A.1 人間や悪魔たちって私たちが導かないと何にも出来ないんですよー
天使パートその一。
――経過はどうだ? 賢者の器の回収は順調か?
神殿、そう表現するのが妥当である建物にて。
およそ人の技術を遥かに超えた建造物の中央に位置する、実体の無い「存在」から発せられた言葉を超えた意識。まるで直接心へと入ってくるような男とも女とも取れぬ声。
その声は宙に浮く階段を下り、その「存在」、つまり主の言葉を待つ七つの翼の元へと届く。
「いえ……。唯一捉える事が出来たのは光の賢者のみです。炎、水はすでに巫女の手中に。土、風、闇の賢者については消息すらつかめません……!」
真っ先に受け応えたのは最もその階段の近くに膝をつく天使の男だった。いかにも誠実そうな彼の言葉からは主の望みを満たすことが出来ない事からくる歯がゆさ、己の未熟さをも恨む強い意志さえ感じられる。
大きく一つ、現状を芳しくないと憂う主の嘆息が天使達の心臓部へと突き刺さる。
ある者は主に怯え、ある者は主と同調し、またある者は口に出さずとも心の奥底で仲間の無能さをほくそ笑んでいた。
――ガブリエル。お前の『天啓』でも居場所を掴めないのか?
そんな心を見透かされ、自身の名を呼ばれた天使が飛び上がる。しかしそれは恐れからではなかった。
先の天使と比べ一回り二回り小さい翼をもつ彼女は、自分が役に立てるのが嬉しいのか頭上の光輪を目まぐるしく回転させながら受け応える。
「んーっとねぇ! 土と闇ならわかったよ!」
一気に騒然とする残り六つの翼たち。最初に言葉を発した天使の彼はより一層悔しそうに唇を噛む。
――悔いる事は無い、ミカエルよ。お前たちにも得手不得手がある。得意な物事で我に力を貸してくれれば良いのだ。
「おお、主よ! 不甲斐ない私を許して頂き、有り難く存じます……!」
――して、ガブリエルよ。土と闇の賢者の隠れ家は何処だ?
「土はねぇ、――――だよぉ。闇はもう死んじゃってるみたい。何にも感知できないんだぁ」
他の天使達に自身の有能さを誇示するが如く、爛々と目を輝かせる彼女。
しかし、彼女の思惑とは裏腹に闇の賢者の予想外の居場所に驚いたのか、彼等はさらにどよめいていた。この場合どうすればいいのか、闇の力が消失しているのは危険ではないか、いや、此方にとっては逆に好都合だろう。
それぞれが口々に様々な憶測を飛び交している。
主のみが冷静に事態を把握し、すべき質問を紡いでいく。
――賢者の「継承」もされていないのか?
「うーん。みたいだねぇ。痕跡は丁度三年前でぴったりと途絶えてるなぁ」
――これも織り込み済みか……。なんとも厄介な巫女だな。
「土の賢者もまた面倒な所にいますしね。これは彼らが攻めてくるのが先になるでしょうか?」
話に割って入ったのはラグエルと呼ばれる天使だった。数週間前、炎の賢者の命を奪う為、勇者の少年と魔王の少女と死闘を繰り広げた男。変質した炎魔法で焼け焦げたはずの翼も、もうすっかりと元に戻っている。
「しくじりラグエルは黙ってたらどうですー?」
彼の発言を邪魔するがごとく口を開いたのは、にやにやと小悪魔めいた笑みを浮かべる少女の姿をした天使だった。彼女の一言を筆頭に方々から嘲笑が零れる。
「ふふっ、言われてますよ『しくじりラグエル』君?」
中でもいかにもインテリな見た目の天使が明確にラグエルを名指しで追撃する。
しかし、更に彼を追い詰めたのは比較的温厚な天使たちの慰めの言葉だった。
「ラグエルお兄さん、そう落ち込まないで」
「まぁまぁ、ラミエルちゃんもいじめないであげて? ね?」
彼の性格上慰めや同情の方が嘲笑や罵倒よりも応えたはずだろう。
だが彼は無理やりにでも笑みを浮かべた。主の前で耐え難い侮辱をされたにも拘らず、ラミエルと呼ばれた天使に対して強がってみせた。
「ふんっ……! ラミエル、次の魔族との大戦では君より戦果を挙げてみせますからね……!」
「勝てるといいですねー? ま、もし出るとしてもわたしは『とっておき』の子達を呼ぶんですけどー」
少女は美しく整えられた毛先をくるくるといじりながら、まるで眼中にないとでも言うようにおざなりにそう答える。
――ならばラグエル、ラミエル、魔族はお前たちに任せよう。我はまだ力を蓄えねばならん。ラファエルも付いて行くと良い。その方がより盤石だろう。
余計なことを言ってしまった。そう言いたげに顔をしかめる少女。そんな彼女を慰めるように、女神と呼ぶにふさわしい、ガブリエルやラミエルと比較して女性的な天使がラミエルを慰めようと語りかける。
「そういじけないで? そうだ! 折角だからラミエルちゃん後でお姉さんに『とっておき』の子達を見せてよ!」
「ラファエル先輩ー…。いいけど壊さないで下さいよー? 規定を通して召喚するの大変だったんだからー」
「わかってるわ。うふふ、楽しみだなぁ♪」
可愛い後輩が気を許してくれたからか、ラファエルと呼ばれた天使は柔和に微笑む。
――ほかに報告は無いな? ならば我は再び眠りにつく。塔に登るものが現れた頃に起こしてくれ。
「承りました」
――では健闘を祈る。怠惰なこの世界と、それに寄生する生物たちに転生の断罪を。
それが何かの合図であるかのように、主のその一言で神殿に神妙な空気が漂う。
それまでいがみ合っていたラグエルやラミエルすらも口を閉ざし、再び膝をつく。
『Halleluja』
その言葉を最後に、天使達は羽を散らせ穢れた大地へと飛び降りていった。
三人称視点で書くのは初めてですけどかなり難しいですね。大分手こずっちゃいました。
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