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第26話 できなくても知らないからね

数日後。

帰り支度をしていたロッティの背中に、ぽつりと声が落ちてきた。


「……これ」


振り返ると、真琴があのノートを差し出していた。


「えっ?」


「書き直した。まだ下書きだけど」


「なんで?」


「……あんたに、違うマンガも描けるって証明したくて」


ぶっきらぼうだけど、どこか照れたような言い方だった。


「読んでいいの?」


「……読みたければね」


短くそう言い、真琴はノートをロッティに押し付けると、そのまま教室を出て行った。


ロッティはそっとページを開いた。


“まだ下書き”――真琴の言葉どおり背景は粗い。

だけど、キャラクターたちは前よりもずっと力強く、表情が生きていた。


ページをめくるたび、胸の奥が熱くなる。


ラストのシーン。


荒廃した世界の中、主人公アルパは空を見上げて笑っている。

その周りには、かつて彼女を拒んだ友人たちの姿。


孤独の物語が、仲間と並んで歩む物語へと書き変わっていた。


最後のページを閉じたとき、ロッティの目には涙がにじんでいた。


「どうしたの?」


隣でひかりが首を傾げる。


ロッティは言葉にならず、ただノートを差し出した。


ひかりが読み始め、他の部員たちも自然と集まってページをのぞき込む。


読み終わったあと、誰もすぐには言葉を発さなかった。

静けさの中で、ひかりがぽつりと言う。


「……これ、バザーに出せないかな」


空気が一瞬、揺れた。


「え、それって……うちの部から?」


「でも下書きだよ?」


「ちゃんと仕上げてもらって、印刷してさ」


「でも真琴、絶対イヤがるよ……」


その言葉で再び沈黙が落ちた。




***




放課後の家庭科室。

夕日のカーテン越しの光が机の上を金色に染めている。

机の真ん中には、真琴のマンガノート。


ロッティたちは囲むように立ち、息をのみながら待っていた。


「ねえ……このマンガ、本にしてバザーに出せたらって思って」


ひかりが、少し緊張した声で切り出す。


「……見せたの?」


真琴が、じっとロッティを見据えた。


「ごめん。でも、すごくいい話だったから……みんなにも読んでもらいたくて」


沈黙。空気が張りつめる。


「こんなの、ただの落書き。出せるわけないでしょ」


真琴はノートを引き寄せた。


「でも、ちゃんと仕上げれば――」


「仕上げるって、そんな簡単じゃない!

本にするなら、ちゃんとした紙に描いて、スキャンして、印刷して……!」


「無理なの?」


真琴の肩が震え、噴き出すように言葉が飛んだ。


「もう、あんたはいつもそう!

勝手に人のマンガ読んで、勝手にケチつけて!」


「それは……ごめん。でも……」


「今度は何? 勝手にみんなに見せて、バザーに出せって……

いい加減にしてよ!!」


ロッティは何も言えなかった。

胸がぎゅっと痛む。


――ここで逃げちゃだめだ。


震える声で、ロッティは言葉を探す。


「でも……ラスト、変えてくれたよね」


真琴の手が止まる。


「前は、アルパがひとりで笑ってた。でも今度は、みんなと一緒だった」


「……それは……あんたが言ったから」


ロッティは真琴をまっすぐ見つめた。


「真琴もさ……みんなとやろうよ。アルパみたいに」


真琴は口を閉じたままうつむく。


その代わりに、ひかりが静かに言った。


「このマンガ、真琴だけのものにするの、もったいないよ」


「え……?」


「だって、ロッティ泣いてたんだから。“自分のことみたい”って」


真琴は驚いたようにロッティを見た。


ロッティは恥ずかしさで耳まで熱くなる。

でも、逃げない。しっかりと目を合わせた。


「このマンガ、孤独な人の味方になれるよ。

だから……そんな人たちに見てもらいたいの」


真琴はしばらく黙っていた。

やがて、ノートの表紙をそっと指先でなぞる。


「……もし出すなら、ちゃんと描きたい。

ノートじゃなくて、ちゃんとした原稿用紙に描き直して……ペン入れもして……」


「それって……やってくれるの?」


部屋の空気が一気に明るくなる。


「でも無理。もう時間がないし」


「私、手伝う!」


ロッティが勢いよく言った。


「手伝うって……あんた、マンガ描いたことあるの?」


「……ない」


ロッティの声は、一気に小さくなる。


真琴は呆れた顔でロッティを見た。


「ほんと、あんたって……」


ロッティは胸に手を当て、はっきりと言う。


「だって、真琴のマンガが好きだから!」


真琴は、困ったように、でもどこか嬉しそうにロッティを見た。


「……もう。できなくても知らないからね」


「やった!」


春の風が家庭科室に吹き込み、

机の上の真琴のノートが、ふわりと揺れて――静かに開いた。

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