僕等はただ沈むことしかできない。
「ふむ。どうしたものか。」
「ほんとだな。どうすんだ?おまえ。」
「いやいや、お前こそどうするんだよ。」
初夏のプールサイドに立つ、むさい男子高生が二人。先に断わっておくが、この物語は僕の明るく輝かしい、そして甘酸っぱい青春ドラマである。まあ、たぶん。二人の男子高校生の湿気にまみれた物語ではない。断じてない。
「いやー、まさかプールがあるなんてなー・・・。」
明らかな棒読みで、冷や汗を流す奏詩。フッ、高校生にもなって泳げないとか・・・笑っちまうぜ。
「いますっごく失礼なこと考えてなかったかなー、そこのカナヅチ?」
「フッ、呼んだかい?このカナヅチを。」
冷や汗の影響だろうか、いつも以上にメガネがずれてくる。このメガネもまだまだ修行が足りんようだ。
僕たちが卒業した中学には、プールが存在しなかった。校舎からグラウンドを挟んで線路があり、授業中に電車の通過する音というBGMは欠かせなかった。そんな現状をかかえる学校にプールなど存在できるはずもなく、水泳の授業は1年の時一度だけ、付近の市民プールを貸し切ってもらう、というものしかなかった。そんな中学を卒業しただけあって、水泳の授業なんてものは小学生で終わるものだと思い込んでいた。まさか高校に入って、そんなおぞましい時間があるとは・・・!
「ま、オレはいいよ?オレは運動神経がないわけじゃないという自信がある。」
その言葉にムッとしつつも言い返せない。たしかに奏詩は陸の上では運動神経がきれるヤツだ・・・。
そして、奏詩は続けた。
「でも、お前はどうだ?たしかに勉強はちょっとないくらいできる。それは尊敬してるよ。でも、愛しの君はどう思うだろうなぁ。うん?ただのガリ勉なんていう肩書で終わっちまうぞ?」
その奏詩の言葉に寒気が走る。たしかに・・・。このままでは『佐藤君=ガリ勉』のまま三年間が終結しかねない。
「いいか、大切なのは努力だ。結果はどうあれ、見えない努力にこそ女性は惹かれるもんなんだ!」
なッ・・そうなのか?なぜ奏詩がここまで女心に詳しいんだ・・・!こいつ、僕の知らないところで一体何をしてたんだ!
いや、そんなことはどうでもいい。
「その言葉、確かなんだな・・・?」
「当たり前だ。オレがお前に嘘なんてつくわけないだろ。」
「・・・・そうだっけ?」
この後数分間、僕は今まで奏詩がついてきた嘘を覚えている限り言い尽くした。しかしまぁ、それは僕の青春ドラマの一ページには必要のないものだ。割愛しよう。
「とにもかくにも、僕は今日から特訓を開始するべく動くことにするよ!」
「ああ、がんばれよ。」
見えない努力を、女性は一体どこで目にし、惹かれるのだろうか。見られている地点で、すでにそれは見えない努力じゃないのではないだろうか。その疑問は僕の中で渦巻いていたが、あえて無視することにした。
「え?俺に水泳を教えてもらいたいって!?全米が涙するほどに運動音痴なお前が!?」
水城浩介は驚愕の意をありのままに発する。そう、目の前にいる僕に対しての無礼など微塵にも考えずに。
「君がそんなに失礼な人間だなんて知らなかったよ・・・。」
水城浩介は、この学校で水泳の神童として活躍している1年生水泳部のエースだ。同じクラスでありながら、今日までほとんど話したこともなかったのが・・・。こんなにも礼儀知らずな人間だったとは。
「確かに、僕は世間一般に言い伝えられる『カナヅチ』という存在だ。でも、訳あって、このままカナヅチで終われないんだ。君が忙しい人間だということは重々承知しているが、僕に泳ぎ方を・・・いや、浮き方から教えてもらえないだろうか!」
水城が考え込むポーズをとること、2.37秒。
「・・・分かったよ、んじゃあ明日水泳の用意を持ってこい。市民プールでよけりゃ相手してやるよ。」
「ほ・・ほんとか!?」
「男に二言はねえよ。」
こうして、僕は進化するための一歩を踏み出したのであった。
この努力で、僕は彼女に―――――――小野寺陽菜に近づけたのだろうか。そんなことはやってみなければ分からない。彼女に振り向いてもらうために、今はできることを全力でやるまでだ。