第45話 夢を叫んだこの場所から
ひかりの家出騒動の翌日。
昨日の荒れた天気が嘘のように空は澄み、青空には白い月が淡く浮かんでいた。
始業前の教室は、いつもと変わらずざわついている。
「ひかり、おかえり」
教室に入ってきたひかりへ、ロッティが少しからかうように声をかけた。
「ただいま」
ひかりは照れくさそうに微笑む。
ロッティはスマホを取り出し、山頂でピースするひかりの写真を見せつけるように掲げた。
「あ〜あ、わたしも登りたかったのに。一緒に登ろうって言ったくせに」
ちょっとむくれた声に、ひかりは肩をすくめる。
「ごめん。約束の春まで、どうしても待てなかった」
二人は顔を見合わせ、同時にぷっと吹き出した。
「春になったら絶対一緒に登ろうね」
沙羅が「ずるい、私も行く!」と背中に抱きつき、
陽太が「じゃあ春休み、みんなで行こうぜ」と提案する。
窓の外には、水神岳の稜線。
その頂にはまだ雪が残っている。
――あの山の向こうに海がある。
その先には、わたしの知らない世界が広がっている。
“世界は広い”
ひかりのあのメッセージが、ロッティの胸にしずかに落ちた。
***
職業体験の成果発表の日。
「では、各グループに発表してもらいます」
亜紀先生の声で発表が始まった。
ロッティと美央が、少し緊張した様子で教壇に立つ。
「わたしたちは、旅館『たかとお』で職業体験をしました」
ロッティがはっきりと声を出す。
「接客を通して、おもてなしの大切さを学びました。
村の人たちとのふれあいは、とても温かかったです」
続いて美央が言う。
「棚の整理や陳列を、お客さんが見やすいように工夫しました。
小さなことでも喜んでもらえるのが嬉しかったです」
プロジェクターには「たかとお」での作業風景や笑顔の写真が映し出される。
「将来の仕事を選ぶときは、自分だけじゃなく、周りの人にも喜んでもらえる仕事を選びたいです」
二人の言葉に拍手が湧き、ロッティは胸の奥がじんわり温かくなった。
***
最後に、ひかりたちのグループが登壇する。
発表を終えたあと、ひかりは一度深く頭を下げた。
「この前、家を飛び出して……みんなに心配をかけました。本当にごめんなさい」
教室が静まり返る。
ひかりは顔を上げ、真っ直ぐに前を見た。
「小さいころ、水神岳の頂上から見た景色に憧れて……いつか広い世界に行きたいと思っていました」
ひかりは息を大きく吸い、言葉をつづける。
「もう一度あの景色を見て、その気持ちが本物なのか知りたくて登りました。
でも、そのせいでみんなや家族に心配をかけてしまって……本当にすみませんでした」
もう一度、深々と頭を下げる。
「山から景色を見たとき……やっぱり外の世界を見たいと思いました。
もっと広い場所で、いろんな人と関わりたい。
だから私は、将来は国際的に人と人をつなぐ仕事に就きたいと思います」
澄んだ声が教室に響く。
一瞬の静寂のあと、大きな拍手が巻き起こった。
沙羅が目を赤くし、陽太が「ひかり、がんばれよ!」と声をあげる。
ロッティは胸が熱くなり、目頭がじんわりした。
***
春休み。
雪が溶け、村の空気に柔らかさが戻ってくる。
「もうムリ、足が動かない……」
「ちょっと休憩……」
美央と真琴が道端の石に腰を下ろす。
「ほらほら、普段動かないからだよ」
ひかりが手を差し出して真琴を立たせる。
「受験は体力勝負っていうし、美央もファイト」
ロッティが美央の背中を押す。
この日は、クラス全員での水神岳登山だった。
「もう少しで頂上だぞー!」
陽太が走り出し、つられてみんなも駆けだす。
木々のトンネルを抜けると、山頂の一部屋ほどの広場がひらけた。
「やったー、着いた!」
「お腹すいたー!」
リュックを開き、思い思いに弁当を広げる。
「……きれい」
ロッティは、久美先生が作ってくれたお弁当を頬張りながら景色を見渡した。
山の麓の青蘭市の街並み、その向こうに広がる海の青。
空と境目なく溶け合っている。
「いつか、あの海の向こうまで行くぞー!」
ひかりが突然立ち上がって叫んだ。
ロッティは驚いてひかりを見る。
ひかりは、眩しい笑顔で応えた。
ロッティも思わず立ち上がり、胸に手を当てて息を吸い込む。
「わたしも――柔道がんばるぞー!」
「混合戦、優勝するぞ!」
「第一志望、絶対合格!」
「新人賞とってやる!」
「大物になるぞー!」
「オリンピック出る!」
「みんな大好きだー!」
声が青空に吸い込まれ、風に運ばれていく。
みんなの夢が重なりあい、山頂にこの上なく明るい響きを残した。
――わたしたちの未来は、この景色よりずっと広い。
そして、ここから始まる。
仲間とともに、夢を叫んだこの場所から。
春の風が吹き抜け、未来への道がやさしく照らされていた。




