表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/14

大魔道師ヴィランツ


 大魔道師ヴィランツ。

 半ば伝説と化しているその人物が、街の酒場で昼間から酒をかっくらっているなどとは、

おそらく誰一人として──弟子である三兄弟を除いて──予想だにしないだろう。

 しかし彼は、たしかにカウンターに座って、三本目のビンを空けている最中であった。朝からギャンブルに大量の金額をつぎこみ、随分とご満悦といった様子である。

「あいかぁらずうめえな、ここの酒は」

 外見はまだ二十五、六であったが、白銀の髪をポニーテイルにした怪しい美形の大魔道師は、妙にオヤジ臭い言い回しをした。

 もちろん、自分があの有名なヴィランツであるということは伏せてある。といっても、偽名を使っている訳でもないが、名前が同じだからといっていきなり疑われたりはしないものだ。

「ヴィーさん、いっつもいうけどな、あんまり飲むと体に悪いぞ。まあ、酒を売ってる身分でいえることじゃないんだが、それでも限度ってもんがある」

 来るたびに大ビンを何本も空ける客はそうはいないので、店の主人はヴィランツのことをしっかりと記憶していた。

「かってーこというなよ。ギャンブルで勝ちまくって、今日は機嫌がいいんだからよ」

「まあ……そりゃあわかるけどな」

 店の主人は、サービスだといいながらカウンターにナッツをだす。

「家で、三人の子供が待ってるんじゃなかったか?」

 ナッツを三ついっぺんに口のなかに放りこみ……ヴィランツは、主人を見上げた。

「おいおい、子供じゃねえよ、全然違うね。まあ、オレんところで面倒見ちゃあいるが、それだけだ。ヤローばっかの三人兄弟なんだがな、長男は何考えてるかよくわからん馬鹿野郎だわ、次男はちっとも笑わねーで可愛げがねーわ、やっぱいちばん可愛いのは三男だな。料理はうめえし、何より素直だ。オレがいったことは、全部そのまま信じやがる」

 再び酒を飲み、けらけらと笑う。

 店の主人は、苦笑した。

「それだけ愛情たっぷりで語られると、こっちまで幸せな気分だね」

「愛情? ふざけんなよ、全然違うね。おい、もう一本、酒」

 止めても無駄だと知っているものの、やはり諌めながら、主人は渋々四本めの酒をだす。

話だけを聞いていると、ヴィランツはまるでたちの悪い酔っ払いのようだったが、実はまったく酔っていないのだ。まったく酔えないくせに酒好きの、妙な男なのである。

「ああ、そうそう」

 自分もナッツをかじりながら、主人はヴィランツの方へ身を乗り出した。

「ヴィーさんの好きそうな情報があるぜ。聞きたいか?」

 ひどく無造作に、ヴィランツが顔を上げる。

「情報?」

「ま、普通なら情報料をとるところだが、ヴィーさんにはウチの売り上げにおおいに貢献してもらってるんでね。ただで教えるよ。極秘中の極秘情報だ……羅那国の、ことなんだが」

 ぴくりと、ヴィランツが小さく反応した。しかしそれを悟られないように、興味のなさそうな様子を装う。

「羅那っつーと、あれか、北の方の島国だったっけか?」

「そうそう、それだ。どうやら、羅那の女皇と皇子が失踪したらしいぜ……ぴっかぴかの最新情報だ。羅那の使者がきて、女皇と皇子を探してるふうだったからな。ま、そもそもこの酒場の中で内緒話しようって方が間違いってことだ」

 得意げに、主人が鼻を鳴らす。しかしやはり、ヴィランツは興味のなさそうな反応をした。

「ま、情報に執着しすぎて、揚げ足とられないようにするこったな。そのこと、あんまり洩らさない方がいいぜ。羅那は過激だっていうからな」

「わかってるよ。脅かすなよ、人が悪いぜ」

 冗談めかしていわれ、ヴィランツは豪快に笑った。

 それからしばらく雑談し、五本めの酒瓶を空けたところで、そろそろ戻んねえとがきどもがぴーぴー泣いてらあと言い残し、ヴィランツは店を後にしたのだった。


「なあなあ、エイス」

 レオンは、リビングに飛び込むと、エイスの隣にどっかりと腰掛けた。ヴィランツ師匠特製のソファが、ふかふかと心地よい。

「なあに?」

 ちょうど魔法課題についての日記をつけ終わったエイスは、日記帳を閉じ、兄に向き直る。

「おまえ、前から街に行きたいとかなんとかいってたよな」

「うん」

「いまでもその気持ちは変わってないか?」

「行きたい!」

 どうやら聞くだけ無駄だったようだ。エイスの口からは、肯定の言葉しかでてこないであろうことは分かり切っていたのだから。

「そっか」

 レオンは、苦笑に近い笑みを浮かべた。

「じゃあ、行くか。キールや師匠とも話しあわなきゃなんないけどな。もし向こうの二人が反対しても、俺とエイスとで押し切ってやればいいさ。まあ、キールは首に紐くくりつけてでも連れてくけど」

「うんっ。本当に、いいの?」

 エイスの問いに、レオンは首を傾げる。本当にいいの、と聞かれるとは、思っていなかったのだ。

「いいにきまってるだろ? 大体、今まで街にでたことがないってのがちょっと異常だしな。なんでそんなこと聞くんだ?」

「だって……。なんか、お師匠さまやにいちゃんたち、ぼくを外に出したがってないみたいだったから」

 ばれている──一瞬、レオンはどきりとしたが、気づかないほうがおかしいのかもしれない。エイスは、この森からでたことがないだけではなく、兄弟や師匠以外の人間と会ったこともないのだ。

「まあ、それも今日までだ」

 ぽんぽんとエイスの肩を軽くたたき、レオンは笑った。

「そうだな……師匠からの難しい魔法課題を成功させたお祝いだ。明日からの門出に備えて、今晩はなんかうまいもん食おうぜ」

 たかが街にでるだけで『門出』とは大げさだが、エイスは顔を輝かせる。

「そうしよう! ぼく、フェルティーノが食べたい!」

 フェルティーノ──味も調理法もスペシャル級の超豪華料理。

 レオンの笑顔が引きつる……そんなものは、作れない。

 確か師匠が作れたはずだが、いまここにいない人物を当てにしてもしようがない。

 しかし、レオンのそんな心配をよそに、エイスは人懐っこく微笑んだ。

「レオンにいちゃんも、好きだよね?」

「いや、まあ、フェルティーノは大好きだけど……」

 にいちゃんには作れないんだよ。その言葉より前に、エイスが続ける。

「じゃあ、さっそく作るから、楽しみにしてて!」

 そしてエイスは、ぱたぱたとリビングから姿を消した。

 後に残る沈黙。

「……いつのまに、フェルティーノなんて習得したんだ、あいつ」

 いろいろと心配した自分が馬鹿らしい。

 エイスを祝う料理をエイス自ら調理する。その矛盾に、どうやら彼は気づいていないようだ。

 兄として、世間一般における常識というものをたくさん教えてやらなくては──レオンは、ぐっとこぶしを握り締め、決意する。

 師匠に偏った常識を植え付けられる前に、なんとかしなくてはならない。もしかしたら、

もう手遅れかもしれなかったが。

 そうしてレオンが物思いに耽っていると、扉が開き、キールが姿を現した。

「兄貴」

 呼び掛け、レオンに歩み寄る。視力があまりよくないせいで、彼の目付きは常に悪かったが、今は更に剣呑な光を帯びていた。

「ど、どうかしたのか?」

 思わず怯えながら尋ねる。しかしキールはにこりともせずに、レオンの目の前に立ちはだかった。

「厨房のところで、エイスに会った」

「せめてキッチンっていえよ」

「同じだ」

 ただ冷たい目つきで、レオンを見下ろす。

「なんだよ……まあ、座れ、な?」

 キールはまったく応じない。

 さすがに少し頭にきて、レオンが反撃にでる。

「エイスに会ったってだけじゃわかんないだろ? 何を怒ってるのか、ちゃんといってくんなきゃ、俺もどうすればいいのか困るじゃんか」

 キールは、しばらく黙っていたが、やがて無言のままレオンの向かい側に腰掛けた。

 そして再び、鋭い視線を投げ掛け、やっと口を開く。

「エイスは、明日街にでるのだと嬉しそうにいっていた……何か、心当たりはあるか?」 キールの予想通りの言葉に、レオンは声をたてて笑った。

「やっぱり、そのことか。心当たりなんてもんじゃないね、俺がいったんだよ」

「へらへらするな! 正気かっ?」

「正気で本気」

 不敵ないつもの笑みを浮かべ、レオンはキールにものをいう隙を与えずに、続けた。

「いったろ? このままにしておくのは無理があるし、どっちにしろもう七年めになっちまってるんだよ。過保護もいいけど、ちゃんとあいつのためになる過保護にしろよ、キール。それとも……おまえは、これからもずっと一生、あいつをここに閉じこめとくつもりだったのか?」

 キールは答えない。

 それは迷いこそあるものの、明らかに否定であった。

「だろ?」

「けど……」

 キールは、瞳を伏せ、呟いた。

「俺は……街にでるのは、気が進まないな。兄貴は、かまわないのか?」

 レオンが、一瞬……ほんの一瞬、険しい顔つきになる。しかしすぐにそれは笑顔に変わり、彼は明るく断言した。

「大丈夫だ」

 それはまるで、絶対的な根拠のある言葉であるかのようだった。

「忘れろよ、おまえも。いま、おまえはキールだ。俺はレオンで、俺たちの弟はエイスだ。

それで十分なはずだろ」

 それは、キールも充分に承知していた。けれど、それでも、忘れられないことはある。 みんな、何もかもが敵だった、あの頃──

「大丈夫だよ。何かあったら、にいちゃんにまかしとけ」

 その言葉に、キールは厳しい視線を兄におくった。

「貴様に任せるほど安心できないことはないな」

「う……っ。ま、まあ、その調子だ」

 レオンが苦く笑う。つられて、キールも小さく笑った。

「いいだろう。街にでて、街を見て回って、ここに戻ってくる……それを繰り返そう。たしかに、少しずつでも、エイスにも社会見学をさせるべきだな」

「そういうこと」

 この時はまだ、たしかに、そのつもりであったのだ。

「んじゃ、話がまとまったところで、エイスの超豪華料理の手伝いでもするか。キール、おまえも暇だろ?」

 キールが眉をひそめる。エイスの料理は、いつでも超豪華だ。

「今日は、何を作ってるんだ? こんな早くから……」

「フェルティーノだ」

 キールは、絶句した。

「フェ……」

 嘘だろう、といわんばかりの表情だ。

「ほんとだぞ、いっとくけど。しかも、すごい張り切ってる。いつのまに覚えたんだろうな」

「いつのまに覚えたとか、そういう問題なのか? あの料理は師匠が唯一できる料理だが、

確か魔法で適当に誤魔化して作ってたはずだ。それを、どうやって作るんだっ?」

 いつになく興奮して、一気にまくしたてる。

 レオンは肩をすくめた。

「だから、俺が知るわけないだろうに。とにかく、手伝おうぜ」

 まだ何かいい足りないようだったが、なんとか落ち着きを取り戻し、キールもまた立ち上がる。彼は料理というものがまったくできないが、なぜか料理の本──レシピではなく、

批評関係の本である──を好んで読んでいるのだ。そういう本を読むことで、フェルティーノという料理の難しさを知ったのだろう。 しかし、料理のできない料理通というのもめずらしい。

「よし、さっさと行くぞ」

 そして二人は、厨房へと足を運ぶのだった。

 

 ちょうどその頃。

 屋敷に帰るため、森の中を歩いていたヴィランツに、ちょっとした事件が起こっていた。

「……なんのようだ、おまえら?」

 彼は足を止め、上を見る。

 人影は見えなかったが、木々が少しだけ騒めいた。

「追剥ぎならやめときな。悪いこたぁいわねえ、俺には逆らわねえ方が長生きできるぜ」 ヴィランツが察知している気配は三つ。それでも彼は、悠然と言い放つ。

「さっさと帰れ」

 しかし帰るどころか、気配の一つが地面に降り立ち、ヴィランツの前に姿を現した。

 まだ若い男だ。黒装束にその身を包んでいる。

「……聞きたいことがあるだけだ、危害を加えるつもりはない」

 そういって、男は武器類を静かに足元に置いた。敵意のないことの証明だろう。

「だったら、他のお二人さんにも同じことをしてもらいたいもんだな。後ろから狙われたら、たまったもんじゃんねえ」

 ヴィランツのその言葉に、男は小さく頷くと、ぱちんと指をならした。その合図で、同じく黒装束を着込んだ二人の男がおりてくる。彼らもまた武器を手放し、最初におりてきたリーダーであるらしい男の後に従った。

 三人とも、黒髪、黒い瞳……加えて、東方を思わせる黒装束。

 間違いなく羅那国の人間だろうとヴィランツは判断し、そしてその用件も察したが、何食わぬ顔で問い掛ける。

「で、なんのようだ?」

 男は、ゆっくりと口を開いた。

「貴殿を大魔道師ヴィランツとお見受けしたうえで、聞きたいことがある」

「……まあ、調べはついてるみたいだな。一応、その通りだ。それで?」

「弟子をとったとの噂を聞いた。それは、本当か?」

 ヴィランツは笑った。

「どこの誰か知らねえが、それはどっから仕入れた噂だ? オレは弟子なんてもんはとらない主義でね。シェフひとりと、手伝い二人を雇っているが、それだけだ。家に専属のシェフがいるってのはいいもんだぞ。好きなもんが好きなときに食える」

「…………」

 無表情のまま、男は黙り、やがてもう一度問い掛けた。

「……それは、男か?」

「おいおい、冗談じゃねえよ。オレには、男の作った料理を毎日食べる趣味はないぜ」

 食べてるけどな、と、心のなかで付け加える。

「……わかった。最後に、もうひとつ聞く」

「まだあるのかよ……」

 うんざりとした様子を装って、ヴィランツが毒づく。しかし男はまったくかまわずに、続けた。

「この辺りに、羅那国の人間は多く住んでいるか?」

 ヴィランツは、露骨に顔をしかめた。

「あのなあ……森のなかはともかくとして、ここは、レクリアだぜ? レクリアの町といえば、この大陸の中心の街だろう。住んでるかどうかはしらないが、そこらじゅうの国からこの町に人がやってくる。そういうところなんだよ。羅那国の人間だって、ごろごろしてるに決まってんだろ」

 男は応えない。

 後ろの二人といえば、完全に最初の男に主導権を譲っているのか、動く気配すらない。「いいだろう」

 しばらくして、男はそうとだけ呟いた。

「さて、もういいのか? だったら、オレは行かせてもらうぜ」

「ああ、かまわない。……邪魔したな、礼をいおう」

 そして三人はそれぞれの武器をつかむと、高く跳躍し、再び木々のなかに消えていった。

 その気配が完全に遠くなってから、ヴィランツは小さく息を吐く。

「どうやら、やっかいなことになってきやがったな……」

 しかし彼はそれが他人事であるがゆえに、さもおもしろそうに微笑した。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ