Q.17 魔王の妹さんは未来を見据えるようです?
ここまでで多分導入?
通されたのは自室とは名ばかりの巨大な書斎。この大図書館と比較してしまえば、蔵書数は少ないのだろうが、それでもエルメリアの図書館と同数、それ以上の本が所狭しと並べられている。
あ、そこのソファにでも。そう言われいつも通りミラとフレイヤが隣に、そう思ったが今回はフレイヤの代わりにセトラが隣へ座ってきた。フレイヤをちらりと見やると表情はそのまま若干不服そうに眉を吊り上げ、ミラの隣にちょこんと座る。ちなみにクアはというと相も変わらず本をまじまじと見つめ話参加する気すら無いようだ。
どうしてこうなるとわかっててわざわざ隣に?
そんな一向に答えが出ない考え事をしている内に、ノルンが話を始めだす。
「シャドとは彼が生まれたころからのお付き合いになります」
ごくり。
俺のすぐ横、斜め下あたりの白銀の少女の喉が冗談と思えるくらい大きな音を立てる。
いや、多分お前が想像している意味と違うからな?
「もう十数年前になりますかね、わざわざこの図書館に、ある日突然人間の赤ん坊が届けられたのです」
「ここに、ですか。孤児院とかもっと適当な施設はありますよね?」
「はい、もちろん。寧ろ魔界の方が身寄りの無い子供が多いくらいですし、その辺りはここ千年間で改善されてきた方だと思います」
ノルンの話から魔界に降り立ってすぐに出会った少女を思い出した。
あのこのような子はきっとまだ沢山居るのだろう。文字通り世も末だしな。
「かと言って私たちに預けられた子をそのまま施設に預けるのも気が引けて、結局シャドはつい二年前までここで暮らしていたのです」
「二年前、天使たちが現れた日と同じって言ってたわよね? シャドって奴はどんな……最期だったの?」
ミラがシャドのその後を伝えたい気持ちを飲み込み、ノルンの顔色を窺いつつ核心に迫ろうとする。きっと内心つらいことだろう。シャドの安否までは確認できないとはいえ、言ってしまえばノルンを騙しているようなものだ。自分の事を心から大切に思ってくれている義妹、彼女を傷つけまいと無理しているのが事情を知っている俺にはいやでも伝わってしまう。
「……事故死でした。たまたまその日はシャドに頼む仕事が少なくて、どうしても役に立ちたいという彼にお使いを頼んでしまったんです。そうしたらフェニル村の近くの峡谷に落ちた……と。村の人から知らせを聞いたのは事故が起きてから三時間後でした。丁度同じ時刻に天使が脅威認定されたのもありますし、魔族と違い人の身は脆いですから捜索隊すら出して貰えませんでした……」
「そんなっ……! 仮にもノルンは王族じゃない! 命令権はあるはずっ――」
「そっか……お姉ちゃんは今の魔界の現状を知らないんだったね」
納得いかないと食って掛かるミラを宥めるように、力なくそう呟くノルン。
全生物が震撼した日、ただその日ノルンは別の場所で葛藤していたんだ。それにシャドを外出させたというのも罪の意識を重くしているのだろう。言葉の端々に自分のせいでシャドが死んでしまったとそう思い込んでしまっている節がある。
「伝えない」。先ほどそう言ったものの、今にも押しつぶされそうなノルンを見ると教えてあげたくなってしまう。少なくともあの日ノルンは何も悪くはないのだから。それを伝えてあげたい。
そっと俺以外気づかないくらいに静かに、俺をまたいでミラの逆隣りに位置していたセトラが手を握ってくる。
(――シロ様、だめです。ここを間違えたら駄目な気がするんです)
手を伝わって直接流れ込んでくるセトラの意思。残念ながらこういう時の巫女の勘はよく当たる。それはアトラとの旅でよく理解している。
……くそ。ノルンとミラには悪いがもうしばらくは辛抱して貰う他ない。
「今の魔界のトップはどこなの!?」
「現魔王はメギドラ・ロノウェ・エイワーズ。バゼッタ家はお姉ちゃんが居なくなった後に王権を剥奪されちゃったんだよ。今じゃバゼッタの名を持っているのは私とお姉ちゃんだけ」
今までの礼儀正しく丁寧に話すノルンはついにどこかへ行ってしまった。
残ったのは姉に縋るように、今にも泣いてしまいそうな妹としてのノルン。
「そっか、わらわ後釜なんてあまり考えてなかったしね……。ごめんね、一人で辛かったでしょ」
「ううん、いつか帰ってくるって信じてたから。だからお姉ちゃんの帰る場所だけは、って思いの方が強かったかも」
ボロボロの古城を思い返す。
あれだけ荒廃した城内の一室を千年もの間守り続けたノルンはそう嬉しそうにはにかんだ。肝心の部屋の中身は少しアレだがな。
「でもねお姉ちゃん、メギドラも昔と変わったんだよ。特に現魔王はね」
「あの傲慢知己な一族が? 武力しか能がないメギドラが?」
「信じられないだろうけどね。圧倒的なカリスマを持つ現魔王のロノウェは、天使の登場以降瞬く間に魔界を一つに束ねたの」
「嘘!? 家柄や宗派も違う全魔族を!?」
「そうだよ。市民に至ってはロノウェの存在だけが唯一の希望みたい。それでも暴動は絶えないけどね」
「どうやら魔界も限界みたいですね……。となると、現魔王様がとる次の行動は……」
蝋燭の日に照らされたノルンの顔に陰がさす。
「勇者様方……お願いします……。もうすぐ魔界で戦争が起こります。魔王を、ロノウェを止めては貰えないでしょうか……?」
セトラの発言に呼応するように発せられた次の一言は、か弱く、だがしかし、重く響く助けの求めだった。
「いくら魔界中から集められた精鋭とはいえど、あの強大な力を持った天使の前では赤子同然です。このまま多くの犠牲が出るよりは……、そんなことができるのは皆さんしか……ですから……!!」
(シロ様、私たちようやく世界を股にかける様な大事に巻き込まれ始めましたよ!?)
(心なしかセトラが嬉しそうに見えるんだけどな。何でだろうな)
(困ってる人がいるんです! ここを見逃す手はあり得ませんよ!)
さすが救世の巫女。バカなほど愚直にお人よしだ。
けど……、
(だな。ミラの可愛い妹分が困ってるんだ。断るわけにもいかない)
(流石腐っても勇者ですね! でも『可愛いミラの』じゃないんですね)
(うるさい)
あんなののどこが可愛いやら。ノルンの方が大人しいし、物腰柔らかだし可愛いに決まってる。
「わかった。ただ戦争が起こるのを必ず止められるとは限らない。もし、もしその時は――」
「わらわ達が先に天使を全滅させるわ!!」
「ですね!」「……うん」「おー」
――それに。もしかしたらあの天使も現れるかもしれない。
エルメリアでの借りを返すいい機会だ。それに今の俺とミラにはとっておきもあることだ。……今度は絶対に負けない。
「ありがとうございます! ありがとうございますっ!!」
「気にしないで。『世界を救う』んだから、こんなのお姉ちゃんにかかれば朝飯前よ」
「お姉ちゃん……っ!」
深々と何度も頭を下げるノルンを柔らかく撫でるミラ。
…………。こいつが初めて大人びて見えた、気がした。姉としてのミラは意外にしっかりしてるんだな。
「じゃあ早速魔王城に向かいます?」
「そうするか。ノルン、ありがとな。これで次やることがはっきりした」
ソファから腰を上げノルンに背を向けて、まさに彼女の書斎を去ろうとした瞬間、
「あ!」
後ろで彼女が弾むような声を上げる。
振り返るとミラでもセトラでもなく、俺の元へと駆け寄ってくるノルンの姿。手には蝋燭に照らされ眩く光る、銀色のペンダントを持っている。
「勇者様! これを持っていってください!」
そう言われ握らされたのは、やはりペンダント。
「誰のペンダントだ? 結構しっかりしたつくりだけど……まさか」
「はい。シャドのものです。『勇者が来たら僕の代わりに渡してくれ』って言われてたのを忘れてました。どうやら何か魔法が施されてるみたいなので、持って行っても損にはならないかと」
「……その、ノルンはいいのか?」
「私はいいんです。寧ろそれがあるとどうしても彼の事が頭を過ってしまうので……」
「……本当に、本当にシャドって奴の事が好きならまたいつか会うことができるかもね」
ちょ、おいばか! 再びノルンに背を向け歩き出したと思ったら、去り際にこいつとんでもないこと言いやがった!
あくまでもミラの冗談という体を崩さないように、俺とセトラはノルンの反応を窺う。
「ふふ、ありがとお姉ちゃん。でもここで終わり。今は現実を見つめなきゃ、ね?」
ノ、ノルンさんが真面目で助かったぜ。
「じ、じゃあ取りあえず魔王の元へ行ってくる。ノルンも気を付けて」
「はい!」
健気に俺らが部屋を後にするまで彼女は手を振り続けていた。
――ノルンの為にも。シャドの為にも。世界の為にも何としても、俺たちで戦いを終わらせるんだ。
セトラの魔法って結構便利だと思った。
我ながら超遅筆だとは自覚していますが、それでも毎回見て貰えて嬉しい限りです!
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