表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/52

第 7 話 研究って何

山村留学、二日目。

今日から本格的に授業が始まる。


ロッティは真新しい制服の襟を整え、鏡の前に立った。

赤い髪を後ろでまとめてアップにする――気合を入れるときの髪型だ。


「翔、ロッティを学校までお願いねー」


久美の声が台所から響く。

階段を下りると、翔が玄関で待っていた。

視線が一瞬だけ合い、すぐにそらされる。


靴を履きながら、ロッティは静かに息を吸った。

翔は大股で歩き出し、ロッティは小走りで追いかける。

その背中から伝わる緊張が、こちらまで移ってくる気がした。


途中、ロッティはスマホを出し、翻訳アプリ越しに話しかけた。


「What do you research? 」

《何の研究をしていますか?》


「研究? なにそれ」


Nani sore(なにそれ)」がアプリによって

Naresome(なれそめ)” と誤認識された。


――“Naresome”… the psychology of meeting?

  《ナレソメ……出会いの心理学のこと?》


翔の耳まで赤くなる。

それきり、二人は黙って坂を上った。


***


クラスの朝会。

八人しかいない小さな教室。

木の匂いの残る床。


ロッティは一番前の席で、ノートの端を折りながら待っていた。


「じゃあ、改めて自己紹介をお願いね。ロッティ」


エリカが優しく英語で促す。

ロッティは立ち上がり、深呼吸した。


「My name is Charlotte Grace Hart. Please call me Lottie.」


エリカが日本語で通訳する。


「シャーロット・グレイス・ハートさんです。ロッティと呼んでほしいそうです」


「I came from Massachusetts. I study quantum mechanics. 」

《マサチューセッツから来ました。量子力学を研究しています》


ざわっ。


「クオンタム?」

「メカニクス?」

「マンガの技?」


追及はそれ以上なかった。

誰も続きを聞こうとしない。


――Why…?

 《どうして?》


胸の奥に、かすかな違和感が芽生えた。


***


朝会が終わると同時に、勢いよく机の前に女子生徒が飛び込んできた。


「Hi! You are ロッティ, right!?」


太陽みたいな声。人懐っこい笑顔。


「Yes…」


「I'm Sara! Takemoto Sara! ハジメマシテ」


英語と日本語が混ざっている。

けれど、その熱量が言葉より先に届く。


「ユア ヘア イズ ビューティフル。ライク……ストロベリージャム!」


――Strawberry jam… a compliment?

 《ストロベリージャム……褒め言葉でいいのよね?》


「Thank you…?」


沙羅は楽しそうに笑う。


「私、柔道部なんだ! 柔道、好き?」


「……Ju…do? What’s judo? それ、どんな研究ですか?」


沙羅は固まり――


「ケンキュウ? あ、やば、先生来た! またあとで!」


風のように去っていった。


***


国語。


「しばらくは日本語の読み書きからね。みんなは昨日の続き読んでおいてー」


担任の藤原が、ロッティの机に日本語支援の教科書を置く。


「“あ”と“い”はこう書くの」


隣のひかりが指で紙をなぞり、ゆっくり見せてくれる。


ロッティは不慣れな鉛筆で、「あ」「い」「う」と書いていった。


「Thank you… Um…」


ひかりは微笑んで英語で言う。


「My name is Tōsaka Hikari. Hikariでいいよ」


ロッティの瞳がぱっと明るくなった。


「Thank you, Hikari.」


ひかりは照れたように笑い、ふわっと教科書の「え」の字を指でなぞった。

ロッティはその笑顔を見つめながら、胸の奥で小さな確信を抱いた。


――Maybe she will be my first friend in Japan.

  《もしかしたら……日本で最初の友達になれるかも》


***


英語の授業。


「今日は、ロッティに英語で話しかけてみよう。簡単でいいからね」


教室がざわつく。


「What's your favorite food?」

「Do you like cats?」

「How old are you?」


次々と質問が飛び、ロッティは真面目に答える。


――So many observers… Is this social entanglement?

 《観測者が多すぎる……これが社会的エンタングルメント?》


***


社会科。


「世界は曼荼羅のような構造をしているんだ」


円城寺校長の声に、生徒たちは机に突っ伏す。

ただ一人、ロッティだけが目を輝かせていた。


「This is… entangled structure.」

《これは絡み合った構造だわ》


ひかりが小声で言う。


「そんなに真剣に聞かなくていいよ? 授業と関係ないし」


翻訳アプリを見ながら、ロッティは首をかしげた。


――Relation itself is the law connecting all phenomena.

 《“関係”こそ現象をつなぐ法則なのに》


***


数学。


真田教頭が一次方程式を書き、「じゃあシャーロットさん」と指名する。


ロッティは数秒で解いてしまった。

教室がざわめく。


さらに難しい問題――それも即答。


しん…と静まり返る教室。


――A simple system with a single solution.

 《単一解の単純な系》


淡い満足感。だがそのすぐあとに、別の感情が浮かんだ。


――But this is too easy.

 《簡単すぎる》


――Is this really a top secret project…?

 《これ、本当に“極秘プロジェクト”なの?》


ロッティの胸に、静かな疑念が芽生えた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ