表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
量子少女ロッティの青春エンタングル ―― 山村留学で恋も友情も“もつれ”だす!  作者: 葉月やすな
第 7 章 迷いの中にあるポイント・オブ・グラビティ
35/47

第35話 一年間の約束だから

調理実習室の飾りつけをしているとき、スマホが震えた。

画面に表示された名前を見た瞬間、胸がどきりと跳ねる。


――Mom

 《ママ》


指先が、自然にスライドしていた。


“Lottie, your father and I will be arriving in Japan next week. We can't wait to see you.”

《ロッティ、来週、パパと一緒に日本へ行くわ。あなたに会えるのが楽しみよ》


「えっ……ママたちが、日本に来るって!」


思わず声がはねる。

ひかりと真琴が顔を上げた。


「ほんとに? すごいじゃん!」


「一年ぶりの再会だね、ロッティ」


二人は純粋に喜んでくれる。

けれど、ロッティが少しだけ返事を遅らせる。

調理実習室の空気がほんのり静まった。


「一年……もうそんなになるんだ」


ひかりがぽつりとつぶやく。


「そうだった。ロッティが来てから、もうすぐ一年だ」


真琴が続ける。


「ってことは、約束の留学期間も、そろそろ終わりか……」


その言葉がそっと落ち、みんなの胸に重く沈んだ。


ロッティは一瞬ためらいながらも笑顔を作る。


「うん。でも、すっごく楽しみ。みんなのことも紹介したいし」


「……うん、そうだね」


ひかりは微笑む。

けれど、その笑みにはどこか影があった。


ロッティの胸の奥では、小さな不安が芽を出していた。


――わたしは、この一年でどれくらい変われたんだろう。

  そして、本当に“帰る”のだろうか。


ロッティに“約束の時”がせまる。


窓の外では、蝉の声が少しずつ弱まっていく。

夏の終わりを告げるように。




***




飾りつけを続けながら、ひかりが小さくつぶやいた。


「……ねえ、ロッティ。もう、こっちには戻ってこないの?」


その問いは、ふいに胸に刺さる。


「わからない。でも……ママたちと話して決める」


素直にそう答えると、ひかりはうつむいて小さく笑った。


「そっか……うん、そうだよね」


風がカーテンを揺らす。

ロッティは焼きたてのクッキーを袋に詰める。

甘い香りの中、誰も次の言葉を口にしない。


ただ、みんなの心で――

「一年」という言葉だけが、やけに重く響いていた。




***




夏の終わりの光は、どこか遠く感じた。

入道雲が残る空なのに、風の匂いはもう秋を連れてきている。


N県の空港。

家族から逃げるように降り立ったあの日と同じ場所。


――あれから一年か。


胸の奥がくすぐったく、そして落ち着かない。

到着ロビーの向こうから、見慣れた二つのシルエットが現れる。


「Lottie, it's been a while.」

《ロッティ、久しぶりね》


母のエリザベス・ハート、父のマイケル。

二人はロッティに駆け寄った。


「Oh! Mom! Dad!」

《ママ! パパ!》


ロッティも思わず走り寄る。

母の香水の甘い匂いが懐かしくて、胸がぎゅっと締めつけられた。


「You did so well this past year, Lottie. I'm proud of you.」

《この一年、ほんとうによく頑張ったわ。誇りに思うわ》


ロッティは母に抱きつき、頬に軽くキスをした。


エリザベスとマイケルは久美先生と挨拶を交わし、

柴田誠の車に乗って水守村へと向かった。




***




柴田家の居間。

久美の作った料理がテーブルに並び、湯気がたちのぼる。

小さな歓迎会が始まった。


「Kanpai! Cheers!」


誠とマイケルがジョッキをぶつけ合い、大笑いしている。


「ロッティは、素晴らしいお嬢さんです。Lottie is a nice girl.」


「Thank you, thank you, Makoto!」


二人はすっかり意気投合し、どんどんおかわりしていく。


ロッティは母に小声で囁く。


「I guess Dad and Makoto both drink too much?」

《二人とも飲みすぎじゃない?》


「I think so, too.」

《たぶんね》


エリザベスは久美に目配せする。


「Michael, stop it. You'll get sick.」

《マイケル、もうやめて。体に悪いわよ》


「誠さんもですよ」


二人は同時に肩をすくめ、子どものように反省してみせた。


やがて、旅館「たかとう」から送迎の車が到着する。

エリザベスとマイケルは荷物を持ち、玄関へ向かった。


「See you tomorrow, Lottie.」

《また明日ね、ロッティ》


「Yes… see you tomorrow.」

《うん……また、明日》


車のライトが夜道に消えていく。

残った静けさの中で、ロッティは胸の奥に温かい余韻を抱いていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ