美少女からは逃げられない
隣の席が美少女とかご褒美すぎます。
嫌あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!
俺は心の中で絶叫した。
寧ろ心の中だけで留める事が出来た、俺の鋼の精神を称えて、今夜はたこ焼きパーティーでもしたい勢いだ。
しかしそれも、無事に夜を迎えることができたら、という前提条件が果たされればではあるが……。
「宜しくね」
笑顔で挨拶をしてから、指定された俺の隣の席に座る美少女。
俺の席は一番後ろで窓際から一列離れており、美少女が座る窓際の席でのお隣は必然的に俺だけとなってしまう。
せめて反対側にだれかもう一人居れば、まだ防波堤として機能してくれたかもしれないと思うが過ぎてしまったことを嘆いていても仕方が無い。
何時だって人は、未来を目指して歩き出さなくてはならないのだから。
その第一歩として、先程の挨拶を無視するのは不味い。
良い悪いは別にして、何らかの印象を持たれるということは、それだけでも思い掛けない切欠となってしまう要素がある。
俺はそれを避ける為に、軽く会釈をしてから、壇上で朝のHRの続きを始めた三井先生へと視線をを向けた。
題して挨拶はしておいたけど、先生のお話は真面目に聞く子なんだ作戦である!
こうすることにより、最小限の挨拶を交わすだけに留めた上に、この人は真面目でちょっと最初に話し掛けるには……と思わせることが出来るのさ。
更にこの教室の席の並びは、列毎に男子と女子に分かれている上に、美少女の前に座る女子は、黄色い縁メガネがトレードマークで、我がクラスで中身は世話焼きオバサンと称されるクラス委員長の吉田さんなのである。
そんな吉田さんが、転校生という極上な獲物を逃す訳が無い。
その証拠に、吉田さんは振り向きはしないが、後ろに視線を向けようとしながらソワソワしていらっしゃる。
案の定、吉田さんは朝のHRが終わり、三井先生が教室を出ると同時に、世話好きなオバサンが如く、美少女へとマシンガントークという名の自己紹介を開始した。
その情景に誘われてか、周囲のクラスメイトの大半が、美少女の元へと集結していく。
俺にとってそのクラスメイト達の姿は、まるで魔王を討つべくして立ち上がった騎士団のようだ。
特に吉田さん……君は俺にとって、勇者であり、この混沌とした世界の災いに一筋の光を照らす希望だよ。
かくして聖なる騎士達の活躍のおかげで、俺の中に僅かながらではあるが平穏な時が訪れた訳だが、依然として脅威が過ぎ去ったわけではない。
ならば次なる対策が必要だ。
美少女がこのクラスに馴染めば、再び俺にその牙を向く恐れがある。
その前に俺はこの危険空域から脱出しなければならない。
同じクラスである以上、さっきの挨拶のような最低限の接触は、致し方無いとして、それでも距離を置かなければ、俺の精神が崩壊する時はそう遠くは無いだろう。
ならばこの状況を打破するにはどうすれば良いか。
一番簡単で確実な方法は、席替えの時を待つことだ。
幸いにもこの高校では席替えというシステムが健在で、先月の頭に席替えを行ったばかりで、これが半年に一回あるそうなのだが、正直に言ってこの席に半年も居ることは、確実に俺の精神が崩壊する。
常人にとっては俺が今居るポジションは羨ましいと思われるかもしれない。
現に先程から、八郎の奴が俺に対して強い嫉妬のオーラが具現化してきそうな、強い視線を浴びせ掛けてくる。
だが俺にとってこの席は、ライオンの群れの中に、生肉で作った鎧を身に纏い、一人放り出されたような心境なのだ。
変わってくれるというのであれば、今直ぐに変わってもらいたいというのが本音だ。
俺が今考えなければいけないことは、次の席替えがある半年後を待たずして、この席から離れることだ。
転校生がクラスに馴染むまで一週間……いや、性格は社交的に感じたので、二日から三日と見た方が良いかも知れない。
何としてでもその期間の中で、現状を打破しなければ……と、俺はそんな甘い考えをしていたわけだが、二日はおろか、五分と待たずして、更なる危機が俺に襲い掛かる。
「まだ教科書が届いていないんですけど」
「それじゃあ、隣の人に見せてもらいなさい」
まるで絵に描いたようなやり取りが、転校生と一時間目の現国を担当する教師の間で交わされ、美少女が既にギリギリとなっていたセーフティーラインを超えて、デッドゾーンへと侵入を果たしたのだ。
「そういうことだから、私も一緒に見せてもらって良いかな?」
「……ああ」
俺は平静を装いながら、教科書を開いて、連結された机から若干ではあるが美少女よりに置いて、少しでも物理的な接触が起きる可能性を下げることに専念した。
この状況でもしも、お互いの肩でも触れようものならば、俺は確実に気絶する自信がある。
石のように固まりながら生きた心地のしない授業を受けて、満身創痍となった俺ではあったが、二時間目は男女別の体育で、平和な時が訪れ、更に天は俺を見捨ててはいなかったらしく、体育の授業中に教師陣に連絡があったらしく、三時間目以降は各担当の教師が、転校生用の予備の教科書を持参してくれたので、先程の悪夢が再び起こることは無かった。
俺を救ってくれた恩師達の為にも、今度の中間テストは頑張ろうと、硬く誓いを立てる。
彼等の救いが無ければ今頃俺は、保健室のベッドの上で終わらぬ悪夢にうなされていただろう。
何はともあれ、本日の授業を無事に終えた俺は、級友達に手早く別れの挨拶を交わして、脱兎の如く教室から脱出して、我が家へと帰宅した。
普段以上に磨り減った精神を回復する為に、我が高須家の愛猫である、ミンチ(三毛猫♀二歳)をモフり続けて暫くした頃に、来訪を告げるチャイムが鳴る。
我が家は一軒家なのだが、父さんと母さんはゴールデンウィークと有休を重ねた長期の旅行で出掛けていて今は居ない。
大事な一人息子と愛猫を放置してなんて親だとは思うが、それでも両親の仲が良いことは、素直に喜ばしいことだと思うので、許すとしよう。
そういった訳で、来客に対応するのは、俺の役目なので今行きますよと言いながら、玄関へと急ぐ。
「「え?」」
玄関をのドアを開けて、俺と来客の声が同時に重なった。
高須家を訪ねて来た人物は予想外にも、美少女だったのである……。
主人公の中ではホラー展開です。