第5話 ただの田舎だってば
N県の地方空港・到着ロビーの端。
ロッティは首を伸ばして左右をきょろきょろと見渡していた。
どこかに――博士のチームの人がいるはず。
そう固く信じていた。
視線の先、ひょろりとした男性がプラカードを掲げて立っている。
「Welcome Charlotte Grace Hart」
その横の女性がロッティと目を合わせると、ぱっと表情を明るくして駆け寄ってきた。
「Hi, are you Ms. Charlotte Grace Hart? 」
《こんにちは。シャーロット・グレース・ハートさんですか?》
「Yes.」
「Nice to meet you! My name is Mizusawa Erika. 」
《はじめまして、水沢エリカです》
「We're your host family. Come with me, okay? 」
《私たちがホストファミリーですよ。こちらへどうぞ》
ロッティはスーツケースを引きながら、不安と期待の入り混じる胸でついていった。
――Arrival. Reception. Acceptance. The sequence is correct.
《到着、出迎え、受け入れ。順序は正しい》
――No anomaly detected.
《異常なし》
「Nice to meet you, Ms. Hart. My name is Shibata Makoto. Welcome to Mizumori Village. 」
《はじめまして、柴田誠です。ようこそ水守村へ》
「Nice to meet you, Ms. Hart. My name is Shibata Kumi. 」
《柴田久美です》
「コンニチワ。ワタシ、シャーロット・グレイス・ハート・デス。ヨロシク・オ願イシマス」
片言の日本語に久美がにっこり微笑む。
「日本語、上手ね。荷物持つわ。車すぐそこよ」
***
車が青蘭市に入るころ、エリカがショッピングセンターを眺めてため息をついた。
「あーあ。本当なら玲子さんと、あそこでショッピングだったのにな〜」
「お休みなのにすみません」と誠が恐縮する。
久美が苦笑しながら付け加えた。
「ロッティの日本語が心配で、英語ができる先生をお願いしたのよ」
エリカは少し気まずそうに肩をすくめた。
***
誠がハンドルを握ったままロッティに話しかける。
「山村留学はね、五年前に村長が過疎対策で始めた制度なんだ。まさか海外から応募が来るとは思わなかったよ」
エリカが振り返って英語に訳す。
「You are the first student from overseas. 」
《海外からの参加は初めてよ》
ロッティの胸に温かなものが広がる。
“最初”と呼ばれるのは、ひそかに嬉しかった。
エリカが興味深そうに続ける。
「久美先生の家は、どうしてホストファミリーに?」
誠が応える。
「村役場の役員の家が候補だったんだ。外国の子って聞いてね、久美は昔、海外遠征してたから、うちに決まったんだよ」
「え、久美先生って柔道の日本代表だったんでしょ? そっちもすごいな〜」
久美が照れくさそうに笑う。
「ずっと昔の話よ。本当にだいぶ前のこと」
エリカが再びロッティの方を向いて説明する。
「Kumi-sensei was once on Japan’s national judo team. 」
《久美先生は、昔、日本代表だったの》
ロッティは目を輝かせた。
――She’s such an amazing person.
《そんなすごい人がホスト?》
――As expected, this "Yamamura Project" must be special.
《やはり、“山村プロジェクト”は特別なんだわ》
彼女の誤解は、静かに、確実に深まっていく。
***
車が市街地を抜け、山道へ。
窓の外は急速に濃い緑へと変わった。
エリカがロッティに尋ねる。
「Are you recommended by the Ministry of Education? 」
《文科省推薦なんですってね?》
「The Ministry of Education…? 」
《文科省……?》
ロッティは首をかしげる。
「Yamamura Project... it should be, right? 」
《博士のプロジェクト……でしょ?》
ロッティの視線は森の奥へ向かい――
そこには人影ひとつなく、ただ濃い緑が続いていた。
「This must be a remote area. 」
《すごく人がいない……》
「Maybe it's a secret project. 」
《極秘プロジェクトの拠点……?》
「いや、ただの田舎だってば」
エリカが笑い、誠と久美もつられて吹き出した。
ロッティだけが真剣な顔で窓の外を見つめていた。
彼女の誤解は、誰にも止められない。




