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「見つかったよ、お母さん」

 少年はさも嬉しそうに、微笑んだ。

「すごく時間がかかっちゃったけど、やっと見つかったんだ」

 少年は、小さな球体に話し掛けていた。ふざけているというわけではなく、真剣に、球体を相手に微笑んでいる。

「大丈夫だよ、心配しないで……。お母さんのいったとおり、僕は頑張るから」

 そうして彼は、淡く光る青い球を、そっと抱きしめた。


   *


 天気は、曇り空といってよかった。

 しかしどんな天気であろうと、道には人々があふれ、脇には店が並ぶ。知り合いであろうと、そうでなかろうと、人々は微笑みをかわし、買物をしながら歩いていく。

 ここは、そんな町だった。

「けっこう何でも売ってるもんだな。店も多いし、これは師匠が一度町にでるとなかなか帰ってこないのもわかる」

 ふむふむと頷きながら、レオンはそんな道を歩いていた。その横ではキールが仏頂面で歩みを進めており、エイスはというと、視界ぎりぎりのところではしゃいでいる。見るもの何もかもが、めずらしくて仕方がないといったふうだ。

 三兄弟は、屋敷への襲撃を受けた後、ヴィランツにいわれるままに旅立ちを決意し、取り合えず下の町に出てきているのであった。

「しかし、師匠は何を考えているんだ……? エイスの前で過去にけりをつけてこいとは、

いってくれたな」

「エイスからの質問攻めにあうのは俺たちなんだからなー。まあ、いいんじゃねえの?

オレたちの故郷に行くんだっていっただけで、納得してくれたみたいだったし」

「まあ、それはそうだが……」

 キールは、大きく嘆息した。

「どうもあの師匠は、人が困っているのを見て喜ぶ節がある」

 いうまでもない。

 レオンは、何も知らずにひたすらはしゃぐエイスを見て、苦笑した。

「何も考えずに出てきちゃったな」

「追い出された、というべきだな」

 冷静にキールが訂正する。その通りかもしれない。

 やがてエイスは、目当てのものを手に入れたらしく、大きな紙袋を抱えて二人の元へと走ってきた。

「買ったよ、お昼ご飯! パン、いっぱい買っちゃった!」

 よっぽど嬉しいのだろう、満面の笑顔だ。露店買いすら初めてのことなので、エイスはそれだけでも満足といわんばかりだった。

 幸い、硬貨はヴィランツから山ほどもらっているので、金銭面では当分苦労することはない。

「よし、これだけあれば充分だろ。じゃ、宿に戻るか」

 そうして三人は、もうすでに部屋をとっている宿へと、足を運んだ。


 三兄弟は、とても目立っていた。

 町を歩いているときもひしひしと感じていたことだが、とにかく目立っていた。

 まず、黒い髪に黒い瞳というのがこの地方ではすでにめずらしく、いかにも旅人ふうの者はわりといるのだが、これほど軽装なのはエイスたちだけだといってもいい。さらに、何も考えずに堂々と東方の服を着ている時点で人目をひいていた。偉大なる師匠曰く、下手に西洋の服を着てもかえって目立つから、東方からの旅人を装った方がいいということである。おそらく、それは正しいのだろう。

 正しいのだろうが。

 それでもここまで目立ってしまうのは、少なくともキールにとっては、非常に不本意なことであった。

「いいわねえ、東方のひとって。何だか、神秘的よね」

 と、宿屋の娘にいわれたときには、暴れだしそうになるキールをレオンが必死に押さえ、

東方ってなんですかと聞くエイスをレオンが懸命にごまかしたものだ。

 いま無事にこの宿屋に部屋をとれているのも、ひとえに長男の努力の賜物であろう。

「……へえ、おいしいじゃん、このパン」

 宿屋の一室で。

 三人は、エイスが選んだパンを食べ、とりあえず町に出てきて初めての落ち着いた時間を満喫していた。

 レオンは、パンというものがもともとあまり好きではないのだが、意外に気に入ったらしく、一つ目をあっという間に平らげている。

「……まずくは、ない」

 エイスが作った料理以外は認めないキールのお眼鏡にもかなったようだ。

 エイスといえばいうまでもなく、幸せそうにパンを頬張っている。

「さて、これからどうするか、だけどな」

 パンを一気に三つ食べ終わり、落ち着いたところで、レオンがそう話を切り出してきた。

「どうするの?」

「まあ、そう嬉しそうに聞かれると気が引けるんだけど……エイス、実はおまえには師匠からあずかってきた課題がある」

「あ、そうなんだ」

 別段ショックを受けたふうでもなく、あっさりとエイスが納得したので、レオンにとっては少々拍子抜けであった。

「……いいのか?」

「え、何が? ぼく、お師匠さまの課題をいっぱいやって、早く一人前の魔道士になりたいんだもん。がんばる!」

 レオン特製の偽課題であることにとても胸が痛んだが、エイスのやる気は好都合だ。何せ、エイスをここにとどめておかないことには、何も行動が起こせないのだから。

「がんばれ!」

 というわけで、無責任にもレオンは弟を応援する。

「で、キールだけどな。おまえは、オレと一緒に旅道具の買い出しだ。てなわけだから、エイス、おまえしばらくひとりだけど、大丈夫か?」

 すかさず、キールが剣呑な目付きで兄を睨んだが、レオンはそれに軽いめくばせで答えた。心配するな、と、その目がいっている。

「大丈夫だよ。ぼくは、ここに残って課題をやっていればいいんでしょう? でも、なるべく早く帰ってきてね」

「もちろんだ、エイス」

 いつになくきっぱりと、キールが断言する。相変わらず、兄には強く弟には弱い男だ。 「じゃ、決まりな」

 レオンはぽんっと手を打ち、さっそく立ち上がった。

「これが師匠からの課題だ。ちゃんとやっとけよ」

「うん!」

 レオンから本のようなものを受け取り、エイスは笑顔で頷いた。


 思ったとおりというべきか、宿からでたとたんに、キールからの攻撃が始まった。

「どういうつもりだ、馬鹿兄貴……!」

 その胸ぐらをつかんでキールが凄むが、レオンの方が背が高いので、いまいち恰好がつかない。

「大丈夫だってば。さっき、あの部屋に魔霧を召喚しといたから。魔力でエイスを探そうとしても、きっちり隠してくれるよ」

「マギリ……? 一体、いつそんなものを」

「ま、にいちゃんは偉大ってことだね」

「…………」

 視線はそのままで、キールは手を放す。まだいいたいことが充分にありそうだったが、それをいわれる前に、レオンは話題を転換した。

「で、俺たちがやるべきことは、とりあえず現状の把握だと思うんだ。このまま何も知らずに羅那につっこむのは絶対危険だから、できるだけ情報収拾をしておこうと思う。いいか?」

「……当然の行動だ。いわれなくても、やってやる」

「あっそ」

 レオンは、肩をすくめた。

「ま、あちらさんが俺たちの存在に気づいて、探しにきたってことは確かだ。そういうことだから、頑張ろう。あと、なるべく遅くならないようにエイスのところに帰ってこなくちゃな」

「当たり前だ、そんなこと」

 どうやら、キールの機嫌はとても悪いようだったが、理由は何となく察しがついたので、

レオンはあえて何もいわないことにした。 

「さて」

 レオンは、不敵に笑った。

「行動開始だ」


   *


「……羅那について?」

 レオンは、酒場にきていた。

「そ。これから里帰りしようと思うんだけど、なんかよくない噂聞いたからさ、気になってんだよ。なんか知らない?」

 酒場の主人は、グラスを拭きながら、胡散臭そうにレオンを見やる。

「里帰り、ねえ……」

 疑っているというわけではなさそうだったが、少しだけ考えたのち、主人は無造作に右手を差し出した。

「情報があるかないかは、別としてだな。何か聞きたいんなら払うもん払うってーのが筋だろうよ、べっぴんさん」

 なるほどそういうことかと、レオンは軽く目を細めた。こちらとしては、あくまで酒場の主人に話を聞きにきたのだが、どうやらこの男は酒場の主人兼情報屋であるらしい。

 しかし、大魔道師ヴィランツという底のない巨大な財布を持っているレオンには、お金を惜しむ理由などあるはずもなかった。

「いくら?」

「質によりけりってとこだな」

 この男は情報屋に向いていないと、レオンは思う。そんなことを答えてしまっては、とびきりの情報を持っているといわんばかりだ。

「じゃ、ここでいちばん高い酒はいくら?」

「二本分、で手を打とう」

「オッケー、商談成立ね」

 いささか高めに思えたが、レオンはじゃらりと硬貨をさしだす。あっさりと大金を出すあたり、レオンもとうてい商いに向いているとはいい難いが、相手が間抜けそうだと踏んだ上での行動だ。

「一回しかいわねえからな、心して聞けよ。極秘中の極秘情報だ……信憑性は九十九パーセント。羅那の女皇と皇子が、失踪したらしい」

 レオンは、大きく、息をついた。

「なんだ、それか」

「おいおい、なんだよその反応は。信じてねえってのか?」

「いや、悪い、それならもう知ってるんだ。金は払えないな、そんなんじゃ」

 聞くだけ聞いておいて、なおかつお金が払えないというのは立派な詐欺だったが、レオンは一度差出した硬貨を懐に入れなおし、くるりときびすを返す。

「お、おい、なんだよそれ……」

「ま、また新しい情報でも調べといてよ、聞きにくるからさ」

 それを捨て台詞に、レオンはさっさと店をでていってしまった。

「……おいおい……ヴィーさんしか知らねえ特別情報なんだぜぇ……」

 自信たっぷりの情報であったのに、もう知っているとまでいわれ、まさか先程の青年がヴィランツの弟子であるとも知らず、酒場の主人はがっくりと肩を落とすのだった。


 結局、たいした情報も得られず、レオンは重い足取りで広場を歩いていた。

「師匠の話が最新情報か……。なんていうか、もうちょっと一般的な話でいいんだけどなあ、そんな凝ったのじゃなくてもさ」

 なかなか難しい注文だ。

 レオンは、広場の中央にある噴水の脇に、腰をおろした。

「女皇と皇子が行方不明、ね……」

 果たして、本当なのだろうか。

 考え事をしながら、頬杖をつき、しばらく前方を眺めていたレオンだったが、不意に、その目付きが変わった。

「……?」

 顔をあげ、今度はしっかりと見る。

 黒い髪の、まだ幼い横顔。

 ひどくなつかしい、忘れるはずもない少年の名が、脳裏に浮かぶ。

流晶ルショウ……?」

 レオンは立ち上がり、少年を追って走りだした。


 一方、その頃のキールは。

 見知らぬ人間にあれこれと聞いて回るというのが気に入らず、ただぶらぶらと歩いていた。彼はそもそも、外向的という言葉からは程遠いところにいるのである。

 途中、酒場を見付けたので、ちらりと入ってみようかなどとも思ったのだが、それでもやはり他人にもまれるのは好ましくない。

「……情報収拾、といわれてもな」

 彼は、歩みは止めず、呟いた。

 そういうことは兄貴の専門分野のはずだといってやればよかった──そう思うが、もう遅い。

 いつのまにか、キールは人気のない路地へと迷いこんでいたが、もちろんそんなことは気にせず、ただずんずんと歩いていく。

 エイスは大丈夫だろうかと、弟のことを気に掛けた、その時だった。

「……失礼」

 突然声をかけられ、キールは顔をあげた。

 黒装束を着た、見知らぬ三人の男が、いつのまにかキールも前に立ちふさがっていた。 黒い瞳、黒い目、加えて黒装束。間違いなく羅那の人間だと、キールは警戒する。

「……なんのようだ?」

 鋭い瞳で問い掛けるキールに、男は、小さく頭を下げた。

「少々尋ねたいことがあります……よろしいでしょうか」

 随分と腰が低い。

 何も答えないキールを承諾ととったのか、男は顔をあげ、口を開いた。

焔俐エンリ様ですね?」 

 一瞬、キールは、時が止まったかのように感じた。

 ばっくんばっくんと心臓が激しくなり、キールにとっては長すぎる沈黙の後、彼はなんとか声を絞りだす。

「……誰だ、それは?」

 自分の声が、うまく聞こえてこない。

 キールは、汗ばむ手を握り締める……このままでは、殺してしまう。

「正直に答えてください。あなたは、焔俐様ですね?」

「違う」

 即座に否定する。

 男は、眉をひそめた。

「なぜ、否定なさるのです?」

「違う」

 キールは、真っすぐ、男の目を見た。

 チガウ。

 カエレ。

 オレハ、カンケイナイ。

「…………」

 黒装束の男たちから表情が消え、彼らは沈黙した。

 キールの心術により、情報を埋め込まれたのである。

「……これは……これは、大変失礼いたしました」

 そうして男たちは、足早にその場から去っていく。

 それからどれほどの時間が経ったのか……キールはやっと感覚を取り戻したかのように、小さく呻いた。

 ヴィランツにいわれ、覚悟はしていたが、実際に直面すると、想像以上であった。心の中で、何か形容しがたいたくさんの感情が、ぐるぐると渦をまいている。

 男の声が、頭から離れない。

『……焔俐様ですね……?』

 キールは、唇を噛み締めた。


 エイスは、ひたすら課題を頑張っていた。

 頑張っていたので、いまはとりあえず休憩時間である。

 ベッドにごろりと横になり、思わずうとうととしていると、扉がノックされる音に、彼は起き上がった。

「? なんですか?」

「ちょっと失礼しますー、いいですか?」 

 聞き覚えのある女性の声がして、どうぞ、と、彼はドアを開けた。ここの宿屋の一人娘である。

「今日は寒そうだから、毛布を持ってきました……あら? あなたひとり? お兄ちゃん達はどうしたの?」

 毛布を受け取り、エイスは答えた。

「いま、ちょっと出掛けてるんです。すぐに帰ると思いますけど」

「ああ、そうなの。じゃあ、ちょっと淋しいわね、ぼく」

 娘は、そう微笑みかける。長い髪を三編みにした、可愛らしい娘だ。

 そのまま返ろうとした彼女だったが、ふと、エイスを振り返った。

「そうそう、ちょっと話題になってるんだけど。あなたたち、東方から来たんでしょう?東方の人って、顔立ちとか、本当にきれいよねえ。とくに一番上のお兄さんなんて、女の人みたい。羨ましいわ」

「レオンにいちゃんは、本当にそれ気にしてるんだよ。いつも、いわれるたびにすねてるもん」

「あら、そうなの?」

 くすくすと、娘は笑った。

「それで、やっぱり羅那から来たの? 遠いでしょう、あそこからここまで来るのは」

「え……」

 困ったように、エイスは首を傾げた。

「ぼく、小さい頃の記憶がないんです。だから、よくわかんないんだけど……」

「まあ、そう……。それは悪いことを聞いたわね。御免なさい、変なこと聞いて」

「いいえ、気にしないでください」

 はにかむように、エイスは笑った。記憶がないことについては、気にしたこともない。

「じゃあ、晩ご飯は下の食堂で食べてね。サービスしちゃうから」

 そう言い残し、娘は部屋をでていった。

 エイスは、小さく息を吐き、もう一度ベッドに横になった。

 兄達が、何かを必死に隠していることには気が付いていたが、きっと自分のことを思ってやってくれているのだろう。そう信じているから、問い詰める気もない。

 ぐるりと毛布にくるまり、心地よい眠気に抵抗することなく、エイスは目を閉じた。



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