「ひまわりと私と彼女」
「ひまわりと私と彼女」
「悪いわねー。朝早く。」
そう言いつつも、彼女がにやりと笑う。
「いや、いいけど。」
そうは言ったが、私は眠たい目をこすった。友人の有子に車で、でかけようと言われたのはいいが、その前に行きたいところがある、と言われた時、なんとなく想像していた。
「五時でも明るいねー。」
そう言いつつ、有子は水道の蛇口をひねった。そこから、ホースが伸びて、シャワーのように水が出る。角度を変えたら、虹が見えるかもしれない。水をかけられているのは、向日葵だ。太陽の光が当たって、キラキラしている。
「おー、きれい、きれい。」
「よし!終わり!」
有子はさっさと、水やりを終えて、私たちは小学校を後にした。別に不法侵入しているわけではない。有子の勤務している小学校なのだが、彼女はじゃんけんで夏休み、生徒の植えた向日葵の水やりをすることになったそうだ。
車で走り出すと、私はふと笑った。
「小学校と言えば、朝顔と、ヒヤシンスと、へちまは……やったような?」
「あー、ねー。双葉がーとか、ツルガ伸びてーとか。大人になってもそれを知っているからなんだって感じではあるけど、たまーに、理科が好きになって植物系に進んだり、農業に進む子がいるから、生徒の前では言わないけど。」
「しかし、なんで向日葵……。」
「アサガオとか向日葵とかって、育てやすい方だし、はっきり育つし、教材としてはいいんだよねぇ。」
「そうなんだ。」
「そうなのよ。まぁ、種がしっかりとれるっていうのも、いいし。最近はグリーンカーテンがてら、ヘチマを育てるっていうのもあるし。どうせなら、食べられるきゅうりの方がいいって言っているんだけど、食中毒とか怖いじゃん?」
「なるの?」
「なるわよ!生野菜だもん!土壌なんか細菌だらけよ。栄養もあるけど。まぁ、そんなわけで、食べ物はうちの小学校じゃ無理なのよねぇ。」
有子はため息をついた。
「そうかぁ。いろいろ考えられているだねぇ。」
「昔の人がね。あんまり毎年、代わり映えしないのよね。私、向日葵なら、種炒って食べる方がいいけどなぁ。」
「子供は花で大人は酒のつまみかぁ。」
「そう!商品的には油だし。まぁ、種類は違うけど。で、文学的には片思い。」
「片思い?ああ、ずっと太陽の方を見ているから?」
「あれ、若い時だけだからある程度育ったら、動かないのよ。」
「そうなの?」
私は目を丸くした。
「そうなの。どうもずっと動くって思っている人が多いのよねぇ。そうじゃなくて、神話的にも片思いの花なのよ。」
「神話的?」
私は眉を上げた。
「そう、ダーリンが話してくれたんだけど。」
有子の言うダーリンは彼女が片思いをしている国語の先生だ。今のところ、本当のダーリンになったって話は聞かない。
「自分が好きになった男性の神様が、ほかの女の神様を追いかけて移動している姿を見つめるために空を見上げて見ていたら、いつの間にか花になったらしい。それが向日葵。ね?片思いでしょ。」
「さすが、神話。いろいろ突っ込みたくなるけどね。」
「それは言わない約束。キリがない。」
「確かに。で、ダーリンとなんでそんな話に?」
「あんたと一緒。太陽の方を向くんですよねぇって言うから、若い時だけですよって説明したら、ダーリンが向日葵に関する話を教えてくれたのー。」
有子はにこにこ嬉しそうに言った。
「そのダーリン、夏休みは?」
途端に友人の顔が曇る。
「北海道だって。生キャラメル食べてくるって!」
「北海道……ちょっと遠いね。」
「そうよ!追いかけても、あら、偶然ですねって言えないのよ。」
「たしかに、それはやめてほしいかも。完全なストーカーになるよ。」
「北海道に行くって聞いたときにはもう旅行の予約は取れなかったのよ。もっと早くに予定聞いておけばよかった!生キャラメルなんか、インターネットで買えるじゃん!なんでそんな遠くに行くかなぁ!」
「いや、私に言われても。景色を見たり、海の幸とか食べるんじゃない?」
しかし、有子は私の話をあまり聞いていないらしい。
「だから、諦めて海よ!海なら北海道まで続いているし。」
「そういうことか。」
私はため息をついた。窓の外では向日葵が揺れていた。今日も暑そうだ。後ろのクーラーボックスで氷が割れる音がした。