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「ねえねえ、無かった日なんだけど、ちょっと別な町に行ってみない?」


 いつものように店にやって来たラウリ、エクス、ソランの甥っ子3人組を、思い切って誘ってみた。一番連れて行きたいのは王都だったけれども、もし彼らが獣人だとばれても奴隷扱いされない町の方が安全だと思ったのだ。


「え?」

「エリーって森の外に出られるの?」

「うん」

「そっか、すごいなエリーは。でも俺たちはちょっと……な?」


 この世界の龍は4種類じゃなくてもっと沢山いるらしい。正確に何種類いるかは分からないけれども、とにかく彼らが抜けるとバランスが悪くなるそうだ。


「だけど、エリーは遠慮せずに行ってください。店は僕が預かりますから」

「俺は家だな」

「じゃあ僕はエリーの馬たちを」


 ……ん? 何を言っているんだろうか、この子たちは。私を村から追い出して店と家と馬を奪うとか、図々しいにも程がある以前の問題として、不可能なんだが。

 冗談としても笑えない。下手したら死人が出る話だし、一応窘めておく。



『しかし、引っ越しか……悪くないな』


 村人の殆どは獣人で、いくら血が繋がっている者が多くても、人である私は異物だったりする。私にとっても馬たちにとっても、力を隠しながら人目を気にしながら生きなければいけない村はさほど住みよい場所ではない。よくよく考えると、引っ越すのは吝かでない。

 そうと決まれば話は早い。甥っ子たちを追い出し、馬たちに報告して了承を貰い、亜空間にぽいぽい商品を詰め込んでいる最中にふと思った。


「あーちゃんの亜空間って、広いよね? 店とか家とか、丸ごと運べたりするのかな?」


 こくんと肯くあーちゃん。おお、頼もしい。私が感動している間に私たちは外へと出され、私の土地の上に建っていたものは全部あーちゃんの亜空間に吸い込まれてしまった。残ったのは草も生えていない、ちろちろとお湯が流れるだけの空き地だ。


「凄いな、あーちゃん」


 立つ鳥跡を濁さずって感じで悪くない。ついでなので、結構な量の土をねじ込んでお湯も止めておいた。土の中に埋まっている種を探して、適当に育てる。


「うん、これでほぼ元通り」


 魔法って便利だな。



「魔法って凄いもんだな、エリー」


 声がした方を見ると、レーネ姉さんがいた。


「あれ? 姉さん?」

「エリーが突然、村を出ていく気になったとエクスが知らせに来た」

「そっか」

「しかし、急だな。折角文字を憶えたのにと、うちの上2人が悲しむ」

「上2人?」

「ああ、エクスが兄たちに得意げに教えていたからな」


 うわ、知らないところで日本語っていうか、平仮名と片仮名が広がっているよ。


「しかし、丁度良かった」


 姉さんが私の目の前に、蓑虫みたいにぐるぐる巻きにされた男を置いた。


「エリー、すまんがそいつも連れて行ってくれ」

「ん?」

「……自称だが、王子様だそうだ。偉そうな態度の割に狩りはできないし畑仕事もできないし家事もできないし盗み食いはするしで、村のお荷物だ。これ以上は養えないと、村長も悲鳴を上げていた」

「そっか。森の中にでも棄てていくかな」

「やめてくれ、エリー。もしもそいつが万が一にでも本物の王子様だった場合、困ったことになる」

「そっか。じゃあ近くの町か、いっそ王都まで行って棄ててくるか。まあ姉さんたちに迷惑がかからない方向で考えてみるよ」

「ああ、頼むよ。……じゃ、私はそろそろ行くよ。エリー、たまには顔を見せに帰ってこい」

「ほいほい」


 手を振る姉さんに手を振りかえしたのはいいけれども……。


「どうしようか? このお荷物」



 気が付いたら、知らない場所にいた。左右にやたらと長い場所なので、廊下だと思う。やけに豪華な天井があり、壁があり、床があり、街を見下ろす窓があり、高そうな額縁とか壺とかが飾ってある。そこにいかにも村人その1という服装の少女である私と、幼児が3人ぽつんと立っている。


「ここはどこだろう?」

「王城」

「ん? どした、あーちゃん」

「王子、返品」


 ああ、ここは王城か。で、買った覚えの無い自称王子様だけど、要らないから返品しに来たと。……本物じゃなかった場合、大変なことになりそうだな。自称王子様は自業自得として、私たちが。いや、本物でもまずい気がする、王城に不法侵入とか。


「あれ? 子供?」

「何だ、お前たちは! どこから入った! 警備は何をしていた!」

「あれ? あそこに転がっているのって、もしかして、王子様?」


 ずーっと遠くの方にいたはずのキラキラと光輝く鎧を着た人たちが、ざわざわがちゃがちゃと集まってくる。王子様、王子様、と連呼が凄い。本物だったのか、あの王子様。


「さ、用事は済んだし、帰ろうか……って、あれ? 転移できないっていうか、何かに妨害されてる?」


 どこからか、集めた魔力を抜かれていく気がする。首を傾げながらも、力尽くで転移した。



 転移した場所は王都の外だ。だって王都に出入りするときに、身分証を見せているからね。入った記録が無いのに露店を出した記録があったり出た記録があったりするのは不味い。だから、入るところからやり直しだ。

 いつもの場所に来ると、王都でのお得意様……と多分もう言ってもいいルオルさんが既に待っていた。


「今日は遅くなってすみません、ルオルさん」

「いえいえ、私が勝手に待っているだけですから。ところでリーチェさん、エリーという名前の魔法使いをご存知ですかな?」


 私もエリーさんの中の1人だけれども、王都で私をエリーと呼ぶ人はいないし魔法使いと自称したこともないので私のことではないと思う。


「いえ、その方がどうかなさったんですか?」

「聞くところによると、何でもものすごい魔力の持ち主らしいですぞ。王宮魔法使いが張った結界を無視して王城に潜り込めるほどに」


 ああ、やっぱり私じゃないな。うん、違う。王城からはさっき出てきたけれども、結界とか知らないし、入るときはあーちゃんの魔法で入ったんだし。


「ルオルさん、王宮魔法使いって何ですか?」

「ああ、ご存じなかったですか。王宮に、国家に雇われている魔法使いのことですな」

「じゃあ、魔法使いって何ですか? 私でもなれますか?」

「おや、リーチェさんも王城に潜り込みたいのですかな?」

「いやいや、そんな願望は無いですよ。ただもっと魔法について詳しくなりたいというか、勉強したいんです」

「ほほう、向上心があることはいいことですな。魔法使いになる方法は……一般的なのは魔法学校を卒業することでしょうな」


 ルオルさんが小さなリーフレットをくれた。受験する者が少しでも増えるようにと、王都やある程度大きな町では配布されているものらしい。私はまだ(この世界の)文字が読めないと言うと、ルオルさんが絵や図っぽいものを指さしながら1つ1つ説明してくれた。


「全寮制で、週末しか外に出られないのですか。成績優秀者は寮費も含めて全額無料で、そうでなくても受験料と授業料は無料。留年した場合はその限りではない、と。飛び級試験は半年に1回、付き人は3人まで……ルオルさん、付き人は幼児でも大丈夫でしょうか?」

「リーチェさんの成績さえ優秀であれば、大丈夫にできるでしょうな」

「成程」


 優秀でなければ大丈夫じゃないのか。(この世界の)文字さえ読めない私じゃ、無理っぽいな。ルオルさんがやけに熱心に勧めてくるけど、馬たちと離れなければいけないと分かった時点で興味が無くなった。



 私たちは砂漠の中に住むことになったみたいだ。決めたのはあーちゃんだったので、そこになった理由は知らない。私にあるのは主導権だけで、最終的な決定権はいつの間にかあーちゃんのものになっているからな。


「ここ、家、作る!」


 あーちゃんが何だか張り切っているので、任せることにした。


 私がぼーっと見ている間に、砂がごっそりと抉ったように削れて湖が出現した。その縁には樹が生え、草が生えた。少し離れた場所に亜空間から出てきた店が移動して、魔改造されてツリーハウスになった。家はほとんどそのままツリーハウスの下に連結された。そしてそれら全てを囲うように砂が盛り上がり、塀ができた。

 そんなこんなで、あっという間に箱庭のようなオアシスが出来上がった。


 しーちゃんとくーちゃんは早速、プールではしゃいでいる。



「魔法って本当に凄いもんだよね、レーネ姉さん」


 それだけを言うために、私は召喚魔法を使った。私の横には姉さんがいて、目の前にはあーちゃんが作り上げたオアシスが広がっている。

 馬たちには事前に報告しておいたので問題は無い。彼らは今頃、家の内装を弄りまくっているはずである。どう弄っているか若干不安だが。


「ああ、そうだな。だがエリー、私は今、食事を作っている最中だったんだ」


 姉さんが右手に持っているおたまから、夕飯になるはずだったであろう何かの汁が落ちていく。


「ああ、おたまを返さないと食べられないか」

「できれば私も帰してほしいんだが」

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