Q.16 大図書館の悪魔飼い?
週一でぎりぎりです。更新遅くてほんとに申し訳ないです。
書いてて楽しいしもっと話を広げたいのはやまやまですけど当分はこのペースです。
それでも毎回多くの方に読んで頂いていて感謝でいっぱいです!
それでは本編どうぞ!
飲み込まれた光の中。
別世界だからだろうか、5mという空間の規定が甘くなっているとはミラとの距離で感じながらも逸る気持ちを落ち着ける。
早く、一歩でも早く彼女に追い付かなければ、そんな気持ちを静めたのは隣で手を握るフレイヤだった。転送の痛々しいほど白い光が眩しすぎて、フレイヤがどんな顔をしているかわからない。だが未知の恐怖を耐えようと懸命に握り続けてくれる手の感触が焦る気持ちを落ち着かせてくれていた。
それに、ある程度誰が待ち受けているか予想がついていたから、それなりに礼儀正しく振舞う必要があるしな。
なんて思った矢先、
「あいたっ!!」「お?」
ともに踏み出したフレイヤと歩幅分だけ前に進んでいた俺の足に棒状の何かが触れる。というか躓いた。
声の主から察するに、蹴るようにして触れてしまったのはミラの体の一部だろう。
そこは後で謝るかその数倍返しを喰らえば済むから些末な問題だ。
もっと深刻な問題。
「ひゃぁ!///」
防衛のため反射的に閉じてしまった目を開くと、何やら光源が十分に確保されていないせまっ苦しい空間が広がっていた。
口から出ていく息すらも蒸れている気がする。
「な、なな! 何ぃこれぇ!?」
そしてやけに外がうるさい。
ようやく慣れてきた目に映ったのは水色と白の縞々……。
……待て。この数センチ先にあるものが何か、俺はそれに気づいてしまった。
実際に目にしたことはあるにはある。偶然風に飛ばされたメルティのぱんつを拾いに行く羽目になったのだが色も形もこれとは異っていた。
見たとは言ってもかつての旅の中で数度、しかしそんな僅かな記憶情報でもはっきりと自信をもって答えることができてしまう。
……パンツだこれ。パンツだぞこれ!! 今! 現在進行形でスカートの中に顔を突っ込んでいる!
慌ててこのまま顔をあげてもいいのか!? てか誰だこれ!?
俺たちの中にそんなフリフリしたのをしているのはミラしかいない。……だが、さっき躓いたミラの体が手だとしても足だとしても俺がミラのワンピースの中に顔を突っ込む事態には至らない。
だとすると、考えたくもないが――、ミラの妹分……?
待て待て! じゃあなんだ、俺はおばあさんのスカートに顔を突っ込んでいるのか?
フレイヤが悲鳴を上げていないところから察するに、きっと彼女は今見下ろすような形で俺の情けない恰好を見ていることだろう。こんな現実的にあり得るはずがない事態に直面し、どうしたらよいかスカートの中で迷い、動けずにいる俺を。
「あのっ! は、早くどいてほしいんです、けどっ!」
せめて目を閉じたまま出よう。もう罵られても殴られても燃やされても文句は言わない。
顔を上げる。
後頭部からするすると衣がすれる音。頭を上げていくにつれてその音が離れていく。
ぱさり。完全に衣服から脱出した音。
「ごめ、ぶふっ――!」
脳天を揺らす鈍痛は俺に謝罪する暇さえ与えてはくれなかった。
・
・
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目が覚めると今度こそ正しい空間が広がっていた。
寝転がった体制で上を向いているにも関わらず、天井が見える気配すらない建造物。その至る所に本がぎっしりと詰まっている。どうやらここは魔界の図書館のようだ。人類領の図書館と比べ物にならない程魔法化され尽くした幻想的な光景。
宙にかかる通路や書架、立方体の形をとっているあの本棚は、不規則に、手に取ってくれる読者を探し求めるかのように図書館内をゆらゆら飛び回っている。
「すげえ……」
「あ、目が覚めた!」
耳元と表現するのが適切なほど至近距離で放たれる跳ねるような声。
「ったく、ここまで行くと固有スキルなんじゃないかと疑いたくなっちゃうわ」
ことのあらましを一通り聞き終わったらしく、落ち着いた雰囲気のミラがわざとらしく嘆息する。
一連の流れが生まれてしまった原因は空間圧縮魔法の魔法陣の近くに偶々術者がいてしまったこと。先行したクアとセトラ、ミラによって押し倒された術者の子は足を宙に投げ出し、そこに遅れてやってきた俺が飛び込んでしまったらしい。
「ごめんなさい。つい本で思いっきり殴っちゃいました……」
そう。意外にも俺に攻撃したのはミラではなかったのだ。
だがあの行動は確実にミラと血を分けているなとか思ったり。
意外なことにその人物は千年の時を経て年老いてしまった老婆ではなく、ミラやフレイヤよりも一回り大きい程度の少女だった。頭の真っ黒い角なんかは間違いなく魔族の証であるが、魔族特有の血の気の多さをこれといって感じさせない。むしろ知的なイメージさえ生まれてくる凛々しさ。
そうか。この目の前のおしとやかそうな子が――、
「この子がわらわの妹のノルン。バゼッタ・ノルン・エイワーズよ」
「もうっ! お姉ちゃん! 義理の妹ですってば。まったく……千年前と何も変わってないんですね」
「ふふっ。封印されていたとはいえ体は千年前と全く変わらないからね。ノルンこそ変わってなくて安心したわ」
「あら、今では私のほうがお姉ちゃんよりも背が高いんですよ?」
くすくすと上品に口元に手をやりながら柔和に微笑むノルンと呼ばれた少女。
「あ、失礼しました。ノルンと申します。ここの司書、下級奉仕悪魔の管理を務めてます。ここまで来るのに姉がきっと沢山ご迷惑をおかけしたと思います。ごめんなさいね」
「や、もう慣れっこだから」
「ちょっとシロ!?」
……ミラの妹分だというからどんなやばい奴が来るかと思ったらめちゃくちゃいい人そうだぞ!
もはやどちらが姉だか妹だか分からないような落ち着きようを見せる少女は、俺の方へ向かって再度深々と頭を下げた。
「えっと……勇者様ですよね。今はシロ様、でよろしいですか? 千年の間姉がお世話になりました」
かけられたのは俺が唯一想定していなかった言葉。
――俺は内心ミラの妹、もっと言えば親族に会うことに怯えていた。
今や人類と魔族は和平を結んでいるとはいえ、こちらの事情を優先し唐突にミラだけを封印して戦争を終わらせてしまったのだから。
もし、もしも当時のミラを知る者に会ったら恨まれても仕方がないと、そう思っていた。
「あなた方のおかげで不毛な争いが終わり、お姉ちゃんともこうして再び会うことが出来ました」
「いや、でも……」
「よかったんです、あれで。当時はお姉ちゃんを封印したことに腹を立てた魔族もいましたが、今ではあれが最善の策だったと、伝説の魔王もまたいつの日か戻ってくるかもしれないと、時代がたつにつれて肯定されてきましたから」
「一回わらわの事置いていこうとしたけどね」
ぼそりと悪態をつくミラ。まだそんなこと根に持っていたのかこいつ。
「もう、お姉ちゃん! 戻ってこれたことちゃんと感謝しないとだめですよ! とにかくありがとうございます。巫女さんにもお礼、言いたかったのですが――」
そこまで言って言葉を伏せるノルン。
……もう、アトラはいない。
「あ、私がその子孫です」
僅かに重くなりつつある空気を吹き飛ばす張りのある声。
待ってましたと言わんばかりに手を突き上げたのは現、巫女のセトラだった。
「本当ですか!! 代わりになってしまいますけど、巫女さんにも感謝の気持ちでいっぱいなんです!」
「いえいえー、きっと先祖もそう言われて鼻を高くしていると思います」
ああ、この会話をあいつが聞いていたら間違いなく鼻が天狗だろうな。
「こっちの子たちは賢者の子孫です。フレイヤちゃんとクアさん」
「……よろしく、です」「仲よくしよーねぇー」
「エルメリアとラ・ブールの賢者さんですね! よろしくです」
「あれぇ? あたしラ・ブール出身だって言ったっけ~?」
ノルンの返事に感じた違和感をクアが素直に口に出す。
ある程度俺たちのことを知っているのか?
「あ、すみません。実はある人に皆さんが遠くない内にここを訪ねてくると言われてたんです」
「あ! シロ様、もしかして……」
手記の人物……!
「教えてくれ! そいつはどんな奴だった!?」
「ひゃ! は、はい、えっと……。彼の名前からお話ししますね。『シャド・ヘレン』、それがあの人の名前です――」
シャド・ヘレン。その名を聞くと同時に脳みそが激しく暴れだす。
「……ぐっ!!」
「シロ、また!?」「……ミラお姉ちゃん、そっちよろしく……!」「シロ様!」「え……? え!? 大丈夫ですか!?」
横からはミラとフレイヤ、後ろからはセトラが平衡感覚を失った俺を支えてくれる。
……クアよ。どうしてお前は、お前だけは不思議そうな顔して空の本棚を眺めているんだ?
そんな突然の出来事。自分のせいで俺が倒れたと勘違いしたのか、ノルンが顔面を蒼白にして声をかけてくれる。
「……いてて、大丈夫。心配しないでくれ」
「ノルンさん。シャドさんは賢者なんですよね?」
「どうしてわかったんです!? まさか今ので……?」
信じられないと目を見開くノルン。だが彼女も大図書館の司書。膨大な魔術書の中に類似した魔法があったのだろうか、その点については戸惑いこそ見せたもののすぐに順応してくれた。
「えっと、はい。彼は闇の賢者でした」
闇の賢者。ともに旅をした仲間の中で唯一めったに顔を見せなかった男。いつも孤独でアトラやパーティの誰かが声をかけてもすぐに行方をくらましたあいつ。
だが、俺は知っている。闇の賢者ノワール・ヘレンは陰ながら俺たちをバックアップしてくれていた。根は凄く優しい奴だったな。
その子孫があの手記のシャドという男なのは頷ける。ノワールもあんな風に一人で悩んでいたのだろうか? だったらもっと話しとけばよかったな。
それで、だ。問題なのはノルンが発した言葉。意味深長な時制を用いた点だ。
「でした? 今はもう違うのか?」
「いえ、彼は丁度天使がやってきた日に死んでしまいました」
……? いや、それではおかしい。馬車で見た手記と時系列が一致しない。
もしかしてノルンはシャドが死を偽装したことを知らないのか?
『シャドさんの話、したほうが良いのでしょうか?』
ノルンを除く五名に対してのみ五感拡張魔法の通信を展開したのはセトラ。彼女も手記とノルンの会話のかみ合わなさに違和感を感じ、気が付いたようだ。
『あの手記に書かれていたのがノルンの事なら黙っておいた方が良くないか? シャドって奴はノルンに危害が及ぶから死を偽装し、彼女の近くから姿を消したんだろ?』
『……お兄ちゃんもちょっとは分かるようになってきたね……』
『わらわは……伝えてあげたい……』
クアは多分何も分かってないから放っておくとして、「黙秘」で満場一致かと思われた通信に一石を投じたのはまさかのミラだった。
『お前、男の存在について焦ってたんじゃなかったっけ?』
『それは……。でもあの子とそのシャドって奴が本当に好き合っているなら教えないのは残酷じゃない……』
一理ある。
ノルンがミラと再会できたときどんなに嬉しかっただろうか。ほぼ絶望的な状況を千年耐えたノルンの気持ちは分からなくもない。
俺だって叶う事ならアトラやメルティ、リヴィア、ノワール達ともう一度会いたい。
「あのー……皆さんどうかしました?」
だが、だが今は駄目だ。
『ミラ、全てが終わってから話そう。まだシャドが何処に居るかも、彼の安否さえも分からない。半端に希望を持たせ、ノルンを危険にさらす方が最悪の可能性に近づく。きっと闇の賢者の子孫なら考え無しじゃないはずだ』
『あれぇ~? もしかして今あたしバカにされた?』
かつての闇の賢者、ノワールがそうだったように、きっとシャドもいつか陰ながら俺らを支えてくれる。今は天使の目を掻い潜っているだけ。そう思うことにしよう。
『…………』
『悪いミラ、今は我慢してくれ』
『……わかった』
「いや、何でもない。彼について知っていることを教えてくれないか? その様子だと何か俺たちに伝えることがあるはずだ」
「その通りです。その為に私はずっとここでお姉ちゃんと勇者様達を待っていました」
――本当に長かった。彼に出会う前からもずっと、ずっと待ってたんですよ?
ぽつりと胸の奥の本音を零した彼女は、凝った意匠の座椅子から腰を上げた。
「天使と魔族」という表題の読みかけの本に栞を挟み、作業机の上のランプを手に取って先が見えない大図書館の奥へ向かって歩き始める。
「ここではなんですから私の自室でお話しましょう。さ、ついて来てください」
お疲れ様です! ここまで読んで頂きありがとうございます。
そろそろ戦争行きたいけどもうちょっとかかりそうかも。
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