人形師
大人向け童話です。
灰色の街。蒸気の街。
いつからか、そう呼ばれていた街。
蒸気と淀んだ空気で、いつからか全ての建物が灰色になった街。
その一角に、あるのは小さなお店。
ショーウィンドウに飾られているのは、小さな手のひらサイズの人形達。
そのお店のドアをカランコロンと鳴らして、やってきたのは一人の少女。
「これで私を、人形にしてください」
持てるだけのお金を持って、街一番の人形師へ言う。
「どうして君は人形になりたいんだい?」
「わたしは、死ぬのはイヤだから。
だって、そしたらひとりぼっちの世界になってしまうでしょう?」
「そうだね、でも、人形もひとりぼっちには変わらないよ?」
「今だってこれからだって、きっとひとりぼっち。
だから、お願い、人形にして欲しいの」
「君の決心は固そうだね、ならわたしがひとつ魔法をかけてあげよう」
そういうと、人形師は少女へ魔法をかける。
魔法が終わると、少女の姿は変わらないままで、背中に大きなねじ巻きがついた。
「君がもし、人として生きたくなったら戻ってくるといい。
魔法を解いてあげよう。
ただし、君が人形として『生きて』いられるのはねじを巻かれている間だけ。
ねじを巻かれない君は、ただの人形と同じになってしまうよ」
「生きているのも、死んでいるのも、人形なら同じじゃないの?」
「さぁ、それはどうだろう?
今はわたしがねじを巻いておいたから、今のうちに外の世界を見てくるといいよ」
少女の目の前から、人形師はそう言うと姿を消した。
外の世界は少女が思っていたより、はるかに楽しかった。
灰色の街も、来る時は必死だったからあまり見てなかったけれど
それでも、見た事のないものがたくさんあった。
その中に、一人の少年がいた。
灰色の街で、煙る灰も気にせず働く少年。
少女は、たった一目で恋に落ちた。
連日のように少年の所へ通い、些細な事でも会話を交わす。
それだけで、舞い上がるように楽しかった。
少年もそれは同じだったらしく、些細な事でも喜んでくれた。楽しんでくれた。
それがまた少女には嬉しく、更に通いつめるようになった。
そして、数日経ったある日。
少女の意識は保ったまま、動けなくなってしまった。
動くと、体がみしりと音をたて、激しく痛むのだ。
なんで?と考えても理由はひとつしかない。
ねじを巻いてないからだ。
少女はすっかりと忘れていた。人形師との約束を。
ねじを巻かれないと生きてはいけない。
それが少女に課せられたルール。
(あの人が、来てくれたらきっと……!)
少年が来てくれたら。気付いてくれたら。
きっとねじを巻いてもらえる。そうしたらまた、動けるようになる。
少女は待った。いつまでも待った。
だが、少年はやってこなかった。
そんな少女の元に、ある日人形師がやってきた。
「どうだい? 願いは叶ったかい?」
(叶ってない! わたしは、あの人と一緒に人間に戻って、共に生きたい!)
声に出せない言葉でも、人形師には届いたらしい。
うんうん、と頷いた後、ぽつりとこぼす一言。
「でも、お望みの彼はやってこなかった。違うかい?」
(……)
答えられない。だって、少年はやってこなかった。
それは違えようのない事実。
「だからね、今日は君へプレゼント。
いつまでも人形のままでいるのは辛いだろう?
ならばいっそ、本当の人形になってしまうといい」
そう言うと、少女の返事も聞かず魔法をかける人形師。
ぽんっと軽快な音をたてて、少女は小さな手乗りの人形になった。
「愉快、愉快。これで仲間は揃ったね。
それではこれから開幕しよう。
楽しい人形ショーの始まりだ」
軽やかに、人形師は口ずさむ。
その片手に少女の人形、その片手に少年の人形。
「少女に惚れた少年は、やってこなかったのではなかった、としたらどうだろう?
人形師に、少女と共に生きれるよう、人形に変えてもらっただけだった。
これで二人はハッピーエンド、はれて結ばれるはずだった。
だが、あれあれ、結末はどうだろう?
お互いに相手にねじを巻いてもらえると待ち続けて
動けるはずの体のうちに会いに行くこともしなかった。
欲しい欲しいじゃ動かない。
欲しい欲しいじゃ動けない。
そこでわたしのおでましだ。
これで、少女と少年は永久に一緒。
ハッピーエンドで幕を閉じ。
人形ショーもおしまいだ」
もう語る事も、見る事も、聞くことも……
そして互いを愛する事も出来なくなった少年と少女。
思う事も、想う事もできず、人形師の手のひらで踊る。
灰色の街、蒸気の街。
小さなお店に、並べられたお人形。
そこに新しい人形がふたつ、増えた。
そのお店にお客は絶えない。
カランコロンとドアを鳴らして、今日もお客はやってくる。
「すみません、わたし、人形になりたいんです」