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捻れ


 ……何かの罠かもしれないな。

 そう思いながら、レオンは流晶の後ろ姿を追っていた。相手が走っているわけではなかったが、まるで何かの幻のように人ごみの間を擦り抜けていくので、見失わないようにするので精一杯だ。

 しかし、これがもし罠だとしても、レオンはあきらめるわけにはいかなかった。欲していた情報が、向こうから飛び込んできたようなものだ。

「それにしても、なんでこんなに人が多いんだ……?」

 町とは、こういうものだっただろうかと、彼は毒づく。

 少なくとも彼の記憶にあるこの町には、歩くのに困るほどの人はいなかったはずだ。

「……くそっ」

 レオンは人を掻き分けて、ひたすら追い続けるのだった。


   *


 耳元で、音がした。

「……?」

 うっすらと目を開けてみる。一体どれほど眠ってしまったのだろうか。

 しっかりと目を開けると、宿屋の娘の姿が見えた。先ほど、毛布を持ってきてくれた娘だ。でも彼女は、部屋を出ていったはず。

 寝呆けているのかな、と、エイスは目をこすった。

 どうやら、寝呆けているわけではないらしい。

「……どうかしたんですか?」

「きゃあっ!」

 問い掛けてみると、娘は悲鳴をあげてエイスから離れた。

 さすがにいい気分はせず、エイスは起き上がる。

「何も叫ぶことないのに……」

 しかし娘は、震える手でこちらを指差し、声をあげた。

「な、なんで目を覚ますのよっ? 一日は目を覚まさない睡眠薬だって……!」

「睡眠薬?」

 エイスは、大きくあくびをした。

「そっか、だからあんなに眠かったんだ」

 さらに、のびをする。

「わ、わたしは悪くないのよ! 頼まれただけよ、本当よっ?」

「ああ、うん、ごめんなさい。ぼく、駄目なんだ、睡眠薬とか。効かないように……」

 効かないように。

 エイスは、首を傾げた。

 効かないように……何だろう?

「とにかく、ごめんなさい」

 そういって、深々と頭を下げる。目覚めてしまったことへのお詫びだ。

「……お、怒らないの?」

 恐る恐る問い掛けてくる娘に、エイスは笑った。

「だって、風邪をひかないように毛布を持ってきてくれたでしょう?」

「だから、その毛布に睡眠香が……ああもう、変な子ね……」

 娘は、大きく首を左右に振り、その場に座り込んだ。うなだれて、ため息をつき、それから顔をあげる。

「ごめんなさい……どうかしていたわ。いくら大金がもらえるからって、あなたみたいないい子を眠らせて連れてこうとするなんて。ごめんね、ロギ君」

「?」

 エイスは驚いて、声をあげた。

「ぼく……ロギじゃないよ?」

「ええっ?」

 娘は立ち上がり、ひどく狼狽した。   

「うそ、やだ、人違い?」

「うん……いや、どうかな……」

「だって、わたしの宿に泊まっている羅那の人って、あなたたちぐらいなんだもの。一番小さい子っていったら、あなたでしょう?」

 それはその通りだ。

 エイスは、何かを考えるようにうつむいていたが、やがて娘に問い掛けた。

「ねえ……ぼくを連れていくように頼まれたっていったよね?」

「え、ええ」

 エイスは意を決して、いった。

「そこに、案内してくれないかな」


   *


「キールっ?」

 流晶を追い続けて、大通りを曲がったところで、レオンは弟に出くわした。

「何やってんだおまえ? そんなに急いで」

「……流晶を見た。だから追っている」

「あ、なんだ、おまえもかー。実はにいちゃんも流晶を追ってるんだ」

 ささやかな沈黙。

「やっぱり罠か」

「やっぱり罠だな」

 二人はほぼ同時に呟き、それから顔を見合わせ、走る速度を上げた。

 罠だということがはっきりしたからといって、もちろん足を止めるつもりはない。

「……誰だと思う?」

 走りながら、キールが問い掛けてくる。

「さあな。心当たりが多すぎて……」

 さっぱりわからないと、レオンがいいかけたときだった。

 遥か前方を走っていた流晶の姿が、何の前触れもなく、ふっとかき消えた。

 いつのまにか人込みはなくなり、荒れ果てた空き地のような場所に、二人は辿り着く。 そこには先客が二人。

 まだ幼い少年と、長い黒髪を結い上げた背の高い美女。

 キールは絶句し、レオンは息を飲んだ。

「……流晶、なのか?」

 恐る恐る問い掛ける。。

 幼い少年……流晶は、あどけなく微笑んだ。

「お久しぶりです、紫雷お兄さま、焔俐お兄さま。僕のこと覚えていてくれて、とても嬉しいです」

 どこか、作り物のような笑顔。しかしそれを感じさせない優雅さで、少年は深くお辞儀をした。

 その隣で、長身の女もまた、頭を下げている。

 なつかしさがこみあげ、レオンは流晶のもとへと駆け寄った。

「流晶……! ああ、久しぶりだな、元気だったか? どうしたんだよ、行方不明だって聞いたぞ」

「お兄さまがたがまだ生きているかもしれないと思ったら、いてもたってもいられなくなりました。僕も蘭も、とても元気です」

 そういって、流晶は隣の長身の美女をさす。蘭と呼ばれた女は、その無機質な表情のまま、微笑んだ。

「お久しぶりでございます、紫雷さま、焔俐さま」

「久しぶり、蘭。ちゃんと流晶を守っていたか?」

「もちろんでございます」

 そうかと頷き、レオンは笑ったが、キールが剣呑な目付きをしていることに気づいた。「どうかしたのか?」

 キールはすぐには答えなかったが、やがて、声を絞りだす。

「……なんのようだ?」

 キールは流晶に歩み寄り、その胸ぐらをつかんだ。

「なんのようだ……! 俺たちはもう、羅那とは関係ない、おまえとも関係ない! おまえや蘭の姿を見るだけで、反吐が出る!」

「キール!」

 レオンは、キールの手をつかみ、引き離す。

「やめるんだ、流晶は関係ないだろう」

 キールは、レオンをも睨みつけ、その手を降り払った。そんなことはわかっているが、理性がいうことをきかない。どうしようもない怒りが沸き起こる。

 しかし流晶は、笑った。

「ああ、やっとそろいましたね」

「……?」

 何をいっているのかわからず、レオンは流晶の視線を追う。

 そして彼は、目を見張った。

「エイスっ?」

「お久しぶりです、露祇お兄さま」

 とおりの向こうから、エイスが歩いてきていたのだ。

 彼は空き地に辿り着くと、何が何だかわからないというような顔をした。

「どうしてここに、レオンにいちゃんやキールにいちゃんがいるの?」

「エイス、見るな! なんでもない、早く帰ろう」

 そんなエイスの前に立ち、キールがいう。

 流晶は尚も笑った。

「どうしてそんなこというんですか? お母さんもお兄さまたちに会うことができて、とても喜んでいるのに」

 流晶のその言葉に、レオンもキールもその動きを止めた。

「お母さん、だと……?」

 レオンが震える声で言葉を吐き出す。

「そう、お母さん。お兄さまたちも、会いたかったでしょう?」

 刹那──

 キールは目でとらえることのできないような速さで、流晶の目の前へと跳び、その首を絞め上げた。

「あの女と一緒か……っ?」

 しかし流晶は、首を絞められているのにもかかわらず、無邪気に笑う。

「会いたかったでしょう?」

「……っ!」

 キールがさらにその力を加える。しかしそれよりも早く、それまでただ立っていた蘭が、

迅速に動きを見せた。

「流晶さまから離れなさい!」

 その手から、紅蓮の火炎がほとばしる。

「キール!」

「──っ!」

 エイスは、目を見張った。

 焔が生まれ、キールが振り返り、レオンがその間に入った。

 悲鳴。

 誰の悲鳴だろうかと、エイスは思う。

 目の前で、レオンが火炎に包まれ、ゆっくりと倒れていく。

 エイスは悲鳴を上げることもできず、自分だけが世界からとり残されたかのように、立ちすくんだ。

「兄貴! 貴様……!」

 キールが蘭に飛び掛かる。

 その時だった。

「──やめなさい!」

 突然の第三者の声とともに、ぱあんと音が聞こえ、蘭は跳躍した。

 その下を、何か小さな丸いものが物凄い速さで通り過ぎる。つづいて第二発、第三発。「ここはジャスティスの統治下にあるわ! これ以上殺傷は認めません! その人から離れなさい!」

 金に近いウェーブのかかった髪を揺らし、女はこちらに駆けてきていた。その後から、数人の男たちもまた走ってくる。

 蘭は、無機質な表情を流晶に向けた。

「仕方がないね、行こうか」

「! 待て──!」

 しかしキールの手は空をつかみ、二人は、幻のように消えてしまったのだった。


   * 


 大陸全ての治安を守る組織、ジャスティス。

 もともと対ペルト用組織として発足したジャスティスは、ペルトが減少した今、犯罪などの事件を取り締まるという役割を担っていた。

 本部は王都にあり、大陸各地には支部が置かれ、ジャスティスは常に世界の安全と平和を願い、そして守ってきている。

 全身に大火傷を負ったレオンは、その支部の一つに担ぎ込まれていた。

「大丈夫よ、そんなに心配しなくても」

 胸にジャスティスの紋章をつけた女性は、そういってキールとエイスに微笑みかけた。 二人は、レオンが眠っている部屋へと入ることもできず、ただ無言で椅子に腰掛けていたが、そういわれて女性の方へと目を向ける。

「……すごい怪我だった」

 ひどく低い声で、キールが呟く。

 彼女は笑って、

「ジャスティス直属の医療師をなめないでね。生きてるうちにここにきたんだから、確実に大丈夫よ。ほら、そこの……なんていったかしら?」

 そういうと、エイスを見る。

「……。エイス、です」

 遠慮がちに答えるエイスにほほ笑みを返し、彼女はエイスの頭を撫でまわした。

「そうそう、エイスくん、あなたも、そんな真っ赤な目してたらお兄ちゃんに笑われるわよ」

 どこまでも陽気な女性だ。

 どこかで見たことがあると、キールは思うが、思い出せない。

「そうね……本当は、詳しい事情とか聞かなきゃなんないんだけど。まあ、後にするわ。お兄ちゃんに会えるようになったら呼んであげるから、あなたたちはジュースでも飲んできたらどう? その泣き腫らした目も、洗ってきなさい。キール君も、情けない顔しないで!」

 そうけしかけられて、二人は逡巡したが、やがて立ち上がった。ジュースはともかく、エイスのぐちゃぐちゃの顔をなんとかしなくてはならないというのは本当だ。

「あの……」

 立ち去る間際に、キールは振り返る。

「ん?」

「ありがとう……ございました。あなたたちが来なかったら……」

 来なかったら。

 後半の言葉を、キールは喉の奥で呟く。

 いい慣れないお礼をなんとか告げようとするキールに、彼女は苦笑を返した。

「当然でしょう?」

 そうして彼女は、二人に手を振り、医療室へと入っていった。


 レオンはもう、目を覚ましていた。

 覚ましてはいたのだが、体がいうことをきかず、横になったままで考えていた。

 医療師たちはとっくに出て行ってしまい、小さな部屋でひとりきりだ。何一つ音が聞こえてこないというのは、彼の感覚を研ぎ澄まさせる。

 そうして彼は、再会した弟のことを思い、自嘲気味に笑った。

 どうして、気づかなかったのだろう。

 ヴィランツの屋敷に現われたペルトたち。ペルトを操れるのは、ペルティスぐらいのものだ。なおかつ露祇の名を呼んだというのなら、ペルティスである蘭や、それを従える流晶がかかわっていることぐらい、すぐにわかったはずなのに。

 ──不意に、扉が開いた。

「あら、お目覚めね」

 そういいながら、金に近い茶色の髪をした自分と同い年ぐらいの女性が、歩み寄ってくる。レオンは内心警戒し、そちらを見やった。

「ああ、安心して、ここはジャスティスの施設のなかよ。弟さんたちは、別の部屋でジュースでも飲んでるわ。騒ぎを聞き付けて、あなたたちを保護したってわけ」

「……ああ、そういうことか」

 彼女の胸のジャスティスの紋章を見て、レオンは納得する。どうやら嘘ではなさそうだ。

「それは……どうも、ご迷惑を。大変ですね、ジャスティスも」

「そうでもないわ」

 彼女は、レオンのベッドの隣に腰掛けた。

「……相変わらず、回復が早いわね」

 レオンは顔色を変える事無く、その女性を凝視した。

 それから、笑顔を浮かべる。

「初めまして」

「……あっそう、そうくるの、まあいいけどね、レオンさん」

 わざとらしく名前を呼び、彼女はレオンを睨みつけた。しかしもちろん、そんなことでどうにかなる彼ではない。

「……感謝する」

 ややあって、レオンは呟いた。

「事情を察してくれたんだろ? あいつらの前で……とくにエイスの前では、何も知らないふりをしててくれよ。できれば、俺の前でもだ」

「水臭いわね」

 彼女は、大きくため息をつき、肩をすくめた。

「あの子たちが、聞き慣れない名前で呼び合ってるのを聞いて、ちゃあんと気づいたわよ。

まあ、過去に触れたくないのはあたしも同じだしね」

 でも、そうね……と、彼女は続けた。

「昔話ぐらいはさせてちょうだい」

 レオンは答えない。

 それを肯定の意ととり、彼女は話しはじめた。

「昔……ビーストと呼ばれる孤児集団がいたわ。彼らは平気で人を傷つけ、殺し、食料を奪い、そうやって生きてきた。その中に、三人の兄弟と、ひとりの女の子がいたの」

 一度息をつく。

「その四人は、仲良くやっていたのだけど、そのうち兄弟の三番目が病気にかかってしまったの。二人の兄は、弟の病気が命に関わると知って、何もいわずに弟を連れてストリートから消えてしまった。残された女の子は、とても三人の兄弟のことを心配したわ。けれどそれから、彼らからの連絡はなかった」

 レオンが何もいわないのを見て、彼女はそのまま続ける。

「その直後、ジャスティスの女性が女の子たちのところに訪れ、そしてビーストと呼ばれた孤児集団は全員ジャスティスの施設で暮らすことになったの。その女の子は、三人の兄弟のことを忘れることができなかったけれど、それでもこれ以上不幸な孤児を増やしてはいけないと思って、ジャスティスに入ったんですって」

 ゆっくりと語り終わり、レオンを見る。

 レオンは、真っすぐ天井を見つめているだけで、聞いていたかどうかもわからない。

 彼女は小さく息をつき、立ち上がった。

「それだけよ。……お大事にね」

 すたすたと扉に向かい、ドアに手をかける。

「セリエ」

 ベッドのなかから、声がした。

 振り返ると、レオンは向こう側を向いていたが、彼女は立ち止まる。

「……何?」

「その昔話には、続きがある……ビーストと呼ばれる孤児の病気を治してくれるようなお医者さんは、とうとう見つかりませんでしたとさ」

「……何ですって?」

「おやすみ」

 本当に寝息が聞こえてきたので、仕方なく、彼女は部屋を出る。

 それから扉にもたれかかり、彼女は呟いた。

「名前、覚えてるじゃないのよ」

 セリエは、苦笑した。


   


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