第28話 やっぱり楽しい
水守バザーの日。
近隣の町からも人が集まり、狭い校庭は急ごしらえの駐車場になっていた。
体育館には村の人たちが持ち寄った雑貨や、無農薬野菜、山菜がずらりと並んでいる。
家庭科部のブースには手作りのクッキーと手芸小物。
その横には、真琴のマンガの束がきれいに積まれていた。
表紙には白い文字で――
『再生神 アルパ』。
真琴が最後まで描ききった、初めての作品だった。
「すごい、けっこう売れたね!」
ひかりが、残り少なくなった冊数を見て嬉しそうに言う。
「うん……」
真琴は、少し照れくさそうにうなずいた。
ロッティは隣で誇らしげに胸を張る。
「今ね、追加の印刷頼んでるんだ。
“生活部の新作マンガ”って書いたら、すっごく人気だったよ!」
「みんな、めずらしがってるだけ。
……増刷して売れなくても知らないからね」
真琴は口をとがらせたが、その表情は笑っていた。
***
昼を過ぎ、お客さんの波がさらに増えていく。
ロッティはふと通りの向こうに目を向けた。
そこに――見覚えのない女性が立っていた。
「……真琴」
「ん?」
「あの人、ずっとこっち見てる。真琴のファンかな?」
その一言で、真琴の顔色がさっと蒼ざめた。
「……お母さん……」
震える声だった。
女性――真琴の母親は、ゆっくりとこちらへ歩いてくる。
真琴は思わず一歩、後ろへ下がった。
母の顔を見ないように、視線が泳ぐ。
ロッティは息をのみ、じっと見守った。
「真琴……元気そうね」
母の声はかすれていた。
「何しに来たのよ」
真琴の声には、怒りというより深い哀しみが滲んでいた。
母親は息を吸い込み、言葉を選ぶように続ける。
「真琴、あの時はごめんね」
「今さら……」
「学校に行けなくなったあなたを追い詰めた。
“何もしないなら出ていけ”なんて……あんなこと言って」
真琴は強く唇を噛む。
「聞きたくない」
「先生がね、環境を変えれば少し楽になるかもって……」
「じゃあ、私のせいなの?」
「ううん。
……あの頃の私は、あなたより先に壊れそうだったの。
離婚して、仕事も見つからなくて、怖くて……」
母は目を伏せた。
「あなたを大事にしたかったのに、自分のことで精一杯で……
あのままだと、またあなたを傷つける気がした。
それで、お医者さんに“しばらく距離を置いたほうがいい”って言われて……」
真琴の手が震える。
「だから私を、ここに送ったの?」
「ええ。
あなたのためじゃなくて……私のためだった。
守りたいと思っていたのに、その時の私は自分さえ守れなかった」
ぽたり、と真琴の頬に涙が落ちた。
「……ひどいよ。そんなこと、一言も言ってくれなかったのに」
「言えなかったの。
壊れていく自分を、あなたに見られたくなかった……」
重い沈黙がふたりの間に流れる。
母親は机の上のマンガに気づき、そっと手を伸ばした。
「マンガ……また描きだしたんだね」
「一冊、二百円」
「読んでも、いいの?」
「……お客さんでしょ」
その声には、さっきまでの刺々しさはなかった。
ロッティは「ありがとうございます」と言って二百円を受け取り、マンガを丁寧に手渡した。
母親は胸に抱えたマンガを見つめ、涙を一筋落とす。
「また……会いに来てもいいかな」
「……勝手にすれば」
ぶっきらぼうな言い方だったけれど、確かに温もりがあった。
***
バザーの後片づけの最中。
真琴がぽつりとつぶやく。
「今度、投稿してみようと思う」
「投稿?」
ロッティが目を丸くする。
「うん。本気でマンガ家を目指してみたい。
描くのはつらいこともあるけど……やっぱり、楽しいんだ」
ロッティはぱっと笑顔を向けた。
「そしたら、わたし、ファンクラブつくる!」
「もう……気が早いってば」
「ねえねえ、どんな話にするの?」
「まだ秘密」
真琴が照れくさそうに笑う。
その笑顔は、もう“壊したい笑み”ではなかった。
「そこ、しゃべってばかりだと日が暮れちゃうよ」
ひかりの声に、真琴とロッティは顔を見合わせ、肩をすくめた。
真琴の笑顔には、新しい未来の光が差していた。
そして、その隣で笑うロッティの頬にも――
同じ光が静かに映っていた。




