第23話 応援があったからだよ
前方を走る陽太の背中。
彼はすさまじいハイペースで、すでに集団の先頭を大きく引き離していた。
ロッティは、いつもと同じようにその背中を追いかける。
――亜香里ちゃんに、一番を届けるために走ってるんだ。
「絶対一番になる」という陽太の言葉が、ただの強がりでなかったことを、ロッティは痛いほど感じていた。
陽太は風を切って、どんどん前へ進んでいく。
いつの間にか、もう姿は見えなくなっていた。
女子の折り返し地点に到着し、コーナーを曲がったその瞬間――
わき腹に鋭い痛みが走る。
「っ……!」
ロッティは苦痛に顔をゆがめた。
陽太のペースにつられて、明らかに飛ばしすぎていた。
今さら気づいても、もう遅い。
足が止まりそうになる。
「もう……ダメ……」
そう思った瞬間、あの声が胸に浮かぶ。
『応援してあげる。だから一番とってね』
小さな声が、ロッティの背中を押す。
止まりそうな足を、必死に前に運んだ。
***
ゴールが近づく。
最後の力をしぼり、ゴールラインを駆け抜けた瞬間、
足から力が抜け、その場にドサッと座り込んだ。
――もう、一歩も動けない。
「ロッティ、大丈夫?」
玲子先生が毛布を手に駆け寄り、ロッティの肩をそっと支える。
「もう、今日は無理する子が多いわね……」
救護テントに入り、ベッドに横になると、すぐ隣のベッドで陽太も寝転んでいた。
玲子先生がロッティの脈をとり、「大丈夫そうね」とひと息つく。
「よ、お疲れさん」
「もう、“お疲れさん”じゃないわよ。二人とも無茶しすぎ!」
玲子先生が呆れたように言うと、二人は苦笑した。
ロッティが呼吸を整えながら尋ねる。
「で……陽太、一番とれたの?」
陽太が親指を立てた。
「ホントに!? 陽太、すごい!」
「陽太、陸上部キャプテンをゴール前で抜き去って優勝したのよ」
玲子先生がスポーツドリンクを差し出す。
ロッティは体を起こして、ごくごくと飲んだ。
「やっぱりすごいね、陽太!」
「でも、そのあと勢い余って倒れ込んで、ここに運ばれてきたのよ」
玲子先生がじろりと睨む。
「いや、ちょっとつまずいただけ! 大げさなんだって!」
陽太が慌てて否定すると、ロッティは笑ってしまった。
***
そこへ、玲子先生がスマホを二人に見せる。
画面には、病院のベッドにいる亜香里。
「お兄ちゃん、一番とれた?」
「ああ、ちゃんと取ったぞ」
「やったー! ロッティちゃんは?」
ロッティは少し気まずそうにうつむいた。
「……ごめん、ダメだった」
すると横から玲子先生が口を挟む。
「何言ってるの。ロッティは一年女子で一番だったわよ」
「えっ、ホントですか?」
ロッティがいちばん驚いた。
「久美先生が言ってたから間違いないよ」
「すごい! ロッティちゃんも一番なんだ!」
スマホ越しに、亜香里がぱっと笑顔になる。
「亜香里ちゃんが応援してくれたから、頑張れたよ」
「がんばったね! えらい!」
「……ありがとう」
ロッティの胸に、じんわりと温かいものが広がった。
――誰かに応援されると、こんなに頑張れるんだ。
応援される喜び。
それに応えようとする気持ち。
ロッティは初めて、その意味を知った気がした。
***
春休み。
柔らかな日差しの中、陽太が亜香里の手を引いて歩いている。
「こんにちは、亜香里ちゃん。元気?」
「元気だよ!」
「今日は車いすじゃないの?」
ロッティが聞くと、亜香里は誇らしげに胸を張った。
「今ね、学校に行く練習してるの!」
「良くなってきてるから、少しずつ体を動かしたほうがいいって言われてさ」
陽太がうれしそうに説明する。
「四月から一年生。ランドセルも、おばあちゃんに買ってもらったんだ」
「へぇー、どんなの?」
「ピンク色! かわいいの! ロッティちゃんに見せてあげる。お家来て!」
ロッティは陽太を見た。
陽太が「いいよ」と頷くと、亜香里は嬉しそうにロッティの手を引いた。
春の風がやわらかく吹き、三人の笑顔を包み込む。
――応援に応えるために走った日。
その日の記憶は、未来へ続く力として、ずっと胸に残り続ける。




