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第25話 無理やり心は開けない

ドアが開き、ひかりが顔をのぞかせた。


「ごめん、先生に掴まってて遅くなった」


「……ううん」


ひかりは、床に散らばった破れたノートに目をとめた。

近づいて拾い上げ、少し首を傾げる。


「これって……真琴のマンガじゃない?」


「えっと……」


「あの子、こういうマンガ描いてたなって思って」


「……わたし、勝手に読んじゃって……忘れ物かと思って」


「でも、どうして破れてるの? まさかロッティが――」


「ちがう、ちがう!」


ロッティは慌てて、いま起きたことを説明し始める。

ひかりは椅子を引いてロッティの隣に座り、じっと話を聞いていた。


「真琴、山村留学生なんだよ。ロッティと同じ」


「え、そうなの?」


「うん。前は都会の学校にいたけど、不登校だったって。

今は、お母さんと離れてこっちに来てるらしい」


「……不登校?」


「詳しくは聞いてないけど、いじめられてたみたい」


「知らなかった……」


「生活部には、私が誘ったんだよ。

最初は来てくれたけど、だんだん来なくなって……ときどき、ここでマンガ描いてた」


ロッティは、破れたマンガの端を指先でそっとなぞった。


「あの子も、私と同じだったんだ」


「……わたしも、昔は“変な子”って言われてた。

アメリカの学校で、数式ばっかり考えてて……

気持ち悪いって言われて、友だちもできなくて」


ひかりは黙って耳を傾けてくれる。


「だから、真琴のマンガを見たとき胸が痛くなった。

アルパが笑ってるのに、目が泣いてるみたいで……

あれ、わたしの昔の顔と同じだったんだ」


ロッティは破れたページに視線を落とす。


「でも、わたしは仕返しなんてしたくなかった。

わかってほしかっただけ。

“変”じゃなくて、ただのわたしとして見てほしかった。

だから、わたし……」


言いかけたところで、胸の奥がぎゅっと痛んだ。

あの頃の記憶と真琴の涙が重なり、ロッティの目に涙が溢れる。


ひかりは何も言わず、そっとハンカチを差し出した。

ロッティは「ありがとう」と小さくうなずいて、それで目元を押さえた。


しばらく泣いたあと――


「……わたし、何も知らないで偉そうなこと言っちゃった」


「仕方ないよ」


「でも、泣かせちゃった」


ひかりはそっとロッティの肩に手を置いた。


「……ロッティがそう思ったなら、きっと真琴も同じ気持ちなんだと思う。

だから、焦らなくていいよ。時間をかけて、少しずつ伝えればいい」


――Don't rush, just do it little by little.

 《焦らず、少しずつ……》


ロッティは破れたページに視線を戻した。


――She smiled because she had no one left to cry with.

 《泣ける人がいないから、笑うしかなかったんだ》


マンガのアルパの顔と、さっきの真琴の表情が重なる。


――Does Makoto have anyone she can cry to?

 《真琴には、涙を預けられる人がいるんだろうか……?》


冷たい春風が窓を通り抜け、カーテンがやわらかく揺れた。




***




午後の教室。

窓から差し込む光が机の縁をきらりと照らしている。

その日差しは、この季節にしては少し暖かく、ロッティはそっと目を細めた。


深呼吸をひとつ。

昨日の記憶が胸に蘇る。

あの涙。破れる紙の音。真琴の声。


思い出すと胸が痛む。


「今日こそ……謝らなきゃ」


小さくつぶやき、自分を励ます。


教室の隅では、真琴がマンガノートを広げて何かを書いていた。

その背中は、まだどこか固くて、近づくタイミングがつかみにくい。


それでも、ロッティは勇気を出して声をかけた。


「ま、真琴……あの、ちょっと……」


一瞬、ペンが止まる。


「……何?」


背中越しの声には、まだ警戒が残っていた。


ロッティは、破れたノートを差し出した。


「……ごめん。勝手に読んじゃって……」


喉がひりつく。やっとの思いで出した言葉だった。


「いらない。捨てといて」


冷たく、淡々とした声。


「何も知らないで、えらそうなこと言った」


「……別に。もう忘れた」


突き放すような言葉。

真琴はまたノートへ向かってしまう。


ロッティは、それ以上何も言えなかった。


“忘れた”――その言葉が、胸の奥に棘のように刺さる。

ロッティは痛む胸をそっと押さえた。




***




春の夕日が差し込む家庭科室。

ロッティがクッキーをかじりながら、ぽつりとつぶやく。


「どうすれば、ちゃんと謝れるんだろう」


ミシンの手を止め、ひかりが振り返る。


「うーん……」


少し考えてから、ひかりは優しく言った。


「無理に近づかなくていいと思う。真琴、きっと時間が必要なんだよ」


「でも……」


「ロッティの気持ちは、もう伝わってるよ。

あとは真琴のペースでいいの。

ロッティが焦っても、真琴の心は開かないよ」


ロッティは静かにうなずいた。


謝ることは大切。

でも――

無理やり心の扉をこじ開けることは、できないのだ。

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