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矛盾


 大魔道師ヴィランツは、今日もまた、酒場で酒を飲んでいた。

 最近は、森のなかの屋敷に帰ってもいない。あの三兄弟が屋敷を出てからそれほど日数はたっていないが、誰もいない場所に戻ろうという気にはなれなかった。

 七年間。

 一緒にいたのは、たった七年間だ。

 それまでは、ひとりなど、当たり前のことだったのに。

「なあ、おやじ」

 カウンターに頬杖をつき、ヴィランツはそう呼び掛けた。

「なんだい、ヴィーさん。酒はもう出せねーぞ」

「あのさあ、あんた、神って信じるか?」

 突然の問いに、随分と長い間、酒場の主人は沈黙した。

「……。何だって?」

「カミサマだよ。信じるか信じねーか、聞いてんだろうがよ」

「まあ、一応は信じてるぜ。そう熱心な信者じゃねえけどな」

 どうしたんだよ、と怪訝そうにいってくる主人の声が聞こえているのか聞こえていないのか、ヴィランツは、返事もせずに目の前にあるコップを見つめた。

 今でも鮮明に覚えている。

 二人の少年が、ひとりの少年を抱えて屋敷にやってきたあの日のことを。

 子供のくせに、自分を射抜くような目で見た、少年の顔を。


 あなたは、最高の術者だと聞いた


 ヴィランツは目を閉じた。

 昨日のことのようだった。


 頼みが、ある──


「……おい、ヴィーさん? どっか悪いんじゃねーのか?」

 その声で我に返り、彼は苦笑した。

「なんでもねえよ」

 そして、独り言のように、続ける。

「もし神がいるなら……俺のやったことは、神への冒涜だ」


   *


「なあなあなあ、エイス。おまえってあれだろ、絶対箱入りで育ったろ?」

 中庭の芝生のうえでごろりと寝返りをうち、笑いをこらえるようにレットがいった。ジャスティスの施設の一つ一つに、いちいち感動していたエイスの様子を思い出したのだ。「はこいり? なんで?」

「何でってお前……見るからにそんな感じじゃねえかよ。どの辺に住んでるんだ?」

 問われて、エイスは少し考える。どの辺、といわれても。

「森の奥の方の、大きなお屋敷。町にくるのは、これが初めてなんだ」

 レットは、目を丸くした。

「初めてっ? 信じらんねえ、ずーっと森の奥で育ったのか? そりゃあ、筋金入りの箱入りだな……ずいぶん過保護なんだな、お前のにーちゃん」

「過保護……かなあ。でも、すごいやさしいよ。ちょっと変だけど」

 ふーんと、レットは改めてエイスを見た。そういう育ち方をしたのなら、このエイスの性格も頷ける。

 良くも悪くも純粋で、汚れを知らない。

「あのさあ、その森のなかの大きな屋敷、今度一緒につれてってくれよ。そのうち帰るんだろ? その時についでにさ」

 お城のような屋敷を想像して、レットはそう提案した。森のなかにそのような屋敷があるなどと聞いたこともないが、なおさらおもしろそうだ。

 エイスは、すぐに頷いた。

「もちろん! あ、でも、いつになるかな。すぐに帰るわけじゃないんだ。にいちゃんたちと羅那国っていうところに行って、そのあとになると思う」

「羅那……ずいぶん遠いな。何だ、お前ら、旅の途中なのか」

 遠いという言葉に、エイスは不安を覚えた。

「そんなに、遠いの?」

「よくは知らねえけど……羅那っていったら、海の向こうだろ。そんなに大きくもない島国だって話だぜ。ここの奴ら、よく話題にしてるからな」

 羅那国は、ジャスティスに加入していない数少ない国のうちの一つなので、話題にものぼるのだろう。

 その辺りの制度はよくわからなかったが、遠いのか、と、エイスは息をついた。

 不安な気持ちと、どきどきする気持ちが交ざり合って、複雑だ。

「でも、楽しそうだな。海なんて、オレ、見たことねーもん。気ぃ失うほどでっかいんだぜ。水の切れ目なんて見えねーんだ」

 頬を紅潮させてレットがいうが、エイスには想像もできなかった。

「そんなに?」

「おうよ、こんな内陸にいちゃわかんねえけどな、海には海の匂いがあるんだってさ。知ってるか? 海の水は、水じゃないみたいに、しょっぱいんだ。こーんなおっきな船に乗って、何日も先の見えない海の上を渡るんだぜ。考えただけでわくわくするよな!」

 まるで自分が体験したことのように話すレットに、エイスもまた胸が高鳴るのを感じた。

それは、森の中でじっとしていてはわからないような、大冒険なのだろう。

「海かぁ……なんか、楽しくなってきた!」

「だろ? 旅なんて、絶対最高だぜ! いろんなものを見てきて、帰ってきたら全部教えてくれよ。ああ、オレも行きてえなあ!」

 心のそこから行きたそうに、こぶしを握り締める。それは、施設にいるという身分上、とうてい叶う夢ではないが、小さいころから夢に見てきたことだ。

「レットは、生まれたときから、ずっとこの町にいるの?」

「んー、いや、そういうわけでもないけどな。まあ、大体このへんの町だな。だから憧れるんだよ、海とか、そういうまだ謎がいっぱいの場所は」

 そういって、レットは、ポケットから色褪せた地図のようなものを取り出した。仰向けになり、それをかかげる。

「見てみろよ」

 常に持ち歩いているらしく、それは随分と使い古してあるようだった。それでも破れないように、大事に扱っているのがわかる。

「セリエに……ここの施設のねーちゃんにもらったんだ、昔。ここの左端にあるでっかい大陸が、この町があるところだ。レクリアはどこかわかんねーけど、この大陸はまるごとひとつの国のもんなんだってよ」

 大陸とか、海とか、そういうものがそもそもぴんとこなかったが、何となくエイスは頷いた。

「この、上のかたまりと、右上のかたまりと、右のかたまりは、何?」

「かたまりじゃねーよ、大陸だ」

 そうはいっても、レットは得意げに、北の大陸から順に説明していった。

「この上のでっかいのはな、まだよくわかってないらしい。こんなのがあるんだろうな、ってだけ。未知の世界だろ? で、右上のが、さっきいってた羅那国だ。右にあるのは……何か色々国が集まってるらしいけど、よく知らねぇ。この地図に載ってるのは、この世界のほんの一部なんだぜ。まだまだ、オレたちの知らない世界とか、オレたちの知らない生きものとかが山ほどいるんだ。すっげえと思わねえかっ?」

 スケールが大きすぎて、エイスの頭のなかはパンクしそうだった。森のなかと、この町以外に、人が住んでいるところがあるなどと考えたこともなかったのだ。

「すっごい……」

 ただただ感嘆して、そう呟く。

「だろ、だろ?」

 これほど驚いてくれる相手もめずらしかったので、レットはますます得意になって、あれやこれやと話続けた。

 ここには、迷いの森があるんだ──ここには、化物がでるんだ──ここには、誰も知らない秘宝が眠ってるんだ──

 その一つ一つを聞き逃さないように、エイスはしきりに頷きながら耳を傾ける。しかしやがて疲れてきたのか、エイスの目がだんだんとろりとしてきて、レットは笑った。

「おいおい、眠いのか?」

 失礼な奴だとか、そんなことは思わない。この箱入りぼっちゃんは、きっといきなりの旅で疲れがたまっているのだろう。

 どういうわけか、レットもいつのまにか眠くなってきて、まあいいかと目を閉じた。

 こんなに心地の良い眠気は、久しぶりだ。

 その数分後には、二人はそろって、深い眠りにおちていた。

 その姿はまるで、昔からの友達のようだった。


   *


 たいして大きくもないが、こざっぱりとした客室のようなところで、レオンは黙々と手首に包帯を巻いていた。その横と向かい側では、呆れたような顔をしたキールとセリエが、

その様子を見ている。

 視線に耐えかねたのか、憮然として、レオンは呟いた。

「……なんだよ」

 しかし弟から返されたものは、きわめて端的なものだった。

「いつか手首切って死ぬな」

「そういうこというなよ、キール。すこーし血を出したくらいじゃ死なないって」

「少しじゃないでしょう?」

 セリエが、大げさに息をつく。

「どういう神経してるのよ、本当に。このジャスティスの施設のなかに、いくつ陣描いたの? キール君のいうとおり、いつか死ぬわよ」

「大丈夫だよ」

 包帯を巻き終わり、レオンはその手をパタパタと振ってみせた。

 少なくとも出血多量にはならないのだろうが、謝って手首の神経を切ってしまったら洒落にならない。

「ちゃんと考えて、陣描くの最小限にしてるし、血だってそんなに使ってないしな。それに、今回だって、描いといてよかったろ?」

「……? 何の話だ?」

 今の今まで熟睡していたキールは、流晶や蘭が来たというはなしを知らず、眉をひそめた。

「そっか、寝てたんだっけ。蘭がね、俺が寝てた部屋にきたんだよ、さっき」

「な……っ」

 キールは、思わず立ち上がり、それから思い直してもう一度座った。

「蘭が来た、だと?」

「流晶もいたらしい」

「どうし──」

 どうして、と問い掛けて、キールはセリエの存在に気づいた。

 他人のいる前で、したい話しではない。  

 それに気づいたのか、セリエは、ああ、と声をあげた。

「あたしなら、気にしないで。どうぞどうぞ、話してちょうだい」

「…………」

 あからさまに顔を歪ませ、キールが黙り込む。そんなことをいわれても、得体の知れない人間の前で込み入ったことを話す気には到底なれない。

 セリエは、大きく、嘆息した。

「悲しいわねえ、昔は何でも話してくれたのに。いつからそんなにひねくれちゃったの、エンリ?」

 すぅっと、一瞬ににして、キールの顔が青ざめた。

 スローモーションのように、ゆっくりと、セリエを見る。

 彼女は、どこかいたずらっぽい笑みをうかべて、キールを見ていた。

「まだ思い出さないみたいね。バッカじゃねーの?」

 その突き放すような男言葉は、たしかに覚えている。

 嫌な、嫌な思い出が、キールの脳裏に蘇った。

「……セリ……?」

「あらん、覚えててくれたのね、嬉しいわ」

 昔の愛称で呼ばれ、セリエはわざとらしく身をくねらせた。その様子を、レオンが半眼で見ていたが、何もいってこないので、セリエは尚も続けることにする。

「ぜんっぜん、気づいてくれないんだもの、エンリもロギも。さすがに淋しかったわ。わかんなかった?」

 キールは、驚きを隠せないようだった。

「わかる分けないだろう……いつから、女みたいなしゃべり方をするようになったんだ」「おいおい、あたしは最初っから女だよ」

 ごくたまに、昔の言葉が口をついてでるが、セリエは気にしてないようだった。

「女らしくならなきゃって思ったのよ。ほら、あのままじゃお嫁にもいけないでしょ?」 キールは『お嫁にいく』セリエを想像して、思わず考え込んだ。少なくとも、自分の知るセリエは、誰よりも行動力があり、頭が切れ、そして多くの子供たちを仕切っていた子供たちのボスだったはずだ。

 キールたち三兄弟に対しては扱いが違っていたが、それでもキールは、セリエが苦手だった覚えがある。

 おそらく、女性が苦手なのは、その辺りのことが原因だろう。

「……兄貴は、知ってたのか?」

「ん、まあな。一応年の功ってやつで、記憶もしっかりしてるしな。でも、ここにセリエがいたのはまったくの偶然だ」

「…………」

 少しだけ、キールは沈黙した。

 いいたいことがわかったのか、レオンはやさしく笑う。

「エイスは知らないよ、この人が知り合いだって」

 そうしてレオンは、キールに、流晶と蘭がこのジャスティス施設にやってきたという出来事を、話して聞かせた。


「……どういうつもりなんだ、あいつ」

 ゆっくりとレオンの話を吟味したあとで、苦々しくキールが呟いた。

 わざわざ、レオンたちの足止めをしてまでエイスに逢い、なおかつ何をするわけでもなく帰っていった流晶。ただの気紛なのか、それとも何か考えがあってのことなのか、理解に苦しむ。

「わからないことだらけだ。いまさら、どうしてあいつが俺たちのところにくるんだ?

ただ逢いたかったというわけじゃなさそうだし、おれたちをつれ戻しにきたのとも違う」「止めを刺しにきたってのはありそうだな」

「……それなら、最初から放っておけばいいだろう」

 冗談混じりのレオンの言葉に、しかしキールは、真剣に応えた。

 重苦しい、沈黙が訪れる。

 やがてセリエが、慎重に、言葉を発した。

「あたしは、何もかも事情がわかってるというわけじゃあないけど……」

 一瞬だけためらい、彼女は続ける。

「どうして今になって、羅那国に帰ろうだなんていう話になったの? あたしがあれだけ探しても見つからなかったんだもの、あなたたち、そのままじっとしていれば、羅那国とは関係のないところで一生を過ごせたはずだわ。違う?」

 もちろん、そんなことをされては、セリエはずっとレオンたちとの再会をはたせなくなるわけなので、個人的感情としては願い下げだったが、それとこれとは話が別だ。

「見つかったんだよ、セリエ」

 レオンは、苦笑を浮かべた。

「見つかっちゃったんだ、森のなかの家は。だから、しようがなかった。それに……」

「俺たちは人間だ」

 兄の声をさえぎるように、ひどく明確に、キールがいった。

 思わずセリエが眉を寄せる。一体、何を言いだすのか。

「……何がいいたいの?」

「俺たちは獣じゃない、人間だ。森の奥で、人の目に怯えて、そうやって暮らしていくのは、人間の生き方なのか? 自分を偽って、エイスに山ほど隠し事をして、嘘をついて、騙し続けるのはもううんざりだ……!」

 はきすてるようにいい、キールはそのまま黙ってしまった。そんな弟を気遣うように見て、それから視線をセリエに移し、レオンが続ける。

「俺たちはたぶん、七年前から変わってないんだ。いろんな過去に縛り付けられて、そのどれ一つ、決着をつけてない。羅那にいって、もやもやしたもの全部はっきりさせて、踏ん切りをつけたいんだよ。それに……そろそろ、タイムリミットなんだ。露祇のことも、認めなくちゃならない」

 キールは、きつく、こぶしを握り締めた。

 露祇。

 最愛の、弟の名だ。

「そのことなんだけど……」

 セリエは、レオンのことを紫雷と呼ぼうとして、小さく首を左右に振った。

「……レオン。あなた、ビーストと呼ばれる子供の病を治してくれるような医者はいなかったって、そういったわよね? それは、どういうこと?」

 七年前のことを、セリエははっきりと覚えている。露祇が病に倒れ、もう助からないと誰もがあきらめたとき、幼いレオンとキールが弟をつれて姿を消したことを。絶対に助けてみせる、医者を見つけてみせると、そういったレオンの横顔を。

 覚えているのに。

「ロギは、どうなったの? 命だけは助かったけど、記憶を失ってしまったの?」

 医者が見つからなかったということは、助からなかったということだ。

 しかし、セリエの記憶にある『ロギ』は、七年分成長して、彼らとともにいる。ただしそれは、その容姿以外は、どう考えても別人だった。

 最も触れられたくないところに土足で踏み込まれたような気がして、キールは、血がにじむほどに唇を噛み締める。

 セリエはとうとう、この三兄弟と再会したときから抱いていた疑問を、口にした。

「エイスくんは、一体誰なの?」


 その時、扉を乱暴に開け放って、部屋のなかにレットが駆け込んできた。

 突然のことに、三人は驚いて一斉にそちらを見る。

 随分と走ったのか、少年は、肩で荒々しく息をしていた。

「あ、あんたたちが、エイスのにいちゃんだな……っ?」

 その様子に、ただならぬものを感じ、レオンは思わず立ち上がった。

「エイスが、どうかしたのか……?」

「消えちまったんだよ、オレの目の前で……変な奴が現われて、つれていっちまいやがった……!」

 声の後半は高くかすれ、彼は糸が切れたようにレオンにしがみついた。



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