第8話 プロジェクトがない
放課後。
帰り支度をする翔に、ロッティはそっと近づいた。
「Sho... walk together? 」
《翔、一緒に帰る?》
翔は目線をそらしながら短く答えた。
「部活あるから」
「ブカツ……?」
それきり翔は教室を出ていった。
ロッティはその背中を静かに見送った。
すぐに沙羅が現れる。
「翔、つめたいな〜! いいよ、私が教えてあげる。翔の“ブ・カ・ツ”!」
ひかりが割り込む。
「ロッティ、柔道部より生活部の方が楽しいよ。見学してみる?」
「セイカツブ?」
「“なんでも部”って呼ばれてるの。いろいろやるよ」
「No! Judo! You join judo! 」
沙羅が必死に訴える。
「女子、私ひとりなんだよ! ロッティ、入ってー!」
そこへ陽太が飛び込んできた。
「ロッティは足速そうだし、陸上部がいいって!」
「なんで?」
「なんとなく! 雰囲気!」
「根拠ないし」
ひかりが冷静に突っ込む。
「勧誘したいなら理由言わなきゃ」
「そうそう。ロッティ、困っちゃうよ」
結局、三人はそれぞれの部活を案内することになった。
***
柔道場。
畳の上では、翔が無言で稽古していた。
額の汗、集中した視線、技の鋭さ。
ロッティは息をのんだ。
「It’s so impressive... Is this really judo? 」
《すごい……これが柔道?》
沙羅が小声で言う。
「翔の相手は田島魁人。強いよ」
魁人を見つめる沙羅の瞳がキラッと輝く。
――Her eyes… are emitting organic light.
《彼女の目、有機発光してる!》
ロッティは観測した。
瞳孔の収縮、反射光、頬の温度の変化。
――If observation affects the state, then my gaze is interference too.
《観測が状態を変えるなら、わたしの視線も“干渉”》
「やだロッティ、そんな見ると恥ずかしいよ」
観測された沙羅の笑顔は、もう一段明るく輝いた。
ロッティは、人の感情が織りなす未知の“量子場”の入り口に立っている気がした。
***
運動場。
狭いグラウンドを何人かが走っている。
陽太が胸を張る。
「ロッティも走ろうぜ! 気持ちいいよ!」
「いや、ロッティが速いかまだ分かんないし」
ひかりが冷静に返す。
「雰囲気で勧誘するのやめなよ」
「じゃ、走らない種目なら!」
「もう、ロッティと一緒にいたいだけでしょ」
沙羅に指摘され、陽太はばつが悪そうに肩をすくめた。
***
生活部。
家庭科室には折り紙、色紙、笑い声。
秋祭りの飾りづくりで賑やかだった。
「生活部はね、お菓子作りから盆踊り、田植えボランティアまで、なんでもやるよ」
ひかりが説明する。
ロッティはその光景を見て、ふと疑問をこぼす。
「Where’s the lab? The project room? 」
《研究室は? プロジェクトルームは?》
「……ラボ?」
ロッティは翻訳画面を見せた。
『研究室』
ひかりが戸惑って答える。
「理科室……のことかな?」
全員で理科室へ向かった。
***
理科室。
扉を開けると、ひんやりした空気。
黒い作業机、ガスバーナー、ビーカー。
ロッティは眉をひそめた。
――No vacuum chamber. No spectrometer. No laser optics.
《真空チャンバーなし。分光計なし。レーザー光学もない》
「Where’s the electron microscope? The laser oscillator? 」
《電子顕微鏡は? レーザー発振器は?》
「え、えれくとろん……?」
「おしれーたー……?」
陽太が戸棚から古い光学顕微鏡を取り出す。
「これか?」
ロッティは絶句した。
「No! That’s just an optical microscope! 」
《違う! ただの光学顕微鏡!》
両手で頭を抱える。
――This can’t be the lab.
《ここは研究室じゃない》
胸の奥で、何かが崩れた。
ロッティはひかりたちに詰め寄る。
「Where should I study? 」
《私はどこで研究するの?》
ひかりたちは顔を見合わせた。
「ロッティが研究する場所?」
「校長先生が何か言ってるのかな……」
「とりあえず、校長先生に聞いてみたら?」
ひかりが翻訳アプリで示す。
『Maybe ask the principal. 』
《校長先生に聞いてみて》
その機械音を振り切るように、ロッティは廊下へ走り出した。




