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反逆のナンバーズ  作者: るなふぃあ
第二章
6/6

怪物退治

 研究員の男は何かを知っている。あの様子から察するにそれは確かなことだ。

 アレら、と言っていたことから綾乃以外にも研究対象になっている人間がいる可能性は非常に高い。

 先ほどの会話で気になる点が他にあるとすれば、人間であって人間ではないという言葉。

 一体どういう意味なのか。

 綾乃があの場から姿を消したこと。それも関係しているのかもしれない。

「どちらにせよ、捕まえて問い詰める必要があるか」

 男が逃げた方向は把握済み。

 下へ向かった。

 そう。上ではなく、下へ向かったのだ。

 本来であれば、非力とはいえ被害者たちが向かった上の階へ行くべきである。

 集団行動における安心感。

 人間の心理というものは、恐怖の対象に出会った時、一人でいるよりも多くの人間に囲まれている方が安心するものだ。

「もし、俺の予想が正しければ」

 ポケットにしまっていた地図を開く。見落としがちではあるが、この地図にはおかしな点が一つだけある。

 地下へ続く階段。

 そう。地下施設など記されていないのに、屋内にある階段のひとつが一階から下へ少しだけ伸びているのだ。それがただの印刷ミスという可能性もあり得なくはないが、男は下へ向かった。調べてみる価値はある。

 階段を用いて下へ降り続けていると、幸運なことに男の後ろ姿を捉えた。

「どこまで逃げるつもりだ」

「く、くるなあああ!」

 敢えて追いつきはしない。男と同じスピードで駆け下り、逃亡を続けさせる。

 五階付近に差し掛かったあたりで降りる速度を緩める。そして下の階へ向けて、

「くそう、どこへ行った!?」

 ひとまずはこれでいいだろう。

 足を止めて気配を消し、数分ほどその場で待つ。

 敢えて男に逃亡させたことに意味はある。一時的に姿を消すことで心に余裕を持たせ、誰も知らないような自分の身を隠せる場所へ逃げ込ませるためだ。

 そろそろいい頃合いだろう。俺は足音を消しながら階段を下り始める。

「ビンゴ」

 思わず口元が緩んだ。一階へ辿り着くと、地下への階段が存在したのだ。どうやらあれは印刷ミスなどではなかったらしい。

 引き続き気配を殺して階段を下りていく。

 下りきった先は行き止まりだった。高さが三メートルに満たない四角い空間があるだけ。

 壁に耳を押し当て様子を伺う。

 ただ単に何もないだけなのか、それとも防音施設が整っているのか。

 おそらく後者だろう。

 五十階建ての大きなビルだ。迷った一般人がこの場へ訪れ、秘密を知ってしまう可能性は否めない。

 人の視線が集まらないとすれば、ここか。

 腕を伸ばし、天井に触れる。薄暗いせいで誰も気づかないだろうが、あった。

 天井の角に当たる部分が押し込めるようになっていた。

 よほど警戒して作られたのだろう。天井の一部を押し込むと音もなく目の前に扉が形成され、自動で開いた。

 パスワードがない理由は、非人道的な手段を用いて秘密を守るためか。

 扉を潜って薄暗い空間を抜ける。そして横幅五メートル程度の何も置かれていない通路を歩んでいく。

 フィクションであれば、きっとこの先には人などの生き物が入った巨大カプセルが多数設置されているのだろうが、

「ボルボルボルボルボルゥゥゥ」

 やれやれ、異世界に紛れ込んだ記憶はないのだが。

 そう。意外な光景が待っていたのだ。

 開けた場所に出て最初に目にしたものは、巨大な怪物。

 全長は三メートルを超えており、二足歩行。フィクションに出てくるゾンビを想像する顔で、白い布切れのようなものを身に纏い、手や腕は尋常ではない筋肉で盛り上がっている。

 コンクリートでできた床に視線を移すと、先ほど泳がせていた男のものと思しき白衣が落ちていた。

「お前が、食べたのか?」

 会話が成り立つかどうか試してみる。

「ボルボルボルゥゥ」

「美味かったか?」

「ボルボルボルゥゥ」

 両腕を振り上げ巨体を揺らす怪物。

 こちらの言葉を理解しているかどうかは定かではないが、少なくとも向こうが言おうとしていることはわからない。

「せっかく綾乃に関する情報を得られる奴を見つけたというのに、消されてしまっては意味がない」

「ボルボルボルゥゥ」

「代わりにお前が教えてくれるのか?」

「ボルボルボルゥゥ」

「……漫才をするつもりはないのだが」

 会話が成り立たないことは証明された。おそらくこの怪物は似たような雄叫びを上げることしかできないのだろう。

 さて、どうするべきか。

 もしコレが理性を持たず、本能に従った行動を取るのであれば、この身が危険にさらされることは言うまでもない。

 おそらく今は空腹が満たされていることで襲ってこないのだろうが、

「あら、セカンド」

 やはりイレギュラーは存在するらしい。

 聞き覚えのある声。

 そう。横から現れた者は鬼。

「こんなところで出会うなんて奇遇ね。どうやってわたくしの手錠を破壊したのよ?」

 いや、戦闘姫のようだ。

「企業秘密だ。それよりもどうしてアンタがここにいる」

「それはこっちの台詞よ。わたくしは犯罪者の後を追ってここへ来たの。ここが何なのか、知っているわよね?」

「知らない」

「嘘。あなたは犯罪者の一人を逃がした。ここについて知っていてもおかしくないわ」

「そう考えるのが普通だろう。だが、相手は俺だ」

「まさかあなた……そう、腹の立つ人ね」

 嘆息する戦闘姫。彼女が利口で助かった。襲ってくる気配を感じられない。

 それにどうやらここは、彼女さえも知らない場所らしい。

「未知な環境では情報が一番重要だ。あとどれくらい怪物がいるか知っているか?」

「待って。あなたが出せる情報はあるの?」

「こいつらは雄叫びを上げることしかできない。当然、会話は成り立たない。しかし、質問に対しての受け答えの間が適切だったことから、もしかしたら人語を理解しているのかもしれない。ということだけだ」

「本当に変わった人ね。わたくしが素直に情報を与えると思う?」

「与えるしかないだろう。強さを計り知れない怪物が目の前にいる。そんな状況で唯一仲間になるかもしれない存在をわざわざ敵に回す理由がない」

「……あなたを口で撒かせようと考えた私が愚かだったわ。少なくともわたくしが遭遇した数は三。冷気で自分の匂いを消して逃げてきた」

「冷気? なるほど、いい勉強になる」

 よく見ると、戦闘姫を覆うようにして薄い膜が展開されていた。

「においに反応するのか?」

「ええ、それと音。おそらく目が見えていないのでしょうね、気配を感じ取ることに優れているわ」

「力はどれくらいだ」

「見た目通り。触れられたら終わりの鬼ごっこ」

「生還できないゲームは好みじゃない」

「奇遇ね。わたくしもよ」

 ここで目の前の怪物が腕を振り回しながら暴れ始めた。

 どうやら腹が減るのは人並み以上らしい。

 今にも遅い書かてきそうな雰囲気を醸し出している怪物から一定の距離を取る。

「一時的に協定、というのはどうだ」

「犯罪者のあなたと協定なんて最悪。人生の汚点よ」

「お互い無事に生還し、アンタが鬼にならないと約束するのであれば、アレについて知っている情報を話してやらないことはない」

「わたくしは、嘘つきが大嫌い」

「鬼に嘘を吐いたことはあるが、姫に嘘を吐いたことはない」

「……大した情報じゃなければ、ただでは済まさないから」

「好きにしろ」

 猛威を振るってきた巨腕を躱す。

 戦闘姫の言う通り、大した威力だ。コンクリートの床を一撃で粉砕、クレーターを作り上げた。魔法を扱える人間が増えてきたとはいえ、生身の身体でここまでの威力を再現できる者などそうそういない。

「弱点はあるのか?」

「わからないわ。でも気配、においを消せばどうとでもなる」

「アンタと出会うのがもう少し前だったら大の得意だった」

「どういうことよ?」

「今はできない、ということだ」

 声とにおいを同時に感じたからだろうか、怪物がこちらを向き、腕を振り上げた。

 ここで巨大鎌を生成し、受け止めるわけにはいかない。

 怪物の力そのものの猛威もそうだが、目の前には戦闘姫がいる。今は平常心を保っているようだが、巨大鎌がきっかけで鬼になり果てられては最悪だ。

「今回はこっちにしよう」

 ギリギリまで引き付けて攻撃を躱した後、怪物が反動で動けない隙に戦闘鬼との戦闘で見ていた魔法陣を展開。氷剣を作り出す。

「わたくしと、同じ!?」

 戦闘姫が目を丸くするのは別におかしな反応じゃない。自身が得意とする技を真似られたら俺だって驚く。

「得意なだけだ。こういうことが」

「それがあなたの覚醒能力?」

「さぁな。アンタの覚醒能力を教えてくれたら教えてやろう」

「敵に手札を見せるなんてバカがすること」

「どうやらアンタとは話が合いそうだ」

「最悪なことにね」

 そろそろ仕掛ける頃と判断したのだろう。戦闘姫が背後から氷剣で怪物の腕を切り落とそうとした。

「ボルボルボルゥゥ」

 恐ろしい速度で反応した怪物が狙われていない方の腕で殴り飛ばそうとする。

 戦闘姫は瞬時に方向転換、反撃を回避する。打撃を受けるとわかった瞬間に身を引き、難を逃れる。世間からの評価は伊達ではない。

「この反応速度、尋常じゃないわ」

「タイミングを合わせて二手から攻めてみるか」

「試してみる価値はある」

 俺が怪物の正面側に、戦闘姫が背面側に移動する。

 奴の身に纏っているものがただの衣とは限らないため、狙うとすればむき出しになっている腕部、もしくは脚部。

 視線を送り、互いに合図を出し合う。

 俺が狙う部位は左腕、戦闘姫が狙う部位は右足。

 さて、一体この怪物は異なる方向から迫りくる攻撃をどう対処するのか。

「おっと」

 答えは意外といえば意外、当然といえば当然のものだった。

 回転による同時攻撃。

 そう。なんと怪物はその巨体を回転させ、全身を用いて俺たちの攻撃を防いだのだ。

 信じがたいが、これが現実か。反応速度やパワーは人間を遥かに凌駕し、戦闘における判断力は合理的。

 巨体に氷剣が触れるか触れまいかの距離で後宙し、難を逃れた戦闘姫が視線を送ってきた。

「いい策はある?」

「ないことはない。だが、それをするにはアンタの協力が必要だ」

「何をすればいい?」

「この空間の温度を下げてほしい」

「空間の温度……その作戦は悪くないけれど、時間が掛かりすぎるわ。どれだけ広いと思っているのよ」

「すべての場所の温度を下げろとは言っていない。アンタがあの時にやった魔法で奴を囲えばいい」

「強大な力技の前では氷壁なんて無意味よ」

「破らせないようにする役目は俺が請け負う」

「できるの?」

「できないとは言わない」

「そう」

 短く答えた戦闘姫が魔法陣を描き始める。

 それを横目で見つつ、遮蔽物を利用しながら怪物の攻撃を躱し、箱庭へ誘導する。

「完成」

 あっという間だった。ほんの数秒。作り慣れていることがよくわかる。

「それじゃあ始めるけれど、あなたまで鈍くなって悲惨なことになっても知らないわよ」

「それに関しては問題ない。俺も同じことをする」

「とどめはわたくしに刺せということね」

 戦闘姫がお得意の魔法で箱庭の内部に冷気を出現させ、温度を急激に下げていく。俺も真似をし、標的に向けて冷気を繰り出す。

「ボルボルボルゥゥ」

 その程度では致命傷を受けることなどないと言いたげに怪物が雄叫びを上げた。

 どうやら知能はその程度らしい。これがせめてもの救いだな。

「学習能力はあまりないように見える」

「見た目通りということね」

「これで知性的だったら苦戦を強いられていただろう」

「ええ、そうね。とはいえ、二対一。相手が知性的であろうとそうで無かろうと関係ないわ。他の奴らが現れる前に片づけるべき」

「同感だ」

 目の前にいる怪物は一体だけだが、戦闘姫の情報によれば他にも同類がこの施設に存在するらしい。

 この場にはよくわからない機械類がたくさん置かれているため、非常に動きにくい。二対一である今でこそ何とでもなっているが、同じ奴が二体、三体に増えてしまえば状況が一転、まさに絶望という言葉がふさわしくなるだろう。

 そうして数分間、怪物の猛威を避けていると、ようやく終わりが見えてきた。

「いけるな?」

「わたくしを誰だと思っているのよ?」

 目線で合図し、怪物が体勢を崩した瞬間に氷壁を瓦解させ、居場所を交代。戦闘姫が氷剣を振りかざす。

「ボルボルボルゥゥ」

 即座に反応した怪物が無駄だと言わんばかりに雄叫びを上げ、反撃を繰り出した。

 しかしその一撃は、戦闘姫にとってあまりにも遅すぎた。

 冷気による急激な温度の減少。それは筋肉の動きに異常をきたす。

 時間にしてコンマ数秒の遅れ。

 ほんの僅かではあるが、戦闘においてのそれは致命的だ。

「さようなら」

 標的の腕を容赦なく切り落とす戦闘姫。怪物が悲鳴じみた声を上げるが、痛いのは一瞬。

 巨大な氷像が完成した。

 氷剣を振り払った戦闘姫が憐れみを込めた目で怪物だったものを見つめた。

「どうやって生まれたのかは知らないけれど、可哀想な子」

「あまり痛い思いをさせずに終わらせたことが唯一の救いだろう」

「本人が救いを求めていたと?」

「おそらくこの怪物は元が人間だ」

「根拠は?」

「首輪につけられた名前」

「名前?」

 訝しむような視線を向けながら氷像の首元を確認する戦闘姫。

「コード、CCRWDOJ。これのことかしら」

「違う、その裏だ」

「裏?」

 戦闘姫が氷像によじ登り、目を細める。

「タケル。ヒヒラギ、タケル」

「おそらくそれが怪物になる前の人間だった頃の名前だろう」

「嘘でしょう? こんな非人道的なことが許されるはずがない。しかもここは大企業ミカドが所有するビルの一つよ」

「だからこそだ。政府と繋がりが強いミカドだからこそ、そういう実験ができる」

「政府が絡んでいるということ?」

「ミカドはアンタがいう先生とやらと強い繋がりをもっている」

「まるでその言い方だと先生が非人道的な実験をやっていると言いたげね」

「言いたげではない。そうだと言っている」

「証拠でもあるの?」

「ない」

「話にならないわ」

「でもひとつだけ、アンタにも関わる秘密を知っている」

「もったいぶらないで言ったらどう?」

「それは――」

 刹那、けたたましい警告音が鳴り響いた。

『サンプリングナンバーCCRWDOJの死滅を確認。司令塔により、倒壊が命じられました。爆破まで、残り五分』

「ただでは帰さない、か」

「生き埋めなんて勘弁してほしいわ」

 唐突な危機を前にし、戦闘姫と共に来た道を引き返す。ここから地上までは五分もかからない。

 戦闘姫が小さな端末で誰かと連絡を取り始めた。

「救助の要請か?」

「この警告が嘘か本当かは別として、本当にこのビルが倒壊すれば周囲に及ぶ被害は尋常じゃないわ。起こり得る被害を最小限に抑えるため、わたくしの組織に指示を送っているのよ」

「こんな場面でも仕事を全うするのか」

「わたくしの組織は人の命を奪う側ではなく、守る側。犯罪者は例外だけど」

「最後の言葉は聞かなかったことにしよう」

 入口まで引き返す。扉を潜りさえすれば、すぐに外へ出ることができる。

 が、

「イレギュラーは必ず存在する、か」

「内部を知らないわたくしたちでは他の出口を探していたらきっと間に合わないわ」

 そう。入口が消えていたのだ。もし来た時と同じような仕掛けがあるとすれば、壁や天井に何かあるはず。

「五メートルを超える高さだ。仕掛けを作るとすれば壁側。天井ではいざという時に使えない」

「わたくしはここから右方向を探すわ」

「左方向は任せろ」

 両手を使い、戦闘姫と共に壁の仕掛けを探し始める。

『残り三分。倒壊まで残り三分』

 けたたましいサイレンとともに聞こえてくる機械音。

 あと三分。ぎりぎり間に合うか――。

『司令塔により時間を変更。残り一秒。ゼロ。爆破』

「え?」

 戦闘姫と顔を見合わせる。会話をする暇もなく恐ろしいほどの振動が足に伝わり、天井が落下してきた。

 一瞬にして光が消え、目の前が真っ暗になる。

 即死。

 その言葉が脳裏をよぎるが、

「どうしてこうも、息が合うのかしら」

「台本があったわけではないのにな」

 瓦礫に押しつぶされた、わけではない。

 生きている。

 お互いに無傷である。

「わたくしが頭上をカバーすること、どうしてわかったの?」

「人間という生き物は反射的に襲われる場所を守るものだ」

「だったらなぜあなたは空間を維持するための土台を作っているのよ」

「アンタが頭上を守るための氷壁を作ることを知っていれば、反射的な行動をさせないように脳に命令を送ればいい」

「それができるから、わたくしから逃げ続けられるのね」

 即席で作った強固な氷箱。戦闘姫が一人で全体をカバーする氷箱を作っていたらあっという間に押しつぶされていただろう。

 二人で協力し、一点集中だからこそできるこの強固さ。

「いい機会だとは思わないか?」

「何の話よ」

「行方をくらませて、アンタの目的を達成させる機会のことだ」

「協定を続けろということ?」

「アンタに興味が湧いた」

「告白のつもり?」

「この状況で色恋沙汰の話をできるほど、俺は狂っていない」

「真面目な男は嫌いではないけれど、冗談が通じない男は好みじゃない」

「話に乗る、ということでいいんだな?」

「こんな裏事情を見せられたら動かざるを得ない。犯罪者と手を組むなんて不本意だけど」

「残念ながら俺は犯罪者じゃない」

「盗撮、盗聴、窃盗は犯罪行為よ。仮にあなた自身がやっていなかったとしても協力している時点で同罪」

「それが正しいのであれば、アンタは今日から犯罪者だ」

「……本当に腹の立つ男」

「悪いが腕につけているソレをこの場で外してもらう」

 ソレというのは、魔法使用者証明腕輪のことだ。

「言われなくてもそうするわよ。いずれあなたの腕につけてやろうとしていたものを、まさかわたくしが外すことになるとは思ってもいなかったけど」

 カチッという音が聞こえてきた。

「魔力を感知したら映像が送られてくると聞いているが、今回の場合は問題ないのか?」

「腕輪が送るものはそこから見える映像のみ。音声はない。それにわたくしが装着している腕輪は任意のタイミングでのみ映像が本部に送られる」

 常に犯罪と捉えられてもおかしくない魔法を放つのだから当然といえば当然か。

「不要な情報は混乱を招きかねない。どう、安心した? 腕輪の存在まで考えが及ばないなんてあなたらしくない」

「普段装着していないせいですっかり忘れていた、とでも言うと思ったか?」

「どういうことよ?」

「アンタは気づかなかったみたいだが、崩落の瞬間に破壊させてもらった」

 少々の間があった後、戦闘姫から返事があった。

「恐ろしい男。じゃあさっきの茶番は何?」

「俺たちが持っている情報も完全ではない、ということだ」

「わざわざ演じてまで知ろうとするなんて、あなたはどれだけ情報に飢えているのよ」

 疲れ混じりの吐息が聞こえてくるが、残念ながら本当の狙いはそこじゃない。

 戦闘姫が気付けないまま、腕輪を破壊した。

 その事実に意味がある。

「どれだけ俺が情報に飢えているのか。少なくともアンタが想像している以上だろう」

「……月姫」

「なに?」

「アンタじゃなくて月姫。お月様の月にお姫様の姫と書いて、うさぎ」

「名前で呼べと言っているのか?」

「わたくし、アンタとかお前って言われるのが大嫌いなの」

「あなた、だったらいいのか?」

「却下。あなたにそう呼ばれるのは気持ちが悪い」

「同感だ。俺も初めて使ってみたが背筋に寒気を感じた」

「あなたの名前は?」

「セカンド」

「これから協定を結ぶというのに、わたくしだけナンバリングで呼ばせるなんて卑怯よ」

「……修斗。修理の修と北斗の斗だ」

「修、斗。いい名前ね」

「口説いているのか?」

「冗談はやめて。わたくし、犯罪者を好きになるほど堕ちてはいない」

「そうか。アンタ――」

 と、言った後に続けて言うつもりだった言葉を飲み込む。

 たった今気づいたが、どうやら人間という生き物は自分が考えているよりも優れているらしい。何も見えないのにアンタと言った瞬間に戦闘姫の雰囲気が変わったことに気付いた。

「月姫とはその程度の関係が丁度いい」

「あくまでも一時的な協力関係。元に戻ればわたくしとあなたは警察と犯罪者」

「犯罪履歴を持つ警察と犯罪者の間違いだろう」

「犯罪は、バレなければ犯罪にならない」

「警察がそんなことを言っていいのか?」

「何の話かしら? 今のわたくしは警察ではなくあなたの企みに協力する共犯者よ?」

「ナンバリングは何がいい」

「ゼロ」

「いい選択だ。欠け番を増やさずに済む」

「もしかして、ファーストはいないの?」

「いない」

「そう。悪いことを聞いたわ」

「別に謝る必要はない。それよりもこれからのことだ。しばらく月姫の生存がバレることはなさそうだが、問題はどうやってここから抜け出すか、だな」

「瓦礫を吹き飛ばすわけにもいかない。でもそれについて、いい案が一つだけあるわよ」

「どうするつもりだ」

「転移指輪。本日行われた試作試験で出てきた品物」

 目視で確認したわけではないが、それを使ってサードを移動させたのは間違いない。

 つまり、転移指輪で俺と共に大移動をしようということか。

「思ったよりも便利な道具よ。体力の消耗は激しいけれど、一度この感覚を得てしまったら自ら手放そうとは思わない」

「まるで麻薬みたいだな」

「だから依存しすぎないように気を付けなければならない。これでバレることなく移動することができるけれど、外の様子が見えない限り移動できないことが問題ね。あ、そういえばあなたの仲間」

「気に病む必要はない。ちゃんと生きている。月姫の組織に拘束されていることもなければ、逃げ遅れて倒壊に巻き込まれていることもない」

「あの状態で、一人で逃げたというの?」

「俺の仲間たちを甘く見すぎだ」

「仲間たち、ね。あの場にまだ仲間がいたなんて、気付かなかったわ」

「優秀な潜入諜報員だ」

「わたくしの組織にも一人欲しいところ。ぜひ会って話してみたいわ」

「やめておけ。後悔するだけだ」

「犯罪者を引き抜くつもりなんてない。どういう性格なのか、今後人員を増やす際に参考にさせてもらうだけ」

「とても参考になる奴とは思えないが、どちらにせよ帰ったら必ず会う。さて、帰る算段がついた。移動しよう」

「どうやってわたくしに目視で確認できる安全地帯を提示するつもり?」

「簡単だ。横に穴を開ければいい。地下に下水道が通っている」

「そんなところまで把握しているの?」

「イレギュラーは必ず存在するものだ。だからこそ、あらゆる情報を可能な限り頭に叩き込んでおく」

 右人差し指を前に突き出し、最近見たばかりの魔法陣を思い描く。

 指先に出現する魔法陣。

 それはサードの主武器、ブレイザー・ヴェスパインが発するものと全く同じ。

 黄緑色の閃光が人差し指から射出される。恐ろしい威力を伴ったそれは、苦にすることなく瓦礫に穴を空けていくと共に、月姫の目に光を届けた。

 一瞬にして軽くなる身体。

 いい経験だ。これが転移する瞬間か。

 気付いた時には下水道の通路に立たされていた。

 悪臭の強さに眉間にしわが寄る。

「可愛い顔が台無しだ」

「誰だってそうなる。服に染みついたら最悪」

「最近の洗剤は優秀だ。一度洗えばすぐに消える」

「そうなることを願うわ」

 月姫と共に下水道を歩み始める。

 さて、問題はサードたちにどう説明するかだ。

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