初めて浮いた日―――通称・達磨記念日。
「俺は一つお前に問いたい。」
「ん?」
「お前はその状態でどうやって人生を過ごしてきたんだ?」
「極力水に浸からないようにはしてきたが。あ、風呂は別だからね。」
「へー。」
ここは市民プールの一角。僕は例の特訓に励んでいたが・・・。
「いいか?力を抜け、力を!そうすりゃだいたい人間は浮くんだよ!」
「・・・そんなことできれば苦労しないさ。」
小声でつぶやくも、水城には届かない。僕は水城に見つからないようにため息をいた。
「よし、もう一度やってみろ。水の中で三角座りのかっこうするだけだ。何も難しくないだろ?イメージするんだ!『俺はダルマだぁー!』みたいに!」
「・・・どうして達磨なんだ?」
「この浮き方は《ダルマ浮き》っつー名前なんだと。」
「なっ・・・達磨がこんな格好で浮いていたのか・・・・!」
達磨と言えば、仏教の人だよな?確か禅宗に関係していたような・・・。まさか、達磨はこの体勢で沐浴を・・・?なかなか斬新なポージングを思いついたものだ。
「そう考えると、なかなか彼もお茶目だな!」
「いや、知らねぇけどさ。とりあえずさっさとやれ。」
その言葉にコクリと頷くと、僕は大きく息を吸い込んだ。そして、口いっぱいに酸素をほおばると、勢いよく水に浸かる。
(えーっと、イメージって言ってたよな。よし!俺は達磨だぁーーーー!!!!)
僕は素早く三角座りの体勢に入る。そして、助言通りに力を抜いた。
一度プールの底に着くと、やがて、水面にリターンしていく。そして、背中がぷかぷかと浮いた。
「おい、佐藤!お前浮いてるよ!ダルマ浮き修得してるよ!」
僕は水から顔を上げ、新鮮な酸素を吸い込んだ。
「これがダルマ浮きか!ありがとう、水城!」
「・・・いや、けど、お前まだ浮いただけだからな。」
「いや、まあ・・・・そうだな。」
その日の特訓はそこで終了した。とりあえず、僕は今日《達磨浮き》を修得した。これで将来やむを得ず沐浴しなければならなくなった時も安心だ。
「ふぇー、ふぉふぁふぇほふひひふへうふぉうひふぁっふぁふぉふぁ。(へー、おまえもついに浮けるようになったのか。)」
「メロンパンは飲み込んでから話せ。日本語に聞こえないぞ。」
奏詩は牛乳で口いっぱいのパンを少しずつ胃袋に収めていく。
「お前の成長に感心したんだよ。」
「ああ。――――これで僕は突然の沐浴にも耐えられるのさ・・・!」
「・・・。」
怪訝そうな顔で僕を見る奏詩。まあ、泳げない彼には、僕の習得した奥義の深さが分からんのだろう。哀れな奴だ。そんなことを考えながら、僕は今日もミカンをの皮をむく。そして、今日も窓越しに小野寺陽菜を眺めた。
「そんなこんなで、特訓二日目なわけだが・・・。」
場面は変わって、再び市民プール。ワイワイとにぎわうちびっ子たちの片隅で、僕は水城と共に特訓を始めようとしていた。
「そんなこんなって・・・どんなこんなだ?」
「いや、作者がいろんなことを端折って話を進めやがるから、オレが補足してやってんだよ。この作者は大事な部分をいろいろ省くからな。」
水城は腕をくんで、全く困ったヤツだ、というように頷く。
大事なところを省く・・・。それはつまり、今日の昼に小野寺陽菜が僕に気づいて手を振ってくれたことも、僕も小さく手を振り返せたことも省いているのか・・・!?
「・・・・おい、佐藤。この世の終わりみたいな顔してるぞ。大丈夫か?」
「ん?・・・ああ、問題ない。特訓を始めよう。」
今日はついに僕の出場する種目の練習に入る。そう、ビート板キックの練習に入るのだ。
「ま、ビート板はまだ横に置いておけ。最初はバタ足の練習から入るからな。プールのふちを掴んで、バタ足をしてもらう。」
そんなこんなで、今日も2時間みっちりと練習した。
水泳大会まで残されたのはあと数日のみ。
作者よ、できれば僕のこの努力、すべて描き切って・・・(以下略)
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