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『よし、畑を作ろう!』


 目が覚めてというか覚めかけた時に思いついたことがそれであった。

 両手を握りしめ勢いよく起きあがってしまったせいだろう、隣で眠っていたあーちゃんまでもがびくっと起きあがった。


「ごめん、あーちゃん、起こしちゃったね。もう一回眠れるかな?」


 まだ夜明け前だ。外は暗い。あーちゃんの体を布団の中に戻し、ぽんぽんと叩きながら部屋の中を見回してみる。


 ここはあーちゃんと私の寝室で、今私がいるのはシングルサイズのベッドの上だ。その横にはあーちゃんが寝転ぶ、キングベッドよりもまだ大きなベッドがぴったりとくっつけられている。これだけ大きければ元の姿に戻っても寛げるだろう。あとは、飾り棚、小卓、吊り椅子、出窓と一体になったソファー、廊下に繋がるドア、水回りに繋がるドア、納戸に繋がるドア、書斎に繋がるドア、露台に繋がるテラス戸くらいか。

 上はしーちゃんとくーちゃんの寝室であるツリーハウス、下は共有空間で和カフェ風のLDK。どこもかしこも、ここが砂漠の中という事実を忘れたかのようなおされな造りになっている。


 絵里の目線で見れば、ここはもうこれで充分理想的な家だと思う。でもエリーの目線で見ると、まだまだ足りていないと感じる。その足りない中でもまず1番に欲しいのが畑だった。

 この間、ルオルさんから予想よりも多く貰えたお金をぱーっと使っていたときに気付いたんだよ。この世界にも香辛料はあるってことに。


 この世界では塩は高いし砂糖はさらに高いが、食用として取引される。けど、山葵も辛子も唐辛子も胡椒も生姜も柚子も紫蘇も葱も玉葱も大根も薬草の一部という認識らしくて、ポーションの材料という形でしか売りに出されないっぽい。だからずっと気づけなかったんだね。

 私が知っている薬草も、太陽の薬草とか月の薬草とか星の薬草とか、何かそんな名前のものばっかりだったし。


 正直、おろし大根にここまで焦がれる日が来るとは思わなかった。真っ白なおろし大根の上に刻み葱を乗っけた上に更に一味唐辛子を乗っけた──豆腐でも玉子焼きでもカツでも竜田揚げでもスープでもいいから、何かを食べたい。口の中がいっぱいになるまで掻き込みたい。できれば醤油だれか味噌だれか胡麻だれかタルタルソースも欲しい。


 という訳で、朝食を食べたら農人ギルドに行ってみようと思う。



 王都にある公式なギルドは、冒険者・商人・職人・農人の4つだそうだ。観光案内所のおっちゃんから聞いたので間違いはないはずだ。おっちゃんから買った殆ど絵しか描かれていないぺらっぺらの地図を頼りに歩いていく。

 今日用があるのは、農人ギルドと商人ギルドだ。


「ここかな?」


 王都の端っこの更に端っこにある畑と獣舎と池と林に囲まれた一軒家、それが農人ギルドだった。どうせなら山と田んぼも欲しいなと、日本人であった私の感性が言っている気がする。


「お邪魔しまーす」


 中には木の椅子がずらっと並んでいて、いかにもお百姓さんといった様子の人々が腰かけていた。朝早くやって来たつもりだったが、彼らから見ると遅いのだろう、かなり空いている。『おいおい、子供たちがぞろぞろと何の用だ?』という目線が飛んでくるが、絡んでくる人はいない。


 農人ギルドは前世で言うところの農協なのかな。農民や牧畜民や漁師や猟師や杣夫や炭鉱夫等が欲しがりそうなものが販売されている。あと、買取もされているみたいだ。

 はてさて、目的の種苗たちはどこかなと思いつつも、色々見ながら歩き回ってみる。うーん、農業的な技術力は前世で言うところの江戸時代くらいなのかな。農具は木製のものが多いんだけど、備中鍬とかあるし。


 家畜や家禽も売られていた。やっぱり動物は前世のものと結構色々違う。柵の中に入れられてこっちを見上げている仔犬っぽい何かは、全身が桃色だ。しかも匂いまでもが桃だ。桃が好物な寝起きの人が傍にいると危険かもしれない。

 他にも色々いるみたいだ。上からも下からも横からも斜めからも、眼と眼と眼と眼と眼と眼がこっちを見ている。うちの馬たちも物欲しそうな顔で指を咥えてじっと見返している。これ以上ここにいたら危険だと漸く察した私は、3人を促し足早に通り過ぎることにした。


 前世の植物と今世の植物は似ている。違うところも勿論あるが、動物や文字に比べれば全然全く気にならない、誤差の範囲だ。だから苗を見ればどんな野菜や果物に育つか、どんな料理に使えるのかある程度想像ができるのだが、種は無理だ。特に粒々。そして大根の種も葱の種も粒々だったはずだ。添えてある絵を見てもいまいち要領を得ない。

 この売り方で、農家の皆さんはちゃんと区別できるんだろうか? まあ、できるからこういう売り方なんだろうけども、私には無理だ。


「誰か何か欲しい種苗はあるかな?」


 と馬たちに訊いてみたが、3人とも左右にこきこきと小首を傾げるだけだった。まあ好物は肉だしな、馬なのに。まあいいや、粒々は全部安いし全種類買って行こう。思わぬ掘り出し物に遭遇できるかもしれないし。

 目をつけていた苗木も1株ずつ買っておく。



 商人ギルドへやって来た。ここの建物は街中に馴染みすぎていると思う。看板があるにはあるけど私には模様にしか見えないし、地図が無ければ通り過ぎてもここがギルドだと気づけなかったかもしれない。

 ここで売られているのは土地と人脈と情報らしい。そして今私が欲しいのは、文字を教えてくれる人だ。


「本日はどういったご用件でしょうか?」


 何か、受付の人が銀行員みたいな雰囲気で、緊張する。


「文字を教えてくれる人を探しに来ました」

「紹介状はお持ちでしょうか?」

「ありません」

「申し訳ございません。貴族の方かそれ以上の方のご紹介がない場合は、お断りさせていただく決まりになっております」


 そして、既に知っている魔法学校と騎士学校と産業学校の存在を教えられた。

 

「文字を教えてくれる場所は他に無いのでしょうか?」


 食い下がると、情報が買えた。より正確に言うと、国にある全ての学校が載っているとかいう、国の輪郭と町の輪郭と学校周辺の道しか描かれていない手抜き感が満載の地図帳が買えた。まあ地図は戦争にも使える情報だからな。仕方がないのかな。


 学校は基本王都にしかないらしいが、産業学校の初等部だけは都市や町の一部にもあるらしい。都市にあるものは王都のものとそこまで差がないらしいが、町にあるものは寮が無く、獣人の割合が高く、教える人員が足りず、学べる質が格段に落ちるらしい。

 しかし質と言われても、私が知りたいのは文字だけだ。とりあえずは生活に困らない程度に文字が読めればそれでいい。もしそれで足りなければ、図書館にでも通って自分で勉強をするつもりだ。

 それに獣人が多いなら……うん、誘ってみるかな。



 姉さんのところには1人でやって来た。馬たちには鳥を探しに行ってもらっている。卵を取るために鳥を飼いたいから、卵を産んでくれる鳥を怪我をさせないままに連れてきてほしいと頼んだので、多分ちゃんとやってくれていると思いたい。


「……という訳で、レーネ姉さん、アレスとトトスを連れて行っていいかな? 勿論当人たちの了解を得られたらだけど」


 学校と町について、今持っている知識を全て出した。もしも姉さんが嫌だと言うのなら、甥っ子たちは誘わないつもりだ。

 テーブルの向こうでは、エプロン姿の姉さんが麺棒を持ったままじっとこっちを見ている。


「エリー、私は今、料理を作っているところなんだが」

「うん、そうだね。今日の献立は何かな?」

「麺を……いや、そういう話じゃなくて」


 姉さんがため息を吐きながらのし台の上に麺棒を置いた。


「エリー、お前のことはまあ、基本的には信頼している。少なくとも、私たちに明確な危害を加えるような真似はしないと信じている。だからまあ、あいつらが納得するなら好きにすればいいさ」

「うん、じゃあ話してくる。……ああ、もし連れていくとしても今日じゃないから、そのご飯っていうか麺? ちゃんと作ってあげてね」

「はいはい」

「……何だったらさ、姉さんも村を出ない?」


 寿命の短すぎる村から、私は姉さんを連れ出したいと思った。



「おーい、みんな久しぶりー」


 アレスとトトスの兄弟は、川で色々と洗っている最中だった。エクスは川の真ん中で魚を狙っているっぽいが、あれは多分サボりだな。まあまだ未成年だし、兄2人も甘やかしているんだろう。


「おお、エリーじゃないか。もう帰ってきたのか?」

「久しぶり」

「うん。今ちょっといいかな? アレスとトトスに話があるんだよ」


 エクスがそれを遮るように、じゃばじゃばと川を歩いてきた。


「エリー、馬は?」

「あの子たちは別行動だよ、エクス」


 私の後ろを気にしていたエクスが、馬たちがいないと気づいた途端にむっとした顔になった。


「ふーん、僕に取られるのが嫌で連れてこなかったんだ、エリー」


『何を言っているんだろうか、この子は』


 と思っている間に、エクスはアレスとトトスに小突かれていた。


「痛い、痛いよ、兄さんたち」

「お前が言った言葉のがよっぽど痛いわ」

「だな」


 トトスの言葉に、アレスがうんうんと肯いている。


「何だよ、皆して、いつもいつも俺を子供扱いして」

「子供だろう」

「子供だね」

「駄々っ子だな」

「……くそっ」


 水面を一発殴ってから、トトスは家の方へと帰って行った。



「で、エリー。話って?」

「ああ、うん。アレスとトトスの2人が勉強に興味を持ったみたいに聞いたから、町の学校に一緒に通わないかなと思って誘いに来た」

「町かー。エリー、それ、母さんには言ったのか?」

「うん。みんなが納得するなら好きにすればいいって」

「そっか。やっぱり反対はしないか」


 トトスが頭をがしがしと掻いた。頭皮に良くなさそうなので慌てて止める。


「状況を説明すると、うちは今、誰のせいとは言わないが、誰かのせいで森の奥まで行けない。置いてくとよそん家の子供を巻き込んで森に入ろうとするんで、食い扶持を減らさないと不味い」

「でも俺たちがエリーに付いていくと、あいつ、暴走しそうなんだよなー」


 トトスはため息が止まらないみたいだ。アレスも肩をすくめている。


「どうするよ、アレス兄さん。兄さんには結婚って選択肢も……無いか」

「無いな。食うだけで精一杯だった」

「だよなー。女から見ても、未成年者まで森に追い立てないと生きていけないような家になんぞ嫁ぎたくないだろうしな」


 何か暗くなってしまった2人。慰めたいけど、私には無理だな。解決策も思いつかない。まさか私が嫁に入る訳にもいかないし。


「よし、決めた。俺は町へ行く」

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