8
無かった日は魔王が生まれる日だという説がある。嘘か本当かは知らないが、信じる者は意外に少なくない。何故なら、通常では考えられない程に、異常事態が多く発生するからだ。
「りーちゃ、鳥!」
祭の日ということでいつもより少しだけ豪勢な昼食を作っていた私は、意気揚々と帰ってきた馬たちを見て硬直した。3人で嬉しそうに頭上に掲げているそいつは多分鳥じゃない。鞄の材料になるあいつだよ。水辺がホームタウンのあいつだよ。鳥に近いと言われていた気はするけれども決して鳥じゃない、4本足のあいつだよ。
アルビノなのか、色は綺麗な象牙色だ。……私的にはあんまり救いになっていないけど。
しかしおかしいな。冒険者ギルドと商人ギルドへ行って、鶏と鶉の生息地を教えてもらったはずなんだけど。わざわざそこまで行って危険な動物がいないか確認してからお別れしたんだけど。近くに池も沼も川も無かったはずなんだけど。なのに、どうしてこいつが……。
てか最近、馬たちがやけに熱心に鳥探しに行っていた気がするけれども、あれってまさかこいつを手なずける為だったとか? いや、それはどうでもいいや。今はそれよりも聞かなければいけないことがある。
「ええーっと、この鰐さんのご飯は何かな?」
「ん?」
「んんー?」
「?」
「あー、知らないのか。じゃ、まずは何をどれくらい食べるのか調べてみよっか」
爬虫類とか個人的に生理的に無理すぎるんだけど、あれだけ『生きたまま』『怪我をさせないで』を連呼して連れてきてもらった鳥……もとい鰐なのに、すぐに殺してしまうのは心情的に駄目だろう、やっぱり。だから食生活を調べたその後で、飼うべきか放すべきか夕飯の一品に加えるべきか決めようと思ったのだ。
馬の好物が肉であるこの世界、鰐は逆に草食だろうと推測してまずは畑にやってきた。ちょっくら魔法も使ったその畑では、昨日までは緑の葉っぱがわさわさしていたのだが、今日は見る影もない。
「あれは何かな?」
植えた記憶のない何かが、畑と果樹園の境目あたりだったところから伸びた何かが、牛蒡を掘り出して上下逆さにして埋め戻したかのような何かが、まるで鞭の様にべちんばちんとその辺の地面を抉れるほどに叩きまくっているのだ。当然のように野菜や果樹は全滅だ。
「葱?」
「人参?」
「豆?」
馬たちにも分からないみたいだ。
これはどうすればいいんだろうと決めあぐねてただぼーっと見ていると、鰐が動いた。端的に言うと、私たちの近くを通った牛蒡もどきの先っぽに向かって尻尾を振り回しながらその勢いでぴょーんと跳躍し、開けていた口を閉じたのだ。それだけで牛蒡もどきの激しかった動きがぴたりと止まって、痙攣するだけになった。
鰐は口だけを動かしながら、動かなくなった牛蒡もどきをむぐむぐぱくぱくと食べていく。
『ええーっ、あれが餌? あれは何? 次回からどうやって調達すればいいの?』
調達方法を調べた後で、鰐は飼うべきか放すべきか夕飯の一品に加えるべきか決めようと思った。
王都の入口へとやって来た。昼食を食べてからやって来たというのに、そこそこ列が長い。暇なので周りの人たちの衣装を何となく確認した後に、自分たちの衣装を再度確認する。
黒と紫といぶし銀でまとめた和ゴスの上にボロボロの黒いフードを纏って、顔が半分以上隠れる白い仮面をかぶって、手には私が大鎌、馬たちは3人で鰐をおみこしの様に担いでいる。……いい加減、腕、痛くならないのかな?
鰐を連れてくるのはちょっと不安だったが、肉を食べないことは確認済みだし、今日は子供の正装が仮装になる日だし、鰐はまず滅多に動かないし、まあ危険はないだろう。最悪の場合でも、夕食のおかずが1品増えるだけで終わるはずだ。
念の為にハーネスを作って付けておく。鰐の関節の動きなんぞ知らんので役に立つかどうかは不明だが、人の目的には安心材料となるだろう。
冒険者ギルドへとやって来た。小奇麗な喫茶店風でここで合っているのかと一瞬不安になったけれども、何故か入口付近の壁が吹っ飛んだのか消えていて、中にいる人々の様子がはっきりと見えた。剣士風の人に魔法使い風の人に荷物運び専門っぽい人……うん、ここが冒険者ギルドだな。何があったのかは知らないけれども、窓口が空いていてラッキーだ。
「すみません、依頼をお願いしたいのですが」
「あ、はい」
新人っぽい受付のお姉さんが、背筋をしゃんと伸ばす。
「その前に、これが何か分かりますか?」
鰐の口の中から奪い取った荒ぶる牛蒡さんの一部である。鰐の涎と一体になった結果の化学変化なのか何なのか、干からびて流木のようになってしまったが。
「えーっと、トレントの枝ですかね? 杖のいい材料になりますよ」
杖……長く生きられる者が少ないこの世界、プレゼントする相手が先生しか思いつかない。
「同じものが幾つか欲しいんですけど、お願いできますか?」
「え? 依頼ですか?」
「はい」
「えっと、これ、乾いてるし……ウェザートレントですかね?」
「知らないからお聞きしてるんですけど」
「そ、そうですよね。えっと……助けてください、せんぱーい!」
お姉さんが後ろに向かって叫んでいるが、そこにあるのは壁だけだ。私の耳が痛いだけで、先輩とやらはやって来てくれない。多分、あの無くなった壁に原因があるに違いない。受付が空いていてラッキーだとさっきまでは思っていたけど、新人ちゃんしかいないこのタイミングはむしろアンラッキーだったかもしれない。
「いや、もういいです」
と牛蒡さんを取り返して踵を返そうとしたところで、
「おいおいティアちゃん、どうしたんだい? 大きな声を出して」
1人の若い男がこちらを睨みつけるようにしながら歩いてきた。お面で顔がほぼ隠れているので多分気づかれないだろうと、遠慮なく睨み返しておいた。
「ああ、シグルさん。あれが何か分かりますか? その子たちが持ち込んだ物なんですけど」
私の手の中にあるものを指差しながら、ほっとしたように新人ちゃんが言う。
「……よく見えなかったけど、レッサートレントの枝かなんかじゃない? レッサーなら新人でもパーティーでなら狩れるだろうし、その辺の子供でも手に入れようと思えば手に入るでしょ」
「じゃあレッサートレントの枝で、Eランクで募集を出しましょうか?」
「そうだねー。報酬はどれくらい?」
勝手に進められる会話に少し呆れながら、そっとその場を後にした。
「あれ? エリーじゃないか」
お菓子を求めて特に目的も無く放浪していると、ダルメシアンかホルスタインの仮装をした、どこかで見たような整った顔の少年が私の名前を呼んだ。私の名前を正しく知っているってことは村か役場で知り合った人なんだろうけれども……うーん、誰だっけ。
赤いマントを身に着け、頭には王冠を被っている。王冠とマントは仮装用のものとは思えない程に立派な物だ。きっと金持ちの家の子なのだろう。腰にはサーベルのようなものを帯びている。
「探したよ。ずっと君に言いたいことがあったんだ、エリー」
がしっと(両手ならまだ理解できるのだが)何故か首を掴まれそうになったので、一歩下がって手に持っていた大鎌の先っぽを相手の喉元に当ててみた。仮装用なので硬さも殺傷能力も無いのだが、それでも尖っているので食い込んだ喉にはちくちくと軽い痛みがあるはずだ。嫌がっているということは客観的にも分かってもらえると思う。
「どうか僕のものになってください」
……解ってもらえなかったっぽい。片膝をついて差し出されたのはどう見ても首輪だった。装飾過多の。
「えっと、何これ?」
「首輪だけど?」
そんな当たり前の返答は期待してなかったな、私。
とりあえず、今の自分の仮装に合うだろうと思って買ってみたまでは良かったけれども、自分じゃ首に嵌められないので嵌めてくださいって解釈でいいのかな。首輪なんて嵌め慣れている人まずいないもんね。それにこの人お金持ちっぽいし、普段から服とかも自分では着ていない気がする。
お金持ちとの異文化コミュニケーションは難しいなと思いながら、私は黙って首輪を受け取ると、その男の首へと嵌めてあげた。
「成程。牛には鼻輪が似合うと思っていたけど、首輪も悪くないかもね」




