのナイフを手に取り、自らの手で心臓を突き破った。
明らかに魔法の力が働いた奇怪な結果。術者は眼前の少女に違いない。
「人類側……? 違う、魔力構成は――天使!?」
それにしては特徴的な光輪も、翼も見当たらない!
まるで外側だけ人間みたいな――、
「クソ! あれはヤバい!! ミラ、こっちだ!!」
即座に少女、ラグエルの遺体、その両方から距離をとるクロ。
目の前に現れ、天使を殺した眼前の少女が敵か味方か分かりかねているわらわの手を引き、必要以上に警戒し離れる。
「……そこのねーちゃん、アンタの仕業か」
「まっさかラグエルちゃんがここまで圧倒されるなんて思ってなかったよ~」
あまりに急展開過ぎて唖然とする。
「何で……あんた達味方でしょ!?」
「ん~ちょっと違うかも」
「……どうして殺した? この……ラグエルって奴は立派に戦った。返答によっちゃ許さねぇ」
「ふふ、君も面白そうね。そうねぇ、お姉さんの理想を叶えるため、かなぁ」
「……決めた。――ぶっ、潰す!!」
――英雄模倣。≪ランスロット≫
クロが言い終わるや否や甲高く響く金属音。
天使の喉元を捉えたクロの鋭利な短剣は、寸での所で幼き剣豪の剣に遮られる。
およそ子供が持ち上げることすら敵わないような両刃の剣を涼しい顔で持ち上げる少年。
クロのあの速度の攻撃を止めるなんて。
……この二人はただの人間じゃない。
「おお! すげぇ、俺ヒーローみたいだ!」
「どうして、姿は人間なのに……!! 天使側についてるの……?」
「このお姉ちゃんは俺とハヅキの命の恩人だ! それ以外に理由なんてないね!!」
「その、とーり」
「厄介だぜ……ありゃ無理やりトップクラスの剣術をものにしてやがる」
「行くぜ!!」
と、少年が剣を構え、駆け出そうとすると、天使がそれを制した。
「だーめ、カガリ君、今日はここまで。帰ろうね」
「え? あなた達……魔界を攻めに来たんじゃないの?」
読めない。この女が何を考えているのか、まったく読み取れない。
同族への裏切り、唐突な離脱宣言。
まさか……、
「まさか、あんたは……!!」
満面の悪意の全く感じられない純粋無垢な笑顔、その幸せそうな表情に背筋が凍りついてしまう。
場合によってはわらわ達が有利になったのかもしれない。けれどそれを差し引いても、この女とは絶対に対立したくないと思ってしまう。
圧倒的な自信。この女……きっと、とんでもない奴だ。
たった一人で、全勢力を相手取る覚悟がある……!!
「ミラちゃんが思ってる通りよ。お姉さんは人類魔族連合側でも天界側でもない。第三勢力ってとこかな♪」
そんなことあり得るの? セトラが居たら何かわかるかもしれないけれど、この女が真実を言っているかを確認する術がない!
そう疑いたくなるほどに無謀と言える裏切り。天使の身でありながら、神に背くなんて……。
「だから、ミラちゃんにクロちゃん、そしてシロちゃんに攻撃する理由がないの。今は中立ってことで穏便にこの場を納めましょ?」
真実ならば有り難い言葉。けどわらわ以上に戦いに執着するクロがこんな中途半端な終わり方を望むわけが……、
「……わかった。今回は退こう。けれど、もし、もし次会った時はオレと戦うって約束しろ。じゃないとラグエルがあんまりだ」
え……?
「いいの? クロ……?」
「ああ、いつだってミラが優先だ。お前がそんなんじゃ気が気じゃねぇからな」
あ……そうだった。クロはこういう奴だ。
馬鹿みたいに我儘で傲慢なわらわを気遣ってくれる。
……あの時もそうだった。昔と何も変わってない……。
「……ありがと」
やっぱり二人とも、似てるんだ……。
「いいわ、その時が来るのを楽しみにしておくわね♪」
「その時は血管がはち切れそうなくらいのこの怒り、全部ぶつける。覚悟してな」
動かなくなってしまったラグエルを一瞥し、天使を睨みつけるクロ。
ラグエル……とんでもないクズだったけど、最後はちょっと違った気がする。
案外、人や魔族、天使という隔たりが無ければ根はいい奴だったのかも。かもだけどそんな気がした。
となると、これでわらわ達の仕事は終わり?になるのかな。セトラ達は無事かな……。ラグエルだけでこの苦戦、お願いだから無事で居て欲しいけど……。
「じゃあ、オレ達は帰らせてもらう。ミラも他が気になり始めてるしな」
「なっ! 何でわらわが考えてることをっ!!」
「わかるっての。お前顔に出過ぎだからな」
「あらあら、仲よさそう! 羨ましいくらいね」
けど――、
油断してた。相も変わらず殺気は放たず、笑顔のまま。
さすがのクロでも気づいた時にはすでに魔法が発動した後だった。
「――強制転移。まだまだお客さんが来るみたいだから、退場してもらうわ♪」
「やられたっ!! ミラ、絶対放すなよ! てか放さねぇからな!!」
強く握られる手。シロと同じ大きさの手。
「絶対放さない……っ!!」
「それじゃあ、またねぇ~♪」
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「ほう、律儀に待ってくれるとはね。てっきりコソコソ隠れるかと思ってたけど」
「あらあら、それは心外ね。今回で結構余裕出来ちゃったから、お姉さん」
「はは、まるで俺に追われても全然痛くなさそうな物言いだな」
「だって、この生命と神々との戦いの勝者はもう決まってるもの」
「それはそれは。ぜひとも教えて頂きたいものだ――俺が君を地べたに這わせた後で、ね」
「うふふ、今の随分と変態チックな魔王様なのね♪ 受けて立ちましょうか」
「この状況を死力を尽くして創り出してくれた、たった六名で名も無き戦争を終わらせた英雄たちに感謝を込めて」
――お手合わせ願うよ、堕ちた大天使。
結構詰め詰めでしたけど、これで魔界編は終了です!
次回以降は恒例の章末小話系が少し、その後新章ですねー。
まさかのパーティ分断で普段日が当たらないあの子にもチャンスがあるかも……たぶん。
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