第41話 勝手に決めないでほしい
職業体験ウィークの割り当てが発表された。
ロッティの名前の横には旅館「たかとお」。
その隣には――「古村 美央」。
「うん! よろしくね!」
「……はぁ。あなたと組むと疲れるのよ」
「え~、あのとき楽しかったじゃん」
「あなたはね」
美央はため息をつきつつも、口の端を少し持ち上げた。
ほかの班は、
ひかりと魁人が村役場。
翔と真琴が農協。
沙羅と陽太が保育園。
全員バラバラで、ちょっとした社会人ごっこみたいだった。
***
「たかとお」の暖簾をくぐると、温かい木の匂いが迎えてくれた。
日用品や地元野菜の販売所、その一角にある小さな食事コーナー。
旅館というより“村の休憩所”といった雰囲気だ。
「いらっしゃいませー!」
ロッティが声を張る。
……が、入ってきたのは農協からの配達員だった。
「ご苦労さん、そこに置いといて」
奥から、ひかりのお母さん・真理子さんが顔を出す。
エプロン姿で、少し疲れているが、優しい笑顔だった。
「わたしたち、運びます」
そう言ってロッティと美央は荷物を運ぶ。
「手伝ってくれて助かるわ。ありがとね、二人とも」
ロッティは嬉しくなってぺこりと頭を下げる。
美央は「いえ」と短く答え、箱から野菜を静かに取り出して棚に並べた。
几帳面さは相変わらずだ。
掃除、棚の整理、売店の陳列――
どれも単調なのに、ロッティには新鮮だった。
お客さんから「ありがとう」と言われるたび、胸の奥がむずむずとあたたかくなる。
――人から感謝されるって、こんなに嬉しいものなんだ。
知らない人に必要とされる感覚は、ロッティにとって初めてのことだった。
***
午後、少し休憩をもらい、喫茶コーナーで温かいお茶を飲む。
ストーブの音がぽつぽつと響く。
「ひかりも小さいころは、よく手伝ってくれてね」
真理子さんは懐かしそうに目を細めた。
「ひかりって、どんな子どもだったんですか?」
「そうねぇ。小さな看板娘って感じで、お客さんにも人気があったのよ」
ロッティは、幼いひかりを想像してほっこりする。
「この店もね、もう何十年もやってるけど……」
真理子さんは湯飲みを見つめ、静かに続けた。
「今じゃ、村の人くらいしか来ないの」
「でも、村の人たちはみんな親切です」
ロッティが言うと、真理子さんは小さく頷いた。
「村の人が生きていくために必要な場所だからね。
誰かが続けなきゃいけない――」
少し寂しげに、でも覚悟をにじませながら言う。
「ひかりは?」
「そうね。でも……
あの子がいつかこの店を継いでくれたら、嬉しいんだけどね」
ロッティの胸に、その言葉が温かく響いた。
――ひかりが“たかとお”を継ぐ、か。
そんな未来も、すてきだな。
***
雪がちらつく昼休み。
ロッティはひかりと机を並べ、給食の準備をしていた。
「そういえば今日、役場でひかりがすごく褒められてたぞ」
魁人が何気なく言った。
ロッティは顔を上げる。
「褒められた?」
「うん。『ひかりはしっかり者だ。“たかとお”も安心だな』って。
村長さんも『看板娘がいるから村も明るい』って笑ってた」
魁人は少し照れながら続ける。
「さすが委員長。ひかりはどこでも期待されてる。
村の未来を背負ってるって感じで、俺も嬉しかった」
ひかりは返事をせず、黙って給食を取りに行った。
――ひかりは村のみんなに必要とされている。
それは誇らしいことのはずなのに、
なぜか彼女はまったく嬉しそうに見えなかった。
***
「ひかりのところのお店、なんか、いいね」
「そう……ありがとう」
「ほんと、温かくて……村のみんなが頼りにしてるって感じで」
ひかりは黙ったまま、パンをちぎって口に入れた。
「そうだ、昨日、お母さんが言ってたよ。
“ひかりにお店を継いでほしい”って」
ひかりの手がぴたりと固まる。
「……そんなこと、ロッティに言ったんだ……」
「うん。私も、ひかりが継いだらすてきだなって」
「すてき?」
ひかりの声はかすかに震えていた。
「なんで、私が継げば“すてき”なの?」
ロッティは、その鋭い口調に思わず息をのむ。
「だって、あのお店は村の人たちに必要なもので――魁人もそう言ってたし……」
「あのお店が必要なことはわかるよ。
でも、なんでみんな、それを“私に”押し付けるの!」
「そんなつもりじゃ……」
「私の将来を、勝手に決めないでくれる?」
ひかりの声は震えながらも、瞳はまっすぐロッティを射抜いた。
「お店なんて、私にとっては重いだけなの。
“村のために”って言われるたびに、自分が小さく押しつぶされていくみたいで……」
――そうだ。
ひかりは、期待を重荷として受け止めていたんだ。
その重さが、今ようやくロッティの胸に伝わってくる。
「私のことは、私が決める!」
食堂に響く強い声。
周囲が驚いてロッティたちを見る。
ひかりはそれ以上、何も言わずパンを食べ続けた。
ロッティも言葉を見失い、黙って給食を口に運ぶ。
――おいしいはずの給食が、急に味のしないものになる。
沈黙の重さだけが、二人の間に落ちていた。




