友人から妙な誤解をされていた
満員電車やバスって大変だ……
あの恐怖体験から翌日。
両親からは念の為に一日は休んだ方が良いのではないかと提案されたが、俺からしてみれば原因はこれ以上無いほどはっきりしているので、大丈夫だと断りを入れてから普段通りに登校した。
学校に行けばまた隣に一日中、美少女が居るという日々が待ち受けているのだが、真面目な学生の一人として、ここで自分を甘やかしては将来の為にも良くない。
俺は嫌いなピーマンは先に食べてしまう派なのだ。
「昨日倒れたっておばさんから聞いたけど大丈夫なのか?」
「ちょっと貧血で倒れただけだから気にするな」
教室に入るなり、話し掛けてきた八郎に、俺は軽く返答しつつ、自分の席に座った。
ちなみに隣の美少女は、まだ来ていないようだ。
そもそも、この教室に居る人数も、俺と八郎を含めて片手で数えるぐらいにしか居ない。
「まあ、栄太が大丈夫って言うならそれで良いんだけど、今日は随分と早く登校してきたな」
「昨日、貧血で倒れたせいか寝過ぎて早く起きたんだよ」
八郎が指摘した通り、俺が登校する時間帯は本来ならばもっと遅い時間だ。
こんなにも早い時間に来る奴は、部活の朝練かバスや電車での混雑に混ざりたくない奴等ぐらいのものである。
中には八郎のように朝には朝の情報があるとか言って、無駄に早く学校に来る特殊なケースも居るが、そこまで気にしてはきりが無い。
そして俺がこんなに早く登校したのは、八郎に説明したことも今日に限っては嘘ではないが、明日以降も継続される予定である。
その最大の理由は俺のお隣さんだ。
俺は基本的にバス通学なのだが、俺が乗車する時間帯のバスは、俺と同様に通学中の学生と会社へ通勤する会社員達で犇めき合っているのが現状である。
バスは朝と夕方の一番人が多く乗り降りする時間なのにも関わらず、30分に一本しか出ていないという昨今の経済状況を表すかのような少ない本数しか出ていない。
するとどういうことが起こると予想出来るか。
俺が多少の時間をずらしたところで、隣に住む美少女と、ニアミスする可能性が非常に高まるのだ。
もしもそれで人が密集する時間帯のバスに一緒に搭乗したとしたら……きっと冗談抜きでその日が俺の命日になりかねない。
どうして俺が、こんな対策を立てることになったのか。
それはミンチのモフモフ戦略により、事前にリークすることが出来た一つの情報があったからこそだ。
カレーを作った後、ミンチのふわふわでモフモフなぬこ感触を楽しむことで、警戒心が緩んだのか、美少女こと、音無鈴奈は明日以降の通学にバスを使用すると言ったのである。
思い返してみれば、家が隣りだというのに、初日と二日目は、バス内に一切の気配を感じなかった。
それもその筈で、奴がミンチをモフりながらした情報によると、父親が車で学校までの送り迎えをしていたらしい。
同じ室内で過ごす狂気すら感じる時間を経た俺にとって、この情報はきっと神様からの贈り物だったのだろう。
この事実に気付かず、今日も同じ時間にバスに乗って、もしも其処に美少女が居合わせていたとしたら、夕方にはニュースでバスに乗った高校生が、原因不明の昏倒で病院に搬送されたとか流されていたかもしれないのだ。
早起きすることで、そんな悲しいニュースがお茶の間に流れることを防げるならば、俺は田舎で毎朝欠かさず畑仕事をした後に乾布摩擦することが日課のお爺ちゃんレベルで早起きすることだって苦じゃない。
「ところで英太君」
俺が早起きは命を救うという、尊い言葉を脳内で新たに創造していたら、八郎が何だか気持ち悪い声で、俺を呼んだ。
「何だよ気持ち悪い声を出して?」
「気持ち悪いは心外だな。と、それよりも最近どうなんだよ?リア充してるんだろ?」
「何の話だよ?」
突然の訳が分からない八郎の質問に、俺は素直に疑問をぶつける。
「何の話だと!?それは余裕か!?リア充の余裕って奴なのか!?それとも僕はがっつかない草食系アピールとでも抜かすきかあああああああ!?」
「まて、まて、まて。本当に何を言ってるんだよ八郎?」
「俺は知ってるんだからな英太。我がクラスの期待の美少女転校生、音無ちゃんとお前が最近何だか良い感じだってことをな!」
「……はい?」
いきなり何を言ってるんだこの八郎は?
「ちょっと待て。何で俺が音無さんと仲が良いなんて話になるんだ?隣の席ってだけでそれは飛躍しすぎだ」
「おいおい英太……とぼけたところで、しっかりとネタは上がってるんだぞ。音無さんってお前の隣りの空家に引越してきたんだろう?」
「今更、お前の情報収集能力には突っ込まないが、随分と早く分かったな」
「その上、音無ちゃんがお前の家に訪ねて来て手料理を作ってくれたとか。お前は何処のラブコメ主人公だ?羨まし過ぎるだろこんちくしょうが!」
一気に捲くし立てた八郎に対して、俺は心の中で叫ぶ。
羨ましいなら代わってやりたいよ!
だが俺のそんな悲痛な心の叫びが、目の前の変態に届く筈がなく、昭和の香り漂う顔は、俺に怒りと嫉妬の表情を向け続ける。
「そこまで知ってるなら言うけどな。手料理を作ってくれたことに関しては、八郎の考えているようなことじゃないんだって」
俺は八郎の誤解を解く為に、階段から落ちて捻挫してからの経緯から順を追って説明していくことにした。
そして手料理の件については、何とか誤解を解くことが出来たその直後。
教室のドアが開かれて、先程まで話題となっていた美少女、が入ってくる。
その光景を前にして、今日も長い一日が始まるのだということを覚悟した俺に対して、悪魔のような言葉が耳を振るわせた。
「おはよう高須君。今日は高須君の分のお弁当も作ってきたから、一緒に食べようね」
そう言った美少女の笑顔は、可憐としか言い様がない程に輝いて、俺の魂をあと少しで冥府に送り届けそうな強力な威力だった……。
お昼休みに全力を傾ける級友が過去にどれだけいただろう?