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旅立ち


 ヴィランツが屋敷に辿り着いたのは、ちょうどフェルティーノが出来上がった頃であった。

「お帰りなさい、お師匠さま」

 渾身の作である料理を早く誉めてもらいたくて、エイスが満面の笑みで出迎える。

 ヴィランツは、そんな弟子の頭をぐりぐりと撫で、ただいまといいながら椅子に腰掛けた。

「おお、久しぶりの我が家だ。おまえら、ちゃんと魔法の修業に励んでたか?」

「うん! ぼく、ちゃんと課題を成功させたよ。火を使わずに木を燃やすってやつ」

 一瞬、ヴィランツの表情が驚きに変わる。

「へぇー、それはよくやった、偉いぞエイス。まあ、レオンやキールは聞かないでも解るがな。どうせ、魔法課題なんぞ終わらせてねえんだろ?」

 キールは当然だといわんばかりに頷いた。

「必要がないな」

「……まあ、いいだろう。おまえさんの専門は武術だからな。その代わり、まき割りはちゃんとやったんだろうな」

「あ! まき割りは俺がやった、俺!」

 レオンが身を乗り出し、自分の功績をアピールするが、ヴィランツは鼻で嘲ら笑う。

「そうか、たまにはちゃんと働くんだな、おまえも」

 レオンもまた、笑った。

「もちろん、日々魔法の修業も積んでるしな。師匠も、ちゃんとギャンブルの修業してきたんだろ? ご苦労さま」

「ああ、もちろんだ。てめえは相変わらず口のへらねえガキだな、女顔のくせに」

「師匠も、相変わらず童顔だね」

 二人の間に、見えない火花が散る。

「二人とも、相変わらず低次元な争いだな」

 無表情で、キールが辛辣な言葉を投げつけ、レオンとヴィランツは揃ってキールに恨めしげな目を向けた。相変わらず憎らしい。

「とにかく、ご飯にしようよ、まだ早いけど。今日は、ぼくの門出を祝って、ご馳走なんだからさ」

 エイスの言葉に、ヴィランツが怪訝そうに眉を寄せた。

「……門出?」

「あ、いや、門出とかいうたいそうなもんじゃなくて……」

 あわててレオンが弁解する。

 それでもとりあえず食事をとりながら説明するということになり、四人は食卓を囲むのだった。


   *


 エイスお手製のフェルティーノは、恐ろしく絶品だった。

 食事を終え、レオンからの説明を聞き終えたヴィランツは、椅子の上でふんぞり返りながら、あっさりと彼の案を承諾する。

「いいんじゃねえのか?」

 意表を突かれ、レオンは一瞬言葉を失った。

「……え?」

「おまえらが考えて出した結論だろう。好きにすりゃあいい。それどころか……そうだな、

オレは大賛成だな」

「大賛成っていうと……、どういう心境の変化だ? 今までなら、やめておいたほうがいいっていってただろ?」

 エイスとキールがこの場にいないということを確かめてから、レオンが問い掛ける。二人はいま、食器洗いに追われているはずだ。

「事情が変わった……おまえさんたちにとっての事情がな。どっちみち、もうここでは平穏に暮らせなくなるってことだ」

「……どういうことだ」

 ヴィランツは少しだけ躊躇したが、レオンの目に決意の色を見て取り、続ける。

「おまえらの存在がわれてる。今日、羅那の奴らに問い詰められてな。まあ、適当に誤魔化しておいたが、オレに聞いてきたってことは、ほとんど確実にばれてるってことだ。結界だって、破られるかもしれん……ここからは、はなれた方がいいだろう」

「……!」

 レオンは、目を見開いた。

「どうして……、いや、それよりも、なんだっていまさら、俺たちを探す必要が……」

 がたん、と、扉が開いた。

 驚いて、レオンがふりかえる──そこでは、不機嫌な顔で、キールが立っていた。

「可能性は一つだ」

 つかつかと歩み寄り、乱暴に腰をおろす。レオンはあわてて声をあげた。

「おい、どうしてこんなとこにいるんだよ。エイスは……」

「心配するな。エイスは必死に食器を洗っている最中だ。──それより、今の話は本当なのか?」

 ヴィランツは、苦笑混じりに肩をすくめる。

「そんな恐い顔で睨むなよ。ま、残念ながら、本当の話なんでな」

「そうか」

 呟き、キールは憎々しげに視線を落とした。そのこぶしが、小刻みに震えている。

「……となるとやはり、考えられる可能性は一つだな」

 彼は、真っすぐレオンを見た。

「俺たちにとどめをさすつもりに決まっている」

「キール……!」

「それしかないだろう。他に、どんな理由がある?」

 レオンは答えない。確かに、その可能性がいちばん高いのだろう。しかしレオンは、何かがひっかかっていた。

「それでも……いまさら、わざわざ捜し出してまで俺たちのとどめをさそうというのは、おかしいと思わないか?」

 その言葉に、ヴィランツが相槌を打つ。

「それは、オレも気になったんだがな。大体、おまえらが生きてるということを、なんであちらさんが知っているんだ。色々と、妙なことが起きているのかも知れねえ」

「思ったんだけど……師匠、流晶はもう皇になったのか? なってないんだったら……」「ああ、そうか!」

 レオンにいわれ、ヴィランツは舌打ちした。

「すまん、重大なことを忘れてたぜ。酒場で聞いたんだがな、どうやら、その流晶ってのと羅那の女皇が行方不明らしい。……羅那の女皇とその後継ぎが不在っていうのは、ちょっとにおうな」

 レオンとキールは、思わず目を合わせ、考える。そうなると、話は別だ。

「……失踪させられたわけじゃなくて、行方不明ってことだよな?」

「ああ」

 思わず唸り、レオンは腕を組んだ。一体、羅那国では何が起こっているというのだろうか。

「あの女が女皇の位を捨ててまで失踪する理由がどこにある? 何か企んでるに決まってる……!」

 憎悪のこもった声で、キールは吐き捨てる。

「俺たちはもう、羅那とは関わりがないはずだ……」

「だが、誰かは知らねえがそうは思ってない奴らがいるらしいってことだ」

 ヴィランツが言い放つ。それが事実であるだけに、キールは何もいえなかった。

「とにかく……」

 いいかけて、ヴィランツはぴくりと何かに反応した。

「……っ?」

 ゆっくりと立ち上がり、辺りを見る。いつもどおりの、リビングだ。

「師匠?」

「……まずいな」

 ヴィランツは眉を寄せた。

「結界のなかに、何かが侵入しやがった」

 ヴィランツが呟いたのと、エイスの悲鳴が聞こえてきたのとは、ほぼ同時であった。


「な……なにっ?」

 ちょうど食器を洗いおわり、手を拭こうと後ろを向いたその時に、エイスは異質な影に気づき、悲鳴を上げていた。

 ひとでもなく、森で見る動物とも明らかに違う何かの生きものが、エイスのすぐ後ろに迫ってきていたのだ。

 一匹ではない。複数……それも、かなり多くの。

 エイスは、じりじりと後ずさった。おそらく、こちらに敵意があるのだろう。そう見える。

 しかしすぐに、後ろはたった今まで自分が食器を洗っていた洗い場となり、彼は逃げ場を失った。

「なんなの……? どこから……」

 声が、情けなく震えている。一体、どうしてこんなものがいるのだろう。

 エイスよりもはるかに大きいその生きものは、不自然なほどに長い牙がのぞく大きな口らしき部分を唐突に開けた。虚空で覆われた目は、エイスに向けられている。 その口らしきところから、声が聞こえてきた。

「……ロギサマトオミウケイタシマス」

 声というよりも、音だった。音階が一定の、ひどく聞き苦しい音。何をいっているのかわからず、エイスは首を左右に振った。

「何? わからないよ……」

 しかし異形の生き物は、もう一度いう。

「ロギサマト、オミウケシマス」

「ロギ?」

 エイスは、本当は恐くてそれどころではなかったのだが、その言葉を聞き返した。

「ぼくをロギっていう人と間違えてるの?」

 異形の生物は答えない。

 少しだけ、沈黙が流れた。

「…………」

 逃げなくてはいけない。

 エイスは、そうは思うものの、足がすくんでしまっている自分に泣きそうになった。

 話し掛けてはきたが、向こうが決して友好的ではないことに変わりない。理由はわからないが、きっと自分はロギという人物と間違えられているのだろう。

 どうしよう。

 エイスは、全身に鳥肌がたつような心地で、唇を噛み締めた。

「どうしよう……」

 まるで声をだすことで安心を得られるかのように、呟く。

 だが、それはかえってエイスの不安を増幅させた。

「どうしよう……にいちゃん……!」

 心臓は、ばっくんばっくんと音をたてているのが、全身を通って聞こえてくる。

 異形の生物が、動いた。

「──っ!」

「エイス!」

 ばんっと扉が開き、レオンとキールがキッチンに飛び込んできた。

「にいちゃん!」

 悲鳴のような声をエイスがあげるよりも早く、キールが高く翔ぶ。

「っのやろ!」

 着地と同時に異形の生物に蹴をみまい、キールはすぐにエイスに駆け寄った。

「大丈夫かっ?」 

「だ、だいじょうぶ……ねえ、なんなの、これ……」

 兄達が来たことで、なんとか動けるようになり、エイスは一気にキールに詰め寄る。

「なんなの……っ?」

 答えたのは、遅れて現われたヴィランツだった。

「ペルト……古の遺産ってやつだな。ただし、失敗作。ま、要するに化物ってことだ。とりあえず、こいつらをぶったおしな」

「ペルト?」

 エイスがますます混乱する。

 ペルトという生物と対峙したままで、レオンは苦笑した。

「簡単にいってくれるけどさあ……六匹もいるよ、六匹も。そう簡単に倒せると思ってんの?」

「そうだなあ……」

 少しだけ考えたが、ヴィランツは高らかに笑った。

「よし、こうしよう! 明日からおまえら旅立つんだろ? こいつらを倒すことが、オレからの卒業課題だ!」

「はぁ?」

「こういう緊迫した中で、趣味の悪い冗談はやめてほしいな」

 レオンとキールが口々にいう。そもそも、誰も旅立つなどとはいっていない。

 しかし、容易に予想できたことではあったが、ヴィランツは笑いながらいうだけだった。

「つべこべいわずに倒しゃあいいんだよ」 

 レオンは、半眼で師匠を睨みつけ、鋭く舌打ちする。

「いってくれるね……じゃ、条件が一つ。この屋敷をどれだけ壊しても、俺たちは責任を負わない」

「いいだろう。それと、無理に魔法だけで戦えとはいわねえよ。おまえらの得意な戦闘方法でやりな」

「了解」

 レオンは、不敵に笑った。実戦は久しぶりだが、それほど不快な感じはしない。

 血が、うずくのを感じる。

「エイス、動けるか?」

 意識はペルトに集中させたままで、レオンは問い掛けた。ぎゅっとキールの服の袖をつかんでいたエイスは、手を離し、頷く。

「平気」

「よし、上出来」

 警戒しているのか、こちらの様子をうかがっているペルトからじりじりと後退り、レオンはエイスやキールと並んだ。

「兄貴、どうする気だ……? 俺と兄貴とで三匹ずつとかいうんじゃないだろうな」

 キールの問いに、レオンは唇の端をあげる。

「仲良く山分けって? それもいいけど、俺たちは師匠みたいな超人じゃないからなあ……ま、普通に倒すしかないね。というわけで、にいちゃんはちょっとした作戦をたてたんだけど、のる気ある?」

「反対する理由がないな」

「ぼくも、やる……!」

 大変結構、と、はるか後ろでヴィランツが褒めたたえたが、三兄弟は聞こえなかったことにした。

「じゃ、とりあえず、俺が合図するまでキールはここでこいつらの足止めな。俺とエイスは、庭にでて封印結界をはる」

 レオンが、早口でそう告げる。ペルトは今にも飛び掛かってきそうだ。もう、呑気に作戦会議などしている余裕はないだろう。

「……いいだろう」

 キールが呟き、エイスも頷く。

 そうして、戦闘が始まった。


 六匹すべてを一度に相手にするのは無理だと判断したキールは、キッチンのたった一つの出入口である扉の前に立ちはだかった。

 要するに、ここを通さなければいいのだ。倒すことはできなくとも、足止めぐらいならできる。

 得意とする体術の構えをとったキールは、自然と笑みがこぼれていることに気づいた。 これは、戦うという行為に対しての喜びなのだろうか。

 いや……

 キールは、すぐにその考えを否定した。

 そんなはずはない。

「……どうでもいいことだな」

 ひとり、呟く。

 レオンやエイスを信頼するならば、今自分がすべきことは、ペルトの足止めに他ならないのだ。

「さあ、こい。相手をしてやる……!」

 冷静に言い捨て、キールは飛び掛かってきたペルトに鋭い蹴を見舞った。一撃でペルトは倒れたが、予想どおりすぐに起き上がると、再びキールに向かう。

 きりがない。

 それでもキールは兄や弟を信じ、ひたすらペルトの足止めに専念するのだった。


「さてエイス、時間がないからさっさとやるぞ」

 屋敷のなかでの出来事が嘘のように平和な外に出て、レオンはきびきびとエイスに指示を与えた。

「俺がいまからここにでっかい陣を描くから、おまえは片っ端からそれを魔法で補強しろ。

ちょっとやそっとじゃ消えないようにするんだ。封印結界をはるからな。そこに奴らをおびき寄せて、一気にたたく!」

「た、たたくの?」

 どうやらこの弟は、妙な勘違いをしたようだったが、レオンは気にしなかった。

「時間勝負だからな。気合い入れろよ」

 いうだけいって、レオンは拾ってきた棒切れで大きな陣を描きだした。ペルト六匹は軽く入りそうな陣だ。ぞくにいう、魔法陣というやつである。

「補強、補強……」

 補強といわれても、一体どういうことなのかエイスにはよくわからなかったが、とにかく丈夫にしなくっちゃ、と、それだけを思ってひたすら魔力を注ぎこむ。

 踏んでみても地面にかかれた線が消えなかったので、それでいいのだろう。

 レオンは妙になれた動きで、あっという間に円を描き、内部に細々とした文字らしきものをかいていった。

 自分にはとうてい真似できないと、エイスはいまさらながら兄を尊敬する。

「ねえ、レオンにいちゃん」

 魔力を注ぐのは決してやめずに、それでもどうしても気になったので、エイスはレオンに問い掛けた。

「あのペルトとかいうのは、どうして僕たちのところにきたのかなあ」

 レオンもまた手を休める事無く、言葉を返す。

「ま、森のなかの一軒家だからな、狙われやすいんだろ。ペルトってのはそういうもんだよ。人を襲うことを生きがいにしてる」

 エイスは、ここ周辺に結界がはられていたことを知らない。

「でも、ペルトだって生き物でしょ?」

「いや、違うな、それは。生きてるんじゃなくて、ただ動いてるだけだ。意志も本能もないよ。あるのは、人間を襲うっていう情報だけだね」

 さらりとレオンはいった。エイスは納得がいかなかったが、それは事実であるのだからどうしようもない。ペルトとはそもそも、大昔に行なわれた実験の失敗作なのだといわれている。人によって作り出された怪物というわけだ。

「でもさっき、ペルトしゃべったよ」

 レオンはさすがにその手を一瞬止めた。

「しゃべった? まさか」

「しゃべったよ。僕のことを、ロギっていう人と間違えたみたいだった」

 刹那、レオンの顔が強ばる。

 しかしすぐに、レオンはいつものように笑った。

「じゃ、それはあれだ、どっか別のところにいる誰かが、ペルトの口を借りてしゃべったんだろうな」

 いってしまってから、しまったとレオンは思う。たった今自分で、森のなかの一軒家だから偶然狙われたといったばかりなのに。

 それではまるで、わざわざこの屋敷にきたみたいではないか。

「じゃあ……」

 また何かを言い掛けたエイスを、レオンはむりやりさえぎった。

「後だ後! 陣描きおわったぞ、そっちも終わったか?」

「え、あ、うん」

「よっし……」

 レオンは、ぽいと棒切れを放り投げ、屋敷に向かって声を張り上げた。

「いいぞー、キール! 準備オッケーだ!」

「……遅い、馬鹿兄貴!」

 憎まれ口と同時に、扉からペルトがあふれだした。


「なんだ、苦戦してたみたいだな、キール」

 待ってましたといわんばかりに飛び出してきた弟に、レオンはそう言葉を投げ掛けた。それを嫌味ととったのか、キールは渋い顔をし、レオンを睨み付ける。

「当然だ。ひとりで全部を相手にできるわけがないだろう。一匹ずつ向かってくるうちは楽勝だが、まとまってこられたらお手上げだ。俺は師匠とは違うからな」

 要するに、ヴィランツのように人間離れはしていないというわけだ。

 そりゃあそうだ、とレオンは笑ったが、それどころではないのか、エイスは怯えたように声をあげた。

「ねえ、こっちにくるよ! どうしよう?」

「まあまあ、こっちにこなけりゃ陣を描いた意味がねえだろ」

 そういって、レオンはエイスをなだめる。そして彼は、不敵に唇の端をあげた。

「で、これからは魔法の出番ってわけだ。二人とも、陣に入れよ。奴らをこの中におびき寄せるぞ」

 二人の弟は、おとなしく兄の指示に従い、中に足を踏み入れる。レオンも後に続き、それからペルトの集団と対峙した。

「さあ中に入っておいで、ペルトくんたち」

 にこにこと笑って、ちょいちょいと手招きをする。

 ペルト自体には意志はないが、それでも何かを警戒しているかのように、ペルトはそのまま歩みを止めた。

 睨み合いが続く。

「おいおい、なんか頭いいぞこいつら」

 レオンの言葉に、エイスが敏感に反応した。

「でも、ペルトには知識とかないんじゃないの?」

「ないけどな。ペルトを誰かが操ってるとしたら、そのまま操ってる奴の知識とか心とかが多少反映されるものなんだよ」

「誰かが、操ってるの?」

 もう一度、しまったとレオンは思った。

「二人とも、いまはそんな話をしている場合じゃないだろう。奴らがここに入らないことには、どうにもならん」

 淡々と、キールが助け船をだす。もしかしたら本当にそう思っているだけなのかもしれなかったが、とにかくレオンはキールに感謝した。

「よし、じゃあ、こうしよう」

 唐突に、レオンはぽんっと手を打った。

「キール、心術を使え。それでペルトをおびき寄せる」

「心術?」

 キールは眉を寄せ、レオンを見る。

「そんなものが、心のないペルトなんかに効くのか?」

 心術とは、文字通り心に直接作用する魔法のことなのだ。キールがもっとも得意とする魔法のジャンルである。

 しかしキールの不安をよそに、レオンは自信ありげに頷いた。

「効く効く。ま、やってみろって」

 根拠のない自信のようにも思われたが、とりあえずキールはやってみることにする。心術というものを見たことがないエイスが、目を輝かせながらキールを見ているが、キール自身まともに使ったことはないので、心境は複雑だ。

「…………」

 キールはじっとペルトの目を見て、頭のなかでイメージを膨らませていった。

 ──来い。

 心の声で、ペルトの内部に呼び掛ける。

 ──来い。

 もう一度、力強く。

「……来い!」

 ゆらりと、ペルトが動いた。

「ほおら、効いた」

「すごい! キールにいちゃん、すごい!」

 レオンが拍手をし、エイスはその瞳をますます輝かせる。

 こちらへ向かって歩いてくるペルトを見ても、キールはいまいち納得のいかない気分だった。

「どうして師匠の結界も破るようなペルトが、俺なんかの心術であっさりいうことを聞くんだ?」

「理由は三つだな」

 独り言のつもりだったのだが、たまたま聞こえてしまったレオンは、それに答えることにしたようだった。

「一つ、簡単な命令だったから術が効きやすかった。二つ、結界を破ったのはペルトではなかった。三つ、結界を破ってペルトを操っている奴は、俺たちを殺すつもりはなくて、たぶん俺たちを試している……そんなところだ」

「……まるで全部知っているような口振りだな、兄貴」

「いや……わかんねえよ、なんにも」

 一匹めが陣のなかに足を踏み入れたのを確かめながら、レオンはキールに視線を送った。

「いまだ、キール。エイスをつれて陣の外に出ろ」

 キールは剣呑な目付きでレオンを睨んだが、ペルトが入ってきているのを見て、エイスをひっつかんで陣から出る。

 いまつまらない言い争いをしてやられてしまっては、すべてが無意味になってしまうからだ。

 ひとり陣のなかに残ったレオンは、六匹すべてが陣のなかに入った瞬間に、腰のところに携えてあったダガーをひきぬいた。

 そしてそれを自分の手首にあて、細く笑う。

「さてお立ち合い」

 冗談めかして呟き、彼はダガーを持つ手を少しだけ下に滑らせた。

「レオンにいちゃんっ?」

「黙ってろエイス。あれが兄貴のやり方だ」

「その通り……!」

 レオンの手首から、真っ赤な血が、一滴地面に落ちる。

 刹那──ただ描かれただけの陣は、光り輝きはじめた。

「我は光の契約者!」

 光の中で、レオンが叫ぶ。

 そして彼は素早く陣から脱出すると、もう一度、声を張り上げた。

「召喚、封印結界!」

 ぱあん、と乾いた音がして、次の瞬間には、陣もペルトも跡形もなく消え去っていた。 瞬時にして訪れた静寂に、エイスは信じられないといったふうに目を見張る。

 何事もなかったかのように、何もかもが消えていたのだ。

「よっしゃ、全部撃破!」

 レオンがぐっとこぶしを握りしめる。

「上出来だ、おまえら」

 どこから現われたのか、気が付くと、ヴィランツが後ろで拍手をしていた。

「ま、こんなもんだろ。オレとしても、わざわざ卒業課題を用意しなくてすんで助かったぜ」

 豪快に笑いながら、しゃあしゃあという。レオンは、肩をすくめた。

「じゃ、合格ってことでいいんだろ?」

「そういうことだな」

 ヴィランツは、レオンの肩を軽くたたいた。

「おまえには、召喚術を大体教えたつもりだ。日々精進を重ねろよ」

「まあね、まかせなって」

 レオンは得意げに胸を張る。

 次にヴィランツは、キールの方を向いた。

「おまえさんには、心術を教えこんだ。後は慣れだな、慣れ。ま、よくやった」

「当然だ」

 キールも、胸を張った。

「で、エイスだが……」

 ぽん、と、ヴィランツはエイスの頭に手を乗せる。そうして彼は、やはり大きく笑った。

「安心しろ、おまえはもう魔術の基礎がしっかりできてるはずだ」

 エイスは、顔を輝かせた。

「本当?」

「ああ、ただし、基礎だけどな。努力次第だな、せいぜい頑張りな」

「うん……!」

 うれしそうに頷く。

 ヴィランツはコホンと咳払いをし、三人の顔をゆっくりと見回した。

「さて、これからおまえらに、最後の課題をだす」

 奇妙な沈黙。

 一体何をいいだすのかと、三人は師匠の顔を見る。

 ヴィランツは、顔にいつもの笑みを張りつけて、腕を組み、いった。

「てめえら三人故郷に帰って、過去にけりをつけてこい。オレさまからの最大の課題だ。けりをつけるまで、ここに帰ってくることは許さん。わかったな!」

 それは、旅立ちを意味していた。




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