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再会


「……ひとからいわれると、やっぱり応えるな」

 少しおどけたように肩をすくめ、レオンは呟いた。

 キールは、ずっと仏頂面で黙りこくっていて、やはりこたえない。

 二人は、セリエが部屋を飛びだしていったときのまま、半ば放心したように部屋の床に座り込んでいた。

「俺たちのやってきたことは、間違ってると思うか?」

 キールは、答える代わりにゆっくりと振り返ると、無言のままレオンをにらみ付けた。「そうだよなぁ」

 レオンは苦笑した。

「いくら自分勝手だっていわれても、俺たちは、あいつなしじゃやってけないもんな」

 それが露祇であろうとも。

 それが、エイスであろうとも。

 心の支えがなくては、生きてはいけない。

 そういう部分で、彼らは、どうしようもなく未熟だった。

「……俺は、エイスを、露祇として見てたわけじゃない」

 やがて、ひどく低い声で、キールはいった。

「あいつと露祇は全然違う。外見なんて、たいした問題じゃない。それは、兄貴だって、そうだろう?」

「もちろん」

 長男は笑った。

「何だ、じゃあ、答えなんて最初っから分かり切ってたんじゃないか」

 それは簡単なことだった。

「いくら、自分勝手だっていわれてもな」

 自嘲気味に、笑う。

 小難しいことはどうでもいい。

 エイスも、露祇も、二人ともかけがえのない弟なのだから。


   *


 町の噴水に腰を降ろし、セリエは両手で頬杖をつくと、何度目かのため息を洩らした。「あーあ……」

 情けない声がでる。どうして、よく考えもせずに怒鳴るだけ怒鳴って出てきてしまったのだろう。部屋を出る直前に見たレオンとキールの表情が思い出され、また嘆息する。

 胸の中を、重苦しい罪悪感が広がった。

「……傷ついたかしら。傷ついたわよね、やっぱり」

 レオンやキールだって、いわれるまでもなく、わかっているに決まっている。自分たちが、エイスを『騙している』ことぐらい。わかっていて、そのことで、随分と苦しんできたに違いないのに。

 七年間も。

「……あーっ、もう、馬鹿だわほんとに!」 

 ぐしゃぐしゃと頭をかき回し、セリエは立ち上がった。

 いつまでも、こんなところでくよくよしていても仕方がない。

「ちゃんと、謝らなくっちゃ!」

 そう、気合いを込める思いで、自分にいい聞かせたときだった。

「ここを真っすぐ……え? 右ですか?」

 発音の少し違う、甲高い声が飛び込んできて、セリエはそちらの方に目をやった。

 店の前を掃除していたらしい中年の女性と、

長い黒髪をいくつにも分けて束ねている少女が、何やら話している。

「違う違う……だからね、ここをまず左に曲がるの、それから真っすぐ行って、二本目を右に曲がって……お嬢ちゃん、地図でも描いてあげようか?」

「あ、んと、地図はもってるんですけど」

 どうやら、どこかへ行く道を教えているようだ。セリエは、ジャスティスの人間として、

少し気になり、近寄ってみる。

「あの、何かお困りですか?」

 声をかけると、二人は一斉にこちらを見た。

道を聞いていた少女の方は、どうやら東方の人間のようだが、水色のワンピースを着ている。旅人というには、あまりにも軽装だった。

「まあ、ちょうどいいじゃないの。この子ね、

ジャスティスへの行き方を教えてくれっていうんだけど……」

「ジャスティス? じゃあ、ちょうど戻るところだし、一緒にくる?」

 少女は、眉をひそめた。

「す、すみません、もう一度……」

 どうやら、聞き取れなかったらしい。

「あたしね、ジャスティスの人間なの。ちょうどこれから戻るところだから、一緒に行きましょう?」

 少女は、驚いて目を見張った。それは、完璧な羅那国語だったからだ。

「お、お願いします……」

 そういって頭を下げた少女の横で、じゃあ気をつけてね、と、ほうきを持った女性は軽く会釈し、店のなかに入っていく。

 少女は、顔をあげ、セリエの目を真っすぐに見た。

「あの、人を探してるんですけど、ジャスティスに行って聞けばいいっていわれたので。人探しを、してくださるんですか?」

 セリエが羅那国語を話せると知っても、大陸語で、少女はいった。

「人探し? この町に、住んでる人?」

「えーっと、それはちょっと、わからないんですけど……多分、この町にいるんじゃないかって人です。羅那国の人で……紫雷シライと、焔俐エンリと、露祇ロギっていう三人なんですけど」

「……?」

 かすかに、セリエは警戒した。この少女が追っ手とは考えにくいが、レオンたちは羅那の人間に追われているという事実がある。 

「とにかく、ジャスティスの施設に来て。何かわかるかもしれないし」

「はい、よろしくお願いします」

 その表情が誰かに似ている気がして、セリエはもう一度、少女を見た。

 レオンに似ている、気がする。しかし、ひょっとしたら、東方の人種はみんなこういう顔立ちなのかもしれないとも思う。

「じゃあ、行きましょう。ええと……、名前は?」

 少女は、一瞬躊躇したようだった。

「恵芳、です」

「ケイホウ?」

 聞いたことがある。

「ちょっと待って……」

 セリエは、今度は両手で少女の細い肩をつかみ、少し屈むと、真っ正面からその顔を見据えた。

 似ているはずだ。

「……妹?」

「にいさまたちを、知ってるんですかっ?」

 恵芳は、目を輝かせた。


 セリエがレオンやキールたちの古い知り合いだと知ると、恵芳はぺらぺらと自分の身の上を話した。それが一通り終わったかと思うと、今度はとりとめなく質問を繰り出す。

 ジャスティスの施設への道中は、決して長いものではなかったが、会話をしながらのろのろと歩くので、まだ二人は施設に辿り着いていなかった。

「それで、にいさまたちはどんなふうなんですか? もう、七年も逢っていないんです。みんな、病気で死んだっていうんだもん。あ、もちろん、そんなこと信じてなかったけど。

やっぱり、紫雷にいさまはおもしろい? 焔俐にいさまは無口で、悪戯好き? 露祇は、まだにいさまたちにからかわれてるの?」 

 一気にたたみかけられ、セリエは何から答えたものかと、少し空を仰ぐ。この子のこのパワーは、どこからきているのだろう。

「えっとね……あなたのお兄ちゃんたちにも、いろいろあってね、ちょっと今、ややこしいことになってるのよ。そっちも、何か、大変みたいだけど」

 なるべくやんわりと、セリエは告げた。

「だから、感動の再会とか、そういうわけにはいかないかもよ?」

「どうして? だいじょうぶだいじょうぶ、いくら大変でも関係ないよ。わたしがにいさまたちに逢えて嬉しいって気持ちは、変わらないもん。きっと、にいさまたちも、喜んでくれますよね?」

 その表情は笑顔だったが、ただ考えなしに喜んでいるわけではないと、セリエにもわかった。

 喜ぶときは喜ぶ。考えるときは考える。どうやら、そういう性分のようだ。

 顔だけでなく、性格もレオンに似ているらしい。

「そうね……まあ、逢ってみることね。ロギは、いないけど」

「いない?」

 どうしてですか、と聞こうとして、恵芳の表情が強ばった。

 七年前の過去を垣間見たときに、幼い兄はいったのだ。露祇はもう死にそうだと。

「あの……」

 意を決したように、セリエを見上げる。

「露祇は、無事ですよね?」

 セリエは答えずに、あいまいな笑みを返した。


「……入るわよ?」

 軽くノックをし、返事が聞こえる前に、セリエはかちゃりと扉を開けた。

 これからどうしたものかと話し合っていたレオンとキールは、そちらを見る。そこでは、

少し罰が悪そうに、セリエが立っていた。 

「あの……さっきはごめん。考えなしに飛び出したりして」

 とりあえず謝る。今いわなくては、機会を失ってしまう気がしたのだ。

「謝ることないって」

 大体予想していた反応だったが、レオンは微笑み、その隣でキールはそっぽを向いた。「セリエが納得いかないのももっともだし、俺たちもやってることが全部正しいなんて思ってないし。だからあそこで納得されるよりは、自然の反応だろ?」

「そういうことだ。どういうつもりかは知らないが、しおらしいセリは気持ち悪い」

「……。いってくれるわね」

 セリエは、挑発的な笑みを浮かべた。

「最高の届けものを用意したんだけど? そんなこというならあわせてあげないわよ、キール君」

「届けもの?」

「なにそれ?」

 キールとレオンが、ほぼ同時に声をあげる。

その声に応えるかのように、扉から、黒髪の少女が飛び出した。

「にいさま!」

 ダッと走りこみ、そのままレオンに抱きつく。二人は、一瞬言葉を失い、それからしがみついている少女を剥がすと、思わず叫んだ。

「け……恵芳なのか?」

「恵芳だよ! 驚いた?」

「驚くもなにも……」

 言葉を失うレオンの横で、キールは信じられないといった面持ちでしばらく絶句していたが、まじまじと恵芳を見つめた。

「あ、兄貴にそっくりに成長したな……」

「焔俐にいさま、小さいころのままね! 嬉しい、なんかもう、すごく嬉しい!」

 叫んで、今度はキールに抱きつく。

「ちょ、ちょっと落ち着け、恵芳。なんでおまえが、こんなところにいるわけ? もしかして、羅那の奴らはみんな、俺たちが生きてるってこと知ってる、とか?」

「ううん、違うわ。そう、これにはすっごく深い事情があるの」

 たいして深い事情でもなさそうに、恵芳はいった。

「わたし、流晶に、転移の術でここに送られたの。ひょっとしたら、お母さまにかもしれないけど。にいさまたちを連れてきてほしいっていわれたわ」

 そういうことか、と、二人は理解する。流晶は、羅那国への案内役をよこしたというわけだ。

「ルショウって、エイスくんをさらった子でしょう? なんでもう羅那国にいるのよ?」「転移の術だよ」

 釈然としない様子で、口を挟んだセリエに、レオンは至極端的に答えた。

「どんなに離れてても、一瞬で移動できる術があるんだ。あの女にしか、使えない術だけどな。流晶と行動をともにしてるんだとしたら、それしかない」

「何? 流晶、やっぱりこっちにきてたの?何日か行方不明だったんだよ、あの子」

 そういって、何かを話しはじめようとして、恵芳はきょろきょろと辺りを見回した。ひどく、簡素な部屋だ。どう見ても、この部屋には自分たちしかいない。

「ねえ、詳しい話をしたいんだけど……露祇は、どこにいるの?」

 三人は、顔を見合わせた。

「な、なあに? いないの?」

 不安そうに、もう一度恵芳が問い掛けてくる。

 セリエは、横目でレオンを見た。

「……あたしにしたのと同じ説明、してあげたら? どうせいつかは、話さなくちゃいけないでしょう?」

 レオンは、小さくため息をもらし、そして恵芳にこれまでの経緯を話した。


 三兄弟が、母親に海から突き落とされたこと。レクリアのスラムで、生活したこと。露祇が、死んでしまったこと。ヴィランツのもとで暮らしたこと、そしてエイスのこと……それから、黒装束の男たちのことや、流晶が現われてエイスをさらったことなどを聞き終えて、恵芳はひどく悲しそうに兄達を見た。

「……それは、本当に、つらい思いをしたのね」

 それだけの言葉だったが、そこからは深い悲しみの思いと、静かな怒りが感じられた。 この妹が、本当に自分たちのことを気遣ってくれているのだとわかり、レオンやキールは何ともいえない表情を浮かべる。

「今度は、そっちの話を聞かせてほしいな。この七年間と、それから今、何が起こってるのか」

 恵芳は、レオンの言葉に頷き、ゆっくりと口を開く。

「七年前の、あの日ね。わたしたちは、にいさまたちと露祇は流行り病で亡くなったのだと聞いたの。でも、盛大にお葬式はやったのに、顔も見せてもらえなかったから、わたしも流晶も、最初っから疑ってた。絶対、死んでなんかいないって。ちょうどその後ぐらいかな、お母さまがわたしの前にあんまり姿を見せなくなって、わたしはお城のいちばん端っこの部屋に移されたわ。三人の従者がわたしのもとに残っただけで、後は、外に出ることもめったに許されなかった」

 軽く目を閉じ、恵芳は、何かを思い出すかのように続けた。

「流晶はね、どんどんおかしくなってっちゃったの。お母さまが流晶につきっきりで、いろんな先生を雇って、武術、剣術、魔法ももちろんだけど、いろんな知識を教えこんでるみたいだった。蘭は一瞬だって流晶と離れようとはしなかったけど、昔は、よく流晶を連れてこっそりお勉強を抜け出して、わたしと一緒に遊んだわ、三人で。でもそれも、ちょっとずつ少なくなっていって、お母さまもどんどん変になっちゃったの。国民のことなんか考えないで、政なんかそっちのけで、ただ大天海神さまを讃える祭りだけは絶対に欠かさずに、後はだいたい流晶の教育。流晶は、思い詰めた感じで、皇にならなくちゃってそればっかりいうのよ。最近なんて……」

 彼女は、両手で自分自身を抱き締めた。その腕に鳥肌がたっているのが、自分でもはっきりとわかる。

「まるで、流晶じゃないみたい。何かに、取りつかれてるみたい。急に行方不明になって。

……あ、焔俐にいさまが− キールにいさまの方がいいのかな? − 会ったっていう黒装束の男の人たちだけど、それはわたしがお願いしたの。お母さまも、流晶も、どこか変だし、わたしは皇にはなれないし、にいさまたちが生きているならなんとかなるんじゃないかと思ったから。でも、思いっきり警戒されたみたいだね」

「そりゃあな」

 キールは、ため息混じりに呟いた。

「露骨に怪しかったからな」

「ご、ごめんね、ちゃんといわなくちゃいけなかったのに」

 だが、たとえ恵芳からの使者だということを明かして、そのうえで羅那国にきてくれといったところで、おそらく彼らは応じなかっただろう。

「それで、行方不明になってた流晶が、突然帰ってきたかと思ったら、皇になるための準備を手伝ってほしいからにいさまたちを連れてきてくれっていわれて、いきなりここに転移。ああ、ちょっと過去に迷いこんじゃったけど。そんなわけで、今こうして、無事ににいさまたちに逢えてるってこと」

 一気に話し終えて、恵芳は満足気に三人の顔を順に見た。みんな、思い思いに、何かを考えている様子だ。

「でも……」

 その表情が、突然、曇った。

「流晶が、そのエイスくんをさらったなんていう話は、知らなかった。どういうつもりなんだろう」

 そして、もう死んだことになっている長男や次男を羅那に連れてこさせて何をするつもりなのか。まったくわからなかったが、それは多分、良からぬことなのだろう。人質をとって、脅迫まがいのことをするなどと、尋常ではない。

「ま、行ってみるしかないな」

 意外に明るく、長男はそういった。

「とにかく、向こうにエイスがいるかぎり、一刻も早くいかなくちゃな。向こうがどんなつもりだろうと、そんなことは関係ないさ」

「そういうことだ」

 キールも、深く頷く。

「あなたがいってた、あたしに協力を頼みたいっていうのは?」

 セリエにそう問われ、レオンは、ああ、と自分の言葉を思い出す。

「この大陸内のことはまったくわからないからさ。港までの案内を頼もうと思ったんだけど」

「なんだ、そんなこと」

 少しつまらなそうに呟いて、それからセリエは立ち上がった。

「簡単よ。最高の馬車を、用意するわ」



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