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反逆のナンバーズ  作者: るなふぃあ
第二章
4/6

試作品試験

『こちらフォースでーす。戦闘姫が壇上へ移動しまーす』

 元気な声がイヤホンから聞こえてくる。

 場所は東京タワーの非常階段。

 恵梨香をバイトへ向かわせた後、俺と優菜は急いで支度をし、ここまで来た。目的はもちろん、戦闘姫と大企業ミカドの繋がりを探り、綾乃に関する情報を集めることだ。

「四時の方向にある五十階立てのビル。場所は二十五階。どうだ、見えるか?」

 隣にいるサードに問いかける。

 望遠鏡を使うわけでもなく、裸眼でただひたすら一点を見つめていた彼女が瞬きをした。

「倍率の調整を完了しました。視界は良好。戦闘姫発見」

「相変わらず便利な覚醒能力だ」

 視力可変倍率化。自分の意志で視力を強化、弱体化することができる能力。

 そう。サードも俺と同じ覚醒者側だ。あの暗い中で戦闘鬼の得物を狙って撃ち落とせたのはこの能力によるおかげでもある。

 イヤホンを共有しているサードがため息をついた。

「あーあ、どうせこんなことだろうと思っていましたよ。珍しくあなたがデートに誘うものですからオシャレしたものの、目的が他の女ですからね」

「仕事に集中したらどうだ」

「集中しています。私だってひとりの女です。文句を言いたくなる時だってあります」

 明らかに不機嫌だ。原因は間違いなく俺の誘い方――。

「よし、今から東京タワーへデートしにいこう、なんて言ったくせに、蓋を開けたらこれですからね」

「こ、こほん。誤解を招くような言い方をしたことは悪かったと思っている。しかし低血圧のお前が朝に弱いことを知っている。言い方にも工夫が必要になってくるだろう」

「言い訳ですか。そうですかそうですか。オシャレをした相手を褒めるわけではなく、平気で仕事だと言うあなたは男ですか」

「下にあったクレープでどうだ」

「食べ物に釣られるような安い女ではありません。それと、今さら洋服を褒めるようなマネはやめてくださいね。あなたの男としての価値が下がりますので」

 言いかけた言葉を飲み込む。

 手厳しい。サードとの付き合いは長いが、女としての扱いはまだまだ未熟なようだ。

 明日は綾乃に繋がりそうな情報だけではなく、ご機嫌取りの情報も仕入れておこう。

 と、そこで。

『ちょっとー、何勝手にイチャイチャしているんですかー。怒りますよー』

 こちらのやり取りが聞こえていたのか、フォースから反応があった。

「安心しろフォース。俺は仕事中にそのようなことをする男ではない」

『えー、嘘じゃないですよね?』

「本当だ。俺はサードのことなど何とも思っていなッ!?」

 言葉を飲み込んだ。

 否、飲み込まされた。

 ふよん。ふにゅんっ。

 そう。僅かではあるが、確かな柔らかさを備えた双丘を二の腕に押し付けられたからだ。

「どうしたのですか? 心音が急に高まったみたいですが、持病ですか?」

 視線を対象から外すことなく、白々しく問いかけてくるサード。

『え、持病!? セカンドは病気持ちだったんですか!? 聞いてないですよ、そんなこと!』

「フォース、今は仕事中です。気になるかもしれませんが、目の前のことに集中してください。動揺している姿が丸見えです」

『そのことなら大丈夫ですよーっ。普段と変わらない、慌ただしい変わった子なので』

「よくそれで面接が通りましたね」

『ふっふーん、所詮は見た目。あたしの魅惑的ボディでイチコロですっ』

「宣戦布告ですか。いいでしょう。今から狙い打ってあげます」

 サードが腰につけてあるキーホルダーに手を掛ける。

 傍から見れば狙撃銃の形をした小物にしか思えないだろうが、実のところそれはサードの主武器、ブレイザー・ヴェスパイン。

 魔法武器の開発が進んだ今、必要に応じて形を変貌させる持ち運びの便利な武器が求められているのだ。

「公衆の面前で醜態を晒すような行為を認めるわけにはいかないな」

「何を言っているのですか。冗談に決まっているではありませんか」

「余裕ぶって肝心な場面を見落とされても困る。いい加減仕事に集中しろ」

「……嫌いになりましたか?」

「さぁな。少なくとも怪しまれないように、恋人のふりに徹するサードは好きだ」

 急に抱き着く力が強くなった。

「らしいですよっ、フォース」

『ぐぬぬ、ずるいです。あたしだってデートしたいです』

 一気に声音が明るくなったサードに対し、明らかに不服そうな感想を漏らすフォース。

 まっとうな評価を下しただけなのに、こうも機嫌が良くなるとは。女とはわからない生き物だ。

 サードが目を細めた。

「戦闘姫が手に持っているあれは何ですか?」

『新作ですよー。なんでも使用すると自分の居場所を目視したところへ移動させることができるとかなんとか』

「ついにワープ機能の道具を創り出したのですか。使われると厄介ですね」

『まだ試作だから、実践で使えるかわからないですけどねー。あ、どうやら今からやってみるみたいですよー』

「録画の準備はできていますか?」

『もちろんですよー。ええっと、確か裏ポケットにー』

『美浜さーん? そろそろ端末仕舞いましょうか。どうやって社長に気に入られたのかは知りませんが、これ以上お仕事の邪魔をするつもりなら』

『ごめんなさーいっ。すぐに仕舞いますからっ』

 確かな敵意を込めた上司の笑声と、慌ただしいフォースの声が聞こえてきたと思ったら急に通信が途絶えた。

 大丈夫だろうか。

 もちろんフォースのことではなく、先ほどの会話を聞かれていた可能性についてだ。傍から聞けば訳の分からない内容だろうが、近くには戦闘姫がいる。自分たちのことをナンバリングで呼んでいたため、もし話の一部を耳にされていたら感づかれる可能性は否めない。

 サードに視線を向けるが、彼女は動かない。ただ一点を見つめているだけ。

 何も問題がなかったということか。

「上手く作動しているようですが、あれが大量生産品化されることはないと思います。厳重な警備のもと保護されるか、戦闘姫の手に渡るかのどちらかでしょう」

「盗難に遭う可能性を最小限に抑えた方がよい品物、ということか」

「性能的にも間違いなく完成品でしょう。それにしても厄介な道具ですね。今度彼女と出会ったときは下手したら逃げられないかもしれません」

「一度の使用でどれだけ体力を消耗するかにもよるだろう」

「ここから見る分には体力の消耗が激しく感じられませんが、どうやらあの戦闘姫が一度の使用で口呼吸をするくらいには消耗するようです」

「一般人では使用できない代物だな」

 戦闘姫の体力は常人を遥かに上回る。生半可な努力で手に入れることができないことは、身をもって体験している。

 引き続きサード共に監視を続ける。試作品のテスト時間に間に合ったとはいえ、大幅な遅刻。もし時間の巻き戻しが可能であれば開会式から観察し、戦闘姫が普段どのような人物と関わりがあるのか、三嶋優斗が出席しているかなどを調べたいところだ。

「他の製品は大したことなさそうですね。ん、どうやら次で最後のようです。この後はどうするつもりですか?」

「何も情報を得られないようであれば、場所を移動する。戦闘姫の個人情報を探る」

「三嶋優斗とどのような繋がりがあるのか気になりますからね。世間一般でもてはやされているのに情報が全く出回っていない。調べ甲斐があるというも、のッ!?」

 サードが息を呑み、目を見開いた。

「どうした、高性能なものでも出てきたのか?」

 そう問いかけるが、反応はない。

 サードは一点を見つめたまま、動かない。

「おい、サード」

「……綾乃」

「え?」

「綾乃が、いました」

「なんだと!?」

 想定外の言葉に眉根をひそめる。サードが見つめている方向を凝視するが、俺の視力では綾乃を捉えることができない。ちっ、こういう時にサードの覚醒能力があれば――。

「どういう状況か、事細かに説明しろ」

「研究員と共に壇上に登る綾乃。両腕に拘束器具。手を後ろに回され、抵抗できない状況。外見を見る限りでは暴行を与えられた様子はありません」

「そうか。綾乃はまだ無事な方」

 と、安堵しかけた直後、珍しくサードが強張った表情を見せた。

「まだ、何かあるのか」

「綾乃の目」

「目がどうした」

「ひ、光が見えません」

 刹那、自分でも驚くほど勝手に身体が動いた。耳からイヤホンを素早く抜き、階段を駆け下りようとする。

「今から綾乃を助けに行く! サード、脱出経路の確保および援護を!」

「ま、待ってください、この状況下で動くのは愚行です」

「なぜだ!?」

「向こうには戦闘姫がいます。警備の数も多い」

「だからどうした!?」

「今は危険だと言っているのです! 少しは頭を冷やしたらどうですか。いくらあなたの肉親であろうと、捕縛されに行くような真似を許すわけにはいきません」

「ぐっ」

 拳を強く握りしめる。

 落ち着け。落ち着くんだ俺。

 ゆっくりと深呼吸をし、サードの隣に戻る。

「悪い癖が出た。許せ」

「別に謝る必要はありません。もし私があなたと同じ境遇であれば、きっと同じことをしたに違いありませんから」

 にっこりと微笑んで俺の行動を許してくれた。

 とくん。胸に暖かい何かが流れ込んでくる。

 なんだろうか、この感じは。気になるが、それよりも。

「それで? 今は、と言ったが何か作戦はあるのか?」

 不可解なものに関してはひとまず置いておくことにし、サードとの会話で覚えた違和感について言及する。

「さすがセカンド、鋭いですね。私はやられっぱなしというものが嫌いです」

「仕返しのつもりか?」

 昨日のことなど寝て忘れてくれればいいものを。まだ根に持っていたのか。

「ええ。私に相談せず、勝手に動いたのですから。こちらも勝手にやらせてもらいました」

「聞かせてもらおうか、その作戦とやらを」

 サードは視線を目的地へ移した。

「ひとまずは監視を続けます。どうして綾乃が登場したのか、理由を知るべきです」

「悠長にしていられる時間があるのか?」

「はい、少なくとも作戦が決行されるのは二十分後ですから。それまではこちらも動くことができませ――」

 などと言っていたそばから戦闘姫たちがいるビルで煙が上がった。

 サードが盛大にため息を吐く。

「どうせ私の人生、うまくいったことなんて一度もありません」

「イレギュラーは必ず存在するものだ」

「わかっています。だからこれも想定内です。所詮は犯罪者、ということですね。どうやら私が上手く扱えるような存在ではないようです」

「指揮官を任せてもいい、ということだな?」

「はい。裏方は大の得意ですから」

 頼もしい笑みを浮かべるサード。

 どうやら連日のように心身ともに疲れそうだ。覚悟を決めた俺は目的地へ視線を移した。

「地上を走っていたのでは間に合いません。CTT組織に周囲を包囲され、侵入さえ許されなくなります」

「空を移動しろと?」

「できることは知っています。戦闘姫の魔法陣、覚えていますよね?」

「……一応」

「では早速移動してもらいます。周囲の目が上に集まることはそうそうありませんので、ビルの屋上へ向かってください」

 展望台まで移動せずに監視を始めたのは正解だった。非常階段からであれば、すぐさま行動に移すことができる。

 戦闘姫が扱っていた魔法陣を脳内で描き、再現する。

「こんなものか」

 空中に出現した足場となる氷床は戦闘姫のそれと全く同じ。

 初めて戦闘姫に出会った時に記憶した魔法陣。一ミリも狂いはない。

「私の覚醒能力を便利と言いましたが、私からすればあなたの覚醒能力の方が便利です」

「そう便利なものじゃない。細部まで記憶しなければ意味がないから大変だ」

「あなただからこそ、最大限の力を発揮できる覚醒能力ということですか」

「さぁな。それは使ってみないとわからない。お互いにないものねだりというやつだ」

「そのうち私の覚醒能力まで再現してしまうのではありませんか?」

「残念ながら覚醒能力には魔法陣が見えない」

「そうですか。少し安心しました。ご武運を」

 戦闘姫が扱う魔法陣を次々と空中に出現させ、足場を形成、移動し始める。

 思ったよりも滑る。

 それが実際に戦闘姫と同じことをした時の感想だった。まだ身体が慣れていないせいか少々不格好になる。氷の上を移動するというのは神経を使うものだ。

 しかもそれに加え、

「命綱なしというものは、精神的につらい」

 こういう時、自分が感情を抱かないロボットであればどんなに楽なのだろうか。

 いや、感情を抱くからこそ面白いのか。

 プラス思考で不安をごまかす。確実に目的地までの距離は縮まっている。ゴールまで七割。そう。あと七割しか楽しめない。

 徐々に慣れてきたところで八時の方向がやたらと騒がしいことに気付いた。迫りくる無数の赤い回転灯。

 CTT組織だ。休日であろうと行動が早い。

 本日は土曜日。学生やサービス業などではない仕事に就いている社会人はおそらく休日だろう。

 それが幸いだった。

 目的のビルには人気があまり感じられない。

 そう。行動しやすい、ということだ。

 犯行グループが敵か味方か、それは定かではないが目的はひとつ。

 綾乃の救出。

 フォースは問題ないだろう。自分の身は自分で何とかする女だ。

 そして徐々に近づいているけたたましいサイレンを聞きながら移動を続けること数分後、ようやく目的地に到着した。

「こちらセカンド。目的地に到着。異常なし。状況の説明を要求する」

『二十五階にて煙幕発生。犯行グループが突入した模様』

「奴らの目的は?」

『新作の奪取、および、人質による身代金の要求』

「戦闘姫相手に? それほどの手練れということか」

『いえ、犯行グループは戦闘姫の存在を知りません』

 サードの黒い笑みが脳裏をよぎった。

「悪女だな」

『所詮相手は犯罪者、私の仲間ではありません』

「利用するだけ利用して要らなくなったら切り捨てる、か。そういう考えで接していたのなら相手も同じ考えで動いていたはず」

『ですから恨み合いなしということです。私は情報を提示しただけ。それをどう利用するかは向こうが考えること。とにかく鎮圧されるのは時間の問題です。悠長にしていられる時間を用意できませんので、目的階へ急いでください』

「了解。行動を開始する」


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