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魔法修行の三兄弟



 それは、遠いあの日。



「ごめんなさいね」

 彼らの母親は、ひどく哀しげに、そんな言葉を口にした。

「これは、仕方のないことなの」

 おぞましい言葉は、さらに紡がれる。

「あなたたちは、生きていてはいけないの」


 息子たちはただじっと、母親を見ていた。 

 ひとを愛したことのない母親を、ただじっと。

 見つめていた。



  あなたたちは、母さんが、殺してあげるからね



 そして母親はその手で、息子たちを海へと突き落とした。





 流行り病による死亡。

 三人の若き皇子の死は、そう報された。






*****






 のどかな風が、吹いていた。

 今日も川が流れ、小鳥がさえずる。ずっとずっと昔から繰り返されてきた日常が、心地よい。

 少年は、森のなかに立っていた。

 まだ十代半ばの、幼さの残るその顔に笑顔を浮かべて、空を見上げる。

 いい天気だ。

「お早よう」

 バンダナの下からとびだした長い三編みを揺らしながら、彼はいった。

「今日はいい日だね」

 その通りだとでもいうかのように、小鳥が鳴く。

 それだけで、少年は満足だった。

 彼にはわかっている。

 今日はきっと、素晴らしいことがある。

「さ、もどらなきゃ」

 彼は、兄から頼まれたラーグ草を握り直すと、走りだした。


「遅いな、エイスのやつ」

 リビングの椅子に腰をかけ、だらしなく頬杖をついた体制で、青年はぼやいた。

 目の前にある汚れていない皿を眺め、ため息をもらす。

「にいちゃんは空腹で死んでしまいそうだ」

「何をいってるんだ、みっともない」

 その隣で、目付きの鋭い青年が、先程からぼやいてばかりの兄をにらみつける。

「兄貴は全然働いていないだろう。エイスや俺にだけものをやらせておいて、さらに愚痴までもらす気か?」

「げ、俺だって今日まき割りやったぞ。いつもいつもさぼってるわけじゃないんだぞ、キール」

 キールと呼ばれた青年は、長い前髪の下から兄を見上げ、笑った。

 嘲笑だ。

「いつもはさぼっているからそういう台詞がでるんだろう、愚か者。まき割りぐらい、猿にもできる」

「あ、にいちゃんにむかって愚か者といったな! 愚か者っていう方が愚か者なんだからな!」

「いってろ」

「……っ!」

 不毛な争いだ。

 黒い髪を長くのばした女顔の長男──レオンは、どうやら完全に拗ねてしまったようだった。頬を膨らませて、くたりと顔をテーブルにのせる。

「……腹へった」

 どうやら、拗ねたわけではないらしい。

 キールは、大きく嘆息した。

「エイスはそろそろ帰ってくるだろうが……師匠は、昨日のうちに帰ってくるんじゃなかったのか?」

「師匠?」

 レオンは、ああ、と頷いた。

「師匠だったら……」

「ただいま!」

 突然、扉が開けられ、ぱたぱたと三男であるエイスが駆け込んできた。

 満面の笑顔で、たったいま採ってきたばかりのラーグ草を兄に手渡す。

「はい、ラーグ草。ごめんね、遅くなって」

「お帰り、エイス。こっちこそごめんなー、にいちゃんのわがままで採りにいかせて」

 まったくだともらしながら、キールがレオンを睨むが、エイスは少しも気にしていない様子で、もう一度笑った。

「ううん。やっぱり、ディンディンの照り焼きには、ラーグ草がなくっちゃね」

 いいながら、出かける前に作っておいた、本日の朝食であるディンディンの照り焼きに視線を移す。少し冷めてしまっただろうが、それぐらいがちょうどいいだろう。

「そうだよな、偉いぞエイス! おまえはもう立派な料理人だ!」

 無責任にも、レオンが拍手をしながら褒めたたえるが、そもそもこの家の中でエイスの他に料理をする人間がひとりもいないので、こういう事態になってしまっているというだけのことだ。

 例えばエイスが三日間この家を空けたとすれば、残された兄たちは三日間木の実あたりを食べて過ごすのだろう。

「いま切るから待ってて……あ、キールにいちゃん、机の上のお皿とってくれる?」

「ああ」

 キールから三枚の皿を手渡され、エイスは一瞬考えてしまった。

「……お師匠さまは、まだ帰ってないんだっけ。あれ? でも確か昨日帰るって……」

「……兄貴」

 キールから睨まれ、レオンはぽんっと手を打った。先ほどいおうとして、うやむやになったままであったのを、忘れていたのだ。

「そうそうそう、そうだった。師匠だったら、街で何日か遊んでから帰るかもしれないとかいってたから、気にしなくていいぞ」

「賭博か」

「せめてギャンブルっていえよ、キール」

「同じだ」

 憮然とつぶやきながら、キールはエイスから渡されるメインディッシュの乗った皿をもくもくと運ぶ。

 それを眺め、レオンは嘆いた。

「あーあ、かわいそうな師匠。他の人よりもちょっとだけ酒飲みで、ちょっとだけギャンブル好きなだけなのに。弟子に見放されちゃあな」

「でも、ぎゃんぶるって、そんなに楽しいのかなあ」

 しまった……レオンもキールも、弟のつぶやきを聞いた瞬間、ギャンブルについて会話したことをひどく後悔した。

 皿におかずをつぎおわり、特製のお茶をコップに注ぎながら、エイスは続ける。

「お師匠さまに聞いたんだ。ぎゃんぶるって、頭のいい人だったら、やっているだけですごく幸せになれるんでしょう?」

 どうやら、この世間知らずの三男は、師匠の言葉をそのまま鵜呑みにしているようだ。「ほかにも、いろんなこと聞いたよ。街には、なんでもあるんだってね。行ってみたいなあ……」

 レオンとキールは、夢見るエイスを眺め、ひそかに師匠に対して怒りの炎を燃やす。このいたいけな少年に、一体何を吹き込んだというのだ、あのすちゃらか師匠は。

「まあ、とにかく食おう。俺、もう腹へってどうにかなっちまう」

 長男のその言葉で、朝食は始まったのだった。


 ディンディンの照り焼き。

 三兄弟の師匠であるヴィランツが、街に行くたびに購入してくるディンディンを、こってりソースで調理したものである。

 味は──最高に、美味。

「ああ、朝っぱらから豪華なもの食っちまった……」

 つぶやき、レオンは満ち足りた表情で食後の紅茶をすすった。こってり料理の後だったので、エイスがちゃんと考えて、さわやかフルーツ風味にした紅茶だ。

 何ともいいようのないおいしさである。

「いいのかなあ、俺ってばこんなに幸せで」

「いいわけがないな」

 かちゃりと扉を開け、ノックもせずに兄の部屋に入ってきたキールは、憮然と言い放った。

 更に断りもなく椅子に腰掛ける。

「……。なんだよ」

 食後のティータイムを窓辺でロマンチックに過ごしていたレオンは、拗ねたようにキールを睨む。

 キールは、無言でレオンの手からカップをもぎ取り、一気にそれを飲み干した。

「いいか、よく聞け。考えながら答えろ」

 真っすぐ兄の目を見て、喧嘩腰に問う。

「エイスは、いま何歳だ?」

「……?」

 レオンは、怪訝そうに眉を寄せた。

「どうしたんだよ、十四だろ?」

「……考えながら答えろといっただろう、それがどういう意味かわかってるのか?」

「……は?」

 いきなりどうしたんだこいつは、という目で見られ、キールは少しいい方を変えることにした。

「いまエイスは、魔法の練習をしている」

 ふむふむと、レオンが頷く。大魔導師ヴィランツの家で暮らしている以上は、師匠の課題をこつこつとこなしていくのは当然のことだ。

「で?」

 キールのいいたいことは実はわかっていたが、レオンは先を促した。

「それがどうした?」

「……師匠は、七年といった」

 レオンは笑った。

「ちゃんと覚えてるぞ、俺も」

「へらへらするな! エイスをこのままにしておいていいと思ってるのかっ? ちゃんと考えてるんだろうな、馬鹿兄貴!」

 いつもは冷静沈着を装っている弟に馬鹿兄貴とまでいわれ、レオンは少し傷ついた。

「……考えては、いる」

「じゃあ説明してもらおうか。納得のいくように、しっかりと!」

「……キール」

「なんだっ?」

「エイスには、魔法のセンスがまるでない」

「わかってる!」

「何だ、わかってるんじゃないか」

「……っ!」

 何かを叫ぼうとして──キールはむりやり自制すると、肩で荒々しく息を吐き、椅子に座り直した。

 ここで怒っては、駄目だ。完全に兄のペースにはまってしまう。

「……魔法の素質が皆無というのが、逆に不安材料だ。そう思わないか?」

「っていわれてもさー」

 レオンは、キールに飲み干されてしまった紅茶のティーカップを悲しげに見つめ、続けた。

「こういう山奥に閉じこめておくのも、そろそろ無理があるんじゃないかなって思ってるのが現状なんだ」

 少しの、沈黙。

 キールは、レオンの台詞を充分に吟味して、声を発した。

「それは……一度、帰るということか?」

「いんや、そうじゃなくて」

 しかし、即座に否定の言葉が返される。

「どっちにしろ、もう七年目だろ? どうなるか分からないあやふやな状況なら、ここにいたって町にでたって──それこそ、あそこに行ってもだ──たいした違いはないんじゃないかな、と、にいちゃんはそのように思っているわけだ」

 芝居がかった調子でいい、肩をすくめる。

「……その考え方は、自暴自棄にもとれる」

「しょうがないよ」

 憮然と睨んでくるキールの目を気にもせず、レオンは笑った。少しだけ、悲しげな笑みだ。

「最初から、俺が独断で決めていいことじゃないんだ」

 キールは応えない。

 彼の兄であるレオンやキールにも、そしてもちろん、師匠であるヴィランツにも……それは、決定できることではなかったのだ。

 最初から。

「後悔しているのか?」

 そう問い掛けてくるキールに、今度こそ完全な笑顔を、レオンは向けた。

「まさか」

 そして彼は、エイスの課題の進み具合でも見てこようかなと呟き、席を立った。


 大魔道師ヴィランツの屋敷は、世俗から隔離された森の奥に存在する。

 とはいっても、普通の大人の足で町まで三十分程度なのだが、ヴィランツが普通の人間には屋敷そのものに近付けないように細工を施したのだ。

「……あーあ、わかんないよ」

 その隔離された空間で、エイスは大木を目の前にし、がっくりとうなだれていた。

 手には、ヴィランツ師匠から渡された、課題の書いてある紙が握られている。

 今回の課題は、火を使わずに木を燃やすこと、であった。

 火を出すことは、何度も何度も練習したので、辛うじてできるようになっている。だからエイスにも、ただ木を燃やせという課題なら、できる自信はあった。

 しかし、火を使ってはいけないとなると、話は別だ。

「……だって、燃えるっていうのは、火で燃えるんだから、火がなかったら燃えないし」 ぶつぶつと自分でいっている間にも、何が何だか分からなくなる。

『火』というものなくして『燃える』というのは、そもそも矛盾ではないのだろうか。

「わかんないよう……」

 大きく、ため息がもれた。こんなことでは、自分だけ兄たちからとり残されていくばかりだ。

 しばらく、そのまま大木とにらめっこしていたエイスだったが、やがて何かを燃やしてみようと思い立った。

 ただ動かずに考えているよりは、何かをしたほうがましだと思ったのだ。

 一度屋敷に戻り、薪を持ち出すと、また大木の真前に戻ってくる。

 薪を地面に置き……エイスもまた座り込むと、じっと薪を見つめた。

 火のイメージ。

 燃えている薪。

 燃えろ。

 燃えろ。

 燃えろ──

「……う」

 エイスはうめいた。

 まったく燃えないのである。

「やっぱり、素質ないのかなあ……」

 師匠には、イメージが直結していないのだといわれたことがあるが、そういわれても、一体どうしたらいいものか分からない。

 本来なら簡単にできるはずの、ただ燃やすという現象を成功させることさえできず、エイスはかなり自信を喪失した。

「普通にやっても燃えないのに、火を使わずに燃やすなんて……」

 力が抜けたように、地面に寝転がる。

 燃やそうと思うからいけないのだろうか。あくまで自然現象として扱うことが、大事なのかもしれない。

「薪が燃える……」

 エイスは薪を手に取り、見つめた。

 どこから火がつくのだろう?

 どういうふうに燃えるだろう? 

 燃えた後はどうなるのだろう?

 そう、きっと、こんなふうに……

「あっ」

 エイスは声をあげ、あわてて薪から手を離した。

 いつのまにか、薪が静かに燃えはじめているのだ。

「燃えてる……」

 何か、体の奥の方から、沸き上がってくるのを感じた。

「燃えてる!」

 課題の達成ではないものの、エイスにとって魔法の成功というのは純粋にうれしいものだった。

 いま、自分が、なにもないところから火をつけた──その事実が、神々しい光を放ってエイスのものになっている。

 たしかに自分はいま、魔法を成功させたのだ。

「よおし……!」

 エイスは立ち上がると、大木と対峙した。

 薪は、燃えると炭になる。ということはつまり、木が炭になれば、それは燃えた結果ということだ。

「この木が炭になる……内側から火を見せずに燃えて、じわじわと炭に化わってく……火を使わないでも、木は燃えることができるんだ……強い、強い熱……」

 呪文のようにぶつぶつと、イメージを完成させていく。

 真っ黒の塊に変化する大木。燃えずに燃えていく大木──

 それから、エイスが課題を成功させるまでには、たいした時間を要しなかった。


 レオンは、気配を消して、エイスが課題を成功させていく課程を見ていた。

 今回、エイスに課せられたのは、現段階では成功させることができないはずのものだった──レオンとヴィランツとで話し合い、わざとそういう課題をだしたのだ。

 それを、エイスは成功させてしまった。

「……七年か」

 このままにしておいていいと思ってるのか、と、激しく詰め寄ったキールの言葉が、脳裏によみがえる。

 いいはずがない。いいはずがないのだ。

 しかし……だからといって、自分に何ができるというのだろう?

 レオンは嘆息した。

 もしかしたらもう、決断のときは近付いてきているのかもしれなかった。



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